1042.転売屋はお酒を仕入れる
「それじゃあちょっと行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
「いいお酒いっぱい仕入れてきてよね!」
マリーさんとエリザに見送られながら、バーンの背に乗り一気に空高く飛び上がる。
この間のルティエのように後ろに誰かを乗せている時はバーンも少し緊張しているようだったが、俺だけだと安心して好きに飛べるようで少々飛び方が荒くなるようだ。
とはいえ、しっかりつかまっていると鞍の効果もあり吹き飛ばされることもない。
急激な浮遊感も随分と慣れてしまった。
航空機のパイロットが慣れていく感覚ってこんな感じなんだろうなぁ。
「今回は南方だ、街道沿いに飛ぶからいつもより少しだけ高度を落としてくれ。」
「わかった!」
「雨雲が見えたら上空回避、絶対に突っ込まないでくれよ着替え持って来てないんだから。」
「え~、残念。」
この間わざと雨雲に突っ込まれて、見事びしょびしょになってしまった。
本人は濡れても全く気にならずむしろ気持ちがいいようだったが、同乗している俺はたまったもんじゃない。
帰り道だったからよかったものの現地に向かっている最中だったらびしょ濡れのまま商談する事になっていただろう。
この前は夏だったが今はもう秋だ、風邪をひく可能性もあるしその辺はしっかりくぎを刺しておかないと。
幸いにも秋晴れが続いており雨雲にぶつかることなく、街道の上を猛スピードで飛ぶのは非常に爽快だった。
眼下に見える茶色い一本線の上をゴマ粒のような大きさの馬車が通り過ぎていく。
下からも俺が見えるだろうからさぞ驚いただろうなぁ。
港町とか街周辺は結構頻繁に飛び回っているのでワイバーン=俺みたいな方程式が出来上がっているが、南方は数えるほどしか飛んだことが無いので魔物と間違われているかもしれない。
主に北方に生息する魔物なのでこっちに来ることはまずありえないのだけど、無用な心配を与えないように素早く飛びすぎるに限る。
二時間程の快適な空の旅を堪能したところで、目的の段々畑が見えてきた。
入り口には馬車が一台止まっている。
ジャニスさんが同席するという話は聞いていないのだが、もしかすると南方旅行の件で来てくれたのかもしれない。
「北側の空き地に降りるぞ、あまりはばたかないようにギリギリまで速度落としてくれ。」
「わかった!」
風圧でブドウに何かあったら大変なので出来るだけ影響の出ない家の裏に着陸することに。
最後は人化したバーンに抱きかかえられるようにして3m程の高さから一気に着地。
ドスンという大きな音と衝撃が当りに響いたが俺には一切影響は無かった。
もう俺を抱きかかえられるだけの力があるんだもんなぁ。
もう少年というよりも青年という見た目に近い。
でも中身は、まだまだ子供なんだよな。
「誰だ!って兄ちゃんじゃねぇか。」
「悪い、ブドウに影響が無いように裏の空き地を使わせてもらった。」
「それは構わないが、どうやって来たんだ?」
「空だよ。」
「空?」
上を指さす俺を見て2mを越える大男が首をかしげる様は中々に面白い。
そうか、ジグさんはバーンの事を知らなかったな。
とりあえずバーンにもジグさんを紹介して、何とか納得してもらうことが出来た。
「最近街道の上をワイバーンが飛んでるって冒険者から聞いていたが、まさかこの坊主がなぁ。」
「坊主じゃないよ、バーンだよ!」
「見てくれはまだまだ坊主だろ。なんなら大きくなって勝負するか?俺に勝てたら認めてやってもいいぞ。」
「やる!」
ジグさんが巨大な右腕に力こぶを作ると俺の胴体ぐらいあるんだよなぁ。
あの腕で振り回されたらオーガでも吹き飛ばされるに違いない。
「力比べは好きにやってもらって構わないが、それは商談が終わってからにしてもらえるか?っていうかジャニスさんはいないのか。てっきり馬車が止まっていたから来てると思ったんだが。」
「ジャニスが来るとは聞いていないが、なんだあの男また来てるのか。」
「客か?」
「あんなのは客じゃねぇ。俺は金儲けのために酒を造ってるんじゃないんだが、それを絶対に儲かるから全部よこせとか好き放題言いやがって。どんだけ大金を積まれたって俺が認めたやつにしか酒は売らねぇ。その点兄ちゃんなら安心だ、冒険者の為にちゃんと売ってくれるからな。」
この口調から察するにジグさんが何で酒を造っているかを知らずに買い付けに来て怒りを買ったんだろう。
俺もジャニスさんの紹介があったからこそ買い付けが出来たわけで、その辺を知らないと難しいだろうなぁ。
まぁ、今回は冒険者以外にも飲ませる理由があるのでその辺はしっかりと説明するつもりではあるんだが。
「そうやって信頼してもらえると助かるよ。」
「それで、今日は新しい酒を仕入れに来たのか?」
「実はうちの街が拡張工事をしていてそれに合わせて大量の労働者が入ってきてるんだ。今回春からの工事で無事に城壁が出来たんだが、仕上がりを記念して小さな祝いの席を設けるつもりでいる。そこで振舞う酒にここの酒を使わせてもらえれば・・・。」
「もちろんいいぞ。」
「え、いいのか?」
あまりにも簡単な返事に思わず変な声が出てしまった。
正直もっとしぶられるとか何なら断られると思っていたのだが、まさかこんなに簡単に許可をもらえるとは思っていなかった。
もっとこう、交渉に交渉を重ねてと覚悟してきたのだが。
「労働者の為なんだろ?金持ち貴族の道楽の為って事なら話は別だが、労働者も冒険者も自分の為に働いてるって意味では同じだ。それに、冒険者からそっちに行くやつも多い、そいつらの喉を潤せるのなら作ったかいがあったってもんだな。」
「そう考えてもらえてありがたい。」
「で、どのぐらいいる?」
「前と同じ100樽ほど構わないか?」
「なんだ、もっと買って行ってもいいんだぞ。俺の酒を好んで買うようなやつはあまりいないからな、ジャニスが売る手間も省けるってもんだ。なんなら全部いっとくか?」
全部がどのぐらいの量になるかはわからないが、売れるかと言われれば間違いなく売れる。
冬には感謝祭も待っているし、年が変わるまであと四か月。
それだけあれば冒険者達は喜んで飲み干してしまうだろう。
とはいえ、俺が買い占めれば他の客が買えなくなるわけで、それはつまりジャニスさんの儲けを奪うという事。
もっとも、今回は南方旅行の方で儲けてもらうつもりではいるので問題ないといえば問題ないんだが。
「全部だとどのぐらいになる?」
「去年の分もまだ残っているから400は行けるだろう。」
「一樽銀貨25枚として金貨100枚でどうだ?」
「そんなに高くていいのか?」
「むしろもっと払うべきなんだろうが、この値段で買わせてもらえるとありがたい。」
「わかった、その値段で手を打とう。その代わりまた前みたいな武器を買い取ったら持ってきてくれ。襲撃が減ったとはいえ全くないわけじゃない、予備がある方がありがたい。」
体長2mを超える大男の使う武器はあまり流通していないが、持ち込まれないわけではない。
大抵は使える人が少ない分安くなるのでタダで渡したところで今回の儲けを考えれば微々たるものだ。
樽1つにつき儲けを銀貨10枚のせるだけで金貨40枚の儲けになる。
感謝祭に合わせればもっと高値で売っても問題ないだろう。
味のいいワインだけに安売りするのがもったいない、今後を考えて値段に関してはもう少し考えてもいいかもしれないな。
代金を支払い後は帰るだけなのだが、気になるのは入り口に停まったままのあの馬車だ。
快く譲ってもらったわけだし、一つ恩返しをしとこうかな。
「あの馬車だがあそこにずっといられても邪魔なだけだろ?俺が話をしてこようか?」
「そいつは助かる、俺が行くとまたぶん殴りそうになるからな。」
あっはっはと豪快に笑うジグさん。
全部買い付けてしまったのであそこにいても何も得られるものはない。
俺が行って穏便にお引き取りいただくとしよう。
ジグさんの家を出てそのまま坂を下り、馬車へと近づくと俺に気付いたのか中から小太りの中年が下りてきた。
なんだろう、なんで残念な商人ってみんな背が低くて腹が出てるんだ?
「ジグ様の家から出てこられましたが、アナタは?」
「俺はシロウっていう商人だ。ジグさんの酒を買い付けに来たようだが、残念ながら酒は全部俺が買い付けることになっている。悪いがあきらめてさっさと帰った方がいいぞ。」
「え!あなたがお酒を!?」
「新酒が出来るたびに買わせてもらっているんだ、あの人は自分が認めた人にしか酒を売らない、残念だが縁がなかったと思ってだな・・・。」
「それでしたら貴方から買わせてもらえませんか?仕入れ値の二倍出します、それで私に譲ってください!」
おぉ、俺が買い占めたことに怒るどころか倍出すからそれを譲ってくれと来たか。
確かにその方法ならジグさんに認めてもらう必要はないし、俺は俺で倍以上の利益を出すことができる。
普通に考えれば悪くない話ではあるんだが。
「たった二倍で手放すわけないだろ。あんたに流してジグさんから仕入れなられくなるぐらいなら、また次の酒を買い付け売れば同じだけの利益が出る。せめて五倍は出してもらわないと話にならないぞ。」
「な、五倍?私が買えないとみて吹っ掛けてくるとは・・・。」
「商売ってのはそういうもんだ、あんただってこの商売長いんだったらわかるだろ?わかったらさっさと引き返してだな。」
「では、こういうのはどうでしょう。」
わざとぼったくりのような値段を提示したのだが、まさか別の提案をしてくるとは思っていなかった。
どうやら俺が思っている以上にこのおっさんは商魂たくましいらしい。
「私は別の農園で琥珀酒を買い付けていましてね。そこの酒は普通世に出回らないのですが、懇意にしている私にだけ譲ってくださったんです。市場に出せば値上がりは必至、一年も寝かせれば三倍以上の根になることは間違いありません。どうでしょう、その琥珀酒とここのワインを物々交換するというのは。」
「ちなみにどのぐらいで買い付けたんだ?」
「全部で50樽、金貨80枚になります。」
つまり一年寝かせるだけで金貨240枚以上の価値になるというわけだ。
ワインを転がすだけではさすがにそれだけの値段を稼ぐことはできないので、二倍で売るよりも十分魅力的な提案ではある。
だがなぁ。
「それならなんで自分でそうしないんだ?ワインを売るよりも儲かるんだ、自分でそれをすればいいじゃないか。それとも、それができない理由でもあるのか?」
「そ、それは・・・。」
「どれだけ粘っても俺はジグさんのワインをあんたに売るつもりはない、あきらめろ。」
「こちらが下手に出れば、この若造が。」
「いいねぇ、やっと本性を出してきた。ならこっちも本性を出そうじゃないか。」
ギリッと奥歯をかみしめ、睨みつけてくるおっさんを前に俺は余裕の表情で胸元から一枚のメダルを取り出す。
国王陛下より賜った名誉貴族としての証。
それを見た瞬間におっさんの顔色が一気に青ざめたのがわかった。
「ダンジョン街の名誉貴族と言えばうわさぐらいは聞いたことがあるだろう。俺を敵に回したらどうなるかこれからはよく考えて発言するといい。それともう一つ、バーン!」
後ろを振り向き、腹の底から息子の名前を呼ぶ。
その次の瞬間、巨大な影が空高く舞い上がり太陽を背にして自らの姿を大地に映した。
バサバサと巨大な翼をはためかせるワイバーンの登場に、おっさんは腰を抜かしたようにその場にへたり込んでしまう。
「もし今後もこの近辺をうろつくようなことがあれば、俺と息子が容赦しない。」
もちろんただの脅しでそんなことをするつもりはないのだが、俺の身分とバーンの登場に戦意を失ってしまったオッサンは声にならない声を発しながら命乞いをするように地面に頭を押し付けている。
ちょっとやりすぎたかもしれないが、まぁこれに懲りたら二度とここにはこないだろう。
これでジグさんへの義理は果たし、後は二人の力比べを見守ってから屋敷に戻るとしよう。
ジグさんなら元の姿に戻ったバーンともいい勝負ができるのかもしれないが、果たしてどっちが勝つのやら。
後ろで震えるオッサンを残して、俺はゆっくりとブドウ畑を登っていくのだった。




