1142.転売屋はドールハウスを買う
時は師走、それも残すところあとわずか。
この世界では感謝祭というお祭り騒ぎが待っているが、元の世界で待っていたのはそうクリスマスだ。
こ前に一度やったことがあるのだが、あの時はガキ共大喜びしていたなぁ。
ってことでせっかくならと今年もという事で色々と準備をしている。
なんせ今年は実の子供たちにとっても初めてのクリスマス。
さすがに小さすぎて何が何やらわからないだろうが、まぁその辺は次回のお楽しみという事で。
リーシャ、ルカ、シャルロット、グレン。
下二人は小さすぎるので母親の希望で服を送ることになっているのだが上二人はまだ決まっていない。
ルカには木刀か何かにしようかという話もあったが、やっぱり年齢的に玩具がいいだろう。
渡されたところで振り回してガラスを割るオチが見えてるしなぁ。
「ん?」
そんな子供たちへのプレゼントを探すべく露店をうろうろしていると、気になる物が目に留まった。
そこだけ雰囲気が違うというかなんというか、隣が飲食関係の露店だから余計にそう感じてしまうんだろうか。
吸い寄せられるように露店の前に立つと、店主の男性が鋭い目つきで俺の方を見てくる。
睨まれている・・・わけではなさそうだ。
「見ていいか?」
「・・・どうぞ。」
とりあえず許可はもらったのでその場にしゃがんで商品を確認する。
木箱を台にして展示されていたのは小さな家。
小さいといっても50cmぐらいはあるのだが、屋根から扉まで非常に精巧につくられている。
元の世界でいうとドールハウスっていう名前になるんだろうか、小さな人形を使って子供がよく遊んでいるようなあれだ。
ミニチュアの家具は引き出しまで再現されているし、なんとも器用なもんだなぁ。
外側だけでなく中の装飾や家具に至るまでしっかりと作りこまれていて、これは遊ぶだけじゃなく見るだけでも楽しめそうな感じだ。
「器用なもんだ、これを作るのにどれぐらいかかるんだ?」
「・・・十日ぐらい。」
「そんな短期間でできるのかすごいな。」
「外側は他と一緒、中身も同じものがあるから。」
確かによくよく見れば、展示されていたどの家にも同じような家具が置かれている。
つまり同じものを複数個同時に作ってそれを流用しているという事なんだろう。
それでもぱっと見は全くの別物だし言われてはじめてわかるぐらいの精巧さ。
最初は不愛想だった店主も普通に話ができるし、どうやら睨んでいるわけではなく見えにくくて目を細めているようだ。
「それでも色を変えるだけで雰囲気は全然違うだろ。こっちの家は明るい感じだし、これは上品な感じだ。他にも在庫はあるのか?」
「今日は持ってきてない。でも、家に戻ればまだある。」
「それはいいことを聞いた。子供用にと考えていたがこれなら大人も楽しめそうだ。」
「大人が?」
「あぁ、自分好みの家を作りたいなんて誰もが一度は考えたことがあるだろう。それを再現するにはぴったりの商品だ。これ、全部もらって構わないか?」
「え?」
「なんなら家にある在庫を全部買いたいところだが、数もわからないのに買い付けるのは無理だろ?とりあえずここにあるやつだけでも値段を教えてくれ。」
これだけの品を見なかったことにするのはもったいない。
露店での出会いは一期一会。
気に入ったものがあるのなら即購入が鉄則だ。
まさか全部買われるとは思っていなかったんだろう、あれだけ小さかった目が正面から瞳が見えるぐらいに開かれている。
これは金になる。
でも、それよりも先にリーシャへのプレゼントにしよう。
家でも人形やぬいぐるみを使った遊びを楽しんでいるし、気に入ってくれるに違いない。
「ちょっと、ちょっとだけ待ってください。」
「いくらでも待つぞ。でも他の物も見たいから他を見てきてもかまわないか?」
「ど、どうぞ。」
「悪いなすぐ戻る。」
このまま待っていてもかまわないのだが、じっと見られていると緊張するだろうしまだルカ用のプレゼントが見つかっていない。
ってことでその場を離れて他の露店を見て回るとしよう。
幸いにも何件か見て回ったところでいい感じの積み木細工が売られていたのでルカ用の玩具はそれで決定。
棒を振り回すだけが戦士じゃないからな、想像力もしっかりと鍛えてやらないと。
そんなことを考えながら他にもいくつか買い付けをして先ほどの露店へと戻る。
ご丁寧に商品は全て木箱の中に収納されており、店の前は随分とすっきりとした感じになっていた。
置かれていた木箱は大きいのが三つ、小さいのが二つの計五つ。
そのほか細々としたのは別の木箱に詰められているようだ。
「待たせたな、それでいくらになった?」
「全部で銀貨77枚なんですけど・・・。」
「安いな。」
「え?」
「これだけの品が全部で5つだろ?小物もそれなりの数あるし、もう少しすると思っていた。ちなみにこんなのが欲しいって依頼したら作ってもらうことは可能か?」
「えっと、どんなものでしょう。」
「冒険者が使うような剣や盾なんかの武具なんかだ。もちろん材質は同じものでなくてもかまわないが、着色などでできるだけ本物っぽいのがありがたい。」
こういうのを好むのはお上品な方々だけじゃない。
冒険者だって自分の理想を持っているわけだし、そういうのを表現できれば喜んで金を出すだろう。
元の世界でもドールハウス的なのは非常に高価でかなり高かったのを覚えている。
もちろん子供向けの奴は別だが大人がやりだすと一気に値段が跳ね上がるんだよな。
「時間と素材をもらえればたぶんできます。」
「それなら素材はこっちで用意しよう、まずは思い通りの物を作ってくれたら十分だ。」
「わかりました。」
「これが今回の代金、そんでもってこっちが先払いの依頼料だ。」
財布から取り出したのは金貨1枚。
別に銀貨を用意するのが面倒だったわけじゃない、それだけの価値があると思っただけだ。
手渡しで軽く渡された金貨に目を丸くする店主。
「あ、ありがとうございました。」
「俺はシロウ、この街で買取屋をやってる。」
「ニーチュアと言います。」
「これからよろしく頼むな。」
右手を差し出すと慌てて金貨をポケットに突っ込み、両手で俺の手を握り返してきた。
これからいろいろと世話になりそうだ。
ってな感じで最高のプレゼントを手に屋敷に凱旋。
戦利品を手に食堂に行くと、女たちがものすごい勢いで集まってきた。
「かっわいいーーーー!」
「すごい精巧な作りですね、ここなんてちゃんと壁紙貼ってありますよ。」
「まるでお城にいたときの部屋みたい、お姉様この暖炉なんてそっくりです。」
この反応は想定の範囲内、だが興味を持った人物はちょっと意外だった。
「とりあえず一番大きいのはリーシャへのプレゼントとして、残りの四つをどう分けるか。エリザ、そんなに欲しいのか?」
「ほしい!」
「私もできればいただきたいですが、こっちの小さい方で十分です。」
「え、お姉様小さい方を選ぶんですか?」
「机の上に置くにはこのぐらいがちょうどよさそうだから。」
一番目を輝かせていたのはエリザ、ついでオリンピアとマリーさんがいい感じの反応を示してくれた。
てっきりミラやハーシェさんが食いつくかと思ったのだが、案外そうでもないようだ。
アネットに至ってはチラッと見たもののあまり興味が無いようだ。
まぁ、趣味なんて人それぞれだし別にそれは構わないんだが・・・。
「ミミィ、欲しいのか?」
「え、あ、え!?」
「そんなに身を乗り出すぐらいに気になるんだろ?」
グレンを抱きかかえながらミミィが食い入るようにドールハウスを凝視していた。
グレンに頬をぺちぺち叩かれてもじっと見つめているぐらいに。
一番多いのはリーシャ、それとエリザ。
小さいのはマリーさんとオリンピアが姉妹仲良く持っていくことが確定した。
残るは大きいのが一つ。
別に今回のが最初で最後っていうわけじゃないし、どんなものでも欲しいと思っている人の所に行くのが一番だよなぁ。
「気にはなりますけど・・・。」
「ミミィちゃんにはみんながお世話になっていますし、いただいたらどうですか?」
「でもこんなにきれいなの、私のお小遣いじゃ買えない。」
「そんなの気にしなくていいんだぞ、欲しいなら欲しいって遠慮なく言えよ。」
エリザは遠慮という言葉を知らないので当たり前のように受け取ったが、ミミィは奴隷という身分に遠慮してか、なかなか言い出せないでいるようだ。
別にそんなの気にしなくてもいいんだが、彼女は彼女なりに思うところがあるんだろう。
ミラの言うように子供たち全員ミミィの世話になっているからなぁ、せめてもの恩返しと思ってくれるとありがたいんだが。
「じゃあこうしましょう。ミミィちゃんに預けますから貰い手が見つかるまで好きにしていいですよ。」
「なるほど、いい案だな。」
「シャルロットちゃんが使うにはまだ小さいですし、リーシャが遊ぶときに一緒になって遊んでもらえるとあの子も喜ぶと思うの。どうかしらミミィちゃん。」
「えっと、そういうことなら。」
「決まりだな。」
ハーシェさんが最高の提案をしてくれたおかげで無事最後の貰い手が決定した。
ミミィは最後まで遠慮するような感じだったがやはり手元に来るのは嬉しいようで、木箱を前に笑顔を浮かべていた。
雰囲気でわかるんだろう、抱かれていたグレンも非常にうれしそうに笑っている。
この反応を見る限りこれらの需要は間違いなくあると考えていいだろう。
それなりに値の張るものではあるが、大きいのが銀貨20枚に小さいのが銀貨10枚と考えれば決して高い買い物ではない。
初期セットだけでなくミニチュアサイズの食器なんかもあるし、それをセット販売していけば十分に利益は出せる。
最初の一歩となる家は安くしてその代わりに中に飾る物なんかを少し高めに設定すれば利益のバランスはとれるし、なにより箱庭系に手を出したが最後抜け出すのは至難の業だ。
今後は冒険者向けに価格を抑えたシンプルな家を作ってもらって、そこからずるずると沼に嵌めていくとしよう。
こういうのって一回手を出したら終わりがなくなるんだよなぁ。
だから俺も興味はあるが手を出さないようにしている。
どうしても触りたくなったらエリザのでその欲を満たすとしよう。
さすがに娘の奴に手を出すわけにはいかないからな。
ドールハウス。
まさかこれが年明けから王都も巻き込んでの一大ブームになるとは、今の俺は知る由もない。




