1299.転売屋はお礼をたくさんもらう
まだ夜も明けきらぬ早朝。
俺は寝床から起き出し、そのまま寝室を出て隣の部屋へと移動する。
いつもならアニエスさんが寝ているはずのベッドには安らかな表情を浮かべる女性が横たわっていた。
ベッドのそばではルフが身を丸くしており、俺の気配に頭をもたげ再び同じ姿勢に戻った。
「変わりなしか。」
近づいて状況を確認するも変化はなし。
口元に手を当ててみるが空気の動きは感じず、首元に手を当ててみても脈動は感じられない。
『死体』
一般的に呼吸も脈拍もなければ死んでいるとみなされるのはこの世界でも同じだ。
放っておけば腐敗しいずれ骨になるだろう。
元の世界ならそれで終わりだが、この世界の場合はその途中でアンデットとして魔物化する場合はあるがどちらにせよ死んでいることに変わりはない。
しかしながら彼女は違った。
あの遺跡で石櫃の中から見つかったときからまるで生きているかのような血色のいい顔色をしているし、からだ中どこも腐敗なんてしていない。
死体とは言え女性なのでアニエスさんと一緒に確認してみたのだがどこにもそのような場所は存在しなかった。
封印されていたとはいえおよそ200年近くあの石櫃の中に入っていたはずなのに肉体に損傷がないとはいったいどういうからくりなんだろうか。
一応石櫃も含め鑑定してみたがそういう魔法や仕掛けは施されていなかった。
だが一つだけ普通と違うところがある。
改めて彼女の体に手を触れるといつものように鑑定スキルが発動した。
『人造生命体。旧王朝時代に研究されその危険性から封印された魔導生命体の一種。人と同じ見た目をしながらも定命の束縛から逃れ魔素を燃料として稼働することができる不死なる存在。たとえ肉体が滅ぼうともわずかな細胞が残っていれば魔素を元に復元することが可能と言われている。最近の取引履歴はありません。』
本来人間や動物に触れても鑑定スキルは発動しない。
神様や魔族なんかは過去に反応したことはあったものの、人に関しては一度も見たことがない。
にもかかわらず彼女には表示され、更には人とは違う名前で結果が出てきた。
人造生命体
漫画なんかでは聞いたことはあるけれどどうやらそれとはまた違う気もする。
ともかく情報があまりにもなさすぎる上に存在が明らかにやばそうなのでこうやって家に匿っている?というわけだ。
今の所起きる様子もない。
「とりあえず今は情報収集だな。」
ルフの頭をなでて監視をお願いしつつ、朝食を作るべく台所へと向かうのだった。
その後はいつもと同じように店を開け、手が空いたところで貧民街へと向かう。
バサラさんからの呼び出しだが十中八九この間の件だろう。
ここ最近通い詰めていたので顔見知りになりつつある住民たちに挨拶をしながら、バサラさんの家へと到着した。
「シロウだ。」
「英雄のお出ましだね、待っていたよ。」
「その英雄ってのはやめないか?」
「なんでだ?子供達は君を病魔から救ってくれた英雄だと思っているぞ。」
「俺は薬を持ってきただけだし感染拡大を防いだのはシュウのグラスとキョウのマスクがあったおかげだ。薬代もしっかり回収させてもらったし俺はあくまでも金儲けの一環として手伝っただけだ。」
別に謙遜でも何でもない。
最初に提供した薬のお陰で貧民街の子供達は無事に流行り病から回復したが、その時の代金は現在進行形で拡大しつつある王都内での感染予防に使われているマスク代で回収済み。
シュウの簡易グラスも見た目の良さから日常使い用にしたいと注文が入っているらしいし、キョウもマスクだけでなくランチョンマットや簡単な小物の製作依頼が入っているらしく忙しそうにしていた。
二人が頑張れば必然的にそれを扱う俺が儲かる。
この最高の流れは全て流行り病から始まったわけであって英雄なんて呼ばれるようなことは何もしていない。
「そうやって謙遜するのも悪くはないけれど、それで彼らの気持ちを拒否するのだけはやめてくれよ。」
「どういうことだ?」
「こういう事さ、さぁみんな入ってもいいぞ。」
バサラさんの合図で家の中から大勢の子供達が飛びだしてきたと思ったら、あっという間にその子たちに囲まれてしまった。
「シロウさんありがとう!」
「元気になったよ!」
「お薬頑張って飲んだから元気になったよ!」
そして我先にと俺へのお礼を口にする。
皆この間まで病に臥せって苦しんでいたようだが、今はもうその気配を感じさせない元気っぷりだ。
よかったよかった。
「みんな元気そうで何よりだ。これからも引き続き手洗いとうがいはしっかりしろよ、わかったな。」
「「「「はい!」」」」
「いい返事だ。」
「みんなお礼を言いに集まったわけじゃないんだろ?」
純粋な目をキラキラと輝かせて返事を言う子供達だったが、バサラさんの言葉にハッと我に返り慌てた感じでポケットを漁り始める。
「そうだった!」
「これ、シロウさんにあげる!」
「いっぱい集めたんだよ、もらって!」
「お薬ありがとう!」
我先にと俺に何かを押し付けてくる子供達。
受け取り切れず手からこぼれたやつがポロポロと地面の下に落ちてしまった。
これは・・・種?
『ヒーリングフラワーの種。穢れた土地を浄化する為にどこからともかく生えてくるヒーリングフラワーはその浄化作用と回復作用から薬草の代わりにも使われることがある。神出鬼没の為狙って採取することは難しいが、種を用いることで栽培することは可能。しかしながら栽培する場合は土地に多量の魔素が含まれていないと開花しないと言われている。最近の平均取引価格は銅貨14枚、最安値銅貨8枚、最高値銅貨19枚、最終取引日は本日と記録されています。』
見た事のない種だが、使い方次第では薬草の代わりにもなる花が咲くらしい。
よくまぁこんなものをこんなに見つけたものだ。
「こんなもの、よく手に入ったな。」
「この子達が治りだした頃に突然ゴミ置き場付近に綺麗な花が咲いたんだ。鑑定スキル持ちに聞くとヒーリングフラワーという花だとわかってね、すぐに花は枯れてしまったんだけど代わりに大量の種を残してくれたんだ。そしたら子供達が君にあげようって言いだしたのさ。」
「シロウさんの為にお花が咲いたんだよ!」
「これでいっぱいお花を咲かせてお薬いっぱい作ってね!」
「お金一杯稼げるかな?」
「あぁ、これだけあったら大儲けできるだろう。ありがとな、遠慮なくいただくよ。」
偶然にしては話が出来すぎているもののそれでも彼らの気持ちは間違いのない物だ。
残念ながら王都で栽培することは難しいだろうけど魔素の多い土地には心当たりがあるからそこでなら綺麗な花を咲かすに違いない。
薬草の代わりになるのであればアネットがいい感じに薬として活用してくれるだろう。
もしくはビアンカがポーションにしてくれるのかもしれない。
どちらにせよ向こうの方が色々と使ってお金に換えてくれるだろうからありがたく使わせてもらうとしよう。
どんな花が咲くのかも気になるところだけどな。
そういえば時期的にカニバフラワーやメロンメロンが大騒ぎする時期だが、元気しているんだろうか。
「とまぁ、子供達からのお礼はこれで終わりなんだがまだ全部終わったわけじゃないんだ。」
「嘘だろ。」
「それじゃあ第二弾、みんな出番だよ。」
今度は家の後ろから大人たちがぞろぞろとやってきて自分の子供の後ろに立った。
子供は全部で30人程、両親そろっているわけではないけれどそれでも40人近くの大人が集まっている。
「シロウさんがいなかったらここにいる何人かは死んでいたかもしれない、本当にありがとう。」
「いつもお仕事をくれるお陰で前よりも生活がしやすくなったのよ、これも全部シロウさんのお陰です。」
「前はもう死んでもいいやって思ってたけど今はがんばろって思えるんだ、ここもまだまだ悪くないね。」
子供に負けないぐらいの笑顔で俺への感謝を順番に口にする大人たち。
ほんとこういうのいらないから。
最近は年のせいか涙もろくてこういうのされると涙腺がゆるんでしまうんだよなぁ。
ほんと年は取りたくないものだ。
「それでこっちが大人から。子供達みたいにすごい物ではないけど何かの足しにしてくれたらいいよ。」
「こっちもまた大量だな。」
「すごい物じゃないけど貧民街らしい物を集めてみた。君ならいい感じに使ってくれるだろ?」
「確かにどれも何かには使えそうだ、ありがたく頂戴するよ。」
大人たちが用意してくれたのは一見するとただのゴミだが、どれも手を加えることで金に変わる物ばかりだった。
王都に落ちているゴミがすべてゴミというわけではない、アプリコの種もそうだけれど案外金になるようなものもたくさん捨てられている。
それを見極めてわざわざ避けてくれていたんだろう。
しかもちゃんときれいに洗ったりしてあるし分別もし終わっている。
これならすぐに換金する事も出来ただろうに俺が何かに使うかもとおいてくれていたようだ。
彼らからすれば自分の子供を助けてくれた恩人ってことになるんだろうけど、ほんと金儲けのついでみたいなものだからそこまでしなくてもよかったのになぁ。
まぁ用意してくれたものはありがたく使わせてもらうけど。
「ってな感じで君を呼び出した用事はこれで終わりだ。引き続き何か手伝えることがあったら遠慮なく声をかけてくれれば喜んで手を貸そう。」
「こっちとしても急な仕事の時には引き続き頼りにさせてもらうつもりだ。こんなにたくさんありがとな。」
大小さまざまなお礼をもらい貧民街を後にする。
これからも引き続き自分の為に金儲けをしながら少しでも彼らを助ける事が出来ればと思っている。
もちろん金儲けを前提としてはいるけれどその過程で何かプラスになれば幸いだ。
とりあえず今日はみんなの温かい気持ちを胸に次の用事を済ませるとしよう。
彼女が目を覚ますことはないかもしれないけれど、少しでも可能性があるのなら。
そう自分に言い聞かせて情報を集めるべく図書館へと向かったのだった。




