1099.転売屋はたこ焼きを作る
冬の始まりから続いていた雪は一応落ち着き始めたようで、四日遅れで街に荷物が届きだした。
寒さのおかげか積まれていた食べ物の半分以上は問題ないようで、ダメになったのは全体の二割程。
このトラブルにしては最小限の被害だったと言えるだろう。
新しく導入した雪かきも実力を思う存分に発揮してくれているようで、仕事がしやすくなったと喜んでもらっている。
これでもう平常通り・・・と行きたい所なのだが、まだまだ問題は山積みのようだ。
「どうするのよこれ。」
「どうするかなぁ。」
「本来であれば分けて届くはずだったのですが、これは何て言うか予想外でした。」
街に到着した馬車が次々に屋敷の前にやってきては荷物を降ろして去っていく。
屋敷へと向かう車列は昼になってようやく解散、残されたのは堆く積まれた大量の木箱たち。
いやー、一気に日当たりが悪くなったなぁ。
置き場所無くて裏庭に運んでもらうしかなかったわけだが、今度はこれを別の場所に運ばなければならないと思うとげんなりする。
今回届いたのは大量の小麦粉。
戦争を前に早めに買い付けておこうという事で近隣の街から相場の一割増しで買い付けを行ったのだが、本来バラバラで到着するはずだったのに雪の影響で足止めされたせいでまとまって到着してしまったようだ。
代金引換だったので面白いぐらいに金が出て行ってしまい、途中で足りなくなるのではとヒヤヒヤしたが何とか足りたらしい。
「セーラさんこれ全部でいくら分だ?」
「今回お支払いした分で金貨87枚分になります。この街の規模で3か月は食べていける量ですね。」
「粉に加工してもらっているだけ値段も高いわけだが、ぶっちゃけ高いのか安いのかわからんな。」
「時期的な事を考えるとかなり高めですが、今の相場を考えると妥当ではないでしょうか。王都では一割以上値上がりしているという話ですし。」
街でもそのぐらいの備蓄はしているだろうから明らかに在庫過多の状態。
本来であれば随時ピストン輸送で廃鉱山なんかに送るつもりだったのだが、北の街道はあまだ雪に覆われていて廃鉱山までなんて到底運び込むことが出来ない。
とはいえ、このままここに置いておいても非常に邪魔なわけでして。
まいったね、こりゃ。
「こりゃ、見事なもんですね。」
「ハワードか。これだけあればパン焼き放題だけど、どうだ?」
「いやいや、いくらなんでも多すぎですって。どうするんです?」
「とりあえず倉庫に押し込むしかないんだが、それでも流石に全部は無理だな。」
静かになった所で勝手口からハワードが姿を現した。
これだけあれば好きなだけ調理に使えるんだが、流石のハワードでもこれを消費するのは無理だろう。
「ひとまず倉庫に運べるだけ運んで残りはちょっと考える。悪いが輸送用の馬車を手配してもらえるか?」
「畏まりました。」
「どこに行くの?」
「ちょいと何かいい案がないか考えてくる。」
このままここにいても呆気に取られて何も考えられそうにないので少しばかり気分転換だ。
決して現実逃避などではないからな。
なんて言い訳をしつつ街を歩くと、物流が再開したことでいつにもまして活気にあふれていた。
特に市場はやっと商売が出来るとそこかしこでにぎやかな声が聞こえてくる。
いつもならここぞとばかりに買い付けを行うのだが、今はあの小麦の山をどうにかしないといけないわけで・・・。
「ん?」
「いらっしゃい。」
「なんだかおもしろい物を売ってるな、なんだこれ。」
「エッグホールっていうんです、これ私が加工したんじゃないんですよ。」
「ってことは自然にこんな形になるのか?」
「正確にはエッグローヴァーっていう魔物が盗んだ卵を保管するために凹ませているんですけど、あまりにも均等なので石の代わりに鉄板を置いて作らせているんです。すごいですよね、採寸もなしに同じ形でしかもつるつるなんですよ。」
露店に並べられていたのは等間隔で丸いへこみが付けられた鉄の板。
これはあれだ、どう見てもタコ焼きを焼くためのやつだ。
夏祭りなんかの出店で使われているような奴がずらりと並べられている。
これを魔物が加工したっていう事にも驚きだが、それを作らせているこの人もすごい。
「よくまぁこんなのを作らせようと思ったな。何に使うんだ?」
「職人さんが加工に使ったり、薬師が材料を入れるのに使ったりするんです。」
「なるほどなぁ、確かに擦切り一杯が同じ量になるならいちいち計量しなくて済むし便利なのかもな。うちの薬師にも買って帰ってもいいんだが、デカくないか?」
「他の金属も試したんですけど、凹ますのにこれが一番相性良いみたいで。」
確かに便利かもしれないがアネットなら自分の手でやりますって言うだろうし、なによりデカい。
わざわざこれを設置することを考えると加工場がかなり狭くなってしまうし、いちいち取り出すにも重そうだ。
「いくらだ?」
「一枚銀貨5枚です。」
「そんなもんか。」
「正直ここに運ぶのにかなり時間がかかってるんで、買ってもらえると助かるんですけど・・・だめですかね。」
確かに普通の人は買わないわけで、俺は薬師がいるって言ってしまったしこれを逃す手はないと考えているんだろう。
悪いがそっちの線で使う事は無いと思うが、良い感じの鉄板だしむしろ本来の使いかたをしてやるべきなのかもしれない。
「わかった、四枚くれ。」
「本当ですか!」
「ただし重たいから畑まで運んでもらえると助かる。そこにアグリっていう責任者がいるから預けておいてくれ。」
「わかりました!」
小麦粉をしまう場所がない?
場所が無いのなら使ってしまえばいいじゃないか。
「いい匂いねぇ。」
「溶かすときにダシを多めに入れてるからなっと、後はこれをこうやって・・・。」
「わ!綺麗な丸になりました!」
「後は反対側を焼けば出来上がりだ。まさかこんな所であのポリプスを使う日が来るとは思わなかったが、雪山で冷やしておいてよかった。」
千枚通しが無いので、代わりに二本の暗器を器用に使って先程の鉄板に注ぎ込んだタネをクルクルと回転させていく。
作っているのはもちろんたこ焼き。
だが、肝心のソースが無いので予定を変更して明石焼きとして売り出すことにした。
この間ダンジョンから回収した食材の中にこのポリプス・・・タコが混ざっていたのだが、ぶっちゃけこっちではあまり食べないようで使われないまま雪山の中で半冷凍されていたので腐らせる前に活用できて本当に良かった。
あの商人もまさかこんなことに使われるとは思っていなかっただろうが、俺からしてみればこの使い方しか思いつかなかったんだよなぁ。
石のままだと加熱するのも難しかっただろうけど、良い感じの鉄板にしてくれたおかげで火の通りもすこぶるいい。
反対側も焼けた所で、後は皿の上に乗せて横に出汁の入った入れ物を置けば完成だ。
現地では卵焼きっていうんだったか、本場のに比べるともちろん劣るだろうけど俺はこれでも十分。
あー、たこ焼きソースってどう作るんだろうか。
前に買い付けたソースがあるからまた加工してみないと。
「ほら、先に食べていいぞ。次もすぐ焼けるから順番に食べてみてくれ。」
「え、でも売りものじゃないんですか?」
「味もわからなきゃ売れないだろ?それにこの時間はまだダンジョンの中だし、今から準備すれば一気に売れる。」
「それじゃあ遠慮なく。」
一個の鉄板で20個、今回は二個連結しているので一回で40個作れる計算だ。
火の魔道具を各鉄板の下に入れているので火力調整もお手の物、一人前6個入りで3回転すれば20人前は作れる計算か。
幸い小麦粉は売るほどあるし、出汁もモーリスさんに頼んで到着したばかりの鰹節もどきを譲ってもらったので量は十分。
タコもそれこそ売るほどあるので、後は器さえあればいくらでも商売ができる。
最悪客が多くなりすぎたら鉄板を追加するっていう手もあるだろう。
とりあえず全員分作って味を確認。
うん、寒くなってきたから余計に出汁の温かさが身に染みる。
美味いなぁ。
「やさしい味です。」
「これを肴に清酒をきゅってやるのも美味しそうね。」
「あー、いいねぇ。だが客に出すのはいつものエールだけどな。」
「ちなみにいくらで販売しますか?」
「そうだな、一皿銅貨5枚でも十分元は取れるんだが、10枚でも売れると思うか?」
「ふへふ!」
口の中に入れた明石焼きをハフハフさせながらエリザが売れると断言する。
いくら小麦粉が高騰しているとはいえこれで使う量なんてたかが知れてるし、出汁も嵩増しするのでさほど高くない。
タコに至ってはほぼ捨て値みたいなものだったので、銅貨10枚で売ろうものなら大儲け出来ること間違いなしだ。
とはいえわざわざ安売りする必要もないわけで。
エリザが売れるって言ったんだから売れるんだろう。
多分。
「あれ?この匂いは・・・やっぱりシロウさんでしたか。」
「お、シープさんもちろん買って行くよな?」
「押し売りが過ぎません?」
「こんな時間にこんな所に来ている時点でサボりだろ?」
夕方とはいえまだまだ仕事中のはず。
畑しかないここにわざわざ来ている時点でサボり確定だ。
「あったかそうですね、中身は何ですか?」
「ポリプスっていったらどうする?」
「またまた、あんなグロテスクな物・・・マジですか?」
「さぁ、食べてみたらわかるんじゃないか?」
「でも皆さんあんなに美味しそうに食べてるのに、え、どっちですか?」
ニヤリと笑った俺だけでなく、出汁の入った入れ物を手にした女達を順番に見て不安そうな顔をする羊男。
そんなに怯えるともっとからかいたくなるじゃないか、
「一皿銅貨15枚だ。どうする?男を見せるか、尻尾撒いて逃げるか。」
「わかりました、食べましょう。」
「お、男だねぇ。」
「そこまで言われて逃げるわけにいかないじゃないですか。」
そうこなくっちゃ。
丁度一人前残っていたのでそれを皿の上に乗せ、出汁の入った器と一緒に手渡す。
ちょうどエリザが座っていた場所が空いたのでそこに誘導して、皆で戦いの結末を見守る事にした。
「そんなに見ないでくださいよ。」
「仕方ないだろ、皆食べ終わったんだから。ほら、早く食べろって。」
「そんなに急かさないで下さい。」
ビビりながらも一つ器に入れ、出汁と共に一気に口の中へ。
その思い切りは嫌いじゃないぞ。
そのまま咀嚼していくと見る見るうちに表情が変わっていく。
そのリアクション後でニアに教えてやるとしよう。
ちゃんと食べきったのは褒めてやらないとな。
その後、ダンジョンから戻って来た冒険者達が匂いにつられて畑に集まり、寒さに負けず夜遅くまでタコパを楽しんだのだった。
もちろん大儲けしたのは言うまでもない。




