1186.転売屋は出立を見送る
二月になったとはいえ、寒さは変わらずむしろきつくなっているような気もする。
そんな日は無理に外に出ず暖かい場所でゆっくり・・・と行きたいと事なのだが、日課になってしまったゴミ拾いは何故か寒くても行かなくてはと思ってしまうのは何故だろうか。
いつかそれが止まる日が来るんだろうけど、それまでは続けていくんだろうなぁ。
なんてゴミ拾いから帰ってきた後、暖かな暖炉にあたりながらぼーっと考えていた時だった。
「シロウ様、ケイゴ様が参られました。」
「ん?しばらく王城にいるんじゃなかったか?」
「なんでも仕事が終わったので向こうに戻られるそうです。」
「マジか!」
てっきりあと一週間ぐらいはこっちにいるものとばかり思っていたのだが、早くハルカに会いたくなったんだろう。
気持ちはわかる、俺も帰りたい。
でもそういうわけにはいかないので、ケイゴさんが戻る時に持っていってもらえるよう全員分の手紙をしたためておいたんだ。
とりあえず部屋に案内してもらう間に用意しておかないと。
「急な帰郷になってしまいすまないな。」
「いや、仕事が早く終わったのはいいことだ。陛下はなんて?」
「あとはシロウが適当にするからさっさと戻れと言われてしまった。一応引継ぎは済ませているが、後はシロウの好きにしてくれ。」
「普通、戦後処理を国家反逆罪に問われた男にやらせるか?しかもただの商人だぞ?」
「適材適所という言葉があるだろう、お前の場合はどこにもっていってもその言葉が当てはまる。そんな自分を恨むんだな。」
別に自分で自分を恨むつもりはないが・・・、いやこの件に関しては俺が何を言ってもどうしようもないからな。
あきらめるしかない。
「とりあえずお呼びがかかってから考えるさ。向こうについたら悪いがこの手紙をみんなに渡してもらえるか?」
「手紙だな。他に何かあるか?」
「もちろんあるぞ。乾燥したクラムルベリーが小型木箱に二つ、乾燥させた薬草関係が小型木箱に一つ、あとはアイスタートルの甲羅が大型木箱に二つ。その他向こうで高く売れそうな素材を大型木箱に一つ分用意してあるからとりあえず持って行ってほしいのはそれぐらいだ。」
渇きの木箱を使って乾燥させたやつは日持ちもするし普通に運ぶよりも大量に運べるのがいいよな。
ベリーも薬草も事前に用意しておいたものだが、甲羅に関しては昨日突然思いついたやつなのでよくまぁ集まったものだと感心する。
急な仕入れだったので若干高くはなったが、それでも十分利益を出せるだろう。
「薬草関係はまだわかるが、最後のは随分と大量だな。高かっただろう。」
「そうでもないさ。時期的に手に入りやすいし需要もないから向こうで買うよりも三割から四割は安い。何に使うかは手紙に書いてあるからそれ通りにとミラに伝えてくれ。」
「因みにどうするんだ?」
「夏に向けたちょっとした仕込みだよ。」
『アイスタートルの甲羅。冬場になるとどこからともなくやってきては氷の上に群れをつくる亀系の魔物の一種。甲羅は非常に冷たくなっており粉末化させてから蒸留水で薄めて冷感パットに加工したりする。また発熱素材とは逆に魔力を通すと周りを冷やしてくれる性質を持つ為冷却装置としても重宝されている。最近の平均取引価格は銅貨35枚、最安値銅貨30枚、最高値銅貨70枚、最終取引日は本日と記録されています。」
魔力を通すと冷たくなる性質を利用して普段は熱さましに使われているのだが、もしかするともしかするかもしれないのでちょっと実験してみることにした。
一つ一つはそこまで高い物ではないのだが、流石に木箱一杯ともなるとそれなりの金額になってしまう。
だが、ディヒーアの鹿茸がかなりの値段で売れたおかげでこれだけの数を買い付ける事が出来た。
後はそれを加工することができればこの夏は大儲けできるだろう。
もちろんできればの話だが、やらないであきらめるよりもやってから諦める方が納得がいくのでこれを機に色々と調べていこうと思っている。
「ま、シロウのことだからうまくやることだろう。向こうについたら必ず渡すから安心してくれ。」
「よろしく頼む。もう出るのか?」
「積み込みが終わったら出発するつもりだ。今から出れば夕方の出航にぎりぎり間に合いそうだしな。」
「そうか、道中くれぐれも気を付けてくれ。」
固く握手を交わしてケイゴさんは部屋を後にした。
早く帰りたいっていう気持ちがあふれまくっていて見ていて面白いぐらいだが、本人はいたって真面目。
せっかくだし城門ぐらいまでは見送っても怒られないだろう。
搬入作業を手伝いそのまま馬車へと乗り込む。
あとは城壁の前で見えなくなるまで馬車を見送れば・・・あれ?戻って来た。
「どうかしたのか?」
「大変なことを忘れていた。シロウ、これから時間はあるか?」
「そりゃいくらでもあるが・・・何をするんだ?」
「土産を買って帰るようにハルカに頼まれたんだ、悪いがいい感じのを見繕ってくれるだろうか。」
「土産ねぇ。」
もっと重要なことを伝えるために戻って来たのかと思ったが、まさかまさかの内容だった。
観光地でもないのでこれが王都の土産物だ!ってなものはないのだが、せっかくだし向こうのみんなにも喜んでもらえるような品を選ぶとしよう。
とはいえ生ものは日持ちしないので工芸品か織物か。
そういえばもうすぐ来る春に合わせたハンドタオルのようなものが女性に人気だとギルドで聞いた気がする。
女性は流行りに敏感だし外れることはないだろう。
市場でいい感じの品をいくつか見繕いついでに向こうで売れそうな素材も追加で買い付ける。
ここで仕入れたものは向こうで販売され、そこで得られた金は別の物に姿を変えて送られてくるはず。
現金のやり取りをするぐらいならより金になる物を運んでもらった方がお互いに儲けが出るというわけだ。
「お?」
「どうした?」
「いや、ずいぶんと可愛らしい人形が売られているんでね。リーシャやシャルロットが喜びそうだ。」
「二人だけだと喧嘩にならないか?」
「ルカとグレンには別の物を買ってさっきの荷物に入れてあるんだ。ケイゴさんのおかげで他の二人の分も見つかったよ。」
露店で売られていたのは民族衣装的な服を身に着けた木彫りの人形。
ぶっちゃけ顔はそんなに可愛くないが服は何種類かあるようなので全て二つずつ買っておく。
これで喧嘩になることはない。
よかったよかった。
「西方国との戦争を終わらせた男とは思えない顔だな。」
「ケイゴさんも子供を持てばこうなるぞ。」
「子供か・・・、一応向こうでも励んではいたが残念ながら恵まれなくてな。」
「だが一応仕込んでるんだろ?」
「シロウ、そのいい方はさすがにどうかと思うぞ。」
「やることやってたらいずれ出来るさ。もしかすると戻ったらハルカさんの腹が大きくなっていたりしてな。」
「まさかそんな・・・。」
そこまで行ったところで急に真剣な顔になり、何かを考え始めるケイゴさん。
それはあれか?思い当たる節があるってやつか?
「もしそうだとしたらいい医者を紹介できるぞ。それに、経験者が四人もいるんだみんなが力になってくれるさ。」
「その時はよろしく頼む。そうか、俺が父親か。」
「急にそれっぽい顔になったな。」
「そう思ったらより早く帰りたくなった。悪いが買い物はここまでにしてくれ。」
「了解っと。それじゃあ戻ろうぜ。」
さっきまで焦った様子を見せなかったケイゴさんだったが、居ても立っても居られないという感じで小走りで馬車まで戻ってしまった。
その後ろ姿がおかしくて思わず笑いそうになってしまったが、本人はそれどころじゃないんだろう。
俺も一番最初にハーシェさんから妊娠を告げられた時はそれはもう慌てたものだ。
俺が父親になれるのかとか色々と考えてしまったが、気づけば父親になっていた。
しばらくは会えないうちに忘れられないようプレゼント攻勢をかけておいた方が良いかもしれない。
その為に金がかかっても惜しくはないさ。
荷物を詰め込み、改めて城門の前でケイゴさんの馬車を見送る。
「道中気を付けて、みんなによろしく。」
「あぁ、シロウもしっかりな。陛下にも次はハルカと一緒にと誘われている、その時また会おう。」
「それよりも早く戻れるように頑張るさ。」
お互いにしっかりを握手を交わしてすと、馬車はゆっくりと動き始めた。
ルフもアニエスさんもいるが、向こうで慣れ親しんだ人が離れていくのはやはり寂しいものだ。
一度考え始めてしまうと寂しさがどんどんと膨れ上がってしまう。
これ以上考える前に考えるのを無理やりやめ、仕事のことで頭をいっぱいにする。
やらなければいけないことはたくさんある。
今回の手紙に木材の件も書いておいたので其れの輸送方法をどうするかや、頼まれていた商材についてもどういう順番で仕入れて出荷するかによって利益が大分変わってくる。
鹿茸で手に入れたお金も、アイスタートルで結構使ってしまったのでいつものように何でもかんでも仕入れるというわけにはいかないんだよなぁ。
何より置いておく場所がない。
今はウィフさんの好意で屋敷に置いてもらっているけれど、いずれはあそこを出て自分の住む場所も確保しなければ。
出来れば倉庫があると望ましいのだが、王都もまた慢性的な住居不足。
その中で倉庫付きの家なんてなかなか出回ることはない。
っていうか、ここで家を買おうものならものすごい金額になるし戻ることが前提なんだから基本は借家で十分なんだけど・・・やっぱりないんだろうなぁ。
いっその事倉庫に住むという手もあるわけで。
ここで買取屋をするかどうかによってもまた考え方が変わっていく。
そうだ、さみしがっている場合じゃない。
一日でも早く戻れるようにしっかりと金を稼がないと。
夕日の向こうに消えていく馬車を見送りながら改めて自分を奮い立たせるのだった。




