1032.転売屋は買い付けた品が売れまくる
夏祭りに出した南方のアクセサリー。
気まぐれで買い付けたやつだったが、思いのほか好評で30個ほどクジの景品に選ばれて出ていった。
それでもまだ100個近く在庫しているので、あの人気ならばそう時間もかからず売り切れることだろう。
また南方に行くときに買い付けをするのもいいかもしれないな。
ルティエ達が王都の宝飾ギルドからの依頼につきっきりになるので新しいアクセサリーを探していただけに、この人気に乗っからない理由はない。
とはいえどちらも今日明日で売り切れるわけではないので今後の話ではあるのだが・・・。
「って、なんだこれ。」
「あ!シロウさん、大変なんです手伝ってください!いらっしゃいませ、そちら二点ですね併せて銀貨4枚です。」
いつものように店に入ると、店内は買い取り客ではなく買い物客でごった返していた。
それも全員若い女ばかり。
いつもはいかつい冒険者しか来ないというのに、いったいどういうことだろうか。
「あの、このペンダントとイヤリングが欲しいんですけど。」
「あ、あぁちょっと待ってくれ。えーっと、それなら二つで銀貨5枚だな。」
「え、やっす~い!、これ代金です。」
「確かに毎度あり。」
「あの!こっちもお願いします!」
客をさばきつつよく観察すると、群がっているのはアクセサリーの置いてある壁面の棚。
あそこにはこの前買い付けたガラス製のアクセサリーとルティエ達のアクセサリーを展示販売している。
その後、最後の一個がなくなると同時に客は潮が引くようにしていなくなってしまった。
「はぁ、なんだったんだ?」
「わかりません。開店前から人が並んで、てっきり買い取り客かと思ったんですけどそうでもなくてそれからずっとこの調子だったんです。」
「まぁ売れるのはいいことなんだが、根こそぎとはなぁ。」
棚は空っぽ。
他の商品には目もくれず少々高めに設定しておいたはずのアクセサリーはものの見事に売り切れてしまった。
ざっと見積もっても金貨数枚の売り上げ。
武器防具なら十分にあり得る売り上げだが、アクセサリーそれも一般用の物でこの金額を売り切れるのはちょっと異常だ。
何かしらの理由があるんだろうけど、残念ながら彼女たちの会話からそのヒントを拾うことはできなかった。
「どうします?」
「なんで売れるのかはわからんが、売れるんなら仕入れない理由はない。ちょっとルティエの所に行ってくる。」
「わかりました。」
「あの~、もう入っていいですか?」
「ん?」
ベルの鳴る音がしたので振り返ると、若い冒険者が申し訳なさそうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。
「どうしたんだ、買取だろ?」
「そうなんですけど、さっきはなんていうか俺みたいなのが入っちゃいけないような気がして。」
「わざわざ遠慮してくれたのか、悪かったな。」
「どうしたんです?」
「わからん。」
それがわかれば先手を打って仕入れを行うこともできるのだが、とりあえず今わかっているのはアクセサリーが飛ぶようにして売れるという事。
またここで販売すると彼のような冒険者が遠慮してしまうので、次に売り出すときは別の場所を用意するとしよう。
彼と入れ替わるようにして急ぎ職人通りへ。
だが、時すでに遅くそこも若い女性でごった返していた。
「ねぇ、どこも開いてないよ。」
「うそ~!折角来たのに~。」
「ほかのお店探してみようよ、確か大通りにまだあったよね。」
「あ!待って待って!」
近くにいた数人が慌てた様子で大通りへと戻っていく。
さすがの職人たちもやばいと思ったのかどの工房も扉を固く閉ざしたままだ。
しばらく様子を見ているとほかの女性たちも一人二人と職人通りから去っていき、そして誰もいなくなった。
静まり返った職人通り。
コンコンとルティエの工房の戸を叩いてみたのだが返事はなかった。
「シロウだ、もう誰もいなくなったぞ。」
「本当ですか?」
「とりあえず中に入れてくれ、また戻ってこられても困るだろ。」
恐る恐るという感じで窓から顔を出したルティエの顔はひどく怯えた感じだった。
慌ててあけられた扉に滑り込み、再び固く戸を閉める。
「はぁ、なんだったんだ全く。」
「それはこっちのセリフですよぉ。急に人が来たと思ったら、ドンドンドンドン扉をたたいてアクセサリーを売ってくれって騒ぐんです。もうびっくりしちゃって出るのも怖くなっちゃいました。」
「間違いなくそれで正解だったな。あそこで開けてたら工房中漁られてた感じだぞ。」
「ひぃぃ、開けなくてよかったぁ。」
両肘を抱いて身震いするルティエ。
冗談っぽく言ったがもし開けたら本当にそうなっていただろう、そんな勢いがあった。
「なんでまた急に客が増えたんだろうな、何か聞こえてなかったか?」
「怖くて隠れていたからよくわからないけど、歌姫がどうのって。」
「歌姫?」
「そう聞こえたんです。でも、歌姫が来るのって感謝祭ですよね?なんでまたこんなに早く・・・。」
うーむ、わからん。
とはいえ若い世代が大量に押し寄せてくるのは元の世界のアイドル人気に近いものがある気がする。
それ関係の品は飛ぶように売れて一気に売り場から姿をなくす。
若いエネルギーは容赦がないからなぁ。
「わからんが、彼女たちがここのアクセサリーを探しているのは間違いないだろう。放っておくとまたここに来る可能性が高い。」
「勘弁してよぉ、これから新作の構想を練ろうと思ってたのに。」
「王都の奴か。」
「うん、秋になったしそろそろエンジン掛けようかなって思ったらこれなんだもん。シロウさん何とかしてくださいよぉ。」
腕にしがみつき胸を押し付けてくるも残念ながらふくらみが足りない。
本人はあざとく狙ってきたようだが残念だったな。
「何とかしてくれというのなら何とかしてやらんこともない。」
「本当ですか!」
「うちに飾ってあったガーネットルージュだけでなく他のアクセサリーも含めてさっき根こそぎもっていかれたんだ。彼女達の目的は間違いなくお前たちのアクセサリー、それなら全部俺が引き取ってここにはないと公表すればうるさいのが来ることもないだろう。確かまだあったよな?」
「うん、他の場所に置いてあるよ。」
「ならそれ全部俺が買おう。もちろん普通の仕入れ価格で構わない。」
「それで静かになるならみんなオッケー出すんじゃないかな。」
そうと決まれば彼女達が戻ってくる前に許可を取って回るとしよう。
ルティエと共に他の工房に声をかけつつ事情を説明し、残っていた在庫をすべて引き取ることが決まった。
総額金貨17枚ほど。
これから別の仕事に取り掛かる為にもそれなりの資金は必要だろうし、いいタイミングだったのかもしれない。
職人通りの入り口には立札を設置してここでもうアクセサリーの販売をしていない旨を告知する。
ついでに俺の店にも同じような張り紙を出しておけば買取客の迷惑にもならないはず。
これで静かになる事だろう。
とりあえずアクセサリーを回収して屋敷に戻る。
「ってことがあったんだが何か知らないか?」
「それ、他所の街から来た子達じゃないかしら。昨日護衛してきたっていう他所の冒険者がギルドに来たのを覚えてるわ。なんでも相場の三割増しぐらいの値段で護衛依頼を出してたんだって。」
「ってことは金持ちか。なるほどな、あの時安いって言った理由がわかった。」
「でもわざわざアクセサリーを買うためだけにこの街に来たってことですよね?」
「そうなるな。他の街でももちろん販売してるが製造元はここだ。問題はなんで急に売れるようになったのかってことだが、今のところわかってるのは歌姫が関係しているらしいって事だけだ。」
そもそもその歌姫とルティエ達のアクセサリーにいったいどういう関係があるんだろうか。
偶然つけていただけでここまでの人気になるとは思えないし、もっと別の要因がありそうなものだ。
それに、売れたのはルティエ達のアクセサリーだけじゃない。
この間仕入れたあの南方のガラス製の物も一緒に売れている。
それが余計にわからないんだよなぁ。
あれを買ったのはわずか数日前。
他所でそれを買ったっていう可能性はあるが、店主の様子じゃあまり数が売れた感じはなさそうだ。
それに歌姫とやらがいるのは王都のはず。
そこまで流通しているとは思えないんだが・・・。
「とにかく、一度詳しく調べてみるしかないですね。」
「だな、とりあえずアクセサリーは仕入れたしその時に色々と聞いてみるのもいいかもしれない。ミラには悪いが別ルートで調べてみてくれ。」
「もう売っちゃうの?」
「もちろん全部は売らないさ。少量を売ってもうないことにして様子を見る。もし人気が続くようなら時間を置いた方が高く売れそうだからな。」
再入荷は当分ないだけに大事に売ってやりたい気持ちがある。
もちろん高値で売れるに越したことはないので、寝かせて値段が上がるのであれば万々歳だ。
その歌姫とやらがこの騒動にどう関係しているのか。
そもそも何者なのか。
この秋も色々と忙しくなりそうだ。




