1288.転売屋は海苔を売り込む
シュウとキョウはローランド様の用意した工房に移動し、そこで王都生活を満喫するらしい。
なんでも最近までガラス職人が使っていたらしく道具なんかもそのままで、材料さえあればすぐにでも加工に入れるらしい。
なんでそんなことをローランド様が知っているかは聞かない方が良いんだろうなぁ。
シュウは工房の状態にテンション上がりまくりで、早速材料を手配して加工に取り掛かると意気込んでいるらしい。
あとのことはキョウが何とかしてくれるだろう。
なんだかんだ言いながらも一番の理解者でありアニキ思いの妹だ、彼女に任せていれば問題ない。
もっとも、それが行き過ぎて自分を犠牲にしがちなので彼女は彼女で楽しんでもらえるといいんだけど。
「これが運ばれてまいりました中身の目録です、そしてこちらがサトル様が手配した西方製品の一覧ですね。」
「まさか同じタイミングで届くとはなぁ、こりゃしばらくは倉庫がパンパンだ。」
「これ全てを主殿が手配したのですか?」
「半分って所か、のこりは嫁さんたちが色々と気を効かせて入れてくれたんだろう。」
二人を工房に送り店に戻ると、アニエスさんとジンが持ち込まれた荷物を一生懸命店に運び込んでいた。
その数中型木箱10個分。
屋敷の倉庫だったら余裕だったかもしれないが今は店の倉庫しか入れる場所がない。
まぁ、お願いすればいくらでも貸してくれるんだろうけどそこに甘えるのもよくないので自分達で何とかしてしまわないと。
ってな感じで夕方まで店の二階と一階を何往復もしてなんとか中身を仕分け、搬入し終える事が出来た。
お陰で足はパンパン、しかしみんなの気持ちがこもった荷物はどれも素晴らしい物ばかりだった。
「どれもこの時期に売れそうな品ばかり、しかし冷感パッドなどはどこにでもあるのではありませんか?」
「どこにでもありそうなんだが、なぜかここでは売られてないんだ。いや、もしかしたら売られてるかもしれないんだけどそれを見つける前に完売してるって感じだな。他にもこっちで売れそうな素材や、南方系のジャムなんかもあったからタイミングを見て売り出すつもりだ。一番の目玉はやっぱりこのサングラスだろう。」
「まさかこんなにも入っているとは、アーロイ様が頑張ってくださったようですね。」
「おそらくは他所に回す分も送ってくれたんだろう。今度何か別の形でお礼を送るの覚えておいてくれ。」
荷物の中に入っていたサングラスは全部で100個。
向こうでもこの時期は飛ぶように売れる人気商品のはずなのに、わざわざ俺の為にこれだけの量を手配してくれるとは思ってもいなかった。
これは確実に売れる。
しかも、向こうで売るよりも倍以上の価格で売れるのは確実の商品だ。
問題は需要がありすぎてどうやって売るか考えなければならないところだが、まだまだ時間はあるのでゆっくり考えるとしよう。
「で、こっちがサトルさんが手配してくれた緑茶と海苔。うーん、いい香りだ。」
「正直この前見た最上級の物と違いが判らないのですが、何か違いがあるので?」
「全然違うんだなこれが。色も違うし乾燥具合も香りもこの間の物とは比べ物にならない。とはいえ、それがわかるのは比較対象があっての事、普通に売る分には全く問題ないしむしろこの品質でこの値段ならお買い得と言えるだろう。あとは味噌と醤油とこれは干瓢か?この瓶は・・・お酢か!」
別の木箱には西方の品がこれでもかというぐらいに詰め込まれていた。
ほとんどが注文していた海苔と緑茶の茶葉だったのだが、他にも塩や味噌、醤油などの調味料の他保存食に使えそうなものがいくつも詰め込まれている。
極めつけがこの瓶だ。
蓋を開けると酸っぱい香りが一気に広がるが、こちらのお酢と違い酸味はそこまで強くない。
お酢はお酢でもこれは米酢。
これと海苔があるという事は・・・アレがつくれるじゃないか。
とはいえここ王都で新鮮な魚介類を手に入れるのは難しい。
折角ならうまい魚の取れるところでそれを楽しむとして、せっかく手に入れたこの海苔をどうやって売っていこうか。
嫁たちが送って来たものと違って、こっちは金貨20枚もの大金を支払ってしまっている。
緑茶に関しては間違いなく売れるので心配はしていないのだが、この海苔は全くという程知名度が無いので放っておいて売れるものではない。
大きさはかなりの物で、銀貨10枚の箱に海苔が20枚入っているので一枚当たりの価格は銅貨50枚。
流石に大きすぎるので何回か折って手のひらサイズにするとおよそ16分割出来たので、一枚当たり銅貨3枚ぐらいになるんだろうか。
ぶっちゃけ片手で食べるのに使う量でこの原価は大赤字もいいところだが、それ以外の所で利益を取ってやればなんとかなるんじゃないだろうか。
儲けを出すときの基本はどれだけ付加価値をつけられるか。
西方の珍しい食べ物ってだけではもう売れなくなっているので、他の付加価値をどうつけるか。
「これをどうするおつもりで?」
「色々と考えてはいるが、手っ取り早いのは海苔巻きだな。好きな具材を海苔の上に乗せた米の上に置いてくるくる丸めて食べるんだ。肉でも魚でも何でもいい、食べたい物を乗せるとつい楽しくなって色々乗せすぎるなんてのはよくある話だ。」
「そしてそれを狙って儲けを出すわけですね。」
「具材乗せ放題で一本当たり銅貨10枚、ただし巻けることが前提ってな感じでやれば具材とのトータルで利益は出るはず。ここで認知度を上げておいて海苔単体の販売も並行してやれば倍は無理でも1.5倍ぐらいにはできるだろう。」
今回仕入れた海苔はずばり100箱分。
一箱20枚入りなので手のひらサイズの奴が単純計算3万2千枚取れることになりそれを一枚銅貨10枚で売れば売り上げはおよそ金貨32枚、ここから原価率を五割に出来れば最終的な利益は金貨16枚になる。
金貨10枚で仕入れたもので最終的に金貨16枚を生み出せる事が出来れば商売としては十分成り立っていると言えるんじゃなかろうか。
「しかし、それだけで売れますでしょうか。」
「そりゃやってみないとわからないさ。だが、まずは自分達がその良さをわからないと始まらない。ってことで今日の夜は手巻き寿司にするから楽しみにしておけよ。」
何事も百聞は一見に如かず。
米酢もあるんだし久々に手巻き寿司パーティーとしゃれこもうじゃないか。
もっとも、魚介なしなのでそれを寿司といっていいのかは微妙なところだが。
翌日。
昨日の経験と教訓を生かし、海苔の売り込みを開始することにした。
まず初めに用意したのはおにぎり。
これに関しては前々から何度も販売しているし真似をして店を出している人もいるのでそこまで珍しいものではない。
しかしながら王都で出回っているおにぎりには、おにぎりにあるべきものがついていなかった。
そう、海苔がないんだ。
白い三角形に黒い四角形、あのフォルムこそまさしくおにぎり。
むしろそうでないものをおにぎりと呼んでいいのかは甚だ疑問ではあるのだが、まぁ売れるのならば何も言うまい。
「さぁ、うちのおにぎりはそんじょそこらの奴とは違う正真正銘のおにぎりだ。何が違うかって?それは一目見たらわかるだろう。具材は向こうのに合わせて昆布、おかか、梅干しの三種類。一つ銅貨8枚で本当の味を確認してくれ。さぁ、おひとつどうだい。」
店の前に海苔を付けたおにぎりを置きそれを風蜥蜴の被膜で皿ごと覆ってディスプレイ化。
知名度のあるおにぎりが他所とは違うんだぞ言うアピールにはなるだろう。
「その黒いのってなんなんだ?」
「西方の限られた場所でしか手に入らない海苔っていう食材だ。パリパリとした食感に磯の香りが塩気のあるおにぎりによく合うんだ。個人的には少ししっとりしたのも好きだが、今回だけ特別に仕入れたやつだから次にいつ食べられるかはわからないぞ。どの具材で食べる?」
「俺は梅干しにするかな。だけどこれでこの黒いのがマズかったら金返してもらうぞ。」
「その時は仕方ない、でもまぁそうならないとは思うけどな。」
米を適量、その真ん中に梅干しを乗せてから塩をまぶした手で包み込むようにして形を成型し、最後に海苔を巻いたら出来合がり。
たったそれだけなのに、海苔が加わっただけで本当の味に生まれ変わる。
「うわ、なんだこれ!黒いくせに美味いぞ。」
「なんだよその黒いのは不味いみたいな考え方は。」
「だってこんなに黒いんだぜ?それなのにぱりぱりしてるし塩気は絶妙だし、これが本当のおにぎりなのか。」
「気に入ってくれたようで何よりだ。梅干しは傷みにくいから弁当代わりにもっていくのもおすすめする。腹持ちもいいからな。」
「あと三つくれ!」
「毎度アリっと。」
一人また一人とおにぎりの本当の美味さに感動し、その反応にまた客が寄ってくるといういい循環が出来上がってきた。
とはいえ材料にも限界があるのでひとまず米がなくなった時点で一度店を閉め、次の仕込みをするべく一度店に戻る。
おにぎりはあくまでも前座、本当の金儲けはここからだ。
次の仕込みはおにぎりではなく海苔巻き。
おにぎりよりも倍大きい海苔の上に米を乗せ、大皿の具材を好きなように選んでもらって巻き上げれば出来上がりという簡単なものだが、さっきの反応もあり飛ぶように注文が入ってくる。
最終的には自分でまかせることにしたのだが、これがまた面白かったようで好んでやりたがる客が多かった。
一本銅貨15枚という高額設定ながらもボリューム感と美味さに客は大満足。
儲けはまぁそこそこ止まりだが知名度アップという意味では大成功だったと言えるだろう。
だがこれもまた前座、一般住民にこれだけ広まればおのずと向こうから大物がやってくる。
米が無くなった時点で販売を終えて露店の片づけをしていると最後の獲物がやって来た。
「すまない、ここで西方の食品を販売していると聞いたんだが。」
「悪いが店は終わりなんだ米が無くなったんでね。」
「それならば問題ない、欲しいのは本体の方だ。西方の高級食材がまさかこんな所で売られているとは。」
「なんだそっち目当てか。見た感じお貴族様だろうちのやつはちょいと高いぞ。」
「買取屋のシロウ、いや元名誉男爵と呼んだ方がいいだろうか。君が西方国との仲介人として活動しているのはこちらも把握している、もちろん金に貪欲という事もね。」
「それなら話は早い。あとで店に来てくれ、ここにはないとっておきを置いてある。」
どうやら思っていた以上の大物が向こうからやってきてくれたようだ。
住民向けのおにぎりも巻き寿司も儲けといえば儲けだが、金額にしてはやはり微々たるもの。
損は出ないが大儲けは出来ていない。
でもそれは仕方がない、金の無い所から金を得る事は出来ないからな。
だが金持ちなら話は別だ。
王都の貴族ともなればかなりの金を溜め込んでいるのでこちらも遠慮なく吹っ掛けることが出来る。
イザベラがそうしているように俺も遠慮なくやらせてもらおう。
サトルさんにお願いしていた一般向けとは別に最高級の海苔も別で手配しておいて正解だった。
一箱銀貨20枚の海苔をいったいいくらで売り付けてやろうか。
頭の中で何通りものシミュレーションを行いながら最高の儲けを出すべく、片付けを進めるのだった。




