1229.転売屋は呼び出される
「せっかく嫁と子供と親子水入らずの時間を堪能しようと思ったのに、なんで呼び出されないといけないんだ?」
「父もシャルに会いたいんだと思いますよ。」
「まぁ、気持ちはわかる。子供でこれだけ嬉しいんだから孫となると格別なんだろう。だが孫なら他にもいるだろ?」
「それはそれ、これはこれです。」
マリーさんとシャルの二人が王都にやってきた翌日。
早速街に繰り出して楽しい時間を過ごそうと思っていたのだが、朝一番に豪華な馬車が屋敷に横付けされそのまま王宮へと連れ去らわれてしまった。
マリーさんの言う事ももちろんわかる。
しかし、優先するべきは父親である俺じゃないんだろうか。
まぁ、相手がこの国の王様である上に嫁さんの御父上なわけだし?
しかもそれを嫁さんが承諾したのであれば俺に言えることは何もない。
実際ものすごく豪華な馬車を見てシャルがものすごく喜んでいるのは事実だしな。
王都内とはいえそれなりに揺れる馬車の中でシャルは俺の膝の上に立って車窓から見える景色に目を輝かせている。
白亜の王都と大勢の住民たち。
一体彼女の眼にはどんな風に見えているんだろうか。
1歳前後の記憶は脳に残りにくいとは言うけれど大きくなった時に思い出してくれると嬉しいんだが。
「陛下、お三方が参られました。」
「入れ。」
俺もマリーさんも今は貴族でも何でもないただの平民、そんな人を私用で王の間に呼び出すわけにもいかないので案内されたのは王城奥にある王族が使う私室。
私室とはいえ王族が使う部屋だけあって中々に豪華ではあるのだけど。
「失礼します。陛下、今日もご機嫌麗しく。」
「シロウ、何か良くないものでも食べたか?」
「・・・いえ。」
「ふふ、旦那様はシャルとの時間を取られて拗ねているんです。」
「あー、それに関してはすまない。だが私にも時間がなくてな、今日ぐらいしかまともに時間を取れなかったんだ。許せ。」
この国のトップがただの平民に向かって頭を下げる、こんなシーンは家臣の誰にも見せられるものではないよなぁ。
だがこの部屋にいる間は国王ではなくただの人。
それも孫娘にデレデレのただのジジイだ。
しかし、今日しか時間が取れないっていうのは大変だな。
「何か問題でも?」
「そういうわけではないが、春になり西方との国交が再開してからというものの国内の動きが一気に活発化していて色々とな。スライムの触手でも借りたいところだが任せられるだけの人材を育てられなかった私の責任でもある。」
「それはご苦労様です。」
「という事だから今日は私の為だと思って二人を貸してくれ。」
「義息子は不要ですか?」
「あぁ。」
いや、ものすごいハッキリと邪魔って言うなこの人は。
そりゃ大切な息子・・・いや、娘と孫娘二人に囲まれてデレデレするのはわかるが義理の息子をないがしろにするのはどうかと思うぞ。
「まぁまぁ二人ともそのぐらいにしたらどうだい。せっかくの親子水入らずなんだから。」
「ガルグリンダム様!」
「やぁ、二人とも久しぶりだね。そしてシャルロット姫随分と大きくなったものだ。僕のことは覚えているかな?」
「?」
やれやれと言った感じでどこからともかく現れたガルグリンダム様は、そのままシャルのそばに近づくとその場に膝をついてまっすぐに彼女の目を見つめる。
突然知らない人が現れたというのにシャルは驚くわけでもなく、ガルグリンダム様の目をじっと見つめてそして天使のような微笑みを浮かべた。
「うーん、君の子供とは思えない純真さだね。まるで神の御使いのようだ。」
「おい。」
「あはは怒らないでおくれよ。強欲の魔人をも従える欲深さを持った君とはあまりにも対極にいるものだからさ。」
俺を欲望の権化みたいな言い方をするのはどうかと思うが、シャルを神の遣いと表現するのはわかる。
月の女神もそうだったが皆俗にいう美人という見た目をしていたからな。
まぁ、マリーさんが美人なんだしシャルも十分そうなる素質を持っているわけだが。
「ん?ジンを知っているのか?」
「そりゃあ人の欲望があるところに彼らがいるからね。でもまさか解放するとは思わなかったけれど、君らしいと言えば君らしい。そしてそんな君だからこそ彼も君のそばにいるんだろう。」
「別に従えているわけじゃないんだが・・・っていうか、彼等ってことは他にもいるのか?」
「僕が把握しているだけで三つ。そのうちの一つが彼だから残りは二つってことになるのかな?もっとも今どこにあるのかは知らないけどね。」
マジかよ、あんな危険なものがまだ二つも転がってるのか。
それを無理やり探すつもりはないけれど不安は残るよなぁ。
「ジンみたいなのがあと二人もいるのか。」
「そういうことになるね。せっかく来てくれたんだし僕の祝福も授けようと思うんだけど、如何かな?」
「そんな安売りみたいに授けていい物なのか?」
「まさか、僕が祝福を授けるのは彼の血族だけさ。まぁ、この子に関してはディーネの祝福をもうもらっているから不要といえば不要だけどあって損はないと思うよ。」
「古龍の祝福をあって損はないという理由で授かれるのもシャルぐらいなものだろう。私でさえ一つしか授かっておらんのだぞ。」
「因みにシロウ君はディーネの他にウンチュミーの加護をもらっているみたいだね。ついでに僕の加護もいっとく?」
だからそんな居酒屋でもう一杯みたいなノリで授けていいもんじゃないんだろって話だ。
さっき自分で血族にしか授けないって言ってたじゃないか。
マリーさんとシャルの二人には流れていても俺には王家の血は流れていないわけで、それでいて祝福をもらうのはよくないだろう。
っていうかウンチュミーの祝福貰ってたのか。
ぶっちゃけどういうその祝福とやらにどういう効果があるのかは知らないけど、ガルグリンダム様の言うように損はないんだろうな、うん。
「ふふふ。」
「どうした?」
「いえ、お父様が笑っておられるのは久々だなって思って。」
「む?笑っていたか?」
「はい。その時の目じりがシャルにそっくりで、思わず笑ってしまいました。」
実の娘にそういわれて嫌な気持ちになる親はいないだろう。
若干お疲れ気味の陛下だったがその言葉を聞きすっかりと元気を取り戻したようようだ。
西方国との関係再開も含めて本当に忙しいようなので、ここは一つ義理の息子として義父のメンタル回復に努めることとしよう。
「マリーさん、俺はちょっとガルグリンダム様と話があるからシャルをよろしく頼む。陛下、ガルグリンダム様をお借りします。」
「そういうことだから後は三人でどうぞごゆっくり。あぁ、昼食も彼が作ってくれるらしいよ。」
「え、なんでそうなるんだ?」
「ディーネからいろいろ聞いたんだけど僕が食べた事のない物を色々作れるそうだね。こんな機会でもないと堪能できそうもないし、陛下の為と思ってここは一つ腕を振るってもらえないかなぁ。あぁ、もちろん報酬は出すよ。」
「因みに何を?」
「宝物庫の中に興味はないかい?」
そういってガルグリンダム様はニヤリと笑った。
いやいや、王宮の宝物庫に勝手に入るなんて・・・無茶苦茶興味あるんだが?
もちろん何でもかんでももらえるとは思っていないけど、目の保養にはなるだろう。
久々にマリーさんに手料理を食べてもらいたいしな。
ってことで急遽王宮の厨房をお借りして最上級の食材を使った贅沢な昼食を作ることになってしまった。
といっても、唐揚げとか結構ジャンキーな奴だがおおむね好評だったのでよしとしよう。
「はぁ、散々な一日だった。」
「そうですか?」
「まぁあの広い厨房で好き勝手出来るのは楽しかったけどな。あと宝物庫、あそこはやばい。」
「私も二度か三度ぐらいしか入ったことがないんです。何かいい物はありましたか?」
「あった。が、もらおうと思ったら衛兵に止められた。」
「それは仕方ありませんね。」
王宮からの帰り道。
行き同様豪華な馬車に揺られながら屋敷までの道を進む。
シャルはたくさんの刺激に囲まれて疲れたのか俺の膝で眠ってしまっている。
何とも幸せそうな寝顔だこと。
そしてそれを見る時間もまた幸せなんだよなぁ。
「それで、陛下の方はどうだった?」
「随分とお疲れなようでした。やはり西方との関係再開が一気に仕事を増やしているようです。賠償関係は終わったようですけどこの分だとまた西方ブームが来そうな感じですね。今回は高級品ではなく日用品などが多く流入しているそうで粗悪品も多いのでそれ関係の問題も出ているのだとか。」
「それって陛下の仕事じゃないよな。」
「対処しているのは議員や大臣ですが最終的に報告が上がるのはお父様ですから。」
「なるほどなぁ。」
うちも似たようなもんだったしな。
化粧品はマリーさん、行商はハーシェさん、店はメルディ、薬はアネット、ポーションはビアンカ、その他俺が思いついたものなんかはミラとそれらの取りまとめをセーラさんとラフィムさんが対応してくれていたのだが結局それらの決裁を行うのは俺だった。
もちろんちゃんと報告書にまとめられているので非常に読みやすくなってはいるのだが、いいかえると読まないと始まらないので結局それに時間がかかってしまう。
口頭での報告もあるので9割9分片付いていたとしてもその残りを処理する必要はあるわけで。
俺だけでこれだけの仕事があるんだ、国一つとなると途方もない量の仕事があるんだろう。
そもそも一人でするような仕事じゃない。
とはいえ本人もそれをわかっているからこそ、わざわざ時間を作って英気を養おうとしたんだろうなぁ。
ほんと、ご苦労様だ。
「ま、平民の俺に出来る事とすれば今貰った情報をもとに西方関係の品をありがたく使わせてもらうだけだけどな。ケイゴさん経由でいえば上質なものを安く仕入れられそうだし、ここぞとばかりに利用させてもらうとしよう。」
「それで粗悪品を駆逐するわけですね。」
「んー、そういうわけじゃないんだけどな。」
粗悪品が出るのは正直致し方ない。
どれだけ素晴らしい物を提供しても、それを真似する奴は出てくるし安さを求める消費者はどこにでもいる。
『安かろう悪かろう』が絶対とは言えないが、その割合が高いのもまた事実。
じゃあどうすればいいかというと、上質な物でなくていいから普通の品を安価で流通させることでそもそも
粗悪品が流れないようにすればいい。
もちろんもっと安い値段で流通するだろうけどそこまで行けば利益なんてほとんど出ないし、わざわざ不良な安物を買う人は限られた人になる。
そういうのを買う人は理解して買っているわけだし、其れで文句を言われても突っぱねる事が出来る。
俺に出来るのはこういう小さい事だけ。
結果、俺は大儲けが出来て陛下の仕事が減れば万々歳だ。
早速何が流通しているのか明日からチェックするとしよう。
あー、でも明日は二人とゆっくりしたい気もするし・・・。
ぐぬぬどっちを優先するべきか。
「では明日はシャルと一緒にお買い物ですね、せっかく王都に来たのでアルトリオでシャルのお洋服をあつらえたいんです。」
「それはいいな、ぜひそうしよう。」
「時間がかかると思うので、その間はお待たせしないといけませんけど・・・。」
「大丈夫だその間に色々と調べてくる。」
俺の苦悩を察したマリーさんがすかさず助け舟を出してくれた。
どっちかを選ぶならどっちもをすればいい。
そんな強欲な俺に相応しい選択肢を与えてくれる当たり、やはりこの人もまた強欲なんだろう。
似たもの夫婦、できればシャルにはそこは似てほしくないんだけど。
そんな贅沢なことを考えてしまうのだった。




