1253.転売屋は森の豊かさを知る
「おはようございます。」
「おはよう、早いな。」
「ついいつもの時間に起きてしまいまして。」
「そうか、いつもはシャルが目を覚ます時間だもんな。」
太陽が昇る少し前、身なりを整えたアニエスさんが食堂にやって来た。
いつもならシャルがこの時間に目を覚ますので、アニエスさんが早朝の散歩に連れ出してくれるのだが、どうやらその癖で起きてしまったようだ。
急に静かになってしまったお屋敷。
かくいう俺もいつもと同じ時間に起きてしまい、こうして朝食を作って時間をつぶしているわけだけども。
「ベーコンエッグを作るんだが卵は何個にする?」
「では二つ、お塩でお願いします。」
「いいねぇ良いチョイスだ。」
目玉焼きには醤油もしくは塩、異論は認める。
そんなくだらない事を考えながら、良く熱したフライパンに油を回してベーコンをカリカリに焼く。
良い感じになった所でベーコンの横に卵を投入し、白身が少し固まった所で水を回し入れてすぐに蓋をする。
この音にシャルが驚いて泣いたんだっけなぁ。
ついこの間の話なのに随分前のように感じてしまう。
いかんいかん、朝から何をアンニュイな感じになってるんだ。
今日は大事な視察の日だ、気合を入れて準備をしないと。
二人分の朝食を準備を済ませた後はそのまま昼食の準備へ。
今日は街の外に出るのですぐに食べられるよう、肉には火を通しておいて後はそれを自由に挟んで食べる感じにすれば時短にもなる。
肉にチーズに野菜にとあまり準備しすぎると荷物が増えるのでその辺は割り切るのも大切だ。
出先で食べるものは大抵肉々しくなってしまうので、この間買い付けた枇杷ジャムも一緒に持って行こう。
良い感じにサッパリとした味になるように加工出来て思わずどや顔してしまったのは内緒だ。
「よし、準備終わりっと。」
「こちらも準備完了です、では参りましょう。」
「あれ?ジンはどうした?」
「彼でしたら別件で用事があるとの事で今回は不参加だそうです。」
「そうか、なら仕方ないな。」
ジンには主に事務処理関係をお願いしているので多分そっち系での用事なんだろう。
セーラさんやラフィムさんのように何も言わずにあれこれ動いてくれるのは非常にありがたい限りだ。
まぁたまに裏でいろいろしていることもあるけれど、一応俺の事を思ってくれての事なので何も言うまい。
アニエスさんとルフと共に馬車に乗り込み、街から少し離れた森へと向かう。
向かうのはこれで三度目か。
現地にはもう一台の馬車が停車しており、先客が準備を進めていた。
「すまん、待たせた。」
「気にするなこっちも今来た所だ。」
「あれ、カーラは?」
「あの研究者なら一足先に例の樹を見に行ったぞ、魔除けの香を持って行ったから大丈夫だろう。」
準備をしてくれていたのはクーガーさん、どうやら連れてきてくれたもう一人は待ちきれずに出発してしまったようだ。
まったく、魔物が少ないとはいえいないわけじゃないんだからもう少し気を付けてほしいんだけどなぁ。
「しかし、これだけの森を良くまぁ手に入れたもんだな。」
「手に入れたんじゃなくて貸してもらったんだ。」
「100年間の貸与、そりゃもう貰ったも同じことだろ。」
この世界の100年は俺の感覚で言う200年。
江戸時代の頃から代々引き継いでいますとなると、もうその人の物だと言われても疑う人は少ないだろう。
まぁ、国の記録にはしっかりと残るだろうからその時が来たらちゃんと返すつもりだ。
子孫が。
この間の青龍祭、陛下に言われてガルグリンダム様とディーネと一緒にバーンの背に乗って空を舞ったわけだが、その時にお願いした褒美がこの森の貸与だ。
勇者ショーの時に使う光る玩具、その原料となるミカールラッケイトが自生するこの森をどうやって手に入れるのか、どれだけ頭を悩ませても答えは見つからなかったもののまさかこんな方法で手に入れられるとはなぁ。
流石にこれだけの土地を貰うとなると色々と問題が生じそうだったので長期の貸与であれば問題ないだろうととっさに考えた俺だったが、まさかその場で了承されるとは思っていなかった。
陛下に言わせると森そのものを渡してもよかったそうなのだが、そうすると議会の承認が必要だったので貸与の選択肢が正解だったらしい。
あの時の俺グッジョブ。
そんなわけで広大な森は一時的ではあるものの俺のものとなり、余所者が無断で入ると罰せられることになった。
こうしてミカールラッケイトの樹液を違法に採取させないための抑止力を手に入れたのだが、自生するエリアには監視員を配置する以外は監視するつもりはない。
手に入れたのはあくまでも継続的かつ安全に樹液を手に入れる為・・・なんてつもりだったんだが、折角手に入れた森なんだから有効利用するべきだとジンに強く諭されたのもあって詳しい植生の確認なんかを確認する事になったわけだ。
このあいだバーンの背に乗って奥までは確認したけれど、近場はあまり確認していない。
事前情報ではそこまで豊かじゃないっていうことはわかっているんだけど、それも随分前の話だからなぁ。
これを機にしっかり確認するのも悪くはないだろう。
「この前上から見た時は荒らす価値もないっていう話だったよな?」
「あはは、そのはずなんだけどねぇ。」
「なら、なんでこんなにディヒーアであふれてるんだよ!」
「シロウ様、文句を言う前に手を動かすようにお願いします。次、右から来ますよ。」
「はぁ、これは根本的に調べ直す必要がありそうだ。」
カーラと合流後、上空から書き写した森の地図を手に奥へと進んだ俺達を待ち受けていたのは大量の魔物だった。
入った時から違和感があったんだよな、あまり豊かじゃないという割には金になりそうなキノコが自生しているし薬草だっていくつか発見できた。
もちろん毒草もたくさんあったが、それらが生えるぐらいに土地が肥えているのは間違いない。
確かに森の奥まで行けばこの前のような泉があるぐらいなんだからそれなりに豊かなんだろうけど、それにしても聞いていた話と違うじゃないか。
加えてボアやディヒーアの足跡や獣道が多数あった事から、それらを食わしていけるだけの豊かさがあるのは間違いない。
その結果がこれというわけだ。
襲ってきてるのも普通のディヒーアではなく、ウォードディヒーアという縄張りに厳しい種類で、侵入者を容赦なく襲ってくる非常に危険な魔物。
近づかなければ問題はないのだが今回はこういう魔物の生息調査も含めているので致し方なく討伐することに。
まぁ、金になるのも間違いないので遠慮なく仕留めて俺の懐を温めてもらうとしよう。
「ご苦労様。」
「いや、マジで疲れた。」
「私は周囲を確認してきますのでシロウ様は剥ぎ取りをお願いします。欲を言えば肉も剥いでしまいたい所ですが、この量ですので可能な分だけで大丈夫です。残りは埋めてしまいましょう。」
「勿体ないが致し方ないね。」
「一頭は俺が持ち帰ろう、血抜きは任せておけ。」
ディヒーアの襲撃を乗り越え、各々が自分の役割を黙々とこなす。
俺が剥ぎ取りをしている傍ら、ルフを護衛につけたカーラさんが周囲の植生を調査。
うーむ、思っている以上に豊かな森みたいだけど何で誰も入ろうとしなかったんだろうか。
王都からわずか数時間。
日帰りだってできるし、野営すれば十分プラスになるだけの素材が転がっている。
にもかかわらず『あそこは豊かじゃないから行くだけ無駄』なんていう噂が広まっている状況だ。
その方がありがたいといえば有難いのだが、誰がそんな事を言い出したんだろうか。
仮にそういう噂が出ていても、それを知らずにはいる人も良そうなもんだけどなぁ。
『ウォードディヒーアの角。豊かな森にのみ生息するウォードディヒーアの角は非常に栄養価が高く、粉末にして食事に混ぜると翌日まで活動できると言われている。興奮剤としての効果もあり、精力剤としても需要が高い。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値銀貨3枚、最高値銀貨10枚、最終取引日は3日前と記録されています。』
『ウォードディヒーアの皮。鬱蒼とした森の中で枝などが刺さっても傷になる事もなくしなやかで柔らかい革は、鎧の内張や座席など様々な物に加工されており需要が高い。特に尻の部分は極上の触り心地で高値で取引されている。最近の平均取引価格は銀貨15枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨30枚、最終取引日29日前と記録されています。』
当初は角だけの予定だったんだが、皮が結構高値で売れるようなのでクーガーさんに手伝ってもらいながら剥ぎ取れるだけ剥ぎ取る事に。
近くに小川があったのでそこで少しの間さらしておいて、後で持って帰るとしよう。
その後も何度か魔物を追い払いながらもある程度の所まで進むことは出来たが、それでも地図で言う四分の一も来ていない。
広範囲を探さずまっすぐ奥に入っただけなので、この森全てとなると一体どれだけの時間がかかるんだろうか。
「やれやれ、思った以上に時間がかかってしまったね。」
「このままでは日が暮れてしまうでしょう。」
「日帰りの予定だったから野営道具は持って来てないぞ。それに、予想以上に森が豊かなせいで荷物もパンパンだ。今日はこのぐらいにして戻る事を提案する。」
「この短時間でこれだけの収穫、この森全体ともなると一体どれぐらいあるんだろうなぁ。」
森の中なので正確な時間は確認できないが、腹時計的にもそろそろ夕方前。
今から戻れは日暮れには王都に戻れるだろう。
「豊かなのはいい事だが、あまり放置すると魔物が溢れる可能性もあるだけに定期的に間引きをした方がいいんじゃないか?」
「それには賛同しますがそうなるとこの森に冒険者を入れることになります。この豊かさを知れば噂が広まるのはあっという間、どちらを採るか悩ましい所です。」
「でも今までも問題はなかったんだろう?確かに魔物は多かったが、溢れるほどじゃなかった。ってことは何かが魔物を駆除しているとは考えられないか?ベア系の魔物には遭遇してないが捕食者がいれば数は減るだろ。」
「そうだね、私としても部外者を森に入れるのはあまり好ましくないと思う。樹液がというよりもこの素晴らしい森が荒らされるのは望ましくない。」
俺もカーラに同意見だ。
この豊かさは公表するべきじゃない。
反対の噂が広がっているのもそういう理由があるからかもしれないし、なんでそんな噂が広まったのか出所を探す必要もある。
いきなり冒険者を入れるのは時期尚早だ。
「それに関してはもう少し調査をしてからという事になりますね、今後は定期的に足を運んで一度は奥まで探索した方がいいでしょう。」
「許可をもらえるなら俺が毎日潜ってもかまわないぞ?」
「いいのか?」
「取り分は半々で構わないよな。」
「いやいや、調べてもらって金までとれないって。」
「むしろこれだけ近くにこれ程豊かな狩場があるだけでもありがたいんだ、許可をもらえるだけで十分すぎる。」
「そういう事なら宜しく頼む。植生と魔物の生息調査、報酬は回収した素材の買取金額の増額それでいいだろ?」
クーガーさんなら安心して仕事を任せられる。
本人からしても遠出をせずに魔物を狩って帰ることが出来るというのは大きなプラスになるんだろう。
妹さんの解呪が無事に終わったとはいえ、まだまだ復調とはいえないようであまり
遠出しないようにしているらしい。
ここならば毎日家に帰れるし儲けもそれなりにあるからお互いにwin-winというわけだ。
「話がついたようですので、そろそろ戻りましょうか。」
「今日はこのディヒーアで美味い飯が食えそうだ。」
「カーラももちろん一緒に食べるだろ?」
「おや、いいのかい?」
「一人だけ仲間外れなんて寂しいこと言うなよ。この間のマーカーマウスについての話も聞きたかったんだ、それと樹液の採取計画もあるしな。」
化粧品の仕事からは手を引いたとはいえ、まだまだ他の部分で世話になっている。
勇者ショーのグッズについても打ち合わせがしたいし、まだまだ関係は続きそうだ。
ひとまず今回の調査は大成功。
想像以上に豊かな森に喜びながら、次の探索について話し合うのだった。




