1267.転売屋は梅酒を飲む
「おや?」
「どうしまして?」
「見覚えのある物が売ってるみたいだ、ちょっと見てくる。」
仕事も少し落ち着きを取り戻し市場をうろうろする余裕が出てきた。
てなわけで炎天下の中ジンと共に麦わら帽子をかぶりながら見て回っていると、店先に見覚えのある物がおかれているのをみつけた。
「いらっしゃい、一年物のウーメッシュだよ。今回のは酸味と甘さが絶妙で最近で一番美味しくできた自信作だ。」
「やっぱり梅酒か。」
「お、兄ちゃんこっちの出かい?」
「こっちってどっちだよ。」
「これを知ってるってことは西方に決まってるじゃないか。」
そのノリはたぶんそうだろうなぁと思ったが、やっぱり西方の商人だったか。
コテコテって感じではないけれど、向こうの商人って勢いのある人が多いんだよなぁ。
店の前に並べられた甕のような大きな瓶には大きな梅の実がいくつも沈んでいた。
田舎の婆さんが毎年漬けていたのを見ていたのですぐにわかった。
でもあれだよな、梅酒って確か濃い酒精に漬けないと出来ないんだったよな。
「これは何で漬けてるんだ?」
「国一番の清酒を使ってるから味は間違いない。清酒は持ち出せないがこうやって味を変えれば怒られないからな、戦争をおっぱじめた時はどうなる事かと思ったがこうやって無事に売りに来れてよかったよ。」
「毎年持ち込んでるのか?」
「あぁ、こっちの人はあまり飲んでくれないが同郷の仲間がよく買っていく。どうだい兄ちゃん、一瓶銀貨30枚だぞ。」
「結構高いな。」
「自分で漬けることを考えたら安いもんだろ。こっちで作ろうにも梅はないし、これを漬ける酒がないじゃないか。」
確かに清酒は国外には持ち出せないことになっているので清酒があるとは思わないよな。
だが、元の世界じゃ清酒じゃなくて焼酎で漬けていたはず、それならばこっちの海酒でも十分可能なはずだ。
まてよ?
海酒があるってことは別に梅に限らず他の果物なんかでも作れるんじゃないか?
瓶も砂糖も海酒も全部南方で手に入る。
今度フレイにお願いして作れるかどうか聞いてみてもいいかもしれない。
「ま、それもそうか。だがやっぱり味が大事だよな。」
「へへ、そういうと思ったよ。ほら、一杯飲んでみな。」
瓶を開け、小さな杓子のようなものを突っ込んでグラスに琥珀色の液体が注がれる。
香りは上々、さっぱりとした梅の香りが鼻の奥に広がっていく。
次に味だが・・・。
「うわ、ウマ!」
「だろ?今回のは特に上手くできたんだ。」
「その前はどうだったんだ?」
「あれもまぁまぁの味だったが、今回のは近年で一番上手く出来た。」
まるで毎年秋に発売されるワインの売り文句みたいだが、でも今まで飲んできた中で一番美味いかもしれない。
元の世界ではウイスキーの樽に入っていたってやつがお気に入りだったが、これは純粋に梅の味だけだからいかにその梅が美味いかがよくわかる。
これはやばい。
「わかった一瓶、いや二瓶くれ。」
「お、嬉しいねぇ。」
「全部でどのぐらいあるんだ?」
「今回は持ち込むときに破損もなかったから全部で30瓶だ。最近の木箱は凄いな、衝撃に強い敷物のお陰でどれもかけることなく持ち込めたのは初めてだ。なんでもどこかの商人が開発したって話だが、いいもん作ってくれたよ。」
その商人が俺ってことは言わない方が良いんだろうなぁ。
ともかくだ、こんな美味い物を買わないなんてありえない。
例えお金がなくてもこれは買うべき品だ。
本当はもう少し買い付けておきたい所なんだが・・・、どうしてやろうか。
とりあえず代金を支払ってジンと一緒に抱えて戻る。
一つは屋敷に置いておくとして、もう一つは現金に変えてしまおう。
「それで私を呼び出したわけですのね。」
「確かまだ西方ブームって残ってたよな?」
「そうですわね、前ほどではないですけどそれなりに。」
「加えて健康ブームってどうなった?」
「あの手のは下火になることはあってもなくなることはありませんわ。」
「つまりその二つが混ざればもっと売れるってことだよな。」
速攻で現金に換えるのならばやはり貴族を使うに限る。
今回は西方と健康、二つのブームにのっかって売りだしてみよう。
え、酒が何で健康なのかって?
「お酒を飲むのが健康になるとは思いませんけど。」
「西方では『酒は百薬の長』って言われていてな、適度に飲むと健康になるって言われてるんだ。門外不出の清酒と丁寧に汚れを拭いて作られた混じりっけなしのウーメッシュ、とはいえそのまま飲むと濃すぎるから氷と一緒に発砲水で飲むのがおすすめだな。酒精が薄まれば料理にも合うし、ぶっちゃけいつもの酒は飲み飽きてるだろ?西方ではこれが健康の秘訣だって言っておけば売れるに違いない。」
「それは本当の事ですの?」
「間違いじゃないぞ、ようは飲み過ぎるなってことだ。それに発泡水と一緒に飲めばかさまし出来るし量を飲めば勝手に満足度が上がる。このままじゃ売れないから少しこじゃれた小瓶に入れて売るといいかもな。」
「はぁ、よくまぁそんなことがポンポン思いつきますわね。」
そりゃ金儲けが好きだからな、売れるとわかってやらないのは商品に失礼ってもんだ。
丁度南方から贈られてきた荷物の中にいい感じの瓶があったので、それに入れて販売することにした。
発泡水は普通に売られているので口頭でいえば問題ないだろう。
販売価格は一本銀貨3枚。
一瓶で20本は取れたのでこれだけで倍の値段で売れる計算になる。
早速イザベラが懇意にしている貴族に話を持っていくと、二つ返事で二瓶分売れてしまった。
まさかこんなに売れるとは思っておらず疑い半分だったイザベラも驚きを隠せないようだ。
とりあえず持ち帰った売り上げを元手に再び市場へ戻り、追加で四瓶分買い付ける。
この分で行けば倍々で全部買えてしまうんじゃないだろうか。
「とまぁ、思っていたが小瓶がないんじゃ売れないよな。」
「そこまでは考えていませんでしたから、仕方ないですわね。」
「ともかくだ、売れるのはわかったから後は地道に売っていくしかないだろう。この間の売り上げを突っ込めばあと四瓶ぐらいは買えるはずだ。」
小瓶があればもっと売れたんだろうけど残念ながら在庫が尽きてしまい、それ以降はあまり売れなくなってしまった。
とはいえ一度は広まったんだ、噂になれば追加でほしいと注文が入るだろう。
後はなじみの店に声をかけて買ってもらえばいい。
発泡水でかさまし出来るとなると普通に売るよりも数がさばけるうえに、珍しい酒ともなれば単価も取れる。
本当は全部買い占めてしまいたいのだが、残念ながら今の俺にそこまでの財力はないんだ。
ぐぬぬ、こういう時キャッシュがあればいいんだがなぁ。
「主殿、お客様でございます。」
「こんな時間に客?」
夏になり日が長くなったとはいえもう夕方。
店が閉まる前に帰るだけ買いに行きたかったんだが、それはジンに任せるしかないか。
「リング様です、応接室にお通ししておりますのでよろしくお願いいたします。」
「リングさんがなんでまた。ま、とりあえずそっちは任されたから悪いがウーメッシュをこれで買えるだけ買ってきてくれ。」
「かしこまりました。」
はてさて何の用件だろうか。
急ぎ応接室の前まで移動して扉をノックする。
「シロウだ。」
「入ってくれ。」
少し緊張した感じの返事が中から帰ってくる。
客人ではあるものの一応向こうの方が身分が高いので色々と気を付けなければならないのだが、それに関しては出会った時から失敗しているので向こうも気にしていない。
一応今は親しい友人ってことになっている・・・はずだ。
「どうしたんだ、こんな時間に。」
「夕食時に悪いな、少し頼みたい事が出来たんだ。」
「頼みたいこと?それは友人としてか?それとも貴族としてか?」
「どちらかというと後者の方だ。お前にしかできないことをやってもらいたい。」
「ふむ、聞かせてもらおうか。」
リングさんがわざわざこんな言い方をするなんてよっぽどの事なんだろう。
「なるほどな、西方の粗悪品についてはこっちでも把握してる。職人たちが被害に遭ってるって話だがそれが貴族にまで広がっているのか。」
「最初に見せられたものは間違いなく上物なんだが、そのあと納品された物が見た目に分かるぐらいにひどいそうだ。問い詰めようにも商人はもう街を出て追跡することができず泣き寝入り、それによって西方の品を毛嫌いする人まで出ている始末だ。」
「あー、だからさっき売れ行きが悪かったのか。」
小瓶に入れたのが売れたのは偶然だったのかもしれない。
もちろん手を加えてあったからってのもあるんだろうけど、今の話だとそもそも西方の品に手を出さないようにしようっていう流れができている感じだ。
折角売れると思ってジンに買い付けさせたのに、まずったか?
「何か売ったのか?」
「西方のウーメッシュって酒を買い付けたんだが、思いのほか食いつきがよくなかったんだ。美味いのに、もったいない。」
「ほぉ、西方の酒か。」
「興味があるって感じだな。」
「お前が仕入れたものに間違いはないからな、というかお前が粗悪品をつかまされるとも思えん。」
確かに鑑定スキル持ちの俺が粗悪品をつかまされることはないだろうけど、その信頼はちょっと重たくないか?
「因みに晩飯は?」
「まだだ。」
「よし、折角だから美味い飯食いながら味わってくれ。もし気に入ったなら・・・。」
「王家に声をかけて買い付けさせろという事だろう?まったく、お前というやつは私を餌にしおってからに。」
立ってる者は親でも使え、友人ならばたとえ王家の人間だろうとも金の為なら利用させてもらう。
それが俺のやり方だ。
それに、さっきの話も詳しく聞きたいからな。
西方の品は俺の稼ぎの種だ、それが売れにくくなるのは非常にまずい。
この夏の目標を達成するためにも邪魔な要素は排除しなければ。
ま、とりあえず今はこの美味い梅酒を堪能するのが大切だ。
しっかりとうまさを伝えてリングさんに広めてもらわないと。
さて、何が一番酒に合うだろうか。
二人で応接室を出て食堂へ向かいながら今晩のメニューに頭を悩ませるのだった。




