1280.転売屋は買い付けた武具を生まれ変わらせる
王都で店を始めて10日ほど。
毎日開けているわけではないので客入りはまだまだ微妙だが、冒険者ギルドから新人冒険者の紹介を受けているので消耗品関係はそれなりに売れている。
とはいえ新人が買って行くのはポーションでは無く薬草、仕入れ値が決まっているので残念ながら大儲けというわけにはいかないんだよなぁ。
薬関係の利益はおよそ50%に設定されているが単価が安いので今までの儲けからすれば雀の涙みたいなものだ。
その点バンドエイドの代わりに開発した乾燥薬草と包帯の組み合わせや携帯食料等、自分で開発したものはそれなりの利益が出るので出来ればそれを買ってほしい所なのだがまだまだ知名度が低いのでそっちの販売は少な目なんだよなぁ。
うーむ、どうにかしてテコ入れしたい所なんだがあくまでも本業は買取屋なのでそっちの販売にも気合を入れなければならない。
素材関係は必要な物だけ回収してそれ以外をギルドに丸投げしても利益は出るが、装備品や道具なんかはそういうわけにいかない。
そして、今一番問題になっているのがこいつらだ。
「すみません、新しい装備に買い替えたんで古いのを買取ってほしいんですけど。」
「あー、とりあえず現物を見せてくれ。」
カウンターの上に乗せられたのはどこにでもある鉄の長剣。
新人冒険者が一番最初に支給もしくは購入するやつで春先に冒険者デビューした連中が夏を境に装備のアップグレードを行っているのか連日のように持ち込まれている。
ダンジョンで見つかったようなものならまだいい、何かしらの効果がついているしこれみたいに刃こぼれしていたり錆びたりしていない。
メンテナンスって言葉を知らないのかまともな状態で運ばれてくるものがほとんどないのが実情だ。
「銅貨30枚って所か。」
「え!そんなに安いんですか?」
「まず第一に傷みがひどい。これは素材にも言えるがこれだけ刃こぼれしているうえに根元には整備不良の錆が出ている。これじゃあ再利用できないし値段も大幅に下がる原因の一つだ。次に需要がない。これも素材に言えるが誰も欲しがらない物は総じて値段が下がる、コボレートが使うあのナイフを欲しがるやつがいないのと同じだな。最後に元の値段が安い。何にでもいえるが定価で売れるわけがない、以上だ。」
「そう、ですよね。」
明らかに落胆したような顔をする若人。
気持ちはわかるぞ、なけなしの金でその腰にぶら下がった光り輝く鋼鉄の剣を買って心もとなくなった懐を何とかしたかったんだろう。
だが現実はそう甘くはない。
金を使ったならばまた稼げばいいだけだ、俺にできるのはその手伝いをする程度だ。
「とはいえ装備を買って金が無いのはわかる。だからこれを持っていけ。」
「これは?」
「新しく作った簡易回復帯だ。乾燥薬草が真ん中に仕込んであるから風蜥蜴の被膜を外してから患部に押し付けて巻きつけると消毒も回復も出来る。販売もしてるからもし良かったら宣伝してくれ。」
「ありがとうございます!」
売価は五つセットで銀貨1枚。
薬草を使うよりも銅貨5枚割高だが、固定が出来る上に持ち歩きもしやすいという事で少しずつリピーターが増えてきている。
一つとはいえないよりかはマシだろう。
「さて、こいつをどうするかなぁ。」
「また傷んだ鉄製品ですか。」
「仕方ないだろ、このぐらいの時期はどうしても増えるもんだ。」
「とはいえ売りに出せませんからなぁ。」
「研ぎに出すかそれともつぶすか。研ぐって言っても所詮は鉄の剣だから直したからといってたかが知れてる。となると潰すしかないがただ潰すだけじゃ利益は出ない。となると・・・。」
やる事は一つだ。
正直ギャンブルになってしまうが、このまま買取を続けた所で金にもならないものを大量に保管することになってしまう。
それならば損をしてでも一発逆転に賭けるのも悪くはない。
流石に金貨何十枚も損をするような賭けには出れないが、今回失敗してもせいぜい金貨1枚ぐらい。
これなら勇者ショーのグッズ代で十分に損失を補填できる。
加えてもし成功すれば大儲けできること間違いなしだ。
「どうするおつもりで?」
「こんな事もあろうかと買取っておいたのが役に立ちそうだ。ちょっと職人通りに行ってくる。」
「どうぞお気をつけて、留守はお任せください。」
簡単な買取はジンにも出来る。
それ以外の物は預かりにして翌日でもかまわない客には時間をもらえるようにしているので、こんな感じの急な外出にも対応出来るというわけだ。
そんなわけでとあるブツを手に職人通りへ、そしてその中でも一番熱を帯びている武器工房へと向かった。
「らっしゃい!なんだ、あんちゃんか。」
「忙しいところ悪いが、今時間は取れるか?」
「見ての通りフリーダンバードが鳴いてるようなもんだ、いくらでも時間はあるぞ。」
工房に入るとつるっぱげの威勢のいいオッちゃんが俺を見るなり手を上げて挨拶してくれた。
ここは王都の武器工房でも一二を争う凄腕職人の店、ではなくイメージで言うと五番目ぐらいの普通の工房。
いや、普通って言っても十分実力はあるんだが上がすごすぎてあまり日の目が当たっていないだけ。
この人の実力はマートンさんも認めるほどだ、何を隠そう紹介してもらったのも本人からだし。
「ゴメスさんって確か属性付与が出来るんだよな?」
「そりゃ出来るが、あんまり得意じゃないぞ。」
「そうなのか?マートンさんからはかなり確率が高いって聞いてたんだが。」
「そりゃ師匠に比べたら高いって、あの人はそういった事にからっきしだったからなぁ。」
「もちろん失敗することは理解しているし出来ないからって文句は言わない。実は店に山ほど鉄製品が転がっててな、潰すぐらいなら次の可能性にチャレンジしてみたかったんだ。加工賃はもちろん出すし成功すれば報酬も出す。ズバリ銀貨30枚でどうだ?」
属性付与。
魔術師が魔法で武器に属性を付与することは一般的に行われているが、今回やろうとしているのは素材そのものに属性を付与をする加工だ。
素材を潰してインゴットに加工する際にとある原料を混ぜると稀にインゴットに属性が付与されることがある。
あくまでも確率の問題で技術でどうこう出来るものではないだけに好んでやる職人はいない上に、インゴットを作るだけの鉄鉱石や屑鉄を集めたり触媒となる原料が原料だけにそれをやろうと思うのは俺みたいな変人ぐらいなもんだろう。
『ファイアスピリットの涙。炎の妖精が極稀に落とす結晶は、砕いて素材に混ぜると稀に属性を付与することがある。ただし可能性は低く狙って出来るものではない為、それを行う職人は少ない。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨3枚、最高値銀貨10枚、最終取引日は20日前と記録されています。』
別名妖精の涙とも呼ばれる結晶は妖精の種類に応じていくつも種類があり、主に装飾品として加工されている。
砕いて使う方法でも効果はもちろん理解されているがそれよりも見た目の美しさを重視して使われることの方が多い。
実際かなり綺麗だしルティエなら砕くと聞いた瞬間に大騒ぎする事だろう。
そのまま加工すれば銀貨30枚ぐらいで売れるんじゃないだろうか。
だが、あえてそれをせず属性付与を選んだ理由はそのほうが高く売れるからというのもあるけれど一番の理由は大量に集まってきている鉄装備をどうにかしたいから。
置いていても錆びるだけ、それなら夢を見たいじゃないか。
「なるほど、それが理由か。新人たちの買い替え時期だもんなぁ。」
「そのとばっちりをもろに受けてるんだよ。うちはギルドの紹介もあるから他所よりも高く買ってるし、そのせいで裏に山ほど武器が転がってる。中級者はしっかり手をかけてくれているから刃こぼれも少ないが、あいつら扱い方も知らないから酷いもんだよ。」
「それを勉強させるためのもんだから仕方ないだろう。だが本当にやるのか?絶対はないんだぞ。」
「失敗してもインゴットは作れるだろ?それを使ってまた何か作ってくれ。」
無茶を言ってるのは俺の方だしやってもらえるだけ有難い。
引き受けてくれるとの事なので、急ぎ店に戻りジンと共に買取った装備品を山ほど工房へと運び込む。
取っ手や柄などの金属以外の部品ははずし、鉄だけになったものを炉の前に積み上げていく。
買取った鉄製の盾や剣、槍などを含めて全部で177個。
買取った金額にしておよそ銀貨50枚分。
もちろんただツッコむだけじゃ意味は無い。
一度形になったものとはいえ鉄を溶かすのにもかなりの労力と時間がかかる。
ここからはゴメスさんに任せるしかない。
「さて、俺達は別の用事を済ませるか。」
「まだ何かされるおつもりで?」
「出来るにしろ出来ないにしろ新品の鉄製品を手に入れることになるわけだし、今度はそれを売り歩かなきゃならない。そのまま売り出したって金にならないからな、売れるように準備するのも大切だ。」
「物を売るというのは大変ですなぁ。」
「それで金になるんだからやらない理由はないだろ。ってことでジンはラバーフロッグの外皮を注文してきてくれ。俺はマミーマミーの包帯を注文してくる。」
「仰せのままに。」
属性付与が出来ても出来なくても売らなければならないのは変わらない。
それならば手を取って貰えるように武器を持ちやすくするグリップをつけたり、提供する簡易回復帯の量産に着手すればいい。
損はしても必ずプラスになって戻ってくる。
これは一種の投資みたいなものだ。
まぁ、属性付与は完全なるギャンブルなのでそれに関しては確実ではないけれど成功した暁には金貨が何枚も動くことになる。
そしてなによりゴメスさんの認知度が一気に上がる事は間違いない。
ダンジョンが近くにあった前の街と違い、王都では属性武器を手に入れる方法はかなり少ない。
いくら国中の者が集まってくるとはいえ、冒険者は国中にいるのでここに運ばれてくる前にそのどこかで買われてしまう事だろう。
もちろん近隣のダンジョンでも出てくるだろうけど、それを手に入れられるのは限られた人だけ、しかも欲しい武器が出るかまで運が絡んでくる。
しかしながら属性付与されたインゴットがあれば自分の望む武器を作れるわけなので、出来たという知らせは一気に王都に広がり客が殺到する事だろう。
そして必然的に値段は吊り上がっていく。
そうなればもうこっちのものだ。
高い金を出して権利を買ったならば間違いなく装飾なんかにもこだわるはず。
それ用の素材を用意しておけばそっちでも利益を得ることが出来るだろう。
もっとも、成功したらの話だけどな。
「あとは成功するのを祈るだけ、まぁ何とかなるさ。」
いつもそんな感じで何とかなって来たんだ。
ケ・セラ・セラだったっけか?世の中何とかなる、そういう気持ちで行けばいい。
気付けば夕焼けが白亜の街を染めている。
それはまるで新しい命を吹き込まれる真っ赤に燃える炉と同じ色だった。




