1306.転売屋は聖騎士団で鍛えてもらう
「これはシロウ様、ようこそ聖騎士団へ。」
「ホリア騎士団長と約束しているんだが。」
「お話は伺っています、どうぞお入りください。」
今日の警備は店によく素材を持ち込んでくれる聖騎士団員だった。
軽く挨拶をしてから中に入り、受付を済ませて騎士団長室まで案内してもらう。
勝手知ったる聖騎士団になりつつあるのだが流石に部外者がうろうろするのは宜しくないのでおとなしく連れて行ってもらう。
まぁ勝手に行けと言われれば勝手に行くのでそれはそれで構わないんだけども。
「ホリア騎士団長、シロウ様が参られました。」
「入ってくれ。」
「ではシロウ様どうぞ。」
「ありがとな。」
開けられた扉をくぐり豪華な騎士団長室の中へ。
奥の立派な椅子ではホリアが至極めんどくさそうな顔をして仕事をしていた。
わかる、わかるぞ。
書類仕事がたまるとそんな顔になるよなぁ。
その横ではセインさんがかいがいしくお世話をしつつ俺に向かって笑顔を向けてくれた。
王都の女性人気投票で常にトップ3に入るその笑顔、俺が女なら・・・いや、惚れはしないか。
「大変そうだな。」
「大変だと思うなら手伝っていけ、この中の一割はお前関係の書類なんだから。」
「俺?」
「夏祭りの警備に貧民街との打ち合わせ、それと新しい毒の実践結果も上がってきてるぞ。」
これ見よがしに書類を何枚か俺に向かって突き出し、どや顔をするホリア。
それ、部外者の俺に見せても大丈夫な書類なんだろうな。
持ち出し禁止とかならまだしも誰にも見せるな的な奴だと責任取れないぞ。
「お、もう実戦で使ったのか。」
「ベルベラドンナの粉末ですが、魔物の餌に混ぜるのが一番のようです。一度風上から飛ばしてみたのですが、拡散しすぎて大変なことになりまして。やはり決まった相手を確実に仕留められる方法に向いているようです。」
「なんていうか団員も命張ってるよな。」
「あの程度で動けなくなるようなやわな鍛え方はしてないからな。ともかくだ、あの毒は使い方次第で十分実用できる。この情報は冒険者ギルドとも共有するからいずれ冒険者も使用することだろう。今の所あれを加工できるのはお前だけ、また大儲けが出来そうだな。」
ベルベラドンナの乾燥にはかなりの注意が必要らしく普通に製作するのはかなり難しいらしい。
にもかかわらず俺ができる理由は、ずばり万能乾燥機『渇きの木箱』があるおかげだ。
あれさえあればどんな素材も簡単に乾燥させることができる。
ほんと、いい買い物したよなぁ。
「しばらくは騎士団の専売で行くつもりだからそれなりに色付けてくれよ。あっちはどうだ、ほらオムヒゥケールトジェリークの触手。」
「逆さクラゲの触手ですが、効果は申し分ないものの取り扱いに難があり未だ使用方法を模索中です。今のところ有力なのは仕掛け罠に使う事ですが、設置する際に誤って触れると大変なのでどうやって運搬設置するのかを協議しています。」
「北方に本体を売り出すついでにそれなりの数が手に入るから出来るだけこっちも使ってほしいんだがなぁ。」
オムヒゥケールトジェリークこと逆さクラゲの本体は北方の珍味として輸出、ではなく前回の商人に定期的に販売することになっている。
幸いダンジョンである程度まとまって採取できることがわかったので定期販売にも対応できるのだが、それと同じだけ手に入る触手もベルベラドンナ同様対魔物用の道具として販売できれば非常にありがたい。
今の所めどは立っていないようだが引き続き聖騎士団には頑張ってもらって俺の懐を豊かにしてもらわないと。
「気持ちはわかるが使い道のない物に金を出すほどもうかっているわけでもない、とりあえず今はベルベラドンナで我慢するんだな。」
「そうするよ。取引に関する契約書はまた後日店に持ってきてくれれば問題ない、必要数がわかれば今の分に追加で納品させてもらうつもりだ。物が物だけに大量生産して貯蔵するわけにもいかないんで時間がかかる可能性もある、それは勘弁してくれ。」
「こちらとしても下手に被害が出ることは望んでいませんのでそのやり方で大丈夫です。すみません、このためだけにここまで来てもらって。」
「今の所出所は秘密、悪用されない為にも取引を許可制なんかにする必要もあるだろうし俺の安全のためにも苦労とは思ってないさ。っていうかこれぐらい動かないとすぐに筋肉がしぼむからなぁ。」
そういって自分の二の腕の肉を掴んで見せる。
元の世界の時のだらしない腹や腕とはちがい、それなりにハリもあり筋肉もそこそこついているつもりで入る。
しかしながら筋肉という者はさぼるとすぐに脂肪に変わってしまうので、継続的なトレーニングが必要不可欠、それを維持するのがまた大変なんだよなぁ。
「随分細い腕だなぁ、そんなのでダンジョンに潜って大丈夫なのか?」
「前に出て戦うわけじゃないしスリングを引くぐらいなら問題ないぞ。」
「とはいえ連射すればすぐに使えなくなるだろ?もう少し鍛えた方が良いんじゃないか。」
「鍛えるって言っても別に毎回ダンジョンに潜るわけでもないしなぁ。」
「そう言いながらしょっちゅう外に出てるじゃないか。」
確かに外には出ているけれど、別に戦いに行っているわけじゃない。
この間はモニカの迎えだしそのあとは虫取りに魚介類の回収、どれも戦いを目的とした物じゃない。
なので鍛える必要があるのかと聞かれれば答えはもちろんNoだ。
「それはそれ、これはこれ。」
「お前にもしもがあると関係各所からあれこれ言われるんだ、そうならない為にもちょっと鍛えるぞ。」
「いや鍛えるぞって、その書類はどうするんだよ。」
「お前に何かあったらこの倍以上の書類が積みあがるんだ、そうならないようにするためにも必要な事なんだよ。」
「ちょっと待てって、俺は別に鍛えたいわけじゃ・・・。」
「いいからいいから、俺の気分転換に付き合えって。」
気分転換って言っちゃってるよこいつ。
俺をだしに使って書類仕事から逃げるとか、セインさんがすごい顔でお前をにらんでるぞ。
背中でわかるだろあの視線どうなっても知らないからな。
腕を引っ張られながら強引に騎士団長室を出てそのまま屋内の鍛錬所へ。
訓練している団員に混ざるような形で筋トレから走り込みまで、昼過ぎまでみっちり鍛えられてフラフラになってしまった。
なんで俺がこんな目に合わないといけないのか。
最後の方は生まれたての小鹿のように足がプルプルになってしまい、その場に倒れて動けなくなってしまったぐらいだ。
他の団員は俺の倍以上のノルマを課せられても涼しい顔でこなしているのが地味に悔しい。
いや、俺は冒険者でもなければ騎士団員でもないわけだしこうなるのは致し方ない。
とはいえ、ホリアの言う事もわかる。
俺に何かあれば陛下をはじめ多くの人が心配するだろうし、なにより女達にいらぬ心配をかけることになる。
そうならない為の鍛錬でもあるわけだし継続して頑張るべきなんだろうなぁ。
向こうにいたときはエリザが鍛錬をつけてくれたのでそれなりに動けていた気もするし、それがこっちに来ておざなりになってしまったので自分の身を守るためにもこの辺はしっかりした方が良いのかもしれない。
「あーーー、疲れた!」
「シロウ様お疲れさまでした。」
「正直最初はどうしてやろうかとも思ったが、体を動かしてるとそういう気持ちもなくなるんだから不思議なもんだ。とはいえ毎日やるのは無理だからたまに頼めるか?」
「俺的には毎日でもいいんだがお前も忙しいしな、まぁよく頑張った方だろ。」
騎士団長にもお褒めいただいたので今日の鍛錬はこれにて終了。
やれやれ、ベルベラドンナとオムヒゥケールトジェリークの触手について聞きに来ただけなのに随分と大変な目に合ってしまった。
「それよりもさっきの話なんだが。」
「さっきの?」
「北方の寒波の件だ、そんなにやばいのか?」
「調査に出した団員の話ではこの時期にもかかわらず山の中腹以上で積雪しているそうで、物流を含めかなりの影響が出そうな感じです。今の所は一時的ではないかという話ですが、長期化すると冬の被害が恐ろしいことになりそうです。」
「北方の虫がここまで逃げてきているからどうかと思ってたんだが、そんなにひどいとは思ってなかった。」
この間聞いていた北方の寒波。
最初はオムヒゥケールトジェリークを集める時に聞いた話だったが、この間の昆虫騒動も含めて情報を集めているとかなりの被害が出ていることが判明した。
聖騎士団も陛下の指示を受けて調査に向かったそうだが、夏にも拘わらず雪が積もるようなすごい寒波が襲ってきているらしい。
そのせいで穀物は全滅、その他食糧もかなりの被害が出ているだろうとのことだが全容解明には時間がかかりそうな感じだそうだ。
支援物資については議会の承認が出次第発送するそうだが、先を読める商人なんかが早めに手を打って売り込みをかけているらしい。
向こうからしても飢え死にするぐらいなら多少高くても買おうという感じなんだろう。
それを悪く言うつもりはさらさらないが、北方の品が入ってこないとなると色々と問題も出てきそうだなぁ。
西方が終わったと思ったら今度は北方か。
この前は穀物の病気もあったし冬はこっちでもかなりの寒波が襲ってきた。
まるで元の世界でよく聞いた異常気象のようだ。
「気を付けるべきは虫だけじゃなく魔物まで流れてこないかって所だな、現に魔獣はかなりの数がこっちに流れてきているそうだ。今のところ大きな問題は出ていないが、先住の魔物や魔獣と縄張り争いをする可能性も十分にある。北方付近を行き交う商人には注意するように言っておくべきだろうな。お前も気をつけろよ。」
「向こうにはあまり行くことはないんだが、覚えておくよ。とはいえ向こうの魔物が来るとなるとこっちにも被害が出そうなのか?」
「どの種類が来るかにもよるが、俺達が出ていくことにはなるだろうな。」
「王都までは来ないけどってやつか。いや、そいつらが暴れまわれば近隣の奴らが移動する可能性もあるわけだし・・・やばいな。」
改めて考えるとかなり切羽詰まった状況なんじゃないだろうか。
今被害が出ていないのは偶然で、明日にも北の魔物がこっちに逃げてきて近辺の魔物が逃げ出そうと王都に近づいてくる可能性もある。
あいつらにとって王都は通り道にある邪魔な石、壊そうと襲ってくることはなくても通るのに邪魔だからとぶつかってくる可能性は十分にある。
もし城壁が崩れるようなことになれば街の中に魔物が溢れ大騒ぎになるのは間違いない。
もちろんそうならないぐらい堅牢に作られた城壁だから大丈夫だとは思うが、ダンジョン街にいる時に幾度も経験しているだけに心配は心配だよなぁ。
ポジティブに考えれば素材が向こうから勝手に来てくれるわけだし、北方に行かなくても身近なところで珍しい素材を手に入れるチャンスともいえる。
金をとるか安全を取るか。
どちらにせよそうなったときに自分を守れるのは自分だけ、そういう意味でも鍛錬は必要なのかもしれない。
「この件については引き続きわかり次第お知らせします。」
「よろしく頼む。それと鍛錬だが・・・三日に一回とかでもいいか?」
「お、やる気じゃないか。」
「俺にも守らなきゃならないものがあるんでね、もしもの時に対応できるだけの体力ぐらいつけておくべきだと思っただけだ。」
その時が来るかはわからないけど何もしないよりもしておいた方が後悔は少ないだろう。
しかし北方か、ちょっと気になるなぁ。




