1302.転売屋は魚類に追いかけられる
モニカを連れて王都へと戻った俺達だったが、荷物の仕分けもほどほどに再び港町の方へと走り出した。
というのも、向こうのギルドで情報収集しているときに面白い話を聞いたからだ。
『魚介系の魔物ばかりが出るダンジョンがあって、そこにとても珍しい魚の魔物が出る』というもの。
なんでも一匹釣り上げるだけで銀貨20枚にもなるらしく、一攫千金を目指す冒険者が大勢押し寄せているのだとか。
転売の基本は今需要のある物を見極めてそれを提供する事。
ということで今回は彼らが躍起になっている魚・・・ではなく、それを釣るための道具を提供することにした。
ゴールドラッシュの時も一番儲かったのは道具を提供する業者らしい。
元手は少なく需要は多く、更には出ても出なくても文句を言われることがない。
それがなければスタートラインにすら立てないわけだし、それを見抜いて貸し出しを始めた人はものすごく金儲けのセンスがあったんだろうなぁ。
「ということで今回の狙いはモレイール・・・の、えさになるジェッティクレフタを狙おうと思う。思うんだが、正直どんな魔物かさっぱりわからないんだが知ってるか?」
「モレイールっていやぁものすごい鋭利な牙を持つ細長い魚だろ?あいつら陸地でも張って襲ってくるんだよなぁ。」
「陸地で?魚なんだろ?」
「魚の魔物だが地上でも蛇みたいに襲ってくるから気を付けた方が良いぞ、あいつの牙は鉄製の鎧なんて簡単に貫通するからな。」
「なんだそれ、怖すぎるだろ。」
釣り上げたからって気を抜いたら足を思いきりかまれて逃げられたなんて笑い話にもならない。
とはいえ牙も皮も金になる上に肉もうまいとなれば狙わない理由はないよなぁ。
「怖いといえばジェッティクレフタも中々です、捕まえようとして相手の前に出ると爪から打ち出された水で吹き飛ばされる冒険者が後を絶ちません。鉄製の鎧ならまだいいですが安い革を使った鎧だと貫通する恐れもあります。くれぐれも気を付けてください。」
「そんなのを餌にしなきゃならないのか?」
「たまに地上に出たモレイールがジェッティクレフタの餌食になったっていう話も聞きますね。」
「どっちが餌かわからないだろ、なんだよそれ。」
個人的にはもっと簡単に手に入れて楽に稼げると思っていたのだが、世の中そう簡単にはいかないらしい。
モレイールの餌?になる予定のジェッティクレフタはザリガニみたいな見た目と大きさだと聞いていたからそれ用に網とかも持ってきたけれど、今の話だと使い物になるか全く自信がなくなった。
とはいえ現地まで来た以上引き返すわけにもいかない。
まぁ何とかなるだろう・・・たぶん。
今日はルフも留守番なのでアニエスさんとクーガーさんにはさまれるような形でダンジョンの中へ。
魚介系の魔物が多いと聞いていただけあって、目的の場所に行くまでにホタテ貝みたいなやつやウニみたいなやつを山ほど退治する羽目になってしまった。
鑑定するとホタテ貝の方は食べられそうなので持って帰るとしよう。
「つきました。」
「これはひどい。」
「皆お金に目がくらんでやってきたんでしょうけど、ダンジョンを甘く見過ぎたようですね。」
「甘く見るっていうレベルか?どう見ても蹂躙だろ。」
「命を取られるのはよっぽど運が悪くなければないだろうが、ここまで来ると心配になってくるな。」
ジェッティクレフタが生息する沼地エリアにやってきたわけだが、そこでは大量のザリガニに追われる冒険者の姿があった。
ただのザリガニと侮るなかれ、ものすごい勢いの水を両手の爪から発射しながら追いかけてくる様はまるでB級ホラー映画のよう。
キラージェッティクレフタの逆襲とかそんなタイトルがついていそうな状態だ。
そこらじゅうで悲鳴が聞こえ、冒険者が泥まみれになりながら転がり逃げ惑う姿は本当に大丈夫なのか心配になってくる。
とはいえこいつを捕まえなければ大物は捕まらないわけで。
「で、どうする?」
「これを使います。」
「俺には紐の先に木の板がくくられているようにしか見えないんだが、そんなのでいいのか?」
「こういう簡単な奴が使いやすいんだ、まぁ見ておけ。」
アニエスさんが取り出したのは親指ほどもある太い紐に厚さ2cm長さが1mほどの板が括りつけられただけの道具。
それをクーガーさんが受け取り、狙いを定めるわけでもなく適当に沼地へと投げ込んだ。
着地後、そのまま無造作にひもを引っ張り戻ってくるとまた投げ込むのを繰り返す。
投げては巻いて投げては巻いて、全く反応がないなぁと思った次の瞬間。
バチン!という大きな音を立ててジェッティクレフタが板を挟み込んだ。
一匹かかったと思ったら更にバチンバチンと音が鳴り、全部で3匹のジェッティクレフタが板をはさんでいる。
そしてそれをずるずるとこちらに引っ張りよせ、横に回り込み胴体を掴み爪を別のひもでぐるぐる巻きに。
あっという間に爪を封じられて捕獲されてしまった。
「とまぁこんな感じだ。」
「手際が良すぎる。そうか、はさんでいる間はあの水を噴き出せないのか。」
「そういうことだ。とはいえ前に立つと爪を離して攻撃してくるからあくまでも横か後ろからにしないと痛い目を見るぞ。」
「了解。」
「とりあえず10匹ほど捕まえて売りに行くのがいいだろう。ほら、早く爪を縛れ。」
木の板をしっかりとつかむ爪を引っぺがして渡された紐でしっかりと縛る。
アイアンスパイダーの糸を編み込んで作られた紐は簡単に切られる心配もない。
『ジェッティクレフタ。別名海老ジェットとも呼ばれ、両手の爪から射出される水は非常に勢いが強く一説によると沼地を効率的に動き回るために進化したとも言われている。モレイールを捕獲するのに絶好の餌となるため常に狙われているが、甘く見た冒険者が逆に狙われることが後を絶たない。最近の平均取引価格は銅貨26枚、最安値銅貨20枚、最高値銅貨41枚、最終取引日は本日と記録されています。』
同じ手順で10匹ほど捕まえるとアニエスさんがダンジョンのさらに奥へとそれを売りに行く。
その間に俺達は再びジェッティクレフタを捕まえるわけなのだが・・・。
「バカ野郎こっちに来るな!」
「すみませんすみません!」
調子が良かったのは最初だけ、後は逃げ惑う冒険者に邪魔をされながら釣る羽目になってしまった。
なんなら正面に逃げてくるものだから俺まで一緒に逃げ惑うことになる始末。
沼地で歩きにくい上に慌てると深く足を踏み込んでしまうので余計に時間がかかってしまい、クーガーさんが守ってくれなかったら爪のジェット噴射で打ち抜かれてしまうところだった。
そんなこんなで何とか目的の数を捕まえ、アニエスさんを追うようにダンジョンの奥へ。
釣れる釣れないはともかく餌がなければ釣り上げる事が出来ないだけに、これもあっという間に売れる事だろう。
「って、なんだよあれ!」
「あれがモレイールです、危険ですから気を抜かないでください。」
「魚なんだから水の中にいるもんじゃないのか?」
「誰がいつ水の中だって言った?」
「言ってなかった気がする。」
ダンジョンの奥、地底湖のようになった場所で繰り広げられる阿鼻叫喚の状態。
空飛ぶウツボが冒険者を追い回し、餌のはずのジェッティクレフタがそれを狙って水を発射。
当たれば怒ったモレイールがジェッティクレフタを攻撃し始めるので、そのすきに後ろから攻撃するという状況があちらこちらで繰り広げられる。
地面に落としたからといっても終わりではない、今度は蛇のように素早く地面の上を這いまわり逃げ延びると再び空へと浮かび上がる。
よく見ると飛んでいるというよりも滑空しているような感じだ。
一応逃げる冒険者と攻撃する冒険者に分かれてはいるようだが、捕まれば大けがをするだけに冒険者もかなり必死に逃げ回っている。
そりゃあんな鋭い歯を持ったうつぼに追い回されたら悲鳴の一つもあげたくなるだろう。
「これ、商売している場合か?」
「今は混乱しているだけで収まれば再びジェッティクレフタを買いに来てくださいます。が、これは収まるまで時間がかかりそうですね。」
「それなら自分達で捕まえてもいいわけだよな?これだけいるんだ、わざわざ餌だけを売る必要もないだろ。」
「まぁ確かに?」
「では私が攻撃しますのでシロウ様は囮をお願いします。」
ん?今なんて言った?
俺が囮だって?
確かに逃げる役と攻撃する役が必要だとはわかっているが、なんで俺が逃げる方なんだ?
「・・・見てるだけじゃダメか?」
「ダメです。あいつらは中々にかしこくて自分よりも弱い者しか追いかけないんです。」
「それ、最初から俺を囮にする気満々じゃないか。」
「シロウ様がこれで一儲けするとおっしゃったんですよね?捕まえれば餌を売るよりも稼げますよ。」
「ぐぬぬ、絶対に仕留めろよ。絶対だからな。」
「任せておけ、二人もいればすぐに仕留められる。とりあえず餌をばらまいてモレイールを引き寄せるぞ。」
こうなればこっちも覚悟を決めよう。
念入りに柔軟を行い逃げる準備をするうちに、クーガーさんが捕まえたジェッティクレフタを何匹か逃がしてやる。
もちろんそいつの前に立つと攻撃されるので警戒をしながら空を飛び回るモレイールをジェッティクレフタの前におびき寄せ撃墜させるわけだが・・・、口で言うのは簡単だけど実際逃げ回っているとそんな余裕もないわけで。
鋭い歯を持つウツボに追い回される恐怖と言ったら、正直二度と味わいたくない。
もしもの時は二人が助けてくれるとわかっていても怖すぎて変な声が出るし、うまく誘導できないしで最後の方はヘロヘロになってしまった。
とはいえそのかいあって暴れまわっていたモレイールは無事に退治され、全部で4匹も捕まえる事が出来た。
落ち着きを取り戻した後は冒険者がジェッティクレフタを買いに来てくれたのでそちらの在庫も無事に現金化。
捕まえたのは全部で27匹、一匹銅貨25枚で売れるので使用した分を引いても銀貨10枚を軽く超える売り上げになった。
捕まえた分は別途地上に戻ってから捌いてしまおう。
肉は食べるとしても素材だけでもそれなりの値段で売れるはず。
しかしまさか魚に追い掛け回される日が来るとはなぁ。
確かに言い出したのは俺だったけど、なんだか思っていたのとは全然違う感じになってしまった。
俺はもっとこう、餌を売りまくる感じを想像していたんだが世の中そううまくはいかないようだ。
次からはもっとリサーチしてから手を出そう。
そう、強く誓ったのだった。




