1251.転売屋は消火道具を開発する
買取をすれば在庫が増え、在庫が増えれば販売をしなければならない。
今までは自分の店があったので買い取っても別の誰かが販売を担当してくれたが、今の俺にその方法は使えない。
幸いウィフさんの倉庫がかなり大きいのでそこを使っているので在庫過多で買い取れないという状況にはなっていないが、それでもジリジリと圧迫してきているのは間違いない。
夏になれば幾分か在庫を放出できる予定はあるが、まだその時は来ないのでそれまで何とかしのがなければ。
ということで、久方ぶりに在庫をたくさん抱えて市場へと向かう。
祭りも終わり、冒険者もそろそろ仕事モードのはず。
また、住民たちもいつもの感じで買い物に来てくれるはずだったのだが・・・。
「次はこれを見てもらえます?」
「こいつは銀食器か、少し錆はあるが悪くはないな。とはいえどこにでもあるものだし全部セットで銀貨3枚でどうだ?」
「んー、わかりましたそれでお願いします。」
「じゃあ銀貨3枚っと。次の人。」
銀貨を手渡し荷物を後ろへ、すぐに次の客がやってきて品物を目の前に出す。
おかしい。
俺の中ではガンガン商品が売れて今頃ウハウハになっているはずだったのに、何故持ってきた以上に品物が増えているんだろうか。
一応いくつかは売れているんだがそれを上回る量の買取が押し寄せてくる。
これはあれか、祭りで金を使いすぎたってやつだろうか。
今頃他の買取屋もこんなことになっているのかもしれないが、俺みたいな固定の店を持たない業者の所にはできれば持ってきてほしくない・・・なんて言えるはずがないわけで。
何とか客を捌き終えたのがお昼過ぎ。
持ち込んだ品の倍以上を買い取って、俺の財布はガス欠寸前だ。
「これはまたすごい量ですな。」
「まさかこんなことになるとは思わなかったんだよ、悪いな早々に呼び出して。」
「これぐらいどうってことありません。ですがこれだけの量、売れますか?」
「ここで売らなくても向こうで売ってもらう事も出来るからそれで何とかするつもりだ。」
「なるほど、その手がございましたか。」
お昼を過ぎても戻ってこない俺を心配してジンが様子を見に来てくれたのだが、この状況を見て屋敷から荷車を持ってきてくれた。
とりあえず細かい物は木箱に突っ込んであるので、帰ってから仕分けをすればいいだろう。
割れ物なんかは別にしているし多少雑に運んでも問題はないはずだ。
二人で荷物を積み込んでいると、積みあがった荷物からコロコロと何かが転がってきた。
「あぶね。」
「それも買取を?」
「あー、なんだったっけな。」
持ってきたわけじゃないから買い取った品で間違いないんだが・・・。
『シュリコーンボール。シュリコーンが投げつけてくる透明な玉は、切れ目を入れると綺麗に真ん中から真っ二つになり、同じ場所を合わせると何事もなかったかのようにくっついてしまう。その為、中に小物やおもちゃを入れて飾る入れ物として使われるものの熱には弱いので注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨10枚、最安値銅貨5枚、最高値銅貨18枚、最終取引日は本日と記録されています。』
シュリコンボール。
野球ボールぐらいの少し大きめのガチャガチャカプセルといえばわかりやすいだろうか、ぱっと見は切れ目なんかもない綺麗なまん丸なのだが、ナイフで切れ目を入れると真っ二つになるしそのままくっつけると切れ目がわからないぐらいに綺麗にくっつくから面白い。
その性質を利用して、若者が装飾品や小物を入れて家に飾ったりするのが流行っているらしい。
どの世界でも好きな物を飾る文化ってのはあるもんなんだなぁ。
折角だし何か飾ってみようかと大量に買い付けてみたのだが、忙しすぎてそれすらも忘れてしまっていた。
これも屋敷に戻ってからまた考えよう。
「これも持って帰りますか?」
「あぁ、これは倉庫じゃなくて俺の部屋にでも押し込んでおいてくれ。この大きさだとシャルが口に入れる心配もなさそうだし。」
「わかりました。」
「あの~、買取お願いしたいんですけどいいっすかね。」
「ん?あぁ、悪い悪い。買取希望だって?」
片づけをしていても店を閉めたわけじゃないので客はやってくる。
やって来たのは顔を煤か何かで黒く汚した若い冒険者。
顔だけじゃなく体中が真っ黒だ。
「しっかし、ものの見事に真っ黒だな。火事の現場にでも突っ込んだのか?」
「あー、まぁ似たようなものかもしれません、とりあえず見てもらっていいですか?買い取れるものだったらいいんですけど。」
「金になるのなら何でも買い取るが・・・って、なんだこれ。」
真っ黒い冒険者が取り出したのは白い卵。
卵は卵でもアングリーバードのような楕円形ではなく、シュリコンボールのようなまん丸いやつだ。
まるで軟式野球のボールのようで触るとブニブニしていた。
『火喰い蟲の卵。火喰い蟲はその名の通り火を食べて成長する蟲で、火がなくなると卵を産んで次の食事を待つ。火の大きさによって成長度合いが変わり、一定以上の大きさになると蛹になり火焔蝶へと生まれ変わる。火焔蝶は非常に危険な魔物の為、蛹の時点で駆除されることが多いが火山地帯などでは駆除される前に羽化したものが襲い掛かってくることがある。最近の平均取引価格は銅貨30枚、最安値銅貨5枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は41日前と記録されています。』
まさか蟲の卵とは思わず、思わず落としそうになってしまったが、何とかすんでの所でキャッチできた。
うーむ、むしろ思った瞬間に嫌悪感が出てしまったが見た目だけでいえば卵とはわかりにくい。
しかし火喰い蟲か、面白い魔物がいるもんだなぁ。
「まさかこれを拾いにいったのか?」
「違いますよ。本当はもっと別の魔物を狩りに行ったんですけど、仲間の魔法が思った以上に強くて全部焼けちゃったんです。で、何か残ってないかと思って焼け跡をさがしてたらこれが残っていたのでとりあえずお金になるかと思ってもってきたんですけど、だめでした?」
「んー、正直ダメかどうか俺にはわからんがとりあえずこれに入れておけばいきなり孵化することはないだろう。」
とりあえず近くにあったシュリコンボールに入れてみると、すっぽりと収まってくれた。
いいサイズだ。
「火がないと孵化しないんで大丈夫だと思いますよ。」
「俺は魔物に詳しくないんだが火喰い蟲ってどんな感じなんだ?」
「熱っていうか火を感じるとものすごい勢いで突っ込んでいって、火を食べます。」
「食べるのか?」
「だって芋虫なのに口を開けて火にかぶりつくんですよ。そしたら本当に火が消えるんです、すごくないですか?」
「ちょっと想像できないが名前にもなるぐらいだし、マジで食べてるのかもな。」
詳しく話を聞くと、焚火ぐらいの火なら三口ぐらいで食べきってしまうのだとか。
で、食べたら食べたで近くに別の火がなければ卵を産み落として死んでしまうらしい。
生み落とす卵は二つ、なるほどそうやって個体数を増やしていくのか。
「全部で10個あるんですけど買取できます?」
「そうだな、一個銅貨30枚として銀貨3枚でなら買い取ってやろう。」
「え、そんなに高くていいんですか!」
「真っ黒になるまで頑張って集めたんだ、次は上手くいくように祈ってるぞ。」
「はい、がんばります!」
代金を支払うと冒険者はスキップをするように帰っていった。
なんとなく卵のままおいておくのはいやなので、シュリコンボールに一つずつ入れて保管しておく。
「このような卵をどうするおつもりで?」
「さっきの話を聞いて少し思いついた事があるんだ。とりあえず詳しく話も聞きたいし、まずはギルドで情報収集だな。予定変更、店はここまでにして片付けてしまおう。」
「お任せください。」
本当は夕方まで店を開けるつもりだったのだが、作りたいものが出来てしまったのでひとまず閉店だ。
荷台に荷物を載せるところまでは手伝ってから冒険者ギルドに行って火喰い蟲について詳しい話を聞く。
やはり蟲の段階ではそこまで危険な魔物というわけではなく、火さえなければすぐに無力化できるうえに蛹になった時点で駆除すればいいのであまり問題視されていないようだ。
気を付けなければならないのは蝶になってから。
一般的にそこまで行くのはダンジョンの中だけだし、一応遭遇した時の対処法もわかっているので中級以上の冒険者ならどうってこともないんだろう。
素材があまりおいしくないらしいが、鱗粉は魔道具や錬金爆弾の材料になるらしいので全く使い道がないわけじゃない。
でもその為だけに危険を冒して繁殖させる必要はなさそうだな。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、ジンから聞きましたが火喰い蟲の卵を買い取られたとか。」
「あぁ、ちょっと実験したいからアニエスさんに手伝ってほしいんだ。今時間いいか?」
「大丈夫です。」
帰宅するとアニエスさんが俺の帰りを待っていてくれた。
魔物の卵なんて持ち帰ったんだからそりゃ心配もするだろう。
とはいえすぐに確認がしたかったので、そのまま裏庭に移動して中央に焚火をくみ上げる。
「これでよしっと。」
「何か焼かれるのですか?」
「そういうわけじゃないんだが、とりあえず火をつけるから少し離れておいてくれ。」
火に反応するらしいので出来るだけ距離を置いておく。
シュリコンボールが熱に弱いってのもあるので念には念をってやつだ。
「よし、このぐらいでいいだろう。」
「これをどうするのですか?」
「火に向かって投げてくれ、中にくべる感じで。」
「え?」
「そうすればシュリコンボールが溶けて卵が火にあたる、そうすれば・・・。」
「火喰い蟲が出てきて火を食べるわけですね。」
「そういう事。まずはどんな感じか見てみたい、やばそうなら切り殺してくれ。」
「ではいきます。」
ピッチャーアニエス、振りかぶって・・・投げました!
若干の放物線を描きながらシュリコンボールが火に向かって突っ込んでいったかとおもったら、ジュっという音を立ててまずはボールが溶けた。
卵はそのまま火の真ん中に落ち、そして瞬く間に中から白い芋虫が姿を現した。
芋虫って言っても大きさは50cmぐらいあるだろうか。
どう考えてもあの小さな卵に入るサイズじゃないんだが、そんなことを考えている間に芋虫は文字通り自分を焼く炎にかぶりつくような動きをしてあっという間に食べきってしまった。
まさに火喰い蟲。
パチパチと火花が出ているぐらいにそれなりに燃やした焚火だったのだが、消えるのは一瞬だったな。
「消えたな。」
「消えましたね。」
「そして・・・マジか、もう卵を産むのか。」
「火がなくなればすぐに卵に戻り、数を増やす。実際に見ると何とも不思議な生き物です。」
火を食べ終えた巨大芋虫はそのまま卵を二つ生み落とし、溶けるようにして死んでしまった。
もっとこう死骸が残るのかと思ったら卵しか残っていない。
うーむ、魔物といえば人に襲い掛かるとかそういうやつが多いのだがこいつは本能のままに生きてるって感じがするな。
目的はあくまでも蝶になる事。
それがかなわないのであれば食べたエネルギーを使って数を増やしていく。
それのみを目的としているんだろう。
むしろその方が好都合だ。
恐る恐る卵を回収し、再びシュリコンボールの中にしまう。
これでよしっと。
「それで何をされるおつもりなんですか?」
「見ての通り炎を食べれば駆除しなくても勝手に卵に戻るわけだが、これを初期消火の道具に使えないかって思ってるんだ。ギルドでの話じゃ卵のままでもかなり長い期間生きているらしいし、よほどの大火事でなきゃ火焔蝶になることもないだろう。外はともかく、街の中で火が出ると大変だがこれなら水がなくても火を消すことができる。もちろん投げて当てる必要性はあるがとりあえず近くに投げればシュリコンボールが溶けるし、溶ければ火を感じて卵が孵る。辺りが水浸しにならないっていうメリットも大きいだろう。」
「まさかこれを消火用の道具にするおつもりですか。」
「そのまさかだ。魔物だからって襲ってくるわけでもないし、むしろ俺達の役に立つのなら有効利用すればいい。シュリコンボールにさえいれておけば勝手に孵化することもないだろう。もっとも、それを受け入れてもらえるかはまた別の話だが、とりあえずギルド協会か警備に売り込みをかけてみるつもりだ。そこで受け入れてもらえれば数が出る。仕入れ値を考えて銀貨2枚で売れれば上々銀貨1枚でも数が出れば十分な儲けになるだろう。」
「こんなものを思いつくのはシロウ様ぐらいなものですね。」
「お褒めにあずかり光栄だよ。」
火事は初期消火が重要だ。
後に各家庭に配備されるようになるのだが、それはまた別の話。




