1301.転売屋は新たな客を迎える
「よーし、到着っと。」
「お疲れさまでした。」
「この馬車に変えてからいつもよりも三割ぐらい早く到着出来たな、乗り心地も良かったし荷物も暴れることなくしっかり固定されていた。これなら割れ物があっても今まで以上に速度を出せそうだ。」
今日は月に一度の荷受けの日。
ダンジョン街から出荷された荷物がドレイク船長の船に乗せられ海を渡りここ王都まで運ばれてくる。
今までは荷物が溜まったらっていう感じで送ってもらっていたのだが、店を持ったこともあり荷物が増えるタイミングがわかるほうがありがたいので月の初めに出荷してもらうことにした。
馬車で隣町まで移動してガレイの魔導船で港までおよそ三日。
それから船に乗って海を渡って一週間、およそ10日で此方に着くのでこうやって出迎えるのもやりやすい。
今回は向こうで採れた野菜や此方で集めにくい素材なんかを多めに入れていると事前に届いた手紙には書いてあったので確認出来次第各ギルドに売り込みを掛けるとしよう。
あとはアグリの作ってくれた夏野菜か。
葉物はさすがに日持ちしないが保冷用の木箱を使っているとの事だったのでそれ以外のものなら大丈夫なはず。
アグリの野菜は美味いからなぁ、それを毎月食べられると思うとこの日が来るのが楽しみになってくるな。
「早く到着出来たのはいい馬を用意してもらえたからってのもあるな、これだけの荷物を抱えてよく走る。」
「確かにそうかもな、二頭共ご苦労さん。」
馬車を引っ張ってくれた二頭の首元をポンポンと叩いてやると満足気な感じで頭をぶつけて来た。
両サイドから挟まれて少し痛いが帰りもお願いすることになるので労いの手を止めるつもりはない。
ひとしきり好きにさせた後港まで移動して先に荷下ろしを済ませておく。
この間貰ったヒーリングフラワーの種やアルトリオの三人が作った冷感下着なんかが今回の目玉商品、他にも此方で見つけた金になりそうな品々を入れてあるので向こうで換金してくれることだろう。
こっちじゃ売りにくくても向こうでよく売れるような品は沢山ある、それを送りあうだけで大儲けできるんだから有難い話だなぁ。
「さて、船が着くまで少しあるし自由時間にするか。」
「それじゃあ少し飲んでくる、時間までには戻るからまた後で。」
「アニエスさんはどうする?」
「私は港で待機しています。」
「いいのか?」
「実はこの間美味しいレレモンの飲み物を出してくださるお店を見つけまして、そこで待たせてもらおうかと。」
この間スポーツドリンクを作る流れでレモネード風の飲み物を一緒に作ったんだが、まさかこんなに流行してくれるとは思っていなかった。
あの時は熱中症予防にと思ってスポーツドリングをメインにしていたからこっちの売れ行きは気にしていなかっただけにレシピを売り出しておけばよかったと後悔している。
まぁ、そのおかげで美味しいお店が増えるわけだしそれに使う南方の砂糖もよく売れるようになったので結果オーライといえば結果オーライか。
「それじゃあ俺は冒険者ギルドと商業ギルドに顔を出してくる。」
「折角の空き時間ですしゆっくりされては?」
「暇だからってのんびり出来ない残念な性格なのは知ってるだろ?」
「ふふ、そうでした。」
別に時間が出来たら働けとかそういう風に考えているわけではない。
ただ、休んでいるうちに金儲けのネタを掴めなかったらと不安になってしまうそんな考えをしているだけの話。
めんどくさくなったらもちろん休むので単に貧乏性なだけだ。
アニエスさんとも別れてゆっくりとギルドをはしごして情報を収集、どうやら西方の品が前以上に流通し始めたようで好感度アップキャンペーンは無事に成功したと考えてよさそうだ。
これで俺も安心して向こうの品々を売り込むことが出来る。
あと気になったのは北方関係だな。
なんでも夏にもかかわらず雪が降るんじゃないかってぐらいの冷夏になっているらしく作物の生育に著しい影響が出ているらしい。
幸いこっちは豊作の流れなのでそれを流せば問題はないだろうけど、生活に余力がなくなると工芸品やその他の品にも影響が出てきてしまうだけに問題として注視する必要がある。
特に食器関係はダンジョン街でも人気だったしそっちが流通しなくなるのはもったいないなぁ。
今のうちに仕入れておいた方がいいだろうか。
そんな事を考えながら、余った時間に市場をぶらつき気になったものを仕入れていたらあっという間に夕方になってしまった。
見覚えのある船がゆっくりと入港し、下船用の板が降ろされる。
「これはシロウ様、お久しぶりです!」
「ドレイク船長、今日も無事に到着だな。」
「お陰様で大きな問題も無く荷を運ぶことが出来ました。今回は司祭様が乗船されていたのでそのおかげというのもありますが。」
「司祭様?」
「シロウ様のお知り合いだとか、そろそろ降りてくると思いますよ。」
俺の知り合い?
ジャンヌ大司教は王都にいるし、ぶっちゃけ聖職者の知り合いなんてほとんどいないはず。
ドレイク船長と共に視線を船に向けると、フラフラとした足取りでおりてくる一人の女性に目が留まった。
あれ、あのまま行くと下船用の板から外れて下に・・・。
「危ない!」
「え?」
「大丈夫ですかモニカ様。」
「あれ?アニエス様?私は確か船を・・・。」
「下船しようと思ってふらついたんだ、アニエスさんがいなかったら今頃海の中だぞ。」
俺の声に反応したアニエスさんが目にも止まらぬ速さで落ちそうになっている彼女の手を取り間一髪で落下を免れた。
まったくなんて危なっかしい登場だよ。
「シロウ様!」
「久しぶりだなモニカさん、元気そうで何よりだ。」
「お会いするのは六ヶ月ぶりでしょうか、あの時は急な話でお別れも出来ず子供達も悲しんでいましたがお元気そうでよかったです。」
アニエスさんに手を引かれて下まで降りてきたモニカが慌てた様子で服を治し、ペコリと頭を下げる。
ダンジョン街で教会と孤児院を経営しているモニカ、俺も向こうでは聖水をはじめ色々と世話になっていた。
しかしアレだな、学校もあるのに彼女が一人でここまで来るなんてどうしたんだろうか。
「まぁあの時は色々重なったからな。今回はどうして王都にきたんだ?」
「ジャンヌ大司教より火急の呼び出しを受けまして、あの何かご存じですか?」
ジャンヌ大司教からの呼び出し?
はて、それ関係の話は一切聞いていないんだが何かあるんだろうか。
ついこの間も話をしたがモニカが来るのなら一声かけてくれても良かったと思うんだが・・・。
わからん。
「悪いが知らないんだ。」
「そうですか。でもまぁ行けばわかりますから、あと皆さんからお手紙を預かって来たのでこれを。」
「わざわざ悪いな。」
「ついでですから。」
この間シュウとキョウが来た時も手紙が入っていたのだが、もう返事を書いてくれたのか。
いつも子供達の近状を書いてくれているので会えなくてもどれぐらい成長したかがよくわかる。
とはいえ会えないのはなかなかつらい物があるが、今は我慢我慢。
「とりあえず荷下ろしがあるから少しここで休んでいてくれ、そこにレレモンの美味しい飲み物を出してくれる店があるそうだ。俺は荷物の確認をしてくるからアニエスさん宜しく。」
「畏まりました、ではモニカ様どうぞ。」
「ありがとうございます。」
丁寧にお辞儀をしたモニカだが、歩きはじめると同時にこけそうになっていた。
わかる、わかるぞ。
暫く船上にいると常に揺れている感覚があるので地面の上でもそういう錯覚を覚えてしまうんだよな。
まっすぐ歩いているつもりでまっすぐ歩けないとか、暫くするとそれも治まるんだが最初はそんな風にまっすぐ歩けないんだよなぁ。
わっわっと慌てるモニカを連れてアニエスさんが先程の店に戻るのを見送り、腕まくりをして降ろされはじめた荷物へと向かっていく。
とりあえず日が暮れる前に荷物を馬車に乗せて出発は明日にするか。
モニカさんがいなかったらそのまま走ってもかまわなかったんだが、流石にあの状態の彼女を猛スピードで走る馬車に乗せられないだろう。
ジャンヌ大司教の大事なお客さまなんだからしっかりおもてなししてやらないとな。
「クーガーさん、悪いんだが・・・。」
「宿の手配だな。さっき行った店がなかなか美味かった、宿をやってるらしいからそこでいいか?」
「助かる。」
積もる話もあるしせっかくなのでのんびりしようじゃないか。
なんだかんだしていると気づけば日も暮れてしまい、その頃にはモニカの船酔い?も治まったようなので航海の無事を祝いドレイク船長も呼んでささやかな歓迎会を行うことにした。
クーガーさんが予約してくれた店は船乗り相手の店ながら料理の味付けは絶品で、どれを食べても美味いという言葉しか出てこない。
これは今度からここを利用するしかないな。
「へぇ、そんな事があったのか。」
「まさかセイレーンの集団に出くわすとは思っていなくて、さすがの僕も覚悟しましたよ。それなのにモニカ様が祈りを捧げるだけで彼女たちがあっという間にどこかに行ってしまって、こんなこと生まれて初めてでした。」
「本当に偶然です、私はただ必死に祈りをささげただけで・・・。」
「その祈りでセイレーンが退いたのであればモニカ様には素晴らしい素質があるという事ですね。」
「そんな、言いすぎです。」
皆に持ち上げられ恥ずかしそうに俯いてしまうモニカを肴に酒を飲む。
恐らくは偶然なんだろうけどもしそういう力があるのなら船乗りから女神としてあがめられるんじゃないだろうか。
「あれ、アニエスさんグラスが空いていますよ。」
「私はお水で大丈夫です、それを言うならシロウ様も空いていますね。」
「あ、本当だ。ささ、どうぞどうぞ。」
「それを言うならドレイク船長も空だよな?」
「え、僕は・・・。」
「空だよな?」
クーガーさんの圧力に負け、ドレイク船長がなみなみ注がれたエールを一気に飲み干す。
元の世界ならアルハラだなんだと言われるんだろうけど、こっちの世界にそんな言葉はない。
なかなかいい飲みっぷりを見せてくれた船長にお礼とばかりにエールを注ぎ、三人でまた乾杯する。
明日は運ばれてきた素材を仕分けして各ギルドに持ち込んで換金、目録を見ると清酒も入っているようなのでそっちはリングさんと陛下に献上することになるだろう。
献上とはいえ代金はしっかりと支払われるのでいい収入になるはずだ。
残った分はイザベラを通じて貴族に割増しで買い取らせれば彼女も満足だろう。
そろそろ自分に掛けられたノルマを達成できそうだと話していたのでこの冬までに解放することになるかもしれない。
正直王都での貴族相手の人脈が無くなるのは痛い所だが、それまでに俺がしっかりと築けばいいだけだ。
「さぁさぁ、夜はまだ長いんだ次はだれが話をする?」
「それでしたらこの間の魔物襲撃についてお話ししますね、あれは春になってすぐの事で・・・。」
いつにもなく饒舌なモニカからダンジョン街の魔物襲撃について話を聞きながら酒を飲み、飯を食う。
こういう時間もたまにはいいもんだ、そんな事を考えながらエールの入ったジョッキを傾けるのだった。




