1191.転売屋は蝋燭を仕入れる
今日も王都には東西南北様々な地域からたくさんの品が流れてきている。
その半数以上にはすでに取引先が見つかっているものの、残りはまだ引き取り手を見つけられずその時を静かに待っているものも多い。
もちろんそのすべてに売れるだけの要素があるわけではないが、それを見つけてどう転がすかが商売人の腕の見せ所。
なにも買い占めるだけが転売じゃない。
売れるとわかっているものを事前に見つけて仕入れておくのもまた転売屋の腕の見せ所ってね。
「いらっしゃいませ、どうぞ見ていってください。」
「南から運んできたとっておきだよ!この香り、ぜひ堪能してくれ!」
「北の美味しいお菓子はいかが?春のお茶会にぜひどうぞ~。」
威勢のいい声かけに耳を傾けながら売れそうな商材を探していく。
一番のねらい目は今流行っているものだが、そういうのは大抵買い漁られた後なのでこれといった物がなかなか出回らない。
かといって売れるかもわからないものを仕入れられるほどの余裕はないわけで、よっぽど売れると確信できるものじゃないとなかなか手を出しづらいよなぁ。
特に寝かせる系の商材はすぐに現金が入ってこないだけに厳しいところがある。
ただでさえ木材にそれなりの金を払っているだけに、それを回収するまではあまり大きな事が出来ないっていうね。
あれはあれで絶対売れる商材なので手は抜きたくないし、かといって日銭を稼ぐだけでは大きな儲けにならない。
理想は小さく仕入れて大きく売る。
もっとも、そんな美味いネタが転がっていたら世話はないんだが。
「ねぇ、見てあれすっごく可愛くない?」
「ほんとだ!色も可愛いし、見てると落ち着きそう。」
「でもなんだか怖くない?」
「わかる~、なんていうか近づきにくいよね。」
ふと耳に入ってきた女性同士の会話の方に目を向けると、この時期には珍しい晴天にもかかわらず真っ黒い天幕を広げた店があった。
左右が飲食店なのもありかなり異質な感じがする。
そこに並んでいる商材も普通と違って若干おどろおどろしい雰囲気を持った雑貨やアクセサリーが多いようだ。
元の世界でいえばオカルト的な感じになるんだろうか。
髑髏のモチーフなんてどこにでもあるし、見た感じはそこまで不気味な感じではない。
だがこの世界ではそこまで認知度がないんだろう目を引く商品があっても客が来ないなら意味がない。
「あ、どうも。」
「みていいか?」
「・・・はい。」
折角だからと近づいてみたものの、店員のテンションは低く接客してくるわけでもなく静かにこちらを見てくるだけ。
ローブを深くかぶり、更にはモコモコのコートを着込んでいるせいか性別は不明。
声の感じから女っぽい感じはするんだが、まぁどうでもいいか。
「この蠟燭は珍しい色をしているな、何か特殊な効果とかがあるのか?」
「それは心が落ち着くやつ、こっちは眠たくなるやつで、こっちはドキドキしてくるやつ。」
「色によって効果が違うのか、面白いな。」
気になったのは店の隅でゆらゆらと揺れていた蝋燭。
100均で売ってそうな小さな蝋燭なのだが、オレンジ色ではなく緑や青など理科の実験でしかお目にかかれないような色をした火がゆらゆらと揺れている。
おそらくは蝋に何かしらの成分が含まれていてそれでそういった効果が出るんだと思うんだけど、おしゃれな感じだしこういうのは結構女性に受けそうなきがする。
しかしながらこの店の雰囲気と店員さんじゃなかなか売れそうにもないよなぁ。
「炎の色と匂いで効果が変わる、こっちは男の人だけに効く。」
「男だけ?」
「見ているとだんだんと興奮してくる。」
「・・・それ、やばい薬とか入ってないよな?」
「薬はない。でも、材料にディヒーアの角が入ってる。」
「炎と匂いでそうなるのか、すごいな。」
もちろん口で言っているだけで本当かどうかはわからないが、効果はともかく色が違うってのは中々に面白い。
まずは見た目で売り出せばそれだけでも女性は食いつきそうなもんだけどなぁ。
特に心が落ち着くやつや睡眠用のは間違いなく人気が出る。
男向けはなんていうか使われる場所が限られそうだが、娼館に紹介すれば多少なりとも反響はありそうなものだけどなぁ。
「そう、すごい。でも売れない。」
「自分で作ってるのか?」
「私が作ってる。」
「ちなみにいくらだ?」
「一つ銅貨20枚、いっぱい買ってくれたらおまけもする。」
安い。
いや、蝋燭だけと考えれば高いのだが見た目を考えると銅貨30枚とか効果を含めれば40枚でも売れるかもしれない。
ストレス社会とまではいわないけれど不眠で悩んでいる人はいるだろうし、ダンジョンに潜った後はどうしても心が落ち着かなくて興奮状態になるってエリザも言っていたからな。
そういう人に使ってあげてもいいかもしれない。
それならいっそ宿屋で使ってもらうのはどうだろうか。
部屋に戻ってリラックスして寝てもらえば宿としても仕事が楽になるだろう。
下手に暴れられて物を壊されてなんてのは日常茶飯事だし、そういうのがなくなるだけでもありがたがられるのではなかろうか。
ほら、やっぱりやり方次第ではいくらでも売れそうじゃないか。
やっぱりこの店の雰囲気がよくないんだって。
「正直興味はあるんだが、ぶっちゃけどうなんだ?」
「どうとは?」
「やり方次第ではいくらでも売れそうだが俺なんかが買っていいのか?損するぞ?」
「別に、売れればいい。」
うーむ、わからん。
普通は高く売りたいと思うものなんじゃないだろうか。
値段はいいからたくさんの人に使ってもらいたい!とかそういう感じでもなさそうだし、本気で売れればそれでいいとか思ってそうだ。
いや、それはそれで俺は儲かるわけだし別に構わないんだけどさ。
「なら俺が買い占めて他所で売ってもいいんだな?」
「いい、買ってくれるなら。」
「因みに作るとなったらどのぐらいでいくつ作れる?」
「材料があれば1日で100個は作れる、材料を混ぜて固めるだけ。」
「おいおいそんなこと教えていいのかよ、自分で作るかもしれないんだぞ?」
「別に、作ってもいい。」
なんだろうこの違和感は。
この手のタイプと会うのは初めてだが、いったい何を目的として作っているんだ?
普通は自分の作品を広めたいとか誰かのためになればとか金儲けがしたいとか、何かしらの見返りを求めて作ると思うんだがそういう雰囲気が一切感じられない。
ただ作って売って、終わり。
真似されても文句はないし、この感じだとそれで自分が売れなくなっても文句を言ってくることはないんだろう。
もっとも、簡単に見えて自分で作るのは非常に難しいってパターンなのかもしれないんだけど。
「わかった、全部買わせてくれ。」
「全部?」
「あぁ、とりあえずここにあるやつ全部くれ。どれがどういう効果かわかるようにしてもらえると助かる。」
「それぐらいはお安い御用。数えるからちょっと待って。」
自分で持ってきたのに総数すらわからないのか。
素人っていうか売り慣れてないっていうかこんなにすごい商材なのにもったいない限りだ。
でもまぁ好きにしていいって言っていたし、遠慮なく転売して儲けさせてもらえばいいか。
まずは王都である程度流行らせて、それが他所に広がる前に女達の所に送って向こうは向こうで儲けてもらう。
自分で流行を作り出しつつお互いに利益を享受し合えば二度美味しい最高の金儲けの出来上がりってね。
「全部で175個ある、一つ銅貨20枚だから・・・いくら?」
「銀貨35枚。」
「じゃあ銀貨30枚でいい。」
「適当だなぁ。」
「その代わり明日も買いに来てほしい、待ってる。」
「ん?これで全部じゃないのか?」
ここにあるのがすべてだと思ったんだが量が多すぎて持ち込めなかったんだろうか。
でもこれをメインにしているなら他のよくわからない物を置いてこればいいだけの話だし、よくわからんな。
「まだ家にいっぱいある。」
「どのぐらいある?」
「わからない、部屋がいっぱいになって入れなくなるぐらい。」
「マジか。」
どのぐらい大きな部屋かはわからないが、六畳間で考えてもざっと1000個はある感じだろう。
全部となると金貨2枚分、それ以上になると正直今の手持ちではかなり厳しい感じになる。
もちろん早々に売り切ってしまえば逆に利益が出るので大儲けできるというわけだが、売れるとわかっていても明日すぐ売れるというわけでもないわけで。
これは本腰を入れて転売しないと痛い目を見るやつじゃなかろうか。
目先の利益に目がくらんでその後ろに控えている大物に気付けないとは、彼女の独特なペースにのまれてしまたっとでもいうのだろうか。
いやまてよ?
別に残り全部を買うとは約束してないし、別に買わないという選択肢も・・・。
「どのぐらい持ってきたらいい?」
「とりあえず100個ずつにしてくれ。それと露店を出すと金がかかるから持ってくるなら直接屋敷の方に頼む、構わないよな?」
「大丈夫。」
「はぁ、これだけすごい物ならいくらでも売り方があるだろうに。なんでそんなにめんどくさがるんだよ。」
「だって、売るより作る方が楽しいから。」
「だが売らないと生きていけないだろ?」
「別に、食べ物は森にもあるし何とかなる。」
よし、これ以上は何も言うまい。
俺が彼女のことを心配する程関係が深いわけでもないしなにより金が儲かるならそれでいいじゃないか。
下手に興味をもって首を突っ込むのも変な話だしここはひとつ割り切って遠慮なく儲けさせてもらうとしよう。
「わかった、とりあえず今後ともよろしく。俺はシロウ、そっちは?」
「ネル。」
「よろしくネル。とりあえずこれが今日の分な、明日からよろしく頼む。」
「こちらこそよろしく。」
こうしてこれから流行るであろうネタを無事に仕入れられたわけだが、いい加減マジで現金がなくなりそうだ。
これはいよいよ覚悟をしなきゃいけない時が来たかもしれない。




