1051.転売屋は尾羽を準備する
「シロウ様、少しよろしいですか?」
「ん?追加の仕事か?」
「半分はそうかもしれませんが、もう半分は違います。」
朝食後、いつものように執務室で仕事をしていると珍しくセーラさんが仕事の手を止め話しかけてきた。
いつもは事務的なこと以外ほとんど話さないのだが珍しい。
よほどの内容なのかと思ったのだが、半分は違うようだ。
うーむ、わからん。
仕事の手を止めた俺の前に一枚の紙が滑り込んでくる。
えーっと、何々?
羽追い祭り?
「これは?」
「南方旅行と同じタイミングでこのような祭りが行われることを知りまして、詳しく調べましたところそれなりの利益が出そうだと判断いたしました。もちろんシロウ様のご判断にお任せしますが、参加するのも一考かと思われます。」
「ふむ、儲けが出るというのはいいことだ。これを見る限り一般でも参加できる祭りのようだな。」
「それぞれが用意した羽を飾った腰巻を身に着け、お互いを追いかけながらその羽を抜き合うお祭りのようです。最後に残った優勝者には報酬の他普段は入れない特別な場所に案内していただけるのだとか。調べましたところ、一般には公開されていないダンジョンという話です。羽を売りに行くだけでなく優勝すれば更なる楽しみが増えるのではないでしょうか。」
なんとも面白そうなお祭りじゃないか。
子供のころに鉢巻を尻尾に見立て腰の部分に垂らし、それを追いかける鬼ごっこ的な遊びがあったと記憶しているがまさにそんな感じだろう。
でも違うのは各自が用意した羽をアレンジして腰巻を作れるという事。
資料によれば見た目のコンテスト的な物もあるようで、勝負そっちのけでそちらメインの参加者もいるらしい。
結局最後にはむしられてしまうのだが見た目重視なのか実用重視なのかで分かれているみたいだな。
それに合わせて羽系の素材が良く売れるのだとか。
追加で提出された資料にはここ最近の羽系の販売記録が書かれている。
確かに普段あまり動かないようなものがそれなりの値段で取引されているようだ。
ダンジョンがあるからそれ目当てに買い付けにきているのかもしれない。
祭りは旅行日程で行くと終盤。
ということは到着してすぐに放出すればそれなりの量が売れる可能性がある。
向こうでそれなりのお金を使う予定なんだし現地で金を稼いだって問題はないだろう。
残ったら残ったで持って帰ればいいだけだしな。
「ふむ面白い、ありだと思うぞ。」
「ありがとうございます。」
「とりあえず使えそうな素材をリストアップしてギルドに依頼を出すとしよう。倉庫に現物があればそれも一緒にもってきてくれ。」
「ではメルディ様にお願いをして探してもらいます。」
「その間に俺は今日の分の仕事を終わらせてしまおう、そっちは任せた。」
「お任せください。」
珍しくセーラさんが感情を表に出すような歩き方で執務室を出ていく。
そんなにこのお祭りが楽しみなんだろうか。
それとも狙いは別にあるんだろうか。
まぁ、俺としては金儲けができて旅行が面白い方に転がってもらえれば文句はない。
なんせうちの戦闘狂達がダンジョンや遺跡を楽しみにしすぎているからなぁ、発散する場所を用意してやらないとダメなんだ。
とりあえず昼までに仕事を終わらせ少し早めの昼食を摂っていると、両手にふさふさした物を持ったセーラさんが食堂に戻ってきた。
その後ろをメルディが慌てた様子で追いかけてくる。
「こりゃ随分と集めたな。」
「魔物の尾羽と聞きましたので、とりあえずあるだけ持ってきました!」
「これだけあれば使えるものがあると思うのですが。」
「資料を見るに求められているのは派手さと形、それと色使いか。とりあえず色とか形で仕分けしてもいいかもな。」
食堂の空きスペースに羽系の素材を並べ、同系色の色や形で仕分けしていく。
こう見ると地味系と派手系が結構両極端だな。
南国っぽいド派手な色使いなものも多いが、森や岩場に生息するために地味な感じになっているのもある。
その代わり地味なほうはボリュームがあったりふさふさだったりするので、決して用途がないわけではなさそうだ。
『パヴォーネの尾羽。鮮やかな尾羽を大きく広げて求愛する鳥の魔物。魔物の一種ではあるのだが自ら人を襲うことはない。ただし、求愛行動を邪魔されると尾羽を広げたまま猛烈な速度で追いかけてくる。鮮やかな尾羽は飾りなどに用いられる。最近の平均取引価格は銅貨60枚、最安値銅貨45枚、最高値銅貨91枚、最終取引日は本日と記録されています。』
『ブライトパラキートの羽。カラフルな色遣いをした羽が特徴の鳥。色鮮やかな羽をした個体が数百羽群れて飛ぶ様子はまるで絨毯が空を飛んでいる用ともいわれる。飛び去った後には彼らの羽が本当のじゅうたんのように地面に散らばっている。最近の平均取引価格は銅貨5枚、最安値銅貨2枚、最高値銅貨7枚、最終取引日は本日と記録されています。』
『パラダイスアドバの背羽。別名天の鳥ともいわれ、朝日を浴びながら舞う姿は幸せを運んでくるといわれている。柔らかく大きな背羽は太陽の光を浴びて光り輝くよう薄い黄色みがかった色をしている。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨4枚、最終取引日は本日と記録されています。』
とりあえず手元にあった中で使えそうなのがこの三種類。
パヴォーネはあれだクジャクだ。
先っぽに目玉のような丸い特徴的な模様があるのはほとんど同じだが、色が紺だったり緑だったりいろいろある。
鳥の魔物はどれも個体によって色が様々あるようなので、特にパラキートなんかは30種類以上いるらしい。
その分色もカラフルなので、元の世界でいう『映え』というやつに該当するだろう。
見ているだけで目がちかちかする。
それとは対照的なのがアドバの背羽。
名前からして神々しい感じだが、春の朝日のような黄色い色をした大きくて柔らかい羽はずっと触りたくなる触り心地だ。
他にも飾りに使えそうなのがたくさんあるので、とりあえずさっきの三つ以外の奴はまとめて買い取ることにした。
「鳥の羽をわざわざ買い取るなんて面白いわねぇ。」
大量の羽に囲まれながら相場スキルと取引所の履歴を確認していると、外から戻ってきた女たちが集まってきた。
今日は確かレティーシア先生に子供達を見てもらう日だったっけか。
そのあと食事をして帰ってくると聞いていたんだが、思ったよりも早く戻ってきたようだ。
「セーラさんに教えてもらわなかったら気にもしなかったが、調べてみると取引回数はあるんだよなぁ。祭り以外にも何かに使えるんだろうか。」
「帽子に着けている人は見たことありますね。」
「あ!私も見たことあります!」
「あとは矢羽でしょうか。よく飛ぶようにつけますよね。」
「綺麗ですから紙に貼ってもいいかもしれません。」
これまで気にしてこなかったが、案外世の中には羽を使ったものがあるようだ。
アクセサリーなんかにも加工されているらしいし、欲しがる人は多いんだろう。
空を飛べないからこそ羽に何か特別なものを感じるのかもしれない。
俺はまぁバーンの背中に乗って飛べるが、自分の力だけではどうにもできないからなぁ。
「とりあえず羽を集めつつ、その羽追い祭りについても調べておくとしよう。なんでも未公開のダンジョンに入らせて貰えるらしいぞ。」
「そうみたいね、南方から来たって子に話を聞いてみたんだけどかなり珍しい素材とかあるみたいよ。」
「それを聞くと俄然やる気が湧いたんじゃないか?」
「そりゃそうでしょ、未踏破の遺跡ってだけでもドキドキするのに未公開のダンジョンに入れるかもしれないのよ。何が出るか楽しみだわ。」
これだから脳筋はと思いながらも、俺も珍しい素材っていう方が気になっている。
珍しい素材に加えてそういうダンジョンには高価な装備が眠っている可能性が高い。
もちろん優勝しないと入れない場所ではあるんだが、うちの女達なら余裕でやってしまいそうだ。
「今から練習しないとですね。」
「そうね、シロウも基礎訓練頑張ってよ。」
「俺も出るのか?」
「当り前じゃない、可能性があるのなら出ない理由はないわよ。コンテストの方も頑張ってね。」
「そっちはセンスのある人に頼みたいところだ。」
芸術的なセンスは全くないタイプだからなぁ、それこそフェルさんとかそういう人に作ってもらった方がすごいものができる気がする。
とはいえ今から王都なんて間に合うわけもないので、ここはひとつ職人通りの面々に頑張ってもらえないか聞いてみるとしよう。
たまには石以外の物を見て気分を変えるのも大事かもしれないだろ?
たかが羽、されど羽。
今までなら落ちている羽なんて気にも留めなかったのだが、それが金になると思うと無視することはできなくなりそうだ。
まぁ、この街で拾う事の方が少ないのでそこまで気にすることはないんだろうけど。
「ってことで、さっそく明日はダンジョンに潜ってアングリーバードを追いかけましょ。」
「なんでそうなるんだ?」
「また大量発生の傾向があるのよ。追いかけるだけでいいから、だから手伝って。」
「手伝うのはいいがそのあと飯も作らされるんじゃないか?」
「あ、ばれたか。」
「お前なぁ。」
「いいじゃない、シロウの唐揚げ美味しいんだもの。休憩所の奥様もシロウが作ったものの方が美味しいってみんな言ってるわ。」
お祭りに向けて訓練するといいながら、結局は自分が唐揚げを食べたいだけなんじゃないかと邪推してしまう。
いやまぁ作れと言われれば作るけどさ、それならちゃんとお願いしてほしいわけで。
ま、金取るからいいか。
鳥は肉も羽も骨も何を使っても金になる。
翌日。
その素晴らしさに敬意を表しつつ、逃げ回るアングリーバードを追いかけるのだった。




