1205.転売屋はスライムを探す
久方ぶりの王都の外。
もちろん遊びに行くわけでもなく、外に出るという事は冒険者として戦いに行くという事だ。
とはいえ戦うのは他の面々で俺は後ろからちくちくスリングを打ち込む程度だけども。
それでも立派な戦力ということらしいのでそれを誇りに今日も頑張るとしよう。
「ホワイトスライムの核ですか。」
「時期的には遅いが主に冬に出現するいたって普通のスライムらしい。非好戦的で基本的に人前に出ることはないらしいが、その核が防具の緩衝材に使われるってことで回収できないかと聖騎士団から依頼を受けた。なんでも在庫が切れそうとかで相場の五割増しで買い取ってくれるらしいから回収すれば回収するだけ儲けが増える。上限はないらしいからしっかりと稼いでおきたい所なんだが・・・。」
「問題はホワイトスライムが人前に出てこないという部分です。そして動きの遅さから魔物に襲われやすく餌として捕食されるのも見つからない原因だと言われています。捕食後はその場に捨て置かれるので核はどこにでも落ちていると考えられますが、出現する場所が場所なだけに捜索は難航するでしょう。」
「つまり今回は魔物退治ではなく宝探し、というわけですな。」
「そういう事だ。とはいえダンジョンの中だから他に魔物も出るし、そっちも金になるから見つけ次第率先して倒していってくれ。宝探しは俺の得意分野だ。」
ホワイトスライムが出現するのは今向かっているダンジョンの上層部。
腰まで伸びる草に覆われた広大なフィールドのどこかにスライムの核が転がっている。
草がなければいくらでも拾えるのだが、伸びた草のせいで一つ探すのも大変そうだ。
加えて他に出没するプラードウルフが草に隠れて忍び寄ってくるし、ホーンラビットが突然地面から飛び掛かってくることもある。
ウサギは肉と角、オオカミは牙と爪が金になるので遭遇すれば金になるのだが、危険であることに間違いはない。
もっとも、魔物はルフがいるから近づいて来てもすぐにわかるだろうけど駆除できるかどうかは別の話。
視認性が悪いと俺のスリングが役に立たないので今回は相場スキルを使った核探しに専念することになるだろう。
半日ほどかけて目的のダンジョンに移動し、少し早めの夕食を済ませてから準備を済ませてダンジョンの中へと突入する。
入ってすぐはおなじみの洞窟風の道が続いているが、すぐに視界が広がり鮮やかな緑色の海原・・・じゃなかった草原が広がっていた。
「これは見事なもんだ。」
「この中からホワイトスライムの核を探すのは至難の業ですが、シロウ様であれば問題ないでしょう。ルフ、周囲の警戒を。ジンはシロウ様の警護をお願いします。」
「おまかせあれ。」
「まずは警戒しながら最初の一つを見つけてくれ。」
ダンジョンの中には海もあれば火山もある、なので草原があっても何の不思議もないのだが天井に広がる青空はいったいどういう原理なんだろうか。
風も全く黴臭くないし、むしろ新鮮な感じすらする。
ほんとなんでもありだよなぁ。
草をかき分けながら何度か魔物の襲撃を受けた後、やっと最初の一つを見つける事が出来た。
半透明の核は、元の世界でいうはぶたい餅のようにも見える。
弾力はあるが決して強すぎるわけでもなく引っ張るとそこそこ伸びる。
確かにこれなら緩衝材としてもってこいだろう。
いつも買い取っていたグリーンスライムの核よりもこっちの方が柔らかい感じがするなぁ。
「やれやれやっと一つ目か。」
「結構かかりましたね。」
「だがこれさえ見つければあとは拾いに行くだけだ。とりあえず一度休憩を入れよう、さすがに疲れた。」
「戻りますか?」
「草を踏みしめて空間を作りましょう。戻るのも時間がかかりますし、ここの方がいろいろと便利です。」
てっきり戻るのかと思ったが、アニエスさんはこの場で野営することを選んだようだ。
どこからでも攻撃される可能性はあるものの、いいかえればどこからの攻撃にも対処できる。
全員で草を踏みしめながら10mぐらいの大きな円を作り、その真ん中でつかの間の休息をとる。
普通草の上で火をおこすことはできないが、俺には焚火台という強い味方がある。
台の上に持ち込んだ薪をくべ、小さなコンロを設置。
最初にお湯を沸かし、香茶を入れてから今度は買ったばかりのウサギ肉を串に通して焼いていく。
肉の焼けるいい匂いが風に乗ってそこら中に広がってしまうが、向こうからやってきてくれるのはむしろ好都合だ。
「ルフは右を、私は左を見ます。ジンはその場から動かないように。」
「ご安心を、主殿には指一本触れさせは致しません。」
手に入れたウサギの肉を串であぶりながら襲ってくるウサギを撃退する。
そして、そのウサギを狙って今度は狼が襲い掛かってくる。
波状攻撃が何のその、ルフとアニエスさんにかかれば奴らは敵ですらない。
後半は焼けた肉を食べながら駆除されたウサギと狼の毛皮をはぎつつ素材を回収する作業が続いた。
休憩しているはずなのになぜこんなに疲れるのか。
っていうか目的はこれじゃないんだけどなぁ。
程ほどの所で切り上げてそろそろ目的の物を回収するとしよう。
『ホワイトスライムの核。通常のスライム種よりも柔らかなホワイトスライムの核は、防具の緩衝材をはじめ様々な用途に用いられている。最近の平均取引価格は銅貨20枚、最安値銅貨15枚、最高値銅貨30枚、最終取引日は本日と記録されています。』
「それじゃあやるぞ。」
「どこへでもお供いたします。」
「同じ素材がどこにあるのかを探せるとは、いやはやさすが欲深き主殿ですな。」
「わふ!」
なぜか自慢げに尻尾を振りつつ咆えるルフをなでながら相場スキルを発動させる。
これがあれば今手に持っているのと同じものの上に相場が表示される。
前に魔力水を回収するべくダンジョンに潜った時に同じ手法を使ったが、ほんと便利だよなぁ。
広大な草原にどこまでも広がる草の海。
一見するとどこも同じに見える景色に突然20という数字が浮かび上がっているのを見つけた。
あそこだ。
辺りを警戒してもらいながら数字の近くまで行き、足で草を避けると半透明の塊がコロコロと転がり出てきた。
さぁ、ガンガン行こう。
一つまた一つと縦横無尽に草原を駆け回りながら核を集めていく。
普通では考えられない回収速度に最初こそ驚いた顔をしていたジンも、後半は当たり前といった感じで受け入れたようだ。
魔物を駆除しつつゴミ拾いのように火箸で核を回収。
当初の予定を上回る150個を集めた時だった。
「ん?」
「どうされました?」
「いや、この先に大量の核が表示されているんだが・・・。誰か集めたのか?」
先ほどまで草原にぽつぽつ転がっていたはずの核が、なぜか一か所にいくつも表示されているのを見つけた。
数字が重なりすぎていくつあるかはわからないが、さっきまでと明らかに様子がおかしい。
誰かが隠したという可能性も否定できないが見通しが悪いだけでなく目印になるようなものがない状況でそんなことをする人がいるだろうか。
「魔物が集めた可能性はありますが妙ですね。」
「周りから特に怪しい雰囲気は感じませぬが・・・。」
「仮に何者かが隠したのならそれを回収されたら烈火のごとく怒るだろう。俺ならそうする。」
「ですが主殿はそれを回収されると。」
「当然だろ?落ちてるものを回収して何が悪い。そんなに大事なものだったら名前でも書いとけっていう話だ。」
もっとも、魔物に名前を書く文化なんてないんだろうけども。
ゆっくりと近づいたそこは、先ほど俺達が作ったような感じいびつな円形に草が踏み固められ、その中心にぽっかりとした穴が開いていた。
巣穴と表現するのが正しいだろうか、大人が寝れるぐらいの大きさのそこには枯草が敷き詰められれている。
人、なわけがないよなぁ。
警戒しつつも周りに誰もいないのでその巣穴に手を伸ばして枯草を取り除く。
「こりゃ大当たりだ。」
「こんなにたくさんの核が一か所に。でも誰が集めたんでしょう。」
「わからんがかなり大事にしていた感じだな。」
草の下から現れたのは大量の核。
ざっと見て30個は余裕であるだろう。
一段深くなっている場所にこれでもかというぐらいに詰め込まれていた。
ウサギがこんなことをするわけがなく、かといって狼が集めたとも思えない。
となると別の何物かってことになるんだが・・・。
「シロウ様、下がってください。」
「主殿お早く。決して私の後ろから顔を出さないようにお願いいたします。」
突然ルフが跳ねるようにして体制を整え、アニエスさんが素早く武器を構える。
ジンがいつも以上に真剣な声で俺を制する辺りかなりヤバい相手なんだろう。
巣穴をそのままにジンの後ろに隠れたその瞬間。
アニエスさんの武器から火花が散り、甲高い音が響き渡った。
「ワーウルフ!」
「人狼とは珍しい。こうやって集めているのもうなずけるという物です。しかし、これほどの魔物が上層に現れれるとは、ダンジョンの上層部は魔素が薄くこういった魔物は生きていけないという話だったと記憶しておりますが、どうしたことでしょう。」
巣を飛び越えるような形で、全身毛むくじゃらの二足歩行の魔物が俺達の前に姿をあらわす。
ワーウルフ、またの名を人狼。
普段は下層でしか生きていけないはずの魔物がなぜこのような場所にいるかはわからないが、これらを集めた犯人としてはぴったりだ。
目にもとまらぬ速さで長い腕を振り回し、鋭いかぎづめでアニエスさんに襲い掛かる。
防戦一方という感じに見えるがアニエスさんの顔に焦りの表情は浮かんでいなかった。
「毛皮は使い物にならないがあのかぎ爪は金になったはず、これはいい土産が手に入りそうだな。」
「ルフ!」
「わふ!」
防戦一方だったアニエスさんだが、身を隠していたルフがワーウルフの足元にかみついたところで流れが変わった。
おそらくは足首周りの肉を食いちぎられたのか、途端に動きが悪くなったワーウルフがその場に膝をつく。
拮抗していた人狼対狼人族×グレイウルフの戦いだったが、いとも簡単にバランスが崩れてしまったようだ。
片膝をつくような形で彼女たちの攻撃を凌いでいたワーウルフだったが、勝てないと悟ったのか最後に持っていた手斧を俺の方に向かって勢いよく投げつけてきた。
が、それが俺に届くはずもなく。
ジンの見えない力によって軽々と受け止められ地面に乾いた音が響くと同時にアニエスさんが奴の首を切り飛ばす。
戦闘時間わずか五分弱。
あっという間の戦いだったが、何とか無事に撃退することに成功した。
「なんでまたこんなのがいたんだろうな。」
「さぁ、分かりませぬ。ギルドでは何か情報は出ていなかったのですか?」
「情報?そういや何か張り出してあったような・・・。」
「仮に討伐依頼なのであれば受領していなくても報酬は出ます。それでしたら討伐した証として耳を回収しておきましょう。」
「ついでにかぎづめも頼む。俺は核を回収させてもらうとしよう。」
折角こいつが集めてくれたんだから有効利用してやるのが勝者の役目。
こうして予定よりも多い200個近い数の核と、その他山のような素材を手にダンジョンを脱出することができた。
これで騎士団の依頼は達成できたし本当に張り出しがされていたのであれば、追加の報酬もゲットできるはず。
核でホクホク、素材でがっぽり。
核だけでもかなりの利益が出るが、回収した毛皮たちがどれだけ上乗せできるかはちょっと想像できない。
銀貨30枚、いや50枚ぐらい行くんじゃないだろうか。
ワーウルフの爪はその鋭さから武器に加工する人も多いし、その辺もギルドと話し合う補遺がいいかもしれない。
なんであんな魔物が出てきたのかは不明だが、それもおいおいわかってくるだろう。
いやー、今回は最高の遠征になったなぁ。
「わふ?」
さぁ帰ろう。
ダンジョンの出口まで戻ってきたところで、ルフが後ろを振り返り不思議そうに首を傾げた。
てっきり何かいるのかと思ったのだがそういう感じではない。
何の変哲もない最初と同じ景色が広がるだけ。
ルフ自身もなぜ振り返ったのかわからないような顔をしている。
「どうした、なにかあったのか?」
ぶんぶん。
「疲れただろう、外に出たら飯にしようぜ。」
随分と長い間ダンジョンに潜っていたから疲れているんだろう。
無理やりそう納得させて俺達はダンジョンを後にする。
その後ろ姿をダンジョンの奥の奥で何かがじっと見ていたのを俺達が知ることはなかった。




