1105.転売屋は抱き合わせで販売する
「お館様、取り寄せていた品が到着いたしました。」
「お、やっときたか。」
いつものように執務室で仕事をしていると、グレイスが香茶と一緒に荷物を運んできてくれた。
仕入れは色々としていたけれど、態々取り寄せていた物は一つしかない。
この街がそれなりに大きくなったとしても、流行の中心はやはり王都。
向こうで流行っているものが時間をかけてこっちに流れてくるような感じだ。
もちろんうち発祥で向こうで流行らせたものも多々あるが、全体を考えるとものの数%ぐらいしかないだろう。
それを多いと思うか少ないと思うかはその人にもよるが、ともかく向こうで流行っている品はこっちに持ってくると間違いなく売れる。
特に今回は女性が飛びつくような品を用意してみた。
仕事の手を止めて執務机から応接用のソファーへと場所を移す。
「どれどれ、どんな感じだ?」
「ひとまず言われておりました通り小さい木箱の分だけ持ってまいりました。残りは中型木箱が1つ、随分と軽いようでしたが今回は何を買われたのですか?」
「リップだ。」
「リップ?」
「ようは口紅だな。それも普通の紅ではなく、その人の持つ魔力に反応して色を変えるという特別な奴だ。」
「それはまた女性が好みそうな品ですね。」
「だろ?」
もちろんグレイスもその一人なわけだが、本人は特に興味もないような感じで香茶をカップに注いでくれる。
それを横目に木箱を開けると中から出てきたのは中指ほどの長さのある細長い筒。
上部に切れ目が入っており、それをひねるとパキッという音と共に蓋が開いた。
「白?」
「最初はな。これをこうやって塗ると・・・。」
「あ、色が変わりましたね。」
「俺の色は紺か。こりゃ口に塗るのは難しそうだ。」
試しに手の甲に塗ってみると見る見るうちに塗った分が深い紺色に変わっていった。
もう少し鮮やかな色なら使えたかもしれないがさすがにこれを口に塗るのは憚られる。
筒の中身には魔力で色を変える特殊な素材が練りこまれているそうで、それがこのような色を作り出すらしい。
一応口紅扱いだが、こんな感じで口に塗れないこともあるのでその場合は別の用途で使うらしい。
相性がいい色の組み合わせなどがあるらしく、占いよろしく王都の女性はそれを使ってコイバナに花を咲かせているのだとか。
「本日届いたものすべてがこれですか?」
「あぁ、全部で1000本仕入れる事が出来た。向こうでは人気すぎてなかなか手に入らないそうだが、無理を言ってかき集めてもらった。それなりの代償は払ったが、まぁ売れそうだし十分元は取れる。」
「お館様がそうおっしゃるのであれば売れるのでしょう。」
「試しに使ってみるか?」
「紅を差す相手もおりませんので。」
「普段使いすればいいさ、もちろん俺みたいな色だったら難しいかもしれないが唇が潤う成分も入っているらしいぞ。」
「そういう事でしたら・・・。」
冬になって一気に空気か乾燥してきたからか唇がカサカサになっているのは俺だけじゃないはず。
恐る恐るという感じでグレイスが自分の掌の上にリップを塗る。
すると塗った部分が深いボルドーの色に変化をした。
「これは中々綺麗だな。派手ではないがグレイスによく似合いそうだ。」
「お館様はお上手ですね。」
「世辞じゃないぞ、ぜひ使ってくれ。」
「ありがとうございます。」
まんざらでもない様子でグレイスが大事そうに両手に包み、足早に部屋を去っていった。
その後すぐにエリザがノック無しで部屋に入ってくる。
まぁ、いつものことだけど。
「ねぇ、グレイスがとっても嬉しそうな顔で出てきたんだけど何したの?」
「これを渡しただけだが?」
「あ!それ、マジックリップじゃない!何でここにあるの!?」
「知ってるのか?」
「知ってるわよ!今じゃどこに行っても手に入らないのよ?王都なんて販売即完売の大人気なんだから。」
女性誌的な物がないにもかかわらずよくまぁ流行りの品を知っているもんだなぁ。
女性冒険者独自の情報網的な物があるんだろうか。
俺が何か言う前に一本奪い取るとそれを自分の唇に塗る。
「どう?」
「お前らしい色だな。」
「え、どういう事?鏡どこよ鏡!」
慌てて鏡を探し始めるが生憎とこの部屋にはおいて無くてだな。
燃えるように紅い唇はエリザにぴったりの色と言えるだろう。
だがなぁ、商売品を勝手に使うのはどうかと思うぞ。
『マジカルリップ。触れた部分の魔力に反応して色を変えるマジックフラワーの成分を含んでいる。美容成分が含まれている。変化する色は様々でそれを変えることはできない。最近の平均取引価格は銀貨2枚。最安値銀貨1枚、最高値銀貨11枚、最終取引日は本日と記録されています。』
マジックフラワーはダンジョンや洞窟の奥に自生する植物で、生息している場所の魔素の濃さや種類に応じて様々な色に変化する。
一度変化した色は元に戻らないため、珍しい色に変化したものは観賞用としても人気が高いらしい。
ダンジョンの中にも一応生えているらしいが、成分の抽出が難しいのだと仕入れる前にアネットに教えてもらった。
自分で作れるなら新しい化粧品シリーズとして売り出そうかとも考えたのだが、生憎とそういうわけにはいかないらしい。
風のうわさではカーラが一枚噛んでいるという話らしいが、もしそうなら元気そうで何よりだ。
「ご主人様!マジックリップがあるっていうのは本当ですか!?」
「あるなら一つください!いえ、買います!」
「ちょっとオリンピア、売り物なのよ?」
「売り物ならなおのこと譲ってください!貯めていたお小遣い全部使います!」
「という事なので、私の分も含めて譲ってもらえますか?旦那様。」
エリザが出て行ってしばらくして女たちが飢えた獣のように部屋に突撃してきた。
こうなるのはまぁ予想していたが、そんなに興奮するものなんだろうか。
オリンピアに至っては貯めていた小遣いを全部使うとか言い出しているし、マリーさんまでちゃっかりと手に入れようとしている。
うーむ、すごい人気だなぁ。
「一人一本分は確保してあるからそうあわてるな。ただし追加は実費購入だからな。」
「ありがとうございます!」
「よかったわねオリンピア。」
「人気だとは聞いていたがこんなにすごいとは思っていなかった。こりゃ売り出すときは注意が必要だなぁ。」
「うぅ、勿体ない。」
「売るために仕入れたんですもの、仕方ありません。旦那様、いくらで売り出すおつもりですか?」
「銀貨2枚を予定しているが、この反応を見るともう少し値上げしたくなるな。」
「値上げしてもすぐ売れそうですけど。」
「いくらまで出す?」
「銀貨5枚までなら何とか。」
「ならやっぱり2枚だな。」
「「「「えぇぇぇぇぇぇ!!」」」」
なんだよその反応は。
仕入れ値は銀貨1枚、値上げすればその分利益も増えるがどうしても買える人が限られてしまう。
いくらお金を手に入れやすい冒険者でもポンとその値段を出せるのは中級者以上だろうし、主婦になればかなり限られてくるだろう。
転売屋としては人気の品を出来るだけ高く売り出したいところだが、下手に値段を上げすぎて逆に在庫が余ってしまったやつらを俺は知っている。
高く売るということは回転率が下がるという事。
もちろん安売りしすぎても利益が減るだけなので、そのいいバランスを狙っていくのが楽しいんだよな。
「旦那様がお金儲けをしないなんて、明日は大雪でしょうか。」
「マリーさん、さすがにそれはひどくないか?」
「だってシロウさんが高く売れる物を態々安く売るんですよ?お姉様が動揺するのも致し方ありません。」
「別に安売りするわけじゃない、適正な値段で売ればそれだけ金が手元に残る。その残った金は別の方法で回収すればいいだけの話だ。」
「別の、ですか。」
何も転売品は一つじゃない。
あくまでも目玉商品はこのマジックリップだが、それとは別にもう一つ買い付けてある。
値段の安いものを高い物との抱き合わせで売るのもまた商売のやり方の一つ。
買う方としてはあまり好ましくないが、売る方としては最高のやり方なんだよな。
「今回はこのポーチと一緒に売るつもりだ。」
「これは随分と可愛らしい入れ物ですね。」
「北方で織られた布を加工してあるらしい。こっちでは中々見ないデザインだが、悪くはないだろう?」
仕入れ値はずばり銅貨20枚。
ポップな感じの花が赤や黄色などの鮮やかな色遣いでいくつも描かれている。
元の世界で見たことのあるようなデザインだが、正直こっちではあまり見かけない感じだな。
もしかするとデフォルメっていう文化があまりないのかもしれない。
フェルさんの絵もそうだが結構写実的な絵が受け入れられている気がする。
個人的にはデフォルメされたのは嫌いじゃないので、こういうのがもっと増えてほしいと思っている。
なのでこれを機にまずはこの街から普及させてみようと狙ってみたわけだ。
今は値段も安いし、仮に普及してから在庫を一気に吐き出すという方法もある。
価値が上がってからの転売程儲かるものはないからなぁ。
「私は好きです。」
「この大きさならリップ以外にもいくつか入りそうですね。」
「それが狙いだ。香油もそうだし化粧水を小さめのボトルに入れて売り出すのも考えている。ほら、前に消毒液を入れていたボトルがあっただろ?あれなら手軽に使えるし、ポーチに入れてもかさばらない。後はハンドクリームとか、携帯用の鏡とかもいいかもな。ミラーゴーレムの装甲板がそこそこ使えそうだったしどこかで加工できないか相談してみるつもりなんだ。」
一つ考えると二つ三つと新しいネタが浮かび上がってくる。
もちろんそれがすべて実行できるわけではないのだが、考えるだけでなくそれを言葉にするだけでも見えてくるものがあるもんだ。
インプットするだけじゃ何も生み出さない、何事もアウトプットして初めて形になる。
10個紡ぎだした考えの中で一つないし二つでも実現するのであればそれは大成功と言ってもいいだろう。
「一つにまとめて持ち歩けると便利そうです。」
「それにこの見た目だとカバンの中で見つけやすそうですしね。」
「あ!それ私も思いました。」
「ついつい底の方にいっちゃって見つからないことあるんですよねぇ。」
「わかります。」
アネットとオリンピアがウンウンと仲良く頷きあっている。
探し物がすぐに出てこなくてイライラした経験は何度もある。
その経験を踏まえて紐をつけたり専用の場所を決めたりするんだが、それでもどこかに行ってしまうのはなぜなんだろうか。
「ともかくだ、このポーチと合わせて銀貨3枚。この値段なら悪くないだろ?」
「ありだと思います。」
「決まりだな。」
こうして王都で大人気のマジカルリップは専用ポーチと銘打たれた入れ物と一緒に販売され、900個がわずか半日で売り切れるという記録をたたき出したのだった。




