1101.転売屋はヒーターを改良する
冬が始まって一週間が経過した。
色々ありすぎた一週間、なんていうかこれでもかってぐらいのボリュームで早くも息切れ気味だがまだまだ先は長いんだよなぁ。
とりあえずいえる事は予想通り寒さが例年以上に厳しいという事。
暖を取るために着込んではいるものの、着ぶくれすると動きにくくなるうえに眠くなってしまうのでどうしても暖房器具を多用してしまう。
その分燃料の消費も激しく、いつもの1.5倍ぐらいのペースで燃料がなくなっていると報告を受けた。
もちろんその分を見越して仕入れは行っているものの、消費すれば仕入れを行わないといけないわけで。
うちみたいに住民が多いと一回の仕入金額もばかにならないんだよなぁ。
まぁ、そのために稼いでいるわけだけど。
「アナタ、冒険者の皆様が頼んでいた物を運んできてくださいましたよ。」
「お、待ってました。裏庭に運んでもらってもらってくれ。」
「お礼はどうします?」
「報酬はギルドに渡しているが特急依頼だったしな、追加で銀貨1枚ずつ渡しておいてくれ。」
「わかりました。」
本来は俺が直接お礼を言うべきなんだが、ちょうど仕事が乗っている所なのでハーシェさんにお願いしておこう。
これが終われば少し手が空くからそのタイミングで作業ができるのは助かる。
「さて、もうひと頑張りだ。」
足元に手を降ろすとオレンジ色の光に悴んだ手に熱が戻ってくる。
普段使用している暖房器具よりもハロゲンヒーターの方が部分的な加熱は得意だが、部屋全体を温めるとかには不向きなんだよなぁ。
火力が強すぎるっていう難点もあって使用環境が限定され、今は主に屋外作業や室内でも暖房器具を使えないようなところに設置されるようになった。
今使っているのはそれを改良した小型版。
それでも火力の強さは残っているので少し離れた所に置いておかないと火傷しそうになってしまう。
中々思うようにいかないもんだな。
そんなことを考えながら急ぎ仕事を終わらせ裏庭へ。
北風の吹き抜ける裏庭の真ん中にはハロゲンヒーターがドンと設置されており、その前でアネットとミラが暖を取っていた。
「悪い遅くなった。」
「先程皆さん戻られたところです、追加報酬喜んでいましたよ。」
「そりゃなによりだ。で、ブツは?」
「ミラーゴーレムの装甲板ですがどれも大きな凹みなどなく綺麗な状態です。いい仕事をしてくださいました。」
「確かに見事なもんだ、これならもう少し上乗せしてもよかったかもなぁ。」
庭に設置されたヒーターの横には鏡のように光る板が何枚もおかれていた。
目の前に立つアネットの姿が少し変形して移っているぐらいに磨かれた装甲板は、昨日急遽冒険者ギルドに依頼した素材だ。
この寒さで燃料費がかさんでいるのは何もうちに限った話じゃない。
出来るだけ燃料を節約するべく何かできないかと考えた時にふと思いついたのが目の前で稼働しているハロゲンヒーターだった。
ヒータードールの操作糸を使っているためにどうしても火力が高く、それに合わせて魔石の消費量も多い。
幸い魔石に関しては大量に在庫があるのでそこまで困らないのだが、使用時間で考えると燃料よりもどうしても高くなってしまうのが欠点だ。
家計の負担を減らすには今の燃料よりも安く、更に供給量が安定している物でなければならない。
加えて安価で加熱性能もそれなりにないと意味がない。
そんな都合のいい素材があるわけないと思ったこともあったが、案外身近なものがその条件をしっかりと満たしていた。
じゃあ後はそれをどうやって使うのか。
それを今から試してみるわけだ。
「どうします?」
「とりあえずそのヒーターと同じように湾曲させよう。本当は接合できればいいんだけど試作品だし多少の隙間ができるのは仕方ない。」
「見た目と違って結構柔らかいんですね。」
「これが強靭なゴーレムの体を覆っていると思うと不思議な感じです。」
『ミラーゴーレムの装甲板。ミラーと名の付く通り魔法をはじめどんな攻撃をも反射させる特殊な装甲。反射性能の高さから鏡として用いられることが多いが、熱を逃がしたりわざと光を反射させて一か所に集めるのに使われることがある。最近の平均取引価格は銀貨7枚。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最高値銀貨10枚、最終取引日は本日と記録されています。』
大きさは30㎝位で両端を持って撓ませるとホワンホワンと音がするぐらいに柔らかく、外側は鏡のような光沢があるのだがボディに接着されいる面はザラザラなので表裏がわかりやすい。
ハロゲンヒーターと同じく光沢のある面を内側にして向かってきた熱を外に反射させるのだが、今回熱源に使うのは別の素材。
出来るだけ反射面を傷つけないようにしながらなんとか形を整える。
撓ませるだけだとどうしても上部が開いてしまうのだが、そこはヒーターの試作で培った腕を使って出来るだけ前に反射できるように加工、いつもなら糸を通したり魔石を設置する場所を作ったりするのだが今回はど真ん中に台を設置するだけなので10分程で何とか形になった。
「よし、カイロを取ってくれ。」
「どうぞ。」
「これをここにおいてっと・・・。」
カイロ袋の中から焔の石を取り出して台の真ん中にコロンと転がせば、今回の試作品焔の石を使った小型ヒーターの完成だ。
熱を反射させて前方に飛ばすという原理は既存の物と同じだが、操作糸とちがって光るわけではないので稼働しているかどうかがわかりにくい。
手を当ててみてもあったかいようなあったかくないような・・・。
「悪い、そっちのでかい方を止めてくれ。」
「わかりました。」
「寒いけどちょっと我慢してくれ。」
ハロゲンヒーターを切った瞬間に一気に冷気が流れ込んでくる。
他の熱源を切ってみたのだが、果たして効果のほどはどんなものか・・・。
「んー、一応温かい・・・のか?」
「わずかではありますが熱を感じますね、でも物足りない気はします。」
「向きが悪いのでしょうか。」
「わからんが、その辺は誤差の範囲だろう。」
多少温かさは感じる物の、既存の物に比べると勢いがなくじんわりと感じる程度。
これではこの冬は乗り越えられそうもない。
が、それはあくまでも外での話。
一度石を袋に戻して、今度は裏口から食堂へ戻る。
装置が小さいので持ち運びもさほど苦にならないが、取っ手がないので使ってすぐはやっぱり熱い。
でも裏側は全く熱くないから不思議なもんだ。
「今度の改良版は随分と小さいですね。」
「今回の目的は小型化と発熱量の低下だからな。」
「え、減らすんですか?」
「今までのだと熱すぎて近づけないだろ?これならそこまでいかないから近づけても大丈夫なはずだ。」
食堂に入るとハワードが興味深そうに近づいてきた。
厨房の中は屋敷の中で一二を争う寒さなので、中庭同様ここでもハロゲンヒーターは大活躍している。
毎日使っているからこそ違いが判るのではないだろうか。
早速石を設置して再び様子を確認。
さっきは風が強すぎて熱が散ってしまったような感じだったが、屋内だとさっき以上の熱を感じる気がする。
「確かに暖かいですが、個人的には物足りないですね。」
「うーむ、やっぱりか。」
「でもこれなら足元に置いておいても怖くありません。今までのは誤って触れてしまったら火傷してしまいますから、子供が近づいても大丈夫というのは安心感があります。」
「それでも直接触るのはアウトだけどな。でもそうか、そういう安心感もあるのか。」
熱量でいえば既存の物の半分以下、この寒さを乗り切るには少々物足りない感じがあるのは間違いない。
でも熱すぎないということは不慮の事態にも被害が少ないという事、もしくは狭い空間でも使用できるということだ。
熱は確かに反射しているので量を増やすなどすればもう少しましになるんじゃなかろうか。
まだまだ改良の余地はあるが、試しに使ってみて調子が良ければ売り出してみよう。
囲うこと自体はそこまで難しくないので、とりあえず今回冒険者が持ち込んでくれた分を使えば10個は作れる。
まずは屋敷の皆に試してもらうとしよう。
「ちなみにこれ一つ銀貨10枚、燃料費は別。」
「高くないですか?」
「だよなぁ・・・。」
「でも素材料を考えればむしろ安い方じゃないでしょうか。魔石だと継続時間も短めですし、長時間使えばその分値段も高くなります。でも焔の石だとかなりの時間保ちますし足元が温かくなるだけでも大分ましだと思いますよ。」
アネットも地下製薬室でハロゲンヒーターを使っているのだが、薬の素材の中には熱に弱いものもあるのであまり活用できていない感じだった。
その点このヒーターなら足元に置いておいても影響は少ないだろうし、そういった場所での需要もあるのかもしれない。
構造が簡単なので壊れる心配もさほどない上に一度買えば長く使えるというのも利点だろう。
そういう意味では婦人会や職人達に案内するのがいいのだろうか。
本当は住民に買ってもらえれば町全体での燃料消費量を減らすことができるんだろうけど、この値段だとそこまで普及するのは難しそうだ
「需要はある、でも値段は高い。ミラーゴーレム自体はさほど珍しい魔物じゃないから数は確保できるだろうけど、討伐の危険を考えると依頼料をこれ以上下げるのは好ましくない。儲けを捨てるか、それとも取っていくのか。難しい所だな。」
「いっそのこと街に買い上げてもらってはどうですか?まずは子供のいる家庭から使ってもらうとかでもいいと思うのですが。」
「それをする金があればいいんだが、さすがにシープさんがそれを良しとは言わないだろうなぁ。」
備蓄を買うのにだって資金援助を頼んできたぐらいだ、その状態でヒーターを買うとは考えにくい。
別に街が貧乏っていうわけじゃないんだろうけど、そこに使えるお金は多くない。
難しい所だよなぁ。
「とりあえず使ってみてから、ですね。」
「だな。10個しかないから順番に使って使用感を教えてくれ、明日には全員分準備できるだろう。」
「俺達が使ってもいいんですか?」
「厨房じゃ物足りなくても自室なら事足りるだろう。サンプルは多い方がありがたい。」
銀貨10枚という値段が安く感じるように改良するのも大切な仕事だ。
この冬を過ごすうえで少しでも快適になるように。
なにより儲けがたくさん出るようにしっかり改良していくとしよう。




