1158.転売屋はデリバリーを頼む
軟禁生活が一週間も続くと流石に飽きてくる。
一応体は動かしているものの、走り回ったりする頃が出来ないし何より外の空気が吸えないのが非常にストレスだ。
一応窓を開けて新鮮な空気を入れるなどしているものの、やっぱり外を自由に歩けるのとそうでないのとでは全然違う。
何とか交渉して外に出してもらえないかとも考えたのだが、ケイゴさんの一件もあるので下手に刺激しない為にその辺はあきらめる事に。
まぁ死ぬわけじゃないし俺が我慢すればいいだけの話だからな。
「ん?」
とはいえ新鮮な空気が欲しいのは事実なわけで。
わざわざコートを着込みながら窓を開けるという何とも不思議な状態で過ごしていると、なにやらいい匂いが部屋に流れ込んできた。
窓の下に顔を出しても裏庭で何かをしている感じではない。
「おーい、ハワード。」
「お館様?どうしたんですか?」
「いい匂いがするんだが今日の昼めしか?」
「いえ、仕込みはまだですけど・・・確かにいい匂いがしますね、なんでしょう。」
外に出た過ぎて俺の鼻がありもしない匂いを感じているのかと思ったらそうではなかったようだ。
よかったよかった。
しかし何の匂いだろうか。
肉の焼ける匂いとはまた違うし、かといって甘味ではないだろう。
初めて嗅ぐ臭いかと聞かれたらそうでもないような気もするし、うーむ、現地に行けば一発なんだけどなぁ。
「欲を言えばこの匂いがするやつが食いたい。」
「じゃあ配達を頼むしかないですね、でも何を頼めばいいんでしょう。」
「それがわかれば苦労しないんだよなぁ。」
「どうします?」
「うーむ、頼むにしても店を特定しなきゃならないし。こういう日に限って誰もいないんだよなぁ。」
今日は子供の検診日なので女達は全員出払ってしまっている。
昼過ぎには帰ってくるんだろうけど、その頃にはこの匂いの元が売れてしまっている可能性もあるわけで。
かといって昼飯の仕込みを始めるハワードに頼むわけにはいかないし、ウーラさん達は親子で休暇中。
ぐぬぬ、どうしたもんか。
「あ、シロウだ!」
「シロウだ!」
「なんだ、こんな所まで来て。」
「アグリさんに頼まれて野菜の宅配に来たの!」
「美味しいお野菜を食べて元気出してくださいだって!」
突然裏庭から声が聞こえたと思ったら、勝手口の前で畑にいるはずのガキ共が手を振っていた。
後ろには大量の野菜の入ったカバンを背負っている。
そういえば一週間畑に行ってなかったなぁ、ルフ達は元気しているだろうか。
「お使いご苦労さん、駄賃はハワードにもらってくれ。」
「え!貰えるの!?」
「畑のみんなは元気か?」
「みんな元気だけどルフが寂しそうにしてる。」
「だろうなぁ。」
長時間出かけるときは本人にちゃんと話しているのだが、今回は急に決まったことなので本人には何も伝えられていない。
もしかしたらアグリたちの会話から何かを察しているのかもしれないが、個人的には彼女に直接説明したいところだ。
後でエリザにお願いして連れてきてもらうとしよう。
別に街の中に入っちゃいけないという決まりはないし、それはこの屋敷にも言える事だ。
「じゃあ僕たち帰るね!」
「帰るね!」
「ちょっと待て、この後暇か?」
「なにするの?」
「なんだか美味そうな匂いがするんだが、わかるか?」
「んー、美味しい匂い?」
「わかる!なんだか美味しそうなお腹が空いてくるやつ!」
お、どうやらわかってもらえたようだ。
誰もいないのなら誰かにお願いすればいいわけで、丁度いい人材が向こうからやってきてくれたのはラッキーだった。
デリバリー経験豊富な彼らなら必ずやこの匂いの元を見つけ出してくれるい違いない。
「この匂いの元を探してるんだが、ちょいと宅配してくれないか?」
「えー、いいけど~。」
「二人じゃ大変だろうから、なんなら教会の全員でやってもいいしついでに自分達の分も頼んでもいいぞ。とりあえず片っ端から持って来てくれ。」
「ほんとに!?」
「やった!モニカママに知らせよう!」
「まっててね、いっぱい持ってくるから!」
そんなにたくさんはいらないぞ、という前にあっという間に見えなくなってしまった。
残された野菜を前にハワードが苦笑いを浮かべこちらを見上げている。
「なんだよ。」
「いえ、今日の昼飯は仕込まなくてもいいかなと思いまして。」
「奇遇だな俺もそんな気がしてきた。」
「とはいえたくさん野菜もありますし、サラダ的なやつは作っておきます。」
「宜しく頼む。代金は宅配料込みで支払ってやってくれ、さじ加減は任せた。」
こうなってしまったのなら仕方がない。
あの喜びようから察するにあいつら市場中の出店から食い物を運んでくることだろう。
感謝祭でしこたま美味い物を食べたはずなのに彼らのハングリー精神・・・はちょっと違うか、食い意地は凄いからなぁ。
そんな俺達の不安を見事に的中させるように、30分後には教会中の子供達が両手いっぱいの料理を手に屋敷に押しかけて来た。
ちょうど診察を終えた女達も手伝ってひたすら宅配されてくる料理を受け取っていく様は、デリバリーしすぎたパーティー会場のようだ。
後ろにあのデカいカバンを背負っていたら間違いなくそんな感じだったな。
商品を渡してはまた次の店に突撃していく。
うーむ、この分だと昼飯どころか晩飯まで要らなくなりそうだ。
こんなにたくさん店が出ているんだなぁと感心しながらも、よく見ると同じ商品が結構あるので被りに気づいていない気もする。
「凄い量だな。」
「なんていうか加減を知りませんよね、あの位の子供は。」
「全部でいくらぐらいになるか考えたくない。」
「あ、その心配はないみたいですよ。ほとんどタダみたいです。」
「なに?」
「シロウが軟禁されてるって話はもう街中の人が知ってるもの、そのシロウの注文ともなればみんな喜んで提供してくれるわよ。さっきもあれこれ持って帰ってって大変だったんだから。」
自室に運ばれて来た串焼きを勝手に頬張りながらエリザが理由を教えてくれた。
こういう時だからこそしっかり金を取ればいいのに、まったく困った人たちだ。
ハワードが気を利かせてただでもらったものを持ってきた子にも駄賃を渡してくれたようだが、彼らの分ともなれば大赤字だろうに。
この軟禁が終わったらしっかり恩返ししないとなぁ。
「そういうのをもらった時は誰から何をもらったかしっかりメモしておいてくれよ。」
「その辺は抜かりなく。」
「さすがミラ、出来る女は違うな。」
「ありがとうございます。」
「それでご主人様の食べたかったやつってどれですか?」
「そういやそれを探すために頼んだんだった。」
すまん、あまりの量の多さに目的を忘れていた。
だってどれも美味そうで昼飯が思った以上に豪華になってしまったからつい。
追加で運び込んだ机の上にこれでもかと並べられた料理を前に、改めてあの匂いの元を探す。
どれもいい匂いだし美味そうなのだが、あの不思議な香りはどれも違う。
端から順番に確認していったのだが当たりは無く、ハワードと二人で首をかしげてしまう。
この量から察するに街中の料理はデリバリーしてもらったと思うんだが・・・。
「無いな。」
「無いですね。」
「そんなはずないでしょ、これだけあるのよ?」
「どれも美味そうだしいい匂いなんだが、あれはちょっと違うんだよな。」
「わかります。あまり香りづけ、味付けをしていないような素材そのものの香りだと思います。」
重複したものも含めて持ち込まれたものは全部確認したはず、にもかかわらず該当がないということは早々に売り切れてしまったんだろうか。
それはそれで残念ではあるんだが。
「アナタ、これは確認しましたか?」
「え、それは・・・。」
「クレフタじゃない、時期には早いけど美味しそうね。」
「これを食うのか?」
「そうだけど。え、シロウ食べた事無いの?」
見たことはあるが食べたことは無い。
最後に残っていた、というか視界に入れないようにしていたそいつは巨大な二つの爪を持つ生き物。
自分の存在を主張するべく真っ赤に茹で上がったそいつは、エリザに持ち上げられ踊るように左右に揺られている。
ザリガニ。
元の世界ではそういう名前で呼ばれていたそいつは、確かに食用として輸入されたものの消費されるよりも早くそこらじゅうにひろがってしまい特定外来種として駆逐される運命になった生き物。
そいつと同じ見た目をしたやつが俺の前にいる。
確か味はエビとカニを足したような感じと何かの動画で見た覚えがあるのだが・・・。
自分から食べたいとは思わないのは何故だろうか。
「ない。」
「え~、美味しいのに。前のカニに比べたら味は淡白だけど、塩ゆでするだけでも甘くて美味しいのよ。」
「どうやらこれがあの匂いの元みたいですね。」
「そうか、こいつがそうなのか。」
なんだろう思っていたのと全く違うせいで感動が全くないんだが。
エリザ曰く美味いらしいがどうも食べたいと思わない。
だが、ここまで大騒ぎしておいて食べない訳にもいかないわけで。
ここは覚悟を決めるしかないか。
『クレフタ。主に川や池などの浅い場所に生息する魔物で大きな鋏は見た目以上に凶悪で、人の指等簡単に切断してしまう。年に一度7月に産卵期を迎える為、その頃は非常に身が多く美味である。最近の平均取引価格は銅貨25枚、最安値銅貨20枚、最高値銅貨35枚、最終取引日は本日と記録されています。』
エリザが揺らしていたクレフタを受け取り改めて観察してみる。
ザリガニっぽい見た目ではあるものの大きさはイセエビぐらいありそうだ。
指をしっかりと開けば何とか持てるぐらいの大きさだが、そこまで重たくはない。
覚悟を決めて蛇腹になった腹の部分を思いっきりそらせて割ると、中から真っ白い身が現れた。
この香り、間違いない。
匂いに誘われるように勢いよく身にかぶりつくと、カニとエビの中間ぐらいだろうか淡泊ではあるもののプリッとした食感が癖になる感じだった。
「美味い。」
「でしょ~!捕まえるのは大変なんだけど美味しいからついつい頑張っちゃうのよね。」
「どうやって捕まえるんだ?」
「巣穴にトレントの枝を突っ込んで、はさんだのを一気に引っ張るの。枝がないときは指を入れることもあるけど、失敗した時のことを考えたら枝を使う方が間違いないわね。」
「指を入れる馬鹿がいるのか?」
「切れなければポーションでくっつくから、そういう馬鹿なことをするのが冒険者なのよ。」
それに関しては何も言うまい。
でも今の時期でこの美味さなら7月はいったいどれだけ美味いんだろうか。
塩ゆでするだけでこの美味さだし、エビチリ的なのに加工してもうまそうだ。
いや、海老シュウマイという手もある。
すり身にして餃子の皮を薄くした奴でくるんで蒸す。
悪くないと思うんだがなぁ。
「どうしたんです?」
「今日ほど厨房に立てない日を恨んだことはない。」
「また何か思いついたんですね、教えて下されば作ってきますが。」
「いや、こういうのは自分で作りたいんだ。」
「わかります。」
だよな、分かるよな。
成功失敗どちらに転んでも自分でやるのとそうでないのとでは全然違う。
別に料理人というわけではないのだが厨房に立つのは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。
なので思いついたこれをすぐ形に出来ないのが非常に悔しい。
あー、早く解放されないかなぁ。
そんなことを考えつ、残りを美味しくいただき、皆でデリバリーされた品を堪能するのだった。




