1089.転売屋は武器を買い付ける
この世界で魔物と戦っていく上で必要不可欠な物といえば、そう武器だ。
魔法を操る魔術師でさえ最低限の武器を身に着けるぐらいに冒険者にとってなくてはならない道具。
彼らはそれをどこで手に入れているのか。
真っ先に思い浮かぶのは武器屋だろう。
商売道具というか自分の命そのものと言っていいぐらいの物だけに、もしもがないよう安心して購入できるだけでなくアドバイスもしっかりと受けることが出来る。
自分の得物を知る上でも武器屋は無くてはならない存在。
だが、実際武器屋で武器を買う層がどれぐらいいるかというと半数にも満たないのが現状だ
最初はともかく二回目以降は利用しない、なんなら最初から利用しないという猛者もいる。
じゃあ彼らはどうやって武具を手に入れているのか。
真っ先に思い浮かぶのが冒険者同士の取引だ。
実力が上がればもっと良い武器が欲しくなるのが冒険者というもの。
武器の良さはそのまま成果に直結するだけに、より上の物を手に入れればいとも簡単に手放してしまう。
仲間や自分より下の実力者に譲るのが一般的だが俺みたいな買取屋や質屋に売り飛ばしたりもする事もある。
売りに出された物は露店に並べられ、それを見た別の冒険者が買って行く。
そうやって装備は冒険者の手を渡り歩いていくわけだな。
ちなみに武器屋を利用しない理由のもう一つがズバリ値段。
新品である上に不良品がほぼ出回らない為安心と安全が手に入る、その代わり同質の物に比べるとどうしても値段が高くなってしまう。
品質を取るか値段を取るか、それらを天秤にかけた時に冒険者がどちらを選ぶのかは正直なところ後者が多いのが現状だ。
「そうか、やっぱり西方はヤバいか。」
「宣戦布告は時間の問題と言った所でしょう。そうなれば益々武具は市場に出回らなくなります、マートンさんのような実力者であれば特に。」
「それはまぁしかたがない、問題は武器を武器屋で購入できなくなるって事。ぶっちゃけ冒険者が武器屋を利用する回数は少ないが、それでも武器屋の存在意義は大きい。俺達が扱っているのはあくまでも中古品、ダンジョンで手に入る物も新品の様で新品じゃないからなぁ。」
はぁ、と二人そろって大きなため息をつく。
通い慣れたギルド協会応接室。
いつものように羊男と話し合っているのだが、いつもと違うのはその環境。
四方には防音魔法が施され、ドアや壁に耳を当てても中の会話が聞こえないようになっている。
ノックの音も聞こえないので用意した砂時計が全て落ちるおよそ一時間の間は誰も入ってくることはない。
まぁ、鍵はかかっていないので出入りは自由にできるんだけども。
「ですが効果は付与されていますよね。」
「あぁ、それもあって武器屋で武器を買わない冒険者も多い。とはいえ、中古品は品質にムラがあるから注意が必要なのも事実だ。もちろん俺は傷みがあれば伝えるし、錆があれば研いだりしてから市場に流すようにはしているが全員が全員そうしているわけじゃない。今後は冒険者同士での武具の取引での値上げも考えられるだろうなぁ。」
「そうなると新人冒険者は益々武器を手に入れにくくなりますね。」
「そうなんだよ。有事になれば安い鉄の剣なんかも接収されるんだろ?」
「そこまではなんとも。なんせこの国が戦争をしたのなんて何十年も前の話ですから。」
まぁそうだよなぁ。
誰も経験が無さ過ぎてどこまですればいいのか見当もつかないって感じだろう。
俺だって戦後の生まれだし知識ではある程度知っていても、実際どういう風になるかなんて想像しかできない。
戦場になるのはだいぶ遠方らしいので、ぶっちゃけ他人事みたいに感じてしまうところはある。
「ま、それもそうか。」
「冒険者ギルドからの要請はまだありますか?」
「俺の所までは来ないがギルドには来てるってエリザが言ってたな。とはいえ、この前かなり吐き出したから当分出すつもりはないんだが。とはいえ、向こうからすれば特殊な効果の出やすいダンジョン産の装備も欲しいって所なんだろう。上からのお達しとなれば断りにくいし、ニアも大変だな。」
「そもそも戦争なんてしなければこんなことにならないのに、一体何がしたいんでしょうか。」
「侵略って感じじゃないし、いまいち理由がつかめない。流石に出て行ったケイゴさん達を追いかける為って事ではないだろうけど。」
ハルカが国を出てそれを探すような形でケイゴさんが国王を退位、その後即位した弟は国民が待ち望んだって話ではあったが、それがこんな方向に進んでしまって望んだ人たちはどう思っているんだろうか。
国内の状況が全く入ってこないのは、かなり強力に鎖国状態を維持しているからだろう。
どれだけえぐい事をやっても漏れださなければやっていないのも同じこと。
くわばらくわばら。
「とりあえずギルド協会としても最悪の事態を想定して準備はしたいと思っています。取り急ぎ新人が良く使う鉄製の武器に関しては全種注文を入れましたが、それ以上の物については予算が無くてですね。」
「それで俺にお鉢が回ってきたと。でもいいのか?買い付けるのはいいが、そうなったらそうなったで高く売るぞ。」
「常識の範囲内でして下さると信じています。それにですね、中級以上の冒険者は効果の付いたものを好んで使いますしそういったものを多数所持しているのはシロウさんですから。もし在庫が残った時は責任を持って買取らせて頂きますのでどうぞご安心ください。」
つまりギルド協会公認の転売ってことだ。
転売するからには定価よりも高く売らせてもらうが、話し合いの結果最大で二割増しまでという所で落ち着いた。
もし売れなかったとしても定価で買取ってくれるらしいので俺には全く損がない。
もちろん何もないのが一番なのだが、もしもの時に冒険者が動けないのは彼らで持っている街としては由々しき事態。
そうならないために動くのは至極当然だろう。
「至れり尽くせり。で、そっちの狙いは?悪いがもう酒は出さないからな。」
「えー、あのお酒無茶苦茶評判なんですけど。急ぎ買い付けようと思ったんですけど、まったく話も聞いてもらえないみたいですし。ほんと、どうやったんですか?」
「それを言ったら意味ないだろ?感謝祭を前に売り出すからしっかり買い付けてくれよな。」
「うぅ、ただでさえ予算が少ないっていうのに。まぁシロウさんは優しいから勉強してくださいますよね。」
「だが断る。というかさっさと狙いを言え、わざわざ俺に買わせてなにをさせたい。」
こいつが何の考えもなしにこんなうまい話を持ってくるはずがない。
俺の金を期待しているのはわかっていても、それ以外の何かが絶対にあるはず。
流石の俺も戦争ともなれば身の振り方を考えなければならないだろう。
昔と違って守るべきものが多すぎる。
「この時期に不用意に武器を買い占めると色々と言われるんですよ、反逆だの反乱だの。ただでさえうちの街は恵まれてますからね、他所から悪い目で見られるのは避けたいんです。その点シロウさんなら金儲けの為っていう大義名分があるじゃないですか。それに、街に置くのではなく大きな倉庫もお持ちですしそれを使えばもしもの時にも問題ありません。」
「もしもってなんだよ。」
「査察の噂があるんです。」
「査察?街を監視する為にアニエスさんがいるんだぞ?」
「その監査官への査察です。ほら、今はオリンピア様が滞在しているじゃないですか。元王家直属のアニエスさんが監査官としているにもかかわらずその街で反乱の兆しがあるぞなんて言われたら・・・。」
そりゃ問題になるよなぁ。
この先王家を出る予定とはいえ今はこの国の第三王女。
その人を守るために聖騎士団員も滞在しているが、アニエスさんを含め彼らがいるにも関わらず街の反乱に気づけなかったとなれば責任問題になる。
狙いは街というよりもアニエスさんもしくは聖騎士団ってことなのか?
それを避けるために一般人の俺が買い付けて、更には街とは離れた個人の倉庫に保管しておけば言い訳が立つと。
もし戦争が無かったとしてもいずれ売れる物に間違いはないので、そういう目で見られるぐらいなら問題ない出費って事か。
っていうか誰だよ、そんな噂を流したやつ。
この街が反乱を起こすだって?
だれが何のためにって話だよな。
「誰だよそんなめんどくさいこと考えたやつ。」
「すみません、ゲイルさんもそこまではわからなかったそうで。」
「マスターでも知らないとか・・・。わかった、こっちもセラフィムさんにお願いして探って貰う。」
「悪いことしてないのに何でこんなめんどくさいことしないといけないんですかねぇ。」
「俺は悪くないからな。」
「何も言ってないじゃないですか。」
いや、だってそんな顔してたし。
ともかくだ、あらぬ嫌疑をかけられるのは癪なので自分達で払える火の粉は払っておこう。
せっかく楽しい気分で南方から戻って来たっていうのに、この冬は色々と問題が多くなりそうだ。
「なぁ、一つ思いついたんだが先に冒険者に装備品を流すのはどうだ?」
「と、いいますと?」
「俺達が保管しているから文句を言われるのであって、冒険者が持っている分には問題ないだろ?だって仕事道具だし、それで反乱だなんだって言われるのはおかしな話だ。それに、冬に向けて皆色々と物入りだろうし、冒険者を支援するという名目で装備品を安く放出してやれば喜ぶんじゃないか?俺達は目を付けられない、冒険者は新しい装備でダンジョンに潜れる。」
「そしてシロウさんは持ち帰った素材で大儲け、ですか。でもそれで得するのってシロウさんだけですよね?」
なんだよ、人が折角いい案を思いついたっていうのに・・・まぁその通りなんだけども。
でも悪くない考えだと思うんだがなぁ。
金が回れば更に装備が充実するわけだし、そうなれば冒険者の生存率も高くなる。
何事も生きていてこそ意味があるってもんだ。
「もちろん俺は得するが、街にも金は落ちるわけだしそれでまた感謝祭用の基金を募ったらいいじゃないか。」
「採用します、すぐに販売を始めましょう。」
「お前なぁ。」
「だって今すぐ始めないと間に合わないじゃないですか!それに、いつ査察が来るかわからないんです。早め早めに行動しておかないと。」
「そういう事にしておいてやるよ。」
ま、俺も不在の間に増えた装備品を売りたいと思っていたところだしな。
冒険者ギルドが買い取ってくれる素材と違ってどうしても装備品は売れるのに時間がかかる。
売れるならまだいいものの、売れなければただの不良在庫、つまりは利益を残すこともなくただただ赤字を垂れ流すだけの存在になる。
いくら俺に相場スキルがあるとはいえ絶対にすぐ売れるというわけでもないので、そういったリスクを回避する意味でもこういったセールは有難い話だ。
儲けは減るが今後を考えれば十分にプラスを回収できる。
損して得取れ、南方遺跡で回収した装備品もこれを機に現金化させてもらうとしよう。
査察という新たなる面倒をどう回避するか、そっちについても考えないとな。




