1182.転売屋は森を捜索する
「なるほど、そういう事でしたか。」
「本当であれば一緒に行って確認したい所なんだが、王都から出るなっていう話なんだよな。一応正式な手続きを踏めばどうにでもなるらしいんだが、ぶっちゃけその辺の詳しい説明は受けてないんだ。」
まさかの流れに動揺したまま屋敷に戻り、改めてアニエスさんに事情を話す。
ひとまず西方との仲介に関しては次の打ち合わせまで時間があるのでとりあえずはスルーでいいだろう。
必要であれば向こうから声がかかるだろうし、ぶっちゃけ国交正常化に関してはもうなされたと言ってもいいので俺はあくまでもおまけみたいなものだ。
ケイゴさんはそのまま王城に残り、細かな引継ぎや陛下との打ち合わせをするらしい。
それが終われば早々に向こうに戻ると言っていた。
俺も帰りたいがやるべきことはしっかりとやらないと。
その流れでこの間の木材加工の件になったのだが、説明しながらもアニエスさんが腕を組みながら難しい顔で話を聞いている。
やはり難しいよなぁ。
「罪人の逃亡阻止の為に設けられた制度が、騎士団員もしくはそれに準ずる身分の者が同行すれば問題なかったと記憶しています。因みに私はその身分に該当しますので私と一緒であれば問題なく外出できますよ。」
「マジか。」
「手続き自体も騎士団に書類を提出するだけで済みますし、期間も一週間ほどありますので大急ぎで戻る必要もありません。残念ながらマリー様の所まで戻ることはできませんがいざとなれば向こうから来てもらえばいいのです。」
「つまりアニエスさんがいれば俺は自由に外に出られるわけか。」
「そういう事です。因みにマリー様へはしばらく戻らないと連絡をしてあります。オリンピア様の警護は引き続き聖騎士団が行いますし、先ほど王城で確認したところ査察が終わった以上監査する必要もありませんのでしばらくは監査役が不在でも問題はないとのことでした。という事でしばらくお世話になりますね。」
有無を言わせぬアニエスさんの勢いに思わずたじろいでしまったが、正直断る理由もないのでこちらからもお願いすることにした。
その時にボソッと、独り占めという言葉が聞こえたような気もしないではないが、別に取って食われるわけではない。
食われない、よな?
そんな不安をよそにアニエスさんは満足そうな顔でルフに話しかけ、彼女の了承を得たようだ。
ジンに関しては一度挨拶しているので簡単な自己紹介と自分の立ち位置について念入りに説明していた。
彼からしてみれば誰が増えようが何の問題もないようで、むしろ俺がさらなる金儲けができることに喜んですらいる。
何がそんなに楽しいかよくわからないが、まぁ好きにさせておこう。
ってな感じで迎えた翌朝。
早速騎士団に外出の手続きを取り、約一か月ぶりに街の外へと出る事が出来た。
「あー、シャバの空気は上手いなぁ。」
「そうですか?」
「気分の問題だと思うけどな。それで、場所なんだが・・・。」
「ご安心をこちらで調べておきました。ここからであれば馬車で半日ほどあれば着くそうですので一緒に馬車も手配してございます。」
もちろんやっておきましたと言わんばかりのどや顔でジンが腰に手を当てて胸を張る。
アニエスさんが来てからというもの、急に動きがきびきびし始めたのは気のせいではないんだろう。
ライバル視しているというわけではなさそうだが少し様子を見た方が良いかもしれない。
颯爽と現れた馬車に乗り込み走ること半日。
巨木の生い茂る深い森の手前で道が途切れ、質素な小屋がぽつんと建っていた。
「あれ、もしかしてシロウさんですか?」
「約束通り来たぞ、ボスケ。」
馬の嘶きが森中に響き渡ると、その小屋から慌てた様子で青年が飛び出してきた。
俺の顔を見るなり表情がパッと明るくなる
「ありがとうございます!でも、来るのは別の方と聞いていたんですが・・・。」
「お初にお目にかかりますアニエスと申します。この度シロウ様の命により木材の買い付けを行うことになりました。つきましてはまず木材の確認をしたいのですが、この森は自由には入って構いませんか?」
「ボスケです。それは構いませんが、恥ずかしながら最近手を加えていないので随分と荒れてしまっています。魔物も出ますしあまりお勧めはしませんが。」
「心配ご無用、私共がいれば魔物など敵ではありません。」
ボスケの不安を再びのどや顔で納得させようとするジン。
アニエスさんとルフの実力は知っているつもりだが、まさかジンも戦うのか?
っていうのか戦えるのか?
「むしろ今後木材を切り出していくのであれば魔物の駆除は必要でしょう。それと、森の中に落ちている薬草などについては自由に採取してかまいませんか?」
「もちろん大丈夫です。そういうのはあまり詳しくないので、回収してもらえると色々と助かります。」
「では遠慮なく採取させていただきます。申し訳ありませんが、調査に少し時間を頂きますので小屋の前に野営させていただいて構いませんか?」
「野営だなんて!寒いですしどうぞ中を使ってください。」
お、それはありがたい話だ。
一応その覚悟で荷物を持ってきたのだが寒さがましとはいえ冬は冷え込む。
設営の手間も省けるしじっくりと探索が出来そうだ。
ひとまず荷物を置かせてもらってから、明るいうちに近場の探索を開始する。
ルフを先頭にアニエスさんとジンが俺から少し離れながら辺りの警戒を続け、その間に俺が森の状況を確認していく。
ボスケの言うようにあまり人が立ち入った形跡はなく、地面は落ち葉などで覆われていて非常に歩きにくい。
しかも魔物の痕跡がそこら中にありアニエスさん曰くワイルドボアやディヒーア、それにウッドベアー等がいるとのことだ。
幸いにも低木が生い茂っている感じではないので突然襲われるようなことはないと思うが、一応警戒しておいた方が良いだろう。
「お、薬草見つけた。」
「この日差しの少なさでもしっかり成長していますね、土がいいからでしょうか。」
「これだけ落ち葉があれば土も豊かになるだろう。
腐葉土というんだろうか、落ち葉の下はボロボロに朽ち果て分解されたものが幾重にも折り重なっている。
他にもブラウンマッシュルームやナメイ茸、毒消しの実なんかも落ちていた。
それだけでもこの森の豊かさがよくわかるな。
「主殿。」
「あるじ、どの?」
「アニエス様と同じ呼び方だとややこしいと思いまして。」
「いや、別にそれはいいんだが・・・どうかしたのか?」
「前方に不思議な魔素反応があります。魔物とも断定てきませんがどうされますか?」
ジンの言葉にアニエスさんが武器を構え、ルフが俺のそばで身をかがめる。
太陽が陰ってきたこともあり森の奥は薄暗く何があるかは確認のしようがない。
魔物だと言ってくれた方が正直助かるんだが、そうでない可能性もあるわけで。
それが表すのは何か。
「魔物じゃないのか?」
「高濃度の魔素の塊が動いています。先ほどアニエス様がおっしゃったような魔物ではないと断定はできますが、それ以外の何かとなるとなんとも。」
「もしかすると噂のウッドウッドってやつか。」
「めったに人前に姿を現さない幻の魔物。森の修復屋がいったい何しに・・・。」
「倒せばわかりますよ?」
「いやいや、リスクが大きすぎる。このまま戦闘になったとして俺は役立たずになる自信があるぞ。」
いくらアニエスさんが戦闘経験豊富とはいえ、この森の中で俺を守りながら巨大な魔物と戦うのは大変だろう。
それに今回はあくまでも事前調査だ。
森の深さや木々の状況はそれなりに確認できたし、ここで無理をしなくても明日もう一度調べれば結果は出る。
もちろん一攫千金を狙いたい気持ちはあるが、命あっての物種だからな。
「撤退しよう。戻りながら薬草やキノコ類をできるだけ回収してくれ、ジンなら簡単だろ?」
「もちろんですとも。アニエス様やルフ様の鼻に負けるつもりはありません。」
「魔人ごときに私達が負けると思いですか?ねぇ、ルフ。」
ブンブン。
戦いから気をそらせるために少したきつけただけなのだが、どうやら火に油・・・いや、ガソリンをぶちまけてしまったようだ。
どう考えてもライバル視してるよな、この二人。
いや、ルフも入れれば三人か。
別に競い合わなくてもいいんだけど、それで俺の実入りが増えるのであれば悪くはない。
いいぞ、もっとやれ。
もちろんそれで関係が悪化するのであれば話は別だが、三人とも仕事とプライベートの線引きはしっかりとできるタイプだと思うので問題はないだろう。
「因みに俺も参加するから、負けたやつが今日の晩飯担当な。」
「む、主殿も参加するのですか?」
「当たり前だろ。因みに薬草が3ポイント、キノコは2ポイント。その他珍しい素材は応相談ってな感じでよろしく。」
「強欲の魔人の恐ろしさ、見せつけてごらんに入れましょう。」
「我々オオカミを甘く見ないことですね、覚悟してください。」
よし、各自準備は整った。
制限時間は日没まで。
あくまでも戻りながらになるので奥に行くのは反則だ。
ジンの実力はわからないけれど、俺の相場スキルがあれば暗い森の中でも場所を表示することができる。
まずは薬草狙い、それからキノコでいくとするか。
「それじゃあよーい、スタート!」
急遽は始まった素材獲得レース。
魔物が出てこないのをいいことに各自がそれぞれのスキルを駆使して競い合ったその結果は如何に。
いやー、自由に動き回れるってやっぱりいいなぁ!




