1203.転売屋は騎士団に出向く
「さてっと、ちょいと騎士団に行ってくる。」
「騎士団?まさか主殿欲深さのあまり罪を?」
「そんなわけないだろうが、知り合いの所に顔を出すんだよ。」
「おや、そうでしたか。」
まったく、何を不謹慎なこと言いだすんだこの魔人は。
確かにグレーな商売をしているがこう見えて罪を犯したことはないんだぞ。
過去に注意されたことはあるが、それは固定買取制度を知らなかっただけで初犯は注意止まり。
あれ?もしかしてこの時点で罪を犯してる?
いやいやアレはノーカンのはず。
そういう事にしておこう。
この日の為に準備していた荷物を手にルフと共に屋敷を出発。
王都広しといえど殆どの人が行くことのない場所が騎士団だろうなぁ。
なんて思っていたら、建物がかなり凝った作りになっている為に観光名所になっているらしく、大勢の人が少し離れた所で歓声を上げている。
そんな中を一人騎士団の方に向かうと大勢の視線を背中に浴びることになってしまった。
いや、悪い事はしてないんだって。
自首じゃないからな。
人混みを割ってグレイウルフを連れて向かってくる男に入り口の兵士二人が怪訝な顔を向けて来るが、さも当たり前といった顔で挨拶をした。
「ようこそ聖騎士団へ、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「ホリア聖騎士団長にお会いしたい、予約はしてあると思うが。」
「失礼ですがお名前をお願いします。」
「シロウだ。元名誉男爵といえばわかってもらえるか?」
名前だけではわからなかったようだが、名誉男爵の地位を出すとハッとした顔をする二人。
元がつくとは言え名誉男爵の地位はかなりの知名度があったんだなぁ。
一人が中に確認を取りに行き待つこと数分、慌てた様子で中から飛び出してきた。
「どうぞお通り下さい!」
「急がせて悪かったな。」
「いえ、大変失礼しました!」
今はもう偉い身分でもないのでそんなに畏まらなくてもいいんだが、一体何を言われたのやら。
外同様建物内も中々豪華絢爛な作りになっており、中だけみたら騎士団とは思えないような景色が広がっている。
しかし通り過ぎる人は男女問わず屈強な感じだし、重厚な鎧を揺らしながら通り過ぎるのを見るとやはり騎士団なんだよなぁ。
「どうぞこちらでお待ちください!」
「ご苦労様。」
通されたのは何とも豪華な応接室。
王宮でもここまで立派な部屋は数えるほどしかないんじゃないかってぐらいに豪華な装飾と、そして重厚な鎧や武器が壁にかかっている。
鑑定しなくてもそのすごさは見るだけでわかるな。
キョロキョロと中を観察する俺とは対照的にルフはいつものように足元に伏せて早くも寝る態勢に入ったようだ。
彼女からすれば豪華な装飾などあってないのと同じようなもんなんだろう。
ま、そういう所が可愛いんだけどな。
ポンポンとルフの首を撫でて心を落ち着かせながら静かに待っているとすぐにノックの音が聞こえて来た。
そのまま扉が開き二人の男が部屋に入ってくる。
「すまない待たせた。」
「こっちこそ忙しいのに時間を作ってもらって助かる。二人とも元気そうで何よりだ。」
「シロウ様も大変だったようですね。」
「まぁな。だがあの時も裏で色々と動き回ってくれたそうじゃないか、助かったよ。」
「結果有罪になったんじゃ世話ないが、首と胴体が繋がっているだけでもよしとしてくれ。」
国家反逆罪が死罪だったのは大昔の話らしいが、それでもその可能性はあっただけにホリアの言うようにこの二つがくっついているのは凄い事なんだろう。
初めて出会ったときはただの聖騎士団員だった二人が今や団長と副団長なんだから世の中わからないものだ。
その実力があったからこそセインは毒を盛られて殺されそうになったわけだが、そういう悪い物を除去した結果と考えれば当然の立ち位置なのかもしれない。
「まずは団長副団長就任おめでとう。二人の功績を考えれば当然といえば当然の結果だが、大変だっただろ?」
「大変じゃないはずがないだろ?と言いたいところだが、ここにいられるのもお前がセインを見つけてくれたおかげだからなぁ。あれが無きゃ大掃除も出来なかった。」
「その節は本当にありがとうございました。」
「あの偶然がここに繋がっていると思うと感慨深いものはあるが、今後もその地位を色々利用させてもらうつもりだからよろしくたのむ。」
「まったく、その気もないくせによくそんなセリフが出るもんだ。」
苦笑いを浮かべるホリアと対照的にセインさんは柔らかな笑顔を浮かべている。
このイケメンスマイルに一体どれだけの女性が虜になっているんだろうか。
王都を歩いていると絶対にそういう話が耳に飛び込んでくる。
元の世界的に言う『一度は抱かれたい男』ってやつなんだろう。
残念ながらホリアの名前を聞いたことは一度もないけどな。
「それで今日はどうしたんだ?」
「暫く王都に滞在するから挨拶ぐらいはって思っていたんだが、折角だし土産を持ってきた。もちろん使えるかどうかはそっちで判断してくれて構わない。が、悪い物じゃないことは保証しよう。」
二人に向かってニヤリと笑みを浮かべた後、鞄から用意していたブツを取り出し机に並べていく。
ホリアは見ただけではわからなかったようだがセインさんはすぐに気付いたのか、驚いたように口元を覆った。
「大丈夫だ、完璧に乾燥しているから毒性はない。」
「おい、毒を持ってきたのかよ。」
「使い方次第ではってやつだな。流石セインさん見ただけで気付くとは思わなかった。」
「薄紫なのをみてすぐにわかりました。しかしメキシカナは乾燥しづらくて粉末にするのは難しかったと記憶していますがよく加工出来ましたね。」
「こっちに来てそういう道具を偶然手に入れたんだ。乾燥肉から毒までなんでもござれ、もし乾燥させたいものがあったら相談してくれ。」
『メキシカナ。別名厳幻覚茸とも呼ばれており、僅かな水分に溶け込んで空気中を漂い吸った者に幻や幻覚を見せる。自白性も高く兼ねてより尋問や拷問の際にも用いられてきた。最近の平均取引価格は銀貨3枚。最安値銀貨1枚、最高値銀貨7枚、最終取引日は29日前と記録されています。』
この間のキノコ狩りの時に見つけた毒キノコ。
別に特別珍しいという茸ではないものの、毒性があまり宜しくないので魔物でも近づくことはないらしい。
稀にそれに気付かずに魔物が近づいて暴れているなんてのは良くある話だそうだ。
あまりのヤバさにすぐに風蜥蜴の被膜に包んで保管、後日乾燥させて今に至る。
他にも何種類か毒キノコの粉末を持ってきたのでそれも一緒に並べておいた。
一つずつ説明するとセインさんが興味深そうに手に取って茸の粉末の入った瓶を眺める。
その様子を見てホリアが苦笑いを浮かべているのが面白かった。
まぁ、彼自身が聖騎士団で毒を盛られたので普通は毛嫌いしそうなものだがどうやらそうではないようだ。
「しかし毒を堂々と聖騎士団に持ち込むのはお前ぐらいだろうな。問題ないからって持ち物検査はさせなかったが、もししてたら大騒ぎになってたぞ。」
「それも思ったんだが、ホリアの性格からそういうのをさせないと思ったんでな。とはいえ次回からは気を付ける。」
「そうしてくれると助かる。」
「それで、シロウ様はこれらをどうするおつもりですか?」
「もちろん買い付けてもらいたいと思っている。可能ならば、の話だけどな。難しいようならメキシカナ以外の奴は冒険者ギルドに持ち込むつもりだ。」
「冒険者ギルドでも使うのか?」
「他の二つは魔物をおびき寄せる餌に混ぜて使うんだ。もっとも、毒を使うと肉を食えなくなるからそれ以外の魔物にしか使えないのが難点だけど。オーガやコボレートの集団を攻撃するときなんかには水に混ぜる時もあるぞ。」
前に毒を使ってドラゴンを乱獲したこともあったしな。
冒険者からしてみれば得物となる魔物を危険を回避して倒すには最高の道具になる。
殺虫剤だって今じゃ普通に使われているし、毒だからって毛嫌いする理由はない。
使えるものは使う、命のやり取りをするんだから当然だろう。
「確かにメキシカナは自白剤としてここでもよく使われます。使用していることがばれにくくて便利なんですが、先程も言いましたように完璧に乾燥させるのが非常に難しいんです。因みに保管はどうすれば?」
「おい、セイン。」
「我々も日常的に使っているんです。良からぬものを掴まされるよりかは信頼できる人から仕入れた方がお互いに安心でしょう。」
「それはまぁそうなんだが・・・。」
突然取引を始めた俺達にホリアが思わず立ち上がるが、正論を突きつけられてすぐに黙ってしまった。
夫婦ではないけれど、そういう力関係があるよなぁこの二人には。
尻に敷かれているという意味で。
「乾燥剤を別に入れてやれば湿気る心配もないし、そっちも手配できるぞ。」
「おいくらをご希望ですか?」
「ぶっちゃけた話どのぐらい必要なんだ?」
「そう来ましたか・・・。効果にもよりますが実用に足るようであればこれと同じ量で銀貨20枚出しましょう。」
まさか相場の10倍を提示されるとは思っていなかった。
せいぜい銀貨5枚とか10枚ぐらいだと思っていたんだが、これは口止め料もコミって事なのかもしれない。
別にご禁制の品を取引しているわけではないんだが、表立ってそう言うのを使用していると広まるのは聖騎士団としてもよろしくないだろう。
「大きく出たな。」
「もちろんそちらの二つも一緒ですが、安過ぎましたか?」
「いやいや十分だ。とりあえずこれは試供品で置いておくから効果が良かったら注文してくれ。」
「よろしいのですか?普通は前金を払うものだと思いますが。」
「別に知らない仲じゃないんだし、なにより聖騎士団の団長ともあろう人が銀貨30枚程度の金を踏み倒すなんてことするはずないだろ?」
騎士団長だからするはずがない、というかこの二人がそんなことするはずがないともちろんわかってはいるけどな。
でもそういう事にしておけばお互いに何かと都合がいものだ。
「そうですね、聖騎士団の長ともあろう者がそのような事をするはずがありません。」
「その言葉を聞いて安心した。ってことで費用は後払いでいいから今日はこれを納めてくれ。」
「ありがとうございます。」
交渉成立。
効果のほどは試用してからわかる事だが、まぁ問題はないだろう。
鑑定しても悪い物は入ってなかったし。
「シロウ、まさかこの為だけにここに来たわけじゃないよな?」
「ん?」
「いや、お前ほどの男が銀貨30枚程度の取引で満足するはずがないと思っていたんだが・・・。」
「ホリア、自分からそれを言うのはどうかと思うぞ。商人ってのは次をどうやって言い出そうか手ぐすね引いて待っているもんだ。それに俺がこれっぽっちで満足するわけがないだろ?」
聖騎士団という巨大な取引相手、そのナンバー1とナンバー2と直接話が出来るというアドバンテージを逃すはずがないじゃないか。
折角向こうがボールを投げて売れたんだ、遠慮なく次のネタを投げ込ませてもらうとしよう。
お互いに知らない仲じゃないんだ、遠慮は無用で行かせてもらうから覚悟してもらおうか。
そんな俺の雰囲気が伝わったのか、ホリアの口元が若干ひきつったのを俺は見逃さなかった。




