1211.転売屋は春を迎える準備をする
二月も今日で終わり。
そして四カ月にもわたる長い長い冬もようやく終わりの日を迎えた。
明日には一気に気温も上がり待ちかねたように春の陽気がやってくるのだろう。
この寒さも今日で終わりと思うと感慨深いものがある。
「ではシロウ様今月の収益についてご報告いたします。お手元の資料をご覧ください。」
「なぁ、その話し方はいったいどこで覚えてくるんだ?」
「おかしなところがございましたか?」
「いや、ないんだけどさぁ。」
まるでセーラさんやラフィムさんから報告を受けているような錯覚を覚えてしまう。
ある意味テンプレ的なところがあるのかもしれないが、それでもほぼほぼ同じ言い方だと非常に違和感を感じる。
まぁ今はあえて突っ込まないでおくとしよう。
手元に置かれた資料には今月のお金の動きが事細かく記入されていた。
流石というかなんというか、欲望・・・つまりは金の事になるとジンの熱量が一気に上がる。
俺がどれだけ欲深く稼いでいるか目で見てわかるのが非常にうれしいらしい。
「我ながら細かく稼いだなぁ。」
「本来であればもっと大きく稼ぐだけの欲をお持ちのはずですが、今はこれが精いっぱい。しかしながらわずか一か月でこれだけの金額を稼ぎ出せるのは主殿ぐらいなものではないですかな。」
「月商金貨20枚。それから仕入れと仕込みの分の代金を抜けば手元に残ったのはわずか金貨3枚。これを多いととるか少ないととるかは見る人によるんだけど、今の状況を考えると少なすぎるよなぁ。」
「このままで行くと1000カ月ほどで完済できる予定ですな。」
41年も王都でくすぶっているつもりはさらさらないんだが、これが現時点でできる精いっぱいともいえる。
王都に来て一か月とちょっと。
一月は半月ほど移動に費やされたし、軍資金を稼ぐ時間も必要だったのでカウントできないが二月はそれを踏まえてしっかりと稼ぐことができた。
その結果が金貨3枚。
もちろんアイスタートルの甲羅や発光石など先払いで使用したお金も含まれているから、それが売れればもっと利益は出ているんだろう。
だがそれを踏まえての会計なので今後はこの金貨3枚をどうやって増やしていくかが重要になる。
二月に入ってすぐに比べれば大躍進ともいえるだろうけど、金貨3枚程度じゃあっという間になくなってしまうものだ。
「この間の花みたいに需要のあるもので一気に稼げたら最高なんだがなぁ。」
「あれは原価がほぼありませんでしたからな、売れば売るだけ儲けが出ました。しかしながらそれも買い付けの資金に消えたわけですが更なる儲けとして戻ってくるのであれば問題はありません。」
「次の狙いは青龍祭。とはいえあと一か月以上あるから別の物でしっかりと稼いでおきたいところだ。そういや木材の方はどうなってる?この間の手紙じゃ早々に仕入れが起きているって話だったよな。」
「ありがたいことに主殿の街から注文が入っているようです。まだ商品の引き渡しは行われておりませんが初回の引き渡しが完了すればおよそ銀貨50枚の儲けとなりますな。それが取引のたびに支払われると考えると中々の稼ぎになるでしょう。」
中間業者として木材を右から左に転がすだけでこの儲け。
手間はかかるが在庫を抱えない安心感は何物にも代えがたい。
ダンジョンに潜るのもそうだが何もないところから金儲けのネタを手に入れる事が出来ればそれは丸々儲けになる。
買取屋の場合は必ず在庫を抱えなければならないし、それを売る努力も必要になる。
しかし中間業者であればそのどちらにも振り回されないってのがいいよなぁ。
もちろんそういうネタを探し出すことができればの話だが。
「干し肉やドライフルーツも継続して注文が入っているし、乾燥薬草や毒キノコもそこそこの頻度で注文が入ってる。キノコに関しては取りに行かないといけないっていう欠点もあるが、まぁそんなに苦になるようなこともないからこのままで問題はないだろう。欲を言えばもう少し不労所得を増やしたいところだが、中々に難しいな。」
「今でも十分多いと思いますが、まだ足りませんか。」
「向こうじゃなにもしなくても毎月金貨20枚ぐらい稼いでいたからな。せめてそれぐらいの儲けを出したいのが本音だがそこにいきつくにはかなりの時間がかかるだろう。ともかく今は自由に動かせる金を増やすのが先決だ。仕込んでおいた奴が売れれば多少目標に近づくだろうし、それまで辛抱するしかないか。」
春の二か月でどれだけそれを現金化させられるかが夏の儲けに直結する。
ジンが作ってくれた仕込みリストの半分でも実行できれば金貨10枚を動かせるようになるだろう。
失敗は許されない。
だからこそやる気も出るし覚悟も決まるという物だ。
「とりあえず出来る事からコツコツしていくしかないか。ご苦労だった、今日はゆっくり休んでくれ。」
「ありがとうございます。して、主殿はどちらに?」
「世話になった人の挨拶回りだ。そのついでに御用聞きだな。」
「ごようきき?」
「簡単に言えば何か足りない物、欲しい物がないかと聞いて回るんだ。それが手に入れば金になるし向こうの信頼も勝ち取れる。なにも待っているのが商売じゃない、自分の足で稼ぎを出すのもまたいいもんだぞ。」
自分で金になるネタを見つけたときほどうれしい物はない。
報告書を片付けて月末の挨拶と称して各ギルドや工房に顔を出していく。
明日からはルティエも宝飾ギルドにつきっきりだろう。
琥珀の販売はしばらくお預け、でもまぁそれも致し方ないよな。
「おや、シロウさんじゃないか。」
「フェルさん、どうしてここに?」
「春になると一気に注文が増えるから優先順位をつけるために声をかけているんだ。そうそこの間はありがとう、おかげでこうやって明日を迎えられるよ。」
御用聞きも終盤戦。
予定通り何件か依頼を受ける事が出来たのでしばらくは食いつなぐ事も出来るはず。
上々の結果に思わずスキップしそうになっていると、前からフェルさんがやってきて声をかけてくれた。
この間トートバッグを頼みに行ったらかなりの無茶振りをされたんだが、なんとか形になったようだ。
「なるほど、でもなんで春なんだ?」
「そりゃあ冬の間に抑圧されていた欲が解放されるからだよ。」
「つまるところは動物と同じか。」
「彼らを発情期の獣と同じにするのは君ぐらいじゃないかな。」
獣も人間も魔物も似たようなもんだろう。
女がいれば気を引きたくなり、可能ならば交尾をして子を残したがる。
貴族がそれをやると中々にめんどくさいが向こうにもメンツという物があるので、あまり過激には動いたりしない。
過激にはな。
「どれも同じだろ?」
「まぁそれもそうだね。こっちに来てそれなりになるけど王都にはもう慣れたかい?」
「おかげさんで行ったことない場所も減って来たし、少しずつだが人脈も増えてきている。」
「さすがだねぇ。その調子だと王都を出るのも早いかな?」
「残念ながらそんなに稼げてないのが正直なところだ。ってことで画材が必要なら遠慮なく声をかけてくれ、急ぎ向こうに連絡して送ってもらうように手配するぞ。」
「今の所は大丈夫だけどその時はお願いしようかな。それじゃあシロウさん、また今度。」
挨拶回りの途中なんだろう、あのフェルさんが早々に話を切り上げて雑踏に消えてしまった。
画材は中々に儲かるからいくつか依頼をもらえるかも!と期待してしまったのだが、残念ながらそう簡単にはいかないらしい。
それでも依頼が増えれば画材の消費も増えるから必然的に声をかけてくるはず。
その時を信じて準備をしておくとしよう。
「ただいま。」
「お帰りなさいませご苦労様でした。」
屋敷に戻るとちょうどダンジョンから戻って来たばかりのアニエスさんが出迎えてくれた。
まだ装備を身に着けたままってことはほぼ同じタイミングだったんだろう。
「アニエスさんもな。ダンジョンはどうだった?」
「季節の変わり目なのか珍しい魔物にたくさん出会えました。」
「そういうのって季節関係あるのか?」
「もちろんあります。冬の間にしか見かけない魔物もいますし、春は春で植物系の魔物が活発になります。ダンジョンの中とはいえそのあたりは忠実ですね。」
向こうにいたときはあまりそういうのを気にしたことはなかった。
っていうかダンジョンでは季節感とかそういうのは全く関係ないとばかり思っていたのだが、案外そうでもないらしい。
まだまだ知らないことがたくさんありそうだ。
「なるほどなぁ。」
「手に入れた素材は倉庫に入れてありますのでまたご確認ください。」
「任せとけ。今日はもう休むのか?」
「そのつもりです。」
「疲れているところ悪いんだが休憩しながらでいいから意見を聞かせてもらえるか?月末の挨拶をしに行くと色々と面白い話を聞けたんだが、実際に頼まれたものが手に入れられるかどうか教えてほしい。」
「私でよければ喜んで。」
来月からいよいよ春がやってくる。
冬には冬の良さがあるのだが、やっぱり寒いのは苦手だ。
春は出会いと成長の季節。
その為の準備をしっかりと行いつつ去り行く冬を少しだけ惜しむとしよう。
来月は今の倍以上に儲けが出ますように。
こうして長い長い冬は静かに終わりを迎えたのだった。




