1029.転売屋は歌姫の噂を聞く
夏も残り一週間を切った。
最終日に行われる夏祭りを前にギルド協会へ打ち合わせに行くと、何やら興奮気味の羊男がエントランス付近で職員と盛り上がっていた。
なんだろう、非常に近づきたくない。
どうせよくないことを押し付けられるに違いない。
そうとわかれば一度引き返して・・・。
「シロウさん!ちょうどいいところに、聞いてくださいよ!」
「断る。」
「そんなこと言わないで、ビッグニュースなんですって!」
引き返そうとしたところで羊男に感づかれ捕まってしまった。
何をそんな嬉しそうにしているんだろうか。
「俺の税金が免除されるのか?」
「残念ながらそんなことはあり得ません。って、そうじゃなくて、オリガ!オリガがくるんですよ!」
「・・・誰だ?」
「え、ご存じないのですか?オリガこそ、吟遊詩人マイクの新しい相棒としてスターの座を駆け上がっているこの国一番の歌姫ですよ!」
いや、まったく知らん。
マイクさんはもちろん知ってるが、あれ以来会ってないしなぁ。
吟遊詩人って楽器を弾きながら自分で歌う職業じゃなかったっけか。
それなのにバンドみたいなことをして、宗旨替えでもしたんだろうか。
「知らんなぁ。」
「嘘、ですよね?」
「そんなことで嘘ついてどうするよ。って、なんだよみんなしてそんな顔して。」
「本気で言ってます?あのフェル=ジャン=メールと知り合いのシロウさんが国一番の歌姫を知らないなんて・・・。」
信じられない。
職員だけでなく周りで羊男の熱弁を聞いていたほかの人たちも全員顔に同じ文字を浮かべて俺を見てくるんだが。
なぜ俺がそんな顔されなければならないのか。
「だから知らないもんは知らないんだって。で、そのすごい歌姫がどうしたって?」
「そうでした。そのオリガが、今年の感謝祭に来ることになったんです!これはもう大盛り上がり間違いなしですよ!」
「ふ~ん。」
「なんでそんな反応なんですか、ものすごいことなんですよ!オリガの歌声目当てにいったいどれだけのお客が来るか、前の武闘大会のように特設会場を建設してお迎えしないと!」
「あそこは来月から下水道の採掘工事を始めるんだったよな。そんな場所、どこにもないぞ。」
「あぁぁぁそうでした。じゃ、じゃあ工事をそれまで遅らせて!」
「正気になれ、そんなことしたらどう考えても納期が間に合わないだろうが。」
我を忘れて暴走を始めた羊男の頭を叩き、正気に戻らせる。
まったく、ほかの連中ももう少しこいつの暴走をコントロールしてくれたらいいんだが。
「痛いじゃないですか。」
「落ち着いただろ?」
「まぁ、さっきはちょっと言いすぎました。でもそれぐらいすごいことなんですよ、オリガが来るってことは。彼女が食べた物や使っている物と同じものを国中の人が欲しがっているんです。シロウさんならそういうのに飛びつくと思ったんですけど。」
「そりゃ知っていたらの話だろ?今の今まで知らなかったんだし、それに今更それを集めたところで手に入るはずもない。そういうのは一番に手に入れるからこそ価値があるんだ。」
「そういうもんですか?」
「二番手三番手でも儲けは出るが労力に見合わないことの方が多い。ま、ここに来るってことはもしかしたらそういう品を手に入れる可能性があるってことだし一応気にしておこう。それよりも今日は夏祭りの打ち合わせだろ?出店者のリストと必要な材料を早く教えてくれ、あと一週間しかないんだからな。」
俺からしてみればそっちの材料や素材を転がす方が重要だ。
確かにアイドル系のグッズは転売するにもってこいなんだが、旬が短く気づいたら在庫を抱えて二束三文で売る羽目になる事が多いんだよなぁ。
それこそ売り出し初めに気付いて早々に初期グッズを買い集めることができれば、乗り遅れた後続ファンに高値で転売することも可能だろうが、もう芽が出てしまっているだけにそういう物はもう出回らないだろう。
あとはコンサートグッズの限定品を狙うという手もあるのだが、その為だけに興味のないコンサートのチケットを買ってグッズの列に並ぶのはさすがに時間の無駄すぎる。
幸いにも俺はそう言うのに手を出さないようにしているので失敗したことは一度もないんだけどな。
「ってことがあったんだが、知ってるか?」
「むしろシロウさんが知らない事の方に驚きです。」
「やっぱりメルディも知ってたか。キキはどうだ?」
「もちろん知ってますよ。」
「マジか。」
打ち合わせを終え打診された材料の在庫を確認するために店に戻り店番をしていた二人に聞いてみたら今のような返事が返ってきた。
そうか、そんなに有名な歌姫なのか。
ネットとかがあればすぐに調べることができるんだが、どんな見た目なのかとか何が好きなのかとか全くわからないんだよなぁ。
興味がないからっていうのもあるんだが、そんなに人気なら知識としてでも知っておいた方が後々金になるかもしれない。
全く興味はないんだけど。
「天にも昇る歌声っていうのを一度は聞いてみたいと思っていたんです、今年の感謝祭が楽しみですね。」
「ね。ギルド協会枠でいい場所譲ってもらえないかなぁ。」
「あ!ずるい、私もそこで聞きたい!」
「じゃあメルディちゃんの分も一緒に確保できるか聞いてみるね。」
「やったー!」
女子二人で何やら大盛り上がりし始めたので、倉庫の在庫票だけもらって店を出る。
ミーハーというかなんというか、みんなそういうの好きだよなぁ。
そんなことを考えながら市場に足を延ばし、なじみの店に挨拶をしながらいい感じのブツを探す。
お、なんだあれ。
ふと目に留まったのはガラス細工のアクセサリー。
トンボ玉っていうんだろうか、色鮮やかな模様が施されたガラス玉がイヤリングやネックレスなどに加工されている。
「ちょっと見ていいか?」
「どうぞ見ていってください。」
「中々にキレイだな、どこで作っているんだ?」
「南方の工房で作っているのを持ってきたんです。」
「南方か、今度行く予定があるし詳しく教えてもらえないか?」
シュウの作る西方ガラスは切子細工なのでどっちかっていうと上品で優美な感じ。
でもこれはどちらかといえば庶民的で、手軽に明るい気分になれる感じだ。
おそらくは他にも色々な作品があるんだろう。
今度行くときに是非寄ってみたい、そう思わせるアクセサリーばかりだ。
値段も一つ銅貨10枚から上は銀貨15枚までとそんなに高くない。
この値段なら冒険者も手を出しやすいし次の夏祭りの景品にするのも悪くはないだろう。
そうと決まればやることは一つだ。
「全部もらおう。」
「え!?ぜ、全部ですか?」
「あぁ、商売人としてこれだけの品を買い付けないわけにはいかない。時間がかかっても構わない、値段を出してもらえるか?もちろん勉強してもらえると助かるんだが。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね!えーっと、全部で何個持ってきたっけ。」
突然の申し出に店主の女性がパニックになりかけている。
まぁ、時間はあるんだしゆっくり計算してもらって構わない。
とりあえず素性を明かしてほかの店を見て回っている間に値段を出してもらうことにした。
いやー、今日はいい買い物ができたぞ。
歌姫が使っている物とかを探して仕入れるよりもこういう品を買い付けたほうが何倍も楽だし、なにより売るのも楽しいんだよな。
転売するだけであればぶっちゃけそういう品の方が楽なんだろうけど、この世界にきて商売の楽しさを知ってしまってからはどうやって高値で売ろうか考えるのも好きになってきた。
上機嫌でほかの店を回り、ほかにもいくつか仕入れをしてから先程の店に戻る。
すると、店の前で店主と別の女性が何やら話し込んでいた。
「悪い、今戻った。」
「あ!シロウ様ちょうどいいところに。」
「どうした?値段は出たんだろ?」
「実はこの方がシロウ様よりも前に一度商品を見てくださっていまして、戻ってこられたものの商品はすべて買われるということでしたので・・・。」
あぁ、なるほど。
俺が全部買い付けてしまったからそれを買いに来た人に売れなくなってしまったと。
それは悪いことをした。
「どれを買う予定だったんだ?」
「この髪留めです。」
店主の手には夏の空を閉じ込めたような鮮やかな青色のトンボ玉が三つ繋がった髪留めが乗せられていた。
中々にキレイな品だが、確かにこの人には似合うかもしれない。
買おうとしていたのは長身の女性。
正直肉付きはそれほど良くない、どっちかっていうとスレンダーなタイプ。
残念ながら見た目もそうだが顔も俺の好みではない。
キツイってわけじゃないがあまり社交的ではなさそうだ。
「いくらだ?」
「銀貨1枚です。」
「迷惑をかけた詫びにこれは持って行ってくれ、俺からの贈り物だ。」
「え、いいんですか?」
「買い占めてしまったのは俺だからな、それで勘弁してくれ。」
そういって店主の手から髪留めをひょいっと摘み、驚いた顔をする彼女の手に乗せる。
「あ、ありがとうございます。」
「気にしないでくれ、気まぐれだから。それで全部でいくらになった?」
「えっと、全部で137品ありまして金貨1枚と銀貨77枚です。」
俺の予想通りあまり人と話し慣れていないようなか細い声でお礼を言われたが、俺は買い付けの方に夢中で支払いを終えたころにはその人の姿は見えなくなっていた。
ま、好みでもなかったし向こうも目当ての物を手に入れられたのなら満足だろう。
俺もいい品を買い付け出来て大満足だ。
しかしあれだな、か細いながらも涼やかなキレイな声だった。
顔はもう忘れてしまったがそれだけはしっかりと記憶に残ったのだった。




