1128.転売屋はウサギに依頼する
「回収したマジックトレントの枝は全部で8本。それを全部加工してもらいたい。」
「ごめん、今なんて?」
「マジックトレントの枝を加工してもらいたい。全部で8本ある、エルロースなら簡単だろ?」
「簡単なわけないでしょ。ただでさえ珍しい素材なのにそれが8本ある時点で信じられないわ。いったいどんな魔法を使ったのよ。」
頭の上のうさ耳をピコピこ揺らしながらエルロースはいぶかしげな眼をこちらに向けてくる。
それを受け横にいるミラの方をチラリと見たが、全く動じることなく静かに笑みを浮かべていた。
いつもは仲のいい二人なのに喧嘩でもしているんだろうか。
ここはエルロースの店。
店主であるウサミミ娘ことエルロースとその両親が加工する魔術用の道具を販売している。
一般的に魔法を使う者は全て補助具である魔導具を使用して魔法を発動する。
理論的にはそういったものを介さずに魔法を使うことは可能なのだが、効率的に体内の魔素を練りこんで発動するにはなくてはならない存在だ。
ここでは主にトレントという魔物からとれる枝を加工しており、他にも魔術系の道具や装備品も扱っているので街に所属するすべての魔術師がお世話になっているといってもいいだろう。
残念ながら俺がお世話になることはあまりないのだが、今回のように珍しい素材を手に入れたときなんかはこうやって声をかけて加工してもらっているというわけだ。
「生憎と魔法は使えないんだ、知ってるだろ?」
「そういうこと言ってるんじゃないんだけど・・・。はぁ、正直に言って気乗りしないわね。」
「相場が下がるからか?」
「というよりも作ったところでこの街に扱える魔術師が少ないからよ。できるなら販売後も手入れとかしたいんだけど、8本あったとこで使う人はいないしシロウさん的にはさっさと売ってしまいたいわけでしょ?」
「まぁな。」
俺としてはそのために加工を依頼しているので、仕上がったのならば必要なところに出荷して現金化したい。
この街で使い手がいないというのなら、他の町にもっていって売ればいいだけのこと。
確かに職人としては自分の手の届く範囲で使ってもらいたいという気持ちもわからなくはないのだが、それをしようと思ったら8人もの使いこなせる魔術師を用意しなきゃいけないわけで。
そもそもそれだけの実力者はこの街にいないし、育つまで待つといってもものすごく時間がかかるだろう。
誰かが作ったものを買い取ってしかるべき時まで寝かせるというのなら話は別だが、世の中そんな簡単にはいかないわけで。
「それに加工するって言ってもこれに着けるための魔石も用意しなきゃいけないし・・・。」
「つまりエルロースは作る自信がないのね。」
「そんなこと言ってないじゃない。」
「でもどれを聞いても言い訳にしか聞こえないわ。せっかく最高の素材を用意したんだから自信をもって加工したらいいのに、失敗を恐れて手を出さないなんて随分と保守的になったものね。」
「まぁまぁ落ち着け二人とも。」
珍しくミラがエルロースに食って掛かる。
やっぱり喧嘩してるんだろ二人共。
俺が言うのもなんだが公私混同はよろしくないと思うぞ。
「急に大変な仕事をお願いしているのはこっちも理解している。だがこれだけの品を加工できるのはここしかないと思っているし、必要な素材があるのなこっちで用意するから遠慮なくいってくれ。ちなみに加工料は一本につき銀貨30枚、決して悪い話じゃないと思っている。」
「一本につきそんなに?それだけうちを信頼してくれるのはうれしいけど、それでもマジックトレントにもなると加工はかなり難しくなるからどうしても失敗は出てしまうと思うの。その場合は弁償しなきゃダメなんだでしょ」
「弁償なんてする必要はないさ。何事にも失敗はつきもの、もちろん全部失敗されたら大損だがそれを踏まえての依頼料だと思ってくれていい。もっとも、俺は一本も失敗しないんじゃないかって思ってるけどな。」
安心とプレッシャーの両方をかけてエルロースの様子をうかがう。
向こうも自分の仕事に自信と誇りを持っているだろうから失敗する前提の話はしたくないだろう。
でもあえてそれを言うということはよほど難しい加工ということだ。
依頼する立場としては一本も失敗してほしくないが、その辺は折り合いをつけなければならない。
仕入れ値がおよそ銀貨30枚に加工賃が乗って現時点での原価は銀貨60枚、販売価格は金貨1枚を予定しているので3本までは失敗してもらっても何とか利益が出る計算になる。
もちろん失敗しなければ丸々利益になるわけだけどな。
「はぁ、そこまで言われたら断れないわよね。」
「断るつもりなんてなかったくせに。」
「あ、分かった?」
「だってマジックトレントなんて珍しい素材をエルロースが見逃すはずないもの。」
「そうなのか?」
「ごめんなさいシロウさん、そのまま引き受けてもよかったんだけどやっぱり失敗することもあるからその辺は確認しておきたかったの。でも安心して、ミラにここまで言われて失敗するつもりはないから。」
「ふふ、シロウ様の為だしね。」
あれ?喧嘩してたんじゃなかったっけ?
さっきまでの雰囲気はどこへやら和やかな感じでミラと話し始めるエルロース。
なんだよ、心配して損したじゃないか。
「まぁ受けてくれるのならありがたい話だ。魔石は用意しなくていいのか?」
「あ、それは用意してもらえるととっても助かる。普通のじゃまず耐えられないから遺跡に出る魔導アーマーの魔石を10個程お願いします。」
「了解した。魔導アーマーの魔石が10個、他はないか?」
「とりあえずは大丈夫。すぐに下準備に入るけど、最低10日はかかるからそれだけはよろしくね。」
「一本か?」
「まさか、全部でよ。」
よかった、さすがに一本に10日もかけられると色々と予定が狂ってしまう。
とりあえず一本はキキ用に確保するが残りのうちの何本かはオークションに出品するつもりだ。
オークションなら普通に売るよりも高くなるしなによりマジックトレントは話題性が高い。
感謝祭の時期でもあるし一つぐらい目玉商材があってもいいだろう。
とりあえず持ってきたマジックトレントの枝を全てカウンターに乗せ、一緒に持ってきた契約書を置く。
これでサインをもらえば仕込みは完了だ。
安く仕入れて高く売るのが商売の基本。
右から左に転がすとしても加工して値段が上がるのならばやらない理由はないだろう。
転売するとしても色々とやりようがある。
結局は儲かればそれでいいんだけど。
「そうそう、思い出した。」
契約書を確認してサインをしようとペンに手を伸ばしたその時だった。
何かを思い出したかのようにエルロースが顔を上げ俺の方を見てくる。
「前にうちに来たお客が言ってたんだけど、いなくなった歌姫がこの街にいるかもしれないんだって。」
「どういうことだ?」
「歌声をね聞いた人がいるらしいのよ、それも一回じゃなく何回も。」
「聞き間違え、じゃないんだろうなぁ。」
「前に本人の歌を聴いているから間違いないそうよ。でもわざわざコンサートを中止した場所に来るかしら。」
「というか何をしに来ているかだな、わざわざ身を隠してまでこの街に来る理由がわからない。俺としてはコンサートを開いてもらえるとものすごく嬉しいんだが、引き続き何かわかったら教えてくれ。」
エルロースも俺がチケットを大量に所持・・・もとい買わされたことを知っているんだろう。
もし本当に歌姫がいるとしてこんな街で一体何をしているんだろうか。
確かに毎日たくさんの人が出入りしているので余所者がいてもバレにくい環境ではあるのだが、ぶっちゃけダンジョンしかないので隠れていても他にすることはない。
歌姫が冒険者になるはずもないし、なったところで一体何をするというのだろうか。
だが火のない所に煙は立たぬともいうしもしもということもある。
噂は噂。
そう思いつつ情報収集はエルロースに任せておこう。
「と、そうだ大事なことを聞き忘れてた。」
「シロウ様、エルロースに恋人はいませんよ。」
「ちょっとミラ!」
「いや、そういうのじゃなくてだな。西方との戦争についてなんだが、やっぱりここもマートンさんの所みたいに徴収という名の買取があったりしたのか?」
恋人がいないのは前々から知ってる、っていうか本人に作る気がないので出来るものも出来ないだろう。
それよりも気になるのは装備品の方だ。
誰でも使える武具とは違い魔導具はそこまで必要とはされていないと思うのだが、もしそうならそれ用の素材を集める必要も出てくるだろう。
今更だがそのような状況でマジックトレントを加工させるのは申し訳ないしな。
「生憎と王都の有名工房に比べたらうちの方が無名だからそこまでの要望は入ってないわ。でも、何度か商人がまとめて買って行ったからもしかするとそれ関係だったのかもね。」
「なるほどなぁ。という事は今在庫は少な目なのか。」
「元々そんなに売れる方じゃないから在庫が無くなってむしろすっきりしたかしら。」
ということはそこまで急いで素材を集める必要も無しか。
今の所ヒートシープやマジックトレントのような魔物が新たに出て来たという話は聞いていない。
このまま落ち着いてくれるといいんだが、どうなる事やら。
俺が考え事をしている間にエルロースが契約書を確認しスラスラとサインをする。
「はい、これでいいかな?」
「あぁ、大変だとは思うがよろしく頼む。」
「できるだけのことはするよ、ミラもそれでいい?」
「ねぇ本当にいいの?」
「今はそれでいいの。」
「何の話だ?」
「ふふ、内緒。」
不満そうな顔をするミラと満足そうな顔をするエルロース。
うーむ、内緒話と言われると余計に気になるところなのだが。
まぁそれを聞き出すのも変な話だし、とりあえず契約は交わせたのでひとまず屋敷に戻るとしよう。
ミラもエルロースと話すのは久々だろうしゆっくりしてくればいいさ。
「それじゃあ俺は屋敷に戻る、ミラはもう少し残るか?」
「そうします。」
「別に帰ってもいいのよ?」
「そんなこと言って色々とやらなきゃいけないことがあるでしょ。」
「えへ、バレてた。」
幼馴染だからだろうか、お互いに気負うこともなく本音で話ができるのはいいことだ。
俺の性格じゃ難しいが二人が楽しそうならそれで充分。
さて、俺も魔石の依頼を出したりとできる限りのことはしよう。
楽しそうに話す二人の邪魔をしないように静かに店の扉を開け、外に出る。
曇天の空。
まだまだ厳しい冬は続きそうだ。




