1303.転売屋はトラップを仕掛ける
「シロウさん、これ買って下さい!」
顔なじみになりつつある新人冒険者がいつものように買取品を持ってきたと思ったら、カウンターの上に乗せられたのは思いもしない物だった。
鮮やかな七色の光を放つ美しい羽根を揺らして虫かごの中の蝶がヒラヒラと舞う。
昆虫の魔物は沢山いるがもちろんそれに負けないぐらいに普通の昆虫も存在する。
見た感じ後者のようだが、生憎とこっちは専門外だ。
「これ?確かに綺麗だが、ただの虫じゃないか。」
「え、シロウさん知らないんですか?今その虫が高値で売れるんですよ?」
「そこんとこ詳しく。」
「えっとですね、北方から珍しい虫が沢山流れてきているらしくて普段見られないようなのが手に入るって虫好きの貴族や商人が大騒ぎしているんです。いまじゃギルドの掲示板はそんな依頼ばっかりで、みんな虫取り網を手に走り回ってますよ。」
「そういや昔ゴールデンルカーノがなんだと大騒ぎしたことあったなぁ。」
金色に光る虫を探しにファブルさんが街にやってきて、アロマの作った蟲寄せ香を使ってダンジョン中の虫を集めたんだったか。
昆虫だけじゃなく昆虫系の魔物も集まって来たのでそれはもうカオスな感じだったが、あの時もこんなきれいな羽を持った蝶が高値で買い取られていた気がする。
とりあえず虫かご越しに蝶の足にそっと手をくっつけてみる。
『レインボーバタフライ。瑠璃蝶の一種で、七色に光る羽は幸運を呼ぶとして高値で取引されている。しかしながら鱗粉には軽度の毒が含まれており多量に吸い込むと痺れて呼吸が弱くなってしまうので取り扱いには注意が必要。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨5枚、最終取引日は6日前と記録されています。』
確かに今でも高値で取引はされているようだ。
夏といえば昆虫採集、なるほど金儲けのネタにはなりそうだ。
とりあえず情報料分も含めて銀貨2枚で買ってやり、蝶の入った虫かごを裏に下げる。
「これはこれは鮮やかな蝶ですな。」
「巷ではこれが高値で売られているらしい、確かに綺麗だが標本にでもするのか?」
「人は綺麗な物を綺麗なままで残そうとあれこれ手を加えますからなぁ、欲深いものです。」
「それについては否定しないが・・・、でもなぁこの間道具関係で失敗したばかりだしどうしたもんか。」
魚が人気なら餌を売ろう、そう気合を入れてダンジョンに潜ったものの結局は魚に追い回される始末。
この手の商売は道具を売る方が儲かるのはわかっているんだが、なんだかんだ魚も手に入ってそっちの儲けも大きい事を理解しているだけに態々道具で小銭を稼ぐのもいかがなものか。
とはいえ昆虫採集は子供の頃に嵌ったぐらいで、この間も俺自身が捕りに行ったわけじゃない。
捕まえられたらそりゃ楽しいが、お目当てがなかなか見つからないなんてのはざらだ。
「行けばよいではありませんか、丁度いい森をお持ちなわけですし。余所者を入れないようにしている今だからこそ、独り占めですぞ。」
「ふむ、確かにそうか。」
「もちろんお金を取り森に入る許可を売るという手もありますが。」
「いや、それは出来ないな。そうしないために態々陛下から貸与してもらったんだ、目先の金儲けのためにそれを破るつもりはない。今の所あそこは俺だけの森、樹液の秘密を守るためにも余所者を入れるのは出来ない話だ。」
道具を貸す方法の他に場所を貸すという金儲けの方法もある。
元の世界では自分の部屋を他人に貸して隙間時間に稼ぐなんて人もいるらしいが、在庫を抱えずに金儲けをするという意味では非常に良いやり方だとは思うけれど残念ながらそれを使うことはできないんだよなぁ。
とはいえ金儲けの手法の一つとしては覚えておいて損はないだろう。
さて、どうしたもんか。
とりあえずどんな虫が求められているかのリサーチは大切なのでギルドに顔を出し、昆虫関係の依頼を確認しておく。
ねらい目は北方から流れて来たっていう珍しい奴だが、以外にも普通の昆虫もそれなりに求められているらしい。
蝶、カブトムシ、クワガタ、夏の風物詩がこの世界でも求められているとは思わなかった。
ファブルさんもそうだが男が虫好きなのはどの世界でも同じなんだなぁ。
「とまぁ、そういう事なんでちょいと虫を集めてみようかと。」
「そりゃ構わないが俺は手伝わないぞ、ディヒーアを捕まえるのに忙しいんだ。」
「もちろんそっちはそっちで予定通りやってくれ。でも今日は泊まりだったよな?」
「そのつもりだ。」
「ならそれに同行させてくれれば十分だ。メインは夜だからその時は誰か若いのを貸してもらうさ。」
虫取りの本番は基本夜。
丁度ミカールラッケイトの森にディヒーアを捕まえに行くクーガーさんに便乗して森の奥へと移動して準備をすることにした。
昆虫採集で定番といえば蜜を使ったトラップ。
はちみつでもいいし砂糖水でもいい、なんなら果物をそのまま巻きつけるなんていう方法もあるが彼らが好む餌を使って捕まえるという意味ではどれも同じだ。
元の世界ではトラップを片付けずに放置することが時々問題になっていたが、こっちではメジャーなやり方ではないのでむしろ取り入れるべきだろう。
要は片づければいいだけの話だ。
できるだけ虫の集まっている木に持参した果物を括り付け、目印の紐を結んでおく。
とりあえず試しなので10個ほど、果物も三種類ほど括り付けて効果のほどを確認しよう。
反応が良ければトラップの作り方を販売して儲けるという手を取る事も出来る。
「これでよしっと。」
「本当にこれで虫が集まるのか?」
「案外こういうやつの方が集まるんだ、そっちは終わったのか?」
「あぁ、デカいのを仕留めたから血抜きをしてる。しかし、これに誘われて余計な魔物が集まらないといいな。」
「う・・・、それはあえて考えなかったんだが、ヤバいと思うか?」
「高い所なら問題ないだろうが、低い所につけた分はそれ目当てに集まってくる可能性はある。とはいえここに出て来る魔物なんてたかが知れてるしこれっぽっちで群れる事はないだろう。」
確かにここに出てくる魔物はディヒーアやボア、たまにベア種も出て来るが10個程度の果物で群れることもないだろうし、倒そうと思えば俺でも何とかなる程度だ。
ひとまず最初のトラップは仕掛け終わったので、泉にまで戻って夜になるのを待つ。
日がどっぷりと暮れ、闇に支配されてからが本番だ。
手に虫取り網と虫かごを持ち、背中にもう一つのトラップを背負って森の中へ。
最初はめんどくさいと言っていたクーガーさんもなんだかんだ言って網を手についてきている。
なんでも子供の頃は虫取り少年だったとか、血が騒いだんだろうなぁ。
「お、フレイムビートルがいるぞ。」
「あんな小さいのに炎をまとってるのか。あれ、燃え移ったりしないのか?」
「さぁな、見た感じ煙も上がってないし問題ないんだろう。」
「うーむ、謎だ。」
夜の森は虫の王国。
魔灯に照らしながら確認していくと、至る所に虫がくっついている。
見た目は元の世界によくいるような感じだが、よく見ると燃えていたりぬるぬるしていたり凄いトゲトゲだったりと細部は全く違っている。
それを確認しながら虫網で捕まえては用意した虫かごと小瓶の中に入れていく。
用意したトラップのうちはちみつとバベナを使ったトラップが特に人気のようで、もみくちゃになりながら餌に群がっているのが面白かった。
その中には昆虫系の魔物もいたのだが、夢中過ぎて襲ってこなかったのであえてスルーしておいた。
わざわざ喧嘩を売る必要も無いしな。
「よし、これで全部回ったな。」
「これでおわりか?」
「いや、ここからが本番だ。」
「だよな、その後ろのデカいのをまだ仕込んでないもんな。」
ここまではほんの前座。
虫取りをする上で禁断の技ともいえる奴を披露するときが来たようだ。
向かたのは巨木が二本そびえたつ少し開けた場所、明るいうちにその二つに紐を四カ所結んでおいた。
荷物を降ろしまず取り出したのは真っ白い布。
四隅に穴が開いているので引っ張りながらひもを通すと、木の間を塞ぐような形で帆のように布が張られた。
そしてその前にアイアンゴーレムの装甲を加工して作った入れ物を設置、石を置きながら高さと向きを合わせる。
見た目はスポットライト、でも肝心の中身がない。
「これで飛んで来た虫を落とすのか?」
「まさか、これで呼び寄せるのさ。」
「どうやって。」
「まぁ見てろって。」
鞄からマジカルバブレスを取り出してこの為に調合した樹液と魔力水を混ぜ合わせる。
その途端、まばゆいばかりの光が森中を照らし出した。
「うぉ、眩しい!」
「で、これをこの中に入れると・・・。」
「なるほど、この白いのに光を集めるのか。」
「虫は光に集まる習性があるからこの時間だとこんな感じで集まってくるわけだ。」
ゴーレムの装甲が内部の光を反射させて前に投射し、その光を受けた布が柔らかい光を放ちそれに引き付けられるように大量の虫が集まってくる。
後はその中で金になりそうな奴を集めれば目的達成だ。
「こんなやり方があったとは知らなかった。が、なんだかずるいな。」
「ずるかろうが目的を達成出来ればそれでよし、別に森を痛めているわけじゃないし光を消せば必要のない虫はどこかに飛んでいくだろ。大人数で森に入って荒らしまわる事を考えたら効率的だと思わないか?」
「確かにお前らしいといえばお前らしいか。」
「北方の虫はラブリーさんに無理言って貸してもらった図鑑で確認済み、さぁ大儲けと行こうじゃないか。」
殆どがこの地域の虫だがよく見ると図鑑に載っていた奴が紛れている。
それを回収しつつ、昔ファブルさんに教えてもらった珍しいやつを回収して回った。
例のゴールデンルカーノも五匹ほど紛れていたので良い金になってくれるだろう。
虫取り網を手に森を探し回るのも悪くはないが、大人なら頭を使って効率よく集めないとな。
翌日、街に戻った俺達は大量の虫をギルドに提出し依頼を達成。
また、それ以外の虫を所持していることをギルドから依頼主に流してもらって彼らのコレクションを充実させつつそれに見合う報酬をしっかりとゲットした。
暫くしてギルドの依頼は無くなったものの昆虫採集がひそかなブームとなり、地味に虫かごや虫取り網が売れる事となる。
しかし虫までが逃げ出すほどの冷夏になっているとか、最近異常気象が増えているような気がするなぁ。
このまま何もなければいいんだが。
ま、その分金儲けのネタが増えるだけなのである意味有難いといえば有難いんだけどな。
「シロウ、虫取り行こうよ!」
「よし、今日は川の近くまで遠征するか。」
「やった!みんな一杯捕まえようぜ!」
「「「「「うん!」」」」」
そして今日もまた貧民街の子供達に連れられて虫取りに勤しむのだった。




