1035.転売屋は城壁に上る
春先から続けていた城壁工事もいよいよ大詰め。
街を囲う新しい城壁は9割がた完成し、あとは不備や不良がないかのチェック作業を残すばかりだ。
そしてその作業が一番最初に終わったのが南の城壁。
南と東に関しては延伸ではなく完全なる新築になるので当初から急ピッチで建設が進められていたのだが、この度最終チェックを終え無事に完成の運びとなった。
とはいえまだ西側と北側は完全に仕上がっていないので引き続き工事は続くが、この間の襲撃の際にも活躍してくれた城壁だけに拡張工事が一歩進んだという感じがあるなぁ。
「ういっす、調子はどうだ?」
「あ!シロウさんお疲れ様です。万事順調ですよ。」
「そいつは何よりだ。ひとまずは南側完成おめでとう。」
「ありがとうございます、でいいんですかね。外側は完成してもまだまだ内側はさっぱりですから」
完成した報告を受け現場に向かうと、羊男が現場監督と話している最中だった。
とりあえずねぎらいの言葉をかけておいたのだが彼の言うようにまだまだ工事は道半ば、次は下水道を作らなければならない。
それでも仕上がったのはここで頑張ってくれた労働者の皆さんのおかげに変わりはない。
「でも一歩前進だろ?」
「それはそうですね。」
「ならいいじゃないか。お、ここでも使ってくれているんだな。」
「あぁ、テーピングウッドですね。接着力もそれなりにありますし仮止めしておくには非常に便利です。他の現場でもかなり好評ですよ。」
ふと上を見上げると、出来上がった城壁の上部にテーピングウッドが張られていた。
はがし忘れというよりも固定のために使われている感じがする。
あそこは確か昨日接着材を注入した場所のはず、完全に固定されるまでああやって補強しているんだろう。
「それは何よりだ。しかし、まさか石材固定ができるぐらいに丈夫とはなぁ。」
「きれいに積みあがっているとはいえ、もしもの可能性もありますが、これを張っておけば落下する心配はひとまずなくなります。おかげで安心して仕事ができるってもんですよ。」
「なるほど。」
「シロウさん、今から仕上がりを確認しに行くんですけど、せっかくですし上に登っていきますか?」
「お、いいのか?」
「是非。」
一人よりも二人で確認した方が何かと都合がいいんだろう。
俺も実は登ってみたいと思っていたところだ。
城壁には一定間隔で上に登れるように階段が設置されており、そこから城壁の上に出られるようになっている。
上部はさほど広くはないものの歩けるようになっており、この間のように襲撃があった際にはそこから攻撃を仕掛けることが可能。
上から攻撃できれば安全に相手を仕留めることができる。
何も同じ土俵に立つ必要はない、命のやり取りをしている以上どれだけ安全かつ確実に相手を仕留められるかが重要なんだ。
「この前登っておいてなんだが、結構高いよな。」
「ディヒーアなどの魔物が越えてこないようにするためにはどうしてもこれだけの高さが必要になります。幸いどこからか攻められるということはありませんが、もしそうなったときにも対処できるぐらいの高さとなるとこのぐらい必要なんです。」
「なるほどなぁ。」
城壁の高さは地上4mほど。
このぐらいの高さがあれば跳躍力の強い魔物でもそうそう越えてくることはない。
もちろん空を飛ぶような魔物は別だが、幸いにもこの近辺にそういう魔物が出てくることはないのでこの街はこのぐらいで十分な高さになるわけだ。
「通路の広さも問題なし、これぐらいあればぎりぎり二人はすれ違えますね。」
「非常時は時間との勝負だからな、前回も何とかなったし問題はないだろう。」
「亀裂とかは正直素人には確認できないので、大丈夫ということにしておきましょうか。あ、とりあえず端まで歩いていくのでなにか気づいたことがあったら言って下さい。」
「気づいたことって言われてもなぁ。」
俺も羊男も工業系に関してはど素人だ。
その為に現場監督的な専門家がいるんだから問題はないんだろうけど、向こうも一応仕事なので確認しないわけにはいかないんだろう。
そのまままっすぐ城壁を歩き、東の城壁との接合部に到着。
こっちもほぼほぼ仕上がっているのだがテーピングウッドがかなり巻いてあるので、まだ固定している最中なんだろう。
「問題なしだとは思うが?」
「ですね、というかわかりません。」
「正直者め。」
「とりあえず問題なしということでローランド様には報告しておきます。すみません、付き合ってもらって。」
「気にするな。それよりも何か足りないものとかないか?テーピングウッドには制限があるが、他の物で用意できるものがあれば手配するぞ。」
ここまで付き合ったのはもちろん下心があったから。
現場から必要な資材なんかは常に報告が上がっているが、それ以外の部署からはなかなか上がってこないんだよなぁ。
いつも向こうから急に言われるので今回はこっちから仕掛けることにしてみたわけだが。
はてさて何を言われるか。
「そうですね・・・、でしたらワインを。」
「工事資材の話なんだが?」
「そっちはシロウさんが揃えちゃってて足りないものがないんです。せっかく城壁が完成するわけですし、これまでのねぎらいも兼ねて何かできないかなと思いまして。」
「・・・明日は嵐か?」
「いくらシロウさんでもひどくないですか!?」
だって、あんなに金にせこい羊男がわざわざ労働者をねぎらうために金を出すって言ってるんだぞ?
そりゃあ街からしたらごく当たり前の考えだろうけど、使えるお金は有限なだけにそういうのにポンとお金を出すのが信じられなかった。
「ちなみになんでワインなんだ?」
「この前シロウさんが南方で買い付けてきたワインがあったじゃないですか。あれ、ものすごく評判が良かったんでせっかくならあぁいうのがいいなと思って。」
なるほどそういう事なら手配しないこともないんだが、一つ気になることがある。
「エールじゃダメなのか?感謝祭用に準備していたやつがあっただろ。」
「あれは宝くじ用のお金で買うことが決まっていますから、そっちのお金を動かすことはできないんですよね。」
「そういえばそうだった。」
チャリティで余ったお金は使用用途が決まっているので、そのほかの用途で使うべく宝くじを作ったんだった。
それこそ感謝祭でふるまわれる酒や肉は町のお金から出ていくので、それらのグレードを上げるために宝くじの購入金を使うことにしたんだよな。
俺が考えたというのにすっかり忘れていた。
失敬失敬。
「それで、手配できそうですか?」
「手配はできるだろうが、あのワインは冒険者の為に作られるものだからそれを労働者にふるまえるかはまだわからないぞ。」
「それを黙っていることはできませんよね、シロウさんは。」
「短期で儲けるならそうする手もあるが、俺は長い目で金儲けをしたいんでね。」
「知ってます。」
「まぁ、出来る限りの交渉はしてみるつもりだ。労働者の為と言いながらも結局は冒険者もそれに巻き込んでいつもみたいにどんちゃん騒ぎにするんだろ?」
それならば冒険者の口にも入るので嘘をつくことにはならないし、向こうも安心して出荷できるはず。
別に黙っていればわからないかもしれないが、どこから話が漏れて本人の耳に入るかわからない。
たったそれだけで大切な取引先や儲けを捨てるのはもったいないからな、その辺はしっかりとしていくつもりだ。
城壁の上から街を眺めつつ羊男と話を続けていると、だんだんと秋の風が強くなってきた。
夏と違い長時間当たりすぎると風邪をひいてしまう。
急ぎ下に降りた時にふと後ろを振り返り城壁を見上げた。
堅牢な石造りの城壁。
今後この街を守ってくれるという安心感がある。
さらには今後も俺に金を運んでくれる大切な稼ぎ頭でもあるんだよなぁ。
石材搬出用のレールに始まり、接着用の各種素材や安全装備等これまでにもかなりの金を俺に運んでくれている。
今後は補修作業なども行われるだろうから、テーピングウッドをはじめとした多くの素材が必要になる事だろう。
それを事前に準備して売りつけるのが俺の次の仕事だ。
付き合いはまだまだ続きそうだな。
「どうしました?」
「いや、何でもない。」
「城壁が完成したら今度は下水道の建設です。まだまだ忙しくなりそうですね。」
「別に俺は忙しくなくてもいいんだが?」
「またまたそんなこと言って、必要な素材が出たらまたお金を稼げるじゃないですか。」
「金を稼ぐだけならほかの方法で稼いだ方が儲かるぞ。」
これ以上忙しくなるのは勘弁してほしいのだが、羊男が言うのもまた事実。
金を稼ぐだけならいくらでもやりようがあるけれども、公共事業ほどくいっぱぐれなく稼げる仕事はないんだよなぁ。
基本資材を右から左に転がすだけだし手軽といえば手軽なんだが・・・。
それでもめんどくさいことに変わりはない。
「そんなこと言わず、引き続きよろしくお願いします。これは私からというよりもローランド様からの言葉だと思ってください。」
「あの人の名前を出したら俺が何でもすると思うなよ。」
「でも子供たちの未来の為ですよ?」
「その言い方は卑怯だろ。」
子供たちが安心して快適に過ごせる街を作るため、そう言われて頑張らないわけにはいかないじゃないか。
はぁ、こいつの手の上で踊らされるのは癪だがせいぜい稼がせてもらうとしよう。
城壁から見たあの景色。
あれがどういう風に変わっていくのか。
楽しみだ。




