13.転売屋は不良在庫を処分する
机の上に並べられる品々に犬の目がどんどん見開かれていく。
せっかく持ってきたんだ、使わない手はないよな。
「なんやねん、これ。」
「言っただろ買い取ってほしいんだ。」
「質入れやないんか?」
「そんなことしたらエリザみたいになるだろ?だから買い取ってくれ。それともなにか?ここでは買い取りもしてくれないのか?もしそうなら大人しく向かいの店にもっていくと・・・。」
「誰もそんなこと言ってへんやろ、うちかて買い取りぐらいやってます。」
猫が犬を嫌うように犬も猫を嫌っている。
だからそれを匂わせたら絶対に食いついてくると思った俺の読みは当たったようだ。
「それは良かった。前向こうに持って行ったんだが思ったより安かったんでね、せっかくだからこっちに持ってきたんだ。」
「そらあかん、ベルナの店に持って行ったかて買い叩かれて当然ですわ。あの猫、物の価値なんてさっぱりわかってないんやから。」
「やっぱりそうなのか?」
「そうですわ。この前かてうちの半値で買い取り提案して客怒らせたんやから。」
そんなことがあったのか。
まぁ、適当な事を言っている可能性はあるけれど無くはない話だからな。
「それを聞いて安心したよ。エリザの件はもう終わった話だ、こっちはこっちでしっかり見てくれるよな。」
「任せとき、これだけの品を並べられて久々に腕が鳴りますわ。ちょっと裏に持って行くけどかまへんやろ?」
「あぁ、頼む。」
「茶は出さへんけど堪忍な。」
そう言いながら犬は並べた品を抱えて裏へと消えていった。
「シロウ、その・・・。」
無人になった店にエリザの申し訳なさそうな声が響く。
声のした方を見ると今にも泣きそうな、いや泣いているエリザが俺を見つめていた。
「さっきのなら気にするな。これは貸しだ。」
「貸し?」
「昨日はお前を買ったが、別に奴隷として買ったんじゃない。事実お前は奴隷にならず冒険者のままだよな。」
「確かにそうだけど・・・。」
「だからこれは貸しだ。さっきのも足して合計金貨6枚、冒険者なら働いて返せ。俺の言っていることはわかるよな?」
抱く口実でエリザを買ったのは事実だ。
だがそれでエリザが納得していないのはわかっていた。
一晩抱いただけだが、こいつは受けた恩を絶対に返すタイプの人間だろう。
買ってもらったから俺の所有物、そんな風に思っているに違いない。
だが、そうじゃない。
事実エリザは奴隷行きを免れた。
だから今でも所有者は自分自身だ。
「でも、それじゃあ・・・。」
「二度も言わせるなよ、これは貸しだ。普通なら昨日抱いた時点で金貨5枚分はチャラになるはずだが、お前はそれが嫌なんだろ?だから全部返せ。追加の金貨1枚と合わせて金貨6枚死ぬ気で稼いでみろ。あぁ、悪い、死んだら返すものも返せないからな、生きて戻って俺に金を持ってこい。」
死ぬ気で稼がせて本当に死んだら意味が無い。
こういうのはジワジワ搾取するのが一番だ。
多少苦しい程度にとどめておいて搾り取るだけ搾り取る。
こんな言い方をすると俺も犬と同じになってしまうが、俺は利息なんて取らないから一緒にしないでもらいたい。
「わかった。何をしてでもシロウに金を返すから、それは信じて。」
「処女を貰ったんだ、担保としては十分だろ。」
「でも何もかもなくなっちゃった。今あるのはこの身体だけ、装備も無しにこれからどうすれば・・・。」
「それも俺に考えがある。とりあえず待ってくれ。」
「・・・わかった。シロウがそういうのなら。」
とりあえず納得してくれたようだ。
することも無いのでエリザの話を色々と聞かせてもらっていたら、奥から犬が戻ってきた。
「待たせてすんまへん。」
「別に、いい暇つぶしが出来たよ。」
「これだけの品をお持ちとは、エリザの代金をぽっと支払ったのもうなずけますわ。」
「持ち上げられるのは好きじゃない、結果を聞かせてくれ。」
「せっかちな男は嫌われるで。」
そう言いながら犬が最初にカウンターに乗せたのはこぶし大の石だ。
『嘆きの石。人間との恋に敗れた妖精が後悔でその身を石とした物。特に目立った効果は無いが骨董品として取引されている。現存数は少ない。最近の平均取引価格は金貨1枚、最安値が銅貨5枚、最高値金貨3枚、最終取引日は1年と178日前と記録されています。』
茣蓙を固定する為に適当に置かれていたやつだ。
たまたま手に取った瞬間に鑑定が発生して思わず二度見してしまった。
向こうもなんでこんなものを買うのか不思議がっていたな。
「嘆きの石やな。現存する物を目にするのは私も初めてやわ。これは貴族の方が喜んで買ってくれるやろから質入れでしたら金貨2枚、買い取りやったら金貨1枚で買わせてもらいます。」
「まぁ、そんなものか。続けてくれ。」
次に犬が並べたのは古びた腕輪だ。
『不動の腕輪。これを装備した物は身動きが取れなくなる代わりに隕鉄よりも固くなる。固くなるため他人が取り外すことも難しく、装備者が朽ち果ててから回収されることが多い。最近の平均取引価格は銀貨73枚、最安値が銀貨33枚、最高値銀貨91枚、最終取引日は2年と71日前と記録されています。』
古びた腕輪で代々家に受け継がれていたそうだ。
だが汚くてデザインも良くないという理由で出品されていた。
売っていたのは若い奥様だったが、もし身に着けていたら若くして石になっていたと考えると呪いの装備と言ってもいいだろう。
被害が出る前に回収できて何よりだ。
ちなみに値段だけは吹っ掛けられ銀貨15枚も取られた。
あの美人を助けたと思えば安い買い物かもしれないな。
「こっちは不動の腕輪ですわ。身に付ければ隕鉄のごとき硬さを手にすることが出来る逸品です。かなりダンジョンの奥で発見されることが多いから、冒険者が喜びそうですわ。これは銀貨50枚なら買わせてもらいましょ。」
「少し安いが、まぁいい。次は?」
次いで犬が並べたのは三つの小刀。
長さはどれも違うが似たような奴だ。
『裏切りのナイフ。これを身に着け装備者の血をナイフに吸わせると、一番信頼している人間に襲い掛かる。主に暗殺に利用されている。最近の平均取引価格は銀貨15枚、最安値が銀貨5枚、最高値銀貨40枚、最終取引日は288日前と記録されています。』
「暗殺に使われている裏切りのナイフ、こんなもんよう三本も持ってましたな。」
「気を付ければ特に問題ない品だ。俺みたいな独り身だと裏切る相手もいないさ。」
「使い方が使い方だけに一般には売れへんけど、その筋の人からすれば喉から手が出るほど欲しい上物です。こんなん買うのウチぐらいでっせ。」
「いくらなんだ?」
「ズバリ金貨2枚出しましょ、そのかわり三本でこの金額です。バラ売りするならあきらめるんですな。」
これは干し肉を売りに来ていた行商人が捌くように使っていたやつだ。
妙に切れ味がいいので触らせてもらったらこんな恐ろしい品だった。
本人が今まで人を殺していないのが不思議なくらいだが、もしかすると何人か仕留めた後なのかもしれない。
三本あったので一本銀貨10枚出すと言ったら喜んで売ってくれたよ。
被害者が増える前で何よりだ。
「後は、あまり使い道のない奴ばかりやったから残りの全部で金貨1.5枚。これ以上はだしまへんで。」
「安すぎないか?残り5個もそれなりの品だぞ?」
「それなりかもしれんけど、売れへんかったら意味あらへん。嫌なら持って帰ってもらって結構やで。」
ちなみに残りの五個は『迷い蛾の鱗粉』『蛮族の人形』『切れずの鋏』『招か猿』それと『重石の石』。
どれも価値がわからず適当な値段で売っていたやつだが、石だけは本当に漬物石として使われていたらしい。
これをつかうといい味出るのよーと御婆さんは言っていたが、重すぎて使いにくいので売りに出したそうだ。
これを買うのに別途大量の漬物を買わされたが、全てマスターに押し付けてきた。
漬物と言ってもピクルスみたいなやつだからつまみか何かに使ってくれるだろう。
どれも骨董品のような価値はあるが、犬が言うように実用が無い品ばかり。
金貨1.5枚でも十分利益が出る。
これで合計金貨5枚、当初の金額は回収できっと考えていいだろう。
「わかった、全部買い取ってくれ。」
「二言はあらへんな?」
「あぁ、買い取ってくれるならそれで十分だ。」
「毎度おおきに、いい商売させてもらいましたわ。ホントいうとエリザを持っていかれて癪やったんやけどこれで帳消しやな。」
「本人を前にしてそれを言うか?」
「もう終わった話やから。エリザもまた金が足らんくなったら遠慮なく言うんやで?」
「二度と借りてやるものか!」
エリザが顔を真っ赤にして反論する。
それがおかしかったのか犬は笑いながら品々を裏にもっていき、すぐに戻ってきた。
「ほな、金貨5枚やね。」
「確かに。」
「またなにかあったらウチに持ってきてや。間違ってもベルナの店なんかに持っていくんやないで。」
「次があればな。」
机の上に置かれたままの金貨がそのまま俺に戻ってくる。
出て行ったお金は金貨1枚。
ま、不良在庫が処理出来てよかったと思うべきだろう。
「毎度おおきに。」
俺達はその声に振り返りもせず、質屋を後にした。
そのまま無言で大通りまで戻る。
そこでやっと一息ついた。
「悪かったな、つき合わせて。」
「どんな品かはわからなかったけど、シロウが凄い物を売ったって事はわかった。」
「別に凄い物じゃないさ、俺からしてみれば不良在庫を買い取ってもらっただけだ。」
「不良在庫?」
「こっちの話だよ。」
エリザとのやり取りを見て、俺はベルナの言っていた言葉の意味を知った。
確かにアイツは最低な奴だ。
あの契約書といい、まっとうなやり方で金を稼いできてないんだろう。
確かにベルナよりかは高く買ってくれたかもしれないが、そんなやつに利益を出させるほど俺は優しくない。
だから俺は仕込みを使う事を決めた。
今日売り出した品々、確かにあの中には珍しく価値のあるものがあった。
だが、それを売り切るにはかなりの時間を要する。
何故なら、今日売り出した品は全て直近の販売履歴の無い品ばかりだからだ。
鑑定スキルがあれば珍しいものかどうかの判別が出来るかもしれない。
だがいつどこで売れたまではわからないので、それを逆手に取り全く売れなさそうなものを奴に押し付けたんだ。
本当は俺も買う時に気づけばよかったんだけど、買ってからそれに気づいたんだよね。
ほんと、相場スキル様々だわ。
これがなかったらあの犬同様、いつまでも売れない品を抱えることになる所だった。
今後も珍しく価値があるけどなかなか売れないものを見つけたらわざと買い取って売りつけてやろう。
そう決めた。
「それで、さっきの話なんけど・・・。」
「装備の話か?」
「お金を借りたばかりで申し訳ないんだけど、もう一度私に貸してほしいの。そのお金で装備を買って、ダンジョンに潜って絶対にシロウに返すから。もし担保がいるっていうなら、このか、体を好きにしてくれても構わないわ!」
往来のど真ん中でそんなことをいうものだから、周りの人たちが何事かという目で俺達を見てくる。
止めてくれ、俺は無実だ。
そんな目で俺を見ないでくれ。
「まぁ落ち着けって。」
「でも!」
「装備を買うのに金を貸すのは構わない。だが、それじゃあ借金が増えるばかりで返済までにかなり時間がかかるぞ。中級冒険者とは言え、そんなに実入りがいいわけじゃないんだろ?」
「確かに金貨6枚でもかなりかかると思うわ。今までの装備を買いそろえたら金貨4枚はくだらないはずだから。」
「金貨10枚払うのに何年かけるつもりだ?もちろん何度も抱かせてもらえるのなら俺は別に構わないが、いつ死ぬかもわからない冒険者に正直これ以上金を貸す気にはならないね。」
人はいつ死ぬかわからない。
病気で事故で明日ぽっくり行く可能性だってある。
だがその可能性はかなり低いと言えるだろう。
普通に暮らしていてそうなる可能性なんて数万分の一ぐらいしかない。
でも、冒険者は違う。
自ら危険に飛び込んでいるってことはそれだけリスクが高いってことだ。
ローリスクハイリターンの現状じゃ、流石の俺も金は貸せない。
残念ながらそこまで善人でもないからな。
「そう・・・よね。」
「そんなに落ち込まずに最後まで聞けって。装備の面倒は俺がみてやる、だが準備するにも時間がかかる。それまでお前も暇だろ?だからちょっと俺の仕事を手伝ってくれないか?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔とはこのことを言うんだろうか。
そんな間抜けな顔をするエリザに思わず吹き出してしまうのだった。
もちろんその後怒られたのは言うまでもない。




