1208.転売屋はイチゴを狩る
「ようこそ冒険者ギルドへ。あ、シロウさんじゃないですか。今日はルフちゃんは一緒じゃないんですか?」
「今日は寒いから出ていきたくないんだってさ。」
「残念です。」
いつものように冒険者ギルドに顔を出し、張り出してある無数の依頼を確認する。
張り出された依頼の内半数はその日のうちに処理されるそうだが、残りの半数は時間がかかるか一つも処理されないからしい。
依頼主からしたら藁にも縋る思いで依頼を出しているんだろうけど、危険と報酬が見合わなければ動いてくれないのが冒険者。
こっちも命懸けだからな、慈善事業じゃない。
そういう依頼のうち緊急性の高いものに関しては聖騎士団が処理してくれるそうだけど、そうでないものはいつまでも受理されないままなんだとか。
毎日顔を出しているとそういう物もなんとなく見分けられるようになってきた。
危険と報酬は比例する。
俺みたいな新人が受けられるのはさほど危険の少ない物ばかりだが、それでも危険がないわけじゃない。
「んー、今日はあまりいい感じのがないな。」
「これなんてどうですか?森の奥に出たポーラーベアーの討伐です。そろそろ春籠りの時期ですから、これを逃すと当分狩れませんよ。」
「いや、確かにそうかもしれないけど新人に勧める依頼じゃないよな。ポーラーベアーは確か中級者複数人で囲んで倒すような巨大な奴だろ?」
「でもシロウさんが行けばもれなくアニエス様もジン様も行かれますよね?あのお二人が一緒なら大丈夫じゃないでしょうか。ルフちゃんもいますし。」
確かに俺が動けばあの二人が動くのは間違いないんだが、其れ前提で依頼を進めるのは職員としてどうなんだろうか。
あくまでも受領者は俺で、俺基準で依頼を出すべきだと思うんだが・・・。
どちらにせよ危険であることに変わりはないので今回はパスだな。
「チェンジで。」
「えー、じゃあこれはどうです?ワイルドストロベリーの討伐です。」
「ん?あれってダンジョンにしかいないんじゃなかったか?」
「そういうわけじゃないですよ。今回は川沿いに大量発生したらしいのでその駆除をお願いします。あ、実はもちろん買取しますのでたくさん持ってきてくださいね!」
「あんなのが大量発生とか命がいくらあっても足りないと思うが。」
「え、そうですか?」
どうも職員と俺の認識にずれがあるようだが、ワイルドストロベリーって巨大な苺が高速で種を飛ばしてくるんじゃなかったっけか。
そんなのが大量発生しようものなら命がいくつあっても足りないと思うんだが・・・。
俺の不思議そうな顔にお互い首をかしげてしまったが、すぐに違和感を察知した職員が詳細を教えてくれた。
ダンジョン内の奴はかなり巨大で危険だが、ダンジョン外で見つかる個体はそこまで大きくなく危険も少ないらしい。
もちろん少ないだけで危険がないわけじゃないが、新人でも十分対応できる程度なんだとか。
ワイルドストロベリーは春先から需要が増えるし集めて損はないだろう。
食べても美味しいしそれを加工してまた劇場で売るという手もある。
ドライフルーツにしても美味しいしな。
ってことで今日の予定はイチゴ狩りへ、文字通り命を懸けた狩りの始まりだ。
「とまぁ、そんな感じで依頼を受けたわけだが本当に大丈夫だと思うか?」
「確かにダンジョンの中で見るワイルドストロベリーは非常に大きく危険な魔物ですが、それ以外の種はさほど大きくありませんのでそこまで心配されなくて大丈夫です。とはいえ、油断して蔦につかまり寄生されると大変ですので注意を怠らないようにお願いします。」
「え、寄生されるのか?」
「はい。蔦で巻き取った後血管の中に小さな種を埋め込み、体の魔素を栄養にして一気に発芽するんです。」
「どんなホラーだよ。」
寄生してくる植物系の魔物は多々いるが、まさかそんなえげつない方法で寄生してくるとは想像していなかった。
それなら高速で種を飛ばしてくるやつの方がましな気もするが、あれはあれで大変なのでどちらにせよ気をつけろという事なんだろう。
いつものように馬車で近くまで移動して川沿いへは徒歩で向かう。
穏やかな小春日和の中、時折商人を乗せた馬車とすれ違うような比較的大きな道の途中にそいつらは突然姿を現した。
「おぉぅ。」
「かなり繁殖していますね。この感じ、何体かの魔物が餌食になったのかもしれません。」
「魔物じゃない可能性は?」
「十分にありますね。」
突然川の方から緑が溢れ、細い蔦がうねうねと道の方に伸びて獲物を探している。
その先端には真っ赤な果実。
よく熟れた見た目をしたそれが自らを餌にして獲物を探しているんだろうけど、これだけ大量に蠢いていたら逆に逃げていくんじゃなかろうか。
辺りには甘ったるい香りが広がっている。
あの中にいったいどれだけの魔物が転がっているのか想像したくないなぁ。
「さて、こいつを駆除しないと依頼は達成できないわけだが・・・ぶっちゃけどうする?」
「狩ります。」
「いや、それはわかってる。だが無策で突っ込んで寄生されるのは勘弁願いたい。」
「私が参りましょう。ようはあの蔦につかまらなければよろしいのでしょう?引き付けた所をアニエス様に切断してもらい、主殿には実を回収していただく。護衛はルフ様にお願いしてよろしいでしょうか。」
ぶんぶん。
「では参ります。できるだけ束ねてみますので後はお任せしました。」
「お、おぅ気を付けてな。」
どうしたもんかと考えていると、自信満々の顔でジンが名乗りを上げた。
ぶっちゃけアニエスさんとやろうとしていることは同じだが、むやみに突っ込むというよりも逃げ回るという感じなので一応は考えているようだ。
そもそも魔人に寄生できるのかという話ではあるのだが、魔物でも餌食になるのだから可能性は高い。
それでもスーツのような服をピシッと着込んだ老人はうねうねと伸びる蔦に臆することなく近づいていき、襲い来るそれらを老人とは思えない速度で躱していく。
うーん、まるでダンスでも踊っているかのようなキレのある動き。
見た目とのギャップがすごすぎて脳がついていかない。
そんな光景をしばらく観察していると、さっきまでバラバラだった蔦がどんどん絡まって太くなってきたようだ。
そしてある程度まとまったところでジンがこちらに向かって走ってくる。
そのまま俺達の前を横切ったところで蔦がこちらの存在に気付くも時すでに遅し、絡まったその太い蔦めがけてアニエスさんが鋭い一線を放ち実のついた部分から切り落とされた。
声なんて聞こえないはずなのにピリピリとした何かが耳を通り抜けた気がする。
「こちらはお任せします。」
「任された、くれぐれも気を付けてな。」
「シロウ様以外の子を孕むつもりはございませんのでどうぞご心配なく。」
「わふ!」
なぜかルフまで元気に吠えて、蔦を切り取られてうねうねと蠢くワイルドストロベリーに突っ込んでいってしまった。
ジンはそのまま大回りをして、別の蔦を引き付けに向かったようだ。
さて、俺も頼まれた仕事を終わらせるか。
まだ少し動く蔦から苺の実を切り取って氷の入った箱に入れていく簡単なお仕事。
まだまだ気温は低いものの、やっぱり生ものはしっかり冷やさないとな。
一塊の蔦を回収するころには別の蔦が切り落とされており、そっちを回収するとまた新しいのがというような感じでただひたすらにイチゴの実を狩っていく。
これがほんとのいちご狩り。
蔦を切り取られた本体はルフとアニエスさんに根元から引きちぎられたのでこれ以上繁殖することはないだろう。
やはり根元に何匹かの魔物の骨が転がっていたので、ワイルドストロベリーの魔石を回収がてら使えそうな部分を回収していく。
餌食になったのはワイルドボアやディヒーアなどのありふれた魔物ばかり。
こうやって餌食になる事で間引きとかがされているんだろうなぁ。
「お疲れさまでした。」
「ご苦労さん、大量だったな。」
「如何でしたか?捕まらなければ何の問題もなかったでしょう。」
「そりゃ問題はないが見ている方はひやひやしたぞ。」
「心配していただけたのですか?」
「そりゃな。」
いくら捕まらなかったとはいえ、失敗した後の末路を見せられると心配してしまうだろ。
結果がすべてとはいえそうならなかった時のことを考えなくはない。
もっとも、ジンのことだから見せた事の無いような技か何かで何とかしてしまいそうな気もするけど。
「さぁて、道も通りやすくなったしさっさと街に戻って飯にしようぜ。」
「回収した実はどうなさるおつもりで?」
「そのまま食べてもいいし、加工して売るのもありだ。」
「という事はギルドには流さないのですね。」
「わざわざ安い値段で売ることもないだろ。ギルドには討伐証明の魔石だけで十分だ。」
折角危険を冒して手に入れてくれたイチゴなんだ、格安で流すなんて俺のプライドが許さない。
売るからには高く、出来るだけ高く売るのが頑張りに報いる俺なりのやり方だ。
次の日。
イチゴの上質かつ大きい物は劇場で特別品として一粒銀貨3枚もの高値でふるまわれ、少し傷んでいるようなものはジャムへと加工。
残りはいくつか俺達の腹の中に納まったものの、スライスされた後乾燥箱に放り込まれてドライフルーツへと加工され干し肉と共に保存食屋へと提供されて冒険者の腹を満たすこととなった。
ぶっちゃけ依頼料よりもこっちの方が高く売れるんだよなぁ。
この春はあと何回狩りに行けるだろうか。
煮沸した瓶に流し込まれる赤いジャムの輝きに見とれながら、取らぬイチゴの実算用をするのだった。




