1117.転売屋はネズミを追いかける
「そっち行ったぞ、逃がすな!」
「追え追え!巣まで絶対に殺すなよ!」
なかなかに過激な言葉が鬱蒼と茂った森の中にこだましている。
落ち葉を踏みしめ走る冒険者の視線の先には、必死に逃げる魔物の姿。
カピバラのような見た目をしたそいつは、巨体にもかかわらず中々にすばしっこい動きで冒険者を翻弄していた。
倒すだけなら正直難しくない。
皮は防水性能が高く肉は案外美味しいらしいので目的を達成すれば退治されるんだろうけど、それもまだお預けだ。
「あそこに逃げ込んだぞ!」
「よし、巣はこの中だ。」
巨大鼠が逃げ込んだのはこれまた巨大な古木の中。
大人三人ぐらいで手を伸ばしてやっとお互いの手を握れるぐらいの太さがある。
上部は途中で折れてしまっているので木材としては使えないが、まぁ今回の目的はそれじゃない。
「シロウ、この下みたいよ。」
「そうらしいな。ここからどうするんだ?向こうは巣の中に籠城する感じだぞ?」
「籠城したところで燻せば出て来るわよ。」
「こんな森の中で火を使って大丈夫なのか?ダンジョン内と違って燃え広がった大変だぞ。」
足元は大量の落ち葉が落ちており、冬独特の乾燥した空気が当りを包んでいる。
こんな場所で火なんて使おうものなら瞬く間に大火事だろう。
ダンジョン内なら燃えてしまっても時間が経てば元の姿に戻るが、自然下ではそういうわけにもいかないからな。
今いるのはビアンカたちのいる隣町付近の森。
ネズミの為に大火事を起こすとか迷惑すぎる話だ。
「もちろん火なんて使わないわよ。」
「じゃあどうするんだ?」
「これを使うの。」
「これは・・・ペパペッパーの粉末か。」
「どれだけ奥に逃げ込んでもこれを中に送り込めばイヤでも飛び出してくるわ。風の魔道具だから火事の心配もないしね。」
ただでさえこの世界のペパペッパーは強力なのに、これを逃げ場のない巣の中にまき散らされたら・・・魔物とはいえ同情してしまうな。
「いくわよー。」
「おっけーっす!」
「こっちもいいぞ。」
巣の前で同行の冒険者二人と一緒に武器を構え奴が出てくるのを静かに待つ。
エリザが粉末の入った袋を開け、持ってきた風の魔道具で中に送り込んで数秒後。
「キィィィィ!」
地面の下からでも聞こえるような耳を劈く悲鳴を上げながら巨大鼠が巣から飛び出してくる。
迎え撃たんと武器を構えた俺たちだったが、目にも止まらぬ斬撃がそいつの体を切り裂いた。
そのままこちらに飛んで来た頭部を慌てて避けると、それを見たエリザがニヤリと笑う。
こいつ、わざとかよ。
「中にいたのはこいつだけだったみたいっすね。」
「つがいだったら中のもたんまりだったのにちょっと残念。」
「それは掘り返してからのお楽しみだろ。そんじゃま、今度はこのデカいのを掘り起こすとするか。」
「了解っす!」
武器をスコップと斧に持ち替えて、巨大な古木の下を掘り返していく。
今日の目的はさっき倒したナッツイーターの溜め込んだ備蓄を回収する事。
その名の通り様々なナッツを蒐集して餌として保管する魔物なのだが、集める量の割に意外と小食でしかも特定のナッツしか食べない偏食な事もあり巣には集めたものの食べなかったナッツが大量に保管されている。
しかも綺麗好きなので腐った奴はしっかりと掃除してくれているので、食用に向くやつは安心して食べられると来たもんだ。
まぁ、奴が好むナッツが俺達の探している奴だった場合は骨折り損になるわけだが・・・。
「お、出て来たぞ。」
「シロウ、残りはこっちで掘り起こすから鑑定宜しく。」
「任せとけ。」
どれだけたくさん種類があっても、俺の相場スキルがあれば種類分けなど朝飯前。
ほんと便利なスキルだよなぁ。
掘り起こされた大量のナッツたちを土がついたまま鑑定して種類別に分けていく。
有難いことに今回の狙いは奴の好みではなかったようで、かなりの量が掘り起こされた。
『ピチュタシーオ。栄養豊富な実をつける事から森の女王とも呼ばれるナッツの一種。栄養豊な土壌で育った樹齢50年を超える巨木にのみ実が生る為栽培が難しく、更には広大な森の中を探し回る必要がある事から最近では主にナッツイーターの集めたものを回収するのが一般的。栄養価が高く病人が食べると二日で元気になると言われている。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨3枚、最高値銀貨8枚、最終取引日は18日前と記録されています。』
森の女王とはなかなかすごい別名がついているが、それに見合うだけの栄養価と味だとエリザが自慢していた。
ピーピーナッツを販売してから始まった街のナッツブーム。
ダンジョン内で手に入るような奴はすぐに市場に出回ったのだが、こいつはそこでは手に入らない上に探すのもなかなか大変なのでその中でも格段に値段が高い。
折角手に入れるのならば高いやつがいいよなぁという話になり、急遽手の空いた冒険者に声をかけてこうやって森までやってきたわけだ。
探索を始めて一時間でナッツイーターを見つけられたのは幸運だったな。
「結構見つかったわね。」
「あぁ、一人身の割にはなかなか溜め込んでるじゃないか。」
「シロウさん、俺達にそのセリフはきついっすよ。」
「それならそろそろ身を固めたらどうだ?確か龍宮館にお気に入りの子がいたって言ってたじゃないか。」
「身請けにするにも金が要るんですよねぇ。その為にもしっかり稼がせてください。」
そういうのならもうひと働きしてもらおうじゃないか。
それから二匹ナッツイーターを発見し、うち一匹を追跡に成功。
そこにも大量のピチュタシーオが埋蔵されていたので、今回は大儲けと一定だけの量を確保できた。
もちろん同行してくれた冒険者にはしっかりと報酬を払ってある。
向かった先が竜宮館なので、お気に入りの子と楽しくやるんだろう。
俺がエリザと会ったのも娼婦街だった、懐かしい話だ。
「何ボーっとしてるの?」
「いや、お前も随分と可愛らしくなったと思ってな。」
「そう?」
「あぁ、狼のような目をしてたのに随分と丸くなったもんだ。」
「そりゃあシロウと一緒にいたら丸くなるわよ。でも、それは一緒にいる時だけよ。」
「知ってる。」
いざ戦いともなれば再び狼に戻り血の花を咲かせる事だろう。
こいつの半分は戦いで出来ている、そう言っても過言ではない。
「おかえりなさいませ。」
「たっだいまー!あ、ルカ!」
「ルカ君、お母さんが返ってきましたよ!」
「マッマ!」
「きゃああああああ!しゃべった!ねぇシロウしゃべった!」
「わかった、わかったから落ち着け。」
どろどろの服のままルカを抱き上げその場でくるくると回りだすエリザ。
ルカもそれが楽しいのかひときわ大きな声を出して笑いだす。
ほんと似たもの親子だなぁ、この二人は。
「それで、どうでした?」
「あぁ、予定通りピチュタシーオを手に入れることができた。ほとんどは市場に流すつもりだが、屋敷の分は確保してるから安心しろ。」
「さすがお館様、一度調理してみたかったんですよ。」
「何に使うんだ?」
「もうすぐ感謝祭なんでそれ用の菓子を考えていたんです。最近はエリザ様も作りませんし、せっかくならと思いまして。」
そういえば最近はお菓子作りとかしてなかったな。
俺もエリザも忙しかったし、この寒さでお菓子を食べるよりもあったかいものを飲む方が多かった。
その分ココアの消費も半端なかったが、そうかもうすぐ年末か。
贈り物の日もあるしそれ用の準備もしないとなぁ。
今年の歳暮は何がいいだろうか。
せっかく南方に行ったんだし向こうの品でそろえてもいいし、北方との交易も盛んになってきたから向こうの品を混ぜるという手もある。
あぁ、一つ考えただけで二つも三つもやることを思いついてしまう、これが師走というやつか。
「それはいいな、せっかくだし今から何か作ってくれないか?」
「え、今からですか?でも夕食はまだですよね。」
「それはそれ、これはこれ。飯を食っている間に作ったらデザートには間に合うだろ?」
「へへ、分かりますか?」
「可能なら街の奥様方が作れる奴にしてくれよ、レシピを流すから。」
「もちろんそのつもりです。」
さすがハワード、俺の考えはばっちり理解してくれているようだ。
当初はピーピーナッツ同様基本はおつまみ的な感じで売りに出すつもりだったのだが、調べれば調べるほど菓子向きの食材なんだよなぁ。
ナッツ系はそれなりに流通しているし、ここはひとつ別のアプローチで攻めた方が売れるかもしれない。
そんな俺の狙いを見事に理解しての菓子作り。
さすがとしか言えない。
「ピチュタシーオをお菓子に使うの?」
「なんだ、聞いてたのか。」
「そりゃ聞こえてるわよ。最近お菓子作ってなかったし、私も作ろうかなぁ。」
「エリザ様も作りますか?」
「うん、ちょっと考えてみるからとりあえず今日はハワードに任せるわね。ってことでお肉大盛りで!」
いや、だからハワードは今からデザートを作るんだって。
そんなことを思っていたら、厨房の奥でドーラさんが両手で大きく丸を作っていた。
うちの料理番はほんとノリがいいというか面倒見がいいというか。
もちろん俺もそれに乗っかりしっかりと分厚い肉を食べたわけだけどな!
翌日。
早速市場に流された大量のピチュタシーオは同時に広められたハワード特製スイーツのレシピも相成って、予想以上の売れ行きを見せた。
それと同時にスイーツの材料となるワイルドカウのミルクやバターなんかも飛ぶように売れていく。
なんなら調理器具なんかも一緒に売れたようだ。
オッちゃんオバちゃんが大忙しの間で、俺は静かにその時が来るのを待つ。
「シロウさん!」
「お、来たなドルチェ。」
「ピチュタシーオなんてすごい物、なんで私に教えてくれないんですか!」
「教えようと思ったんだがな、時間が時間だったからやめたんだ。」
「それならせめて朝一番で教えてくださいよ!どこを探しても手に入らないし、私のこの気持ちをどうしてくれるんですか!」
顔を真っ赤にして露店に殴り込みをかけてくるドルチェに向かって俺は無言で袋を差し出す。
「なんですこれ。」
「お前の分のピチュタシーオだよ。」
「え!」
受け取ろうとしたドルチェの手を腕を上にあげてさっとかわす。
「なんでよけるんですか!」
「渡すのはいいが一つ条件がある。」
「条件?」
「別に渡すもう一つを使って菓子を作ってくれ。」
「それだけですか?」
「あぁ、後は好きにしていいぞ。」
そういってピチュタシーオが入った袋と一緒にもう一つの袋を手渡す。
ピチュタシーオをただ売るだけじゃちょいとばかし儲けが少ないから、ここはひとつドルチェにも手伝ってもらってもう一儲けさせてもらおうじゃないか。
一緒に渡したのは港町近くの果樹園で採れる柚子。
前にも一度使ったのだが、冬になったので再び出番がやってきた。
港町ではありふれた食材過ぎてあまり儲けが出ないのだが、こっちではまだまだ売れる要素がある。
安く仕入れて高く売る。
これこそ商売の基本だ。
ぶっちゃけこれを売るためのピチュタシーオだったといっても過言ではない。
まぁ、単純に食べたかったってのもあるんだけど。
まだまだ続くナッツブーム。
このビックウェーブに乗らない理由は、ないだろう?




