1024.転売屋は画家と再会する
窓を開けると夏の終わりを感じさせる涼しい風が執務室に吹き込んでくる。
さぼり・・・もとい休憩をするべく窓枠に手を当て、目を閉じて風を感じた。
あぁ、気持ちがいいなぁ。
日向はまだ暑いがそれでも夏のど真ん中に比べると涼しくなっている。
もう秋はそこまで来ているようだ。
「ん?」
そよそよとした風を感じていると、ふと屋敷の前に立派な馬車が止まるのが見えた。
あのごてっとした感じは行商人の挨拶とかではなさそうだ。
そのままじっと見ていると扉が開き、中から見知った顔が下りてくる。
「フェルさん!」
俺の声に反応するようにフェルさんが顔を上げ、そしてにこやかに笑うと軽く手を挙げた。
こうしちゃいられない。
仕事をほっぽり出して部屋を飛び出し、そのままエントランスへと急ぐ。
下につくとちょうどグレイスがフェルさんを迎え入れたところだった。
「やぁ、久しぶりだね。」
「フェルさんも元気そうで何よりだ。こっちに来るなら連絡してくれたらよかったのに。」
「君を驚かせたかったっていうのは冗談だけど、別件で他言しないように言われていてね。マリアンナとオリンピア様はいるかな。」
「あの二人ならまだ店に出ているはずだ、呼んでくるか?」
「それこそ二人を驚かせたい、戻ってくるまで画材を見せてもらいながら待たせてもらうよ。」
どうやら今回のお目当ては画材の買い付けとマリーさん達のようだ。
話し方から察するに本気で二人を驚かせる、もしくは二人に用があるという感じなんだろう。
何の用かはわからないがせっかく友人が遠路はるばる訪ねてくれたんだ、最高のおもてなしをしようじゃないか。
グレイスに目配せをすると静かに頷いて小走りで食堂へと向かう。
向こうは任せてしまって問題ないだろう。
「とりあえず部屋に移動しよう。ほしい画材とかはあるのか?」
「これってものは決めてないんだけど、全体的に減ってきているからまとめて買い付けるつもりだよ。」
「そりゃありがたいが、高くなるぞ?」
「今回はいい報酬をもらっているんでお金には困っていないんだ。とはいえ、安いに越したことはない、その辺りは君に任せるよ。」
「了解した。今回はどのぐらいいられるんだ?」
「お金はあっても時間はなくてね、明日の昼には出ないといけないんだ。」
いつもは一週間ぐらい滞在して仕事のほかにプライベートな絵をかいて帰るのだが、今回はそれをする暇もないらしい。
よほど急ぎの仕事と見えるが、あの二人に会いに来たということは依頼主は大体わかった気がする。
「随分と早いな。」
「だから自分用の時間は作れそうにないんだけど、そっちはまた別の機会にお邪魔させてもらうよ。カニバフラワーたちは元気かい?」
「新しい仲間も増えてにぎやかになってるぞ。戻ってくるのは夕方だし、それまで見に行くか?それまでに画材も運ばせておくし。」
「ふむ、じゃあそうさせてもらおうかな。」
せっかくここまで来てもらっているんだし、ただ待つだけってのももったいない。
フェルさん用に仕入れておいた画材を応接室に運んでもらえるようにメルディに頼んでおけば効率がいいな。
ってことで伝言をジョンに頼んで俺たちはそのまま畑へ。
色々と見て回りながら王都の話も聞かせてもらった。
流行している食べ物や遊び、娯楽についてが主だが俺にとっては貴重な情報。
向こうの流行は少し遅れてこっちにやってくる。
それを事前に知ることで事前に仕入れておいてはやってから売るだけでもそれなりの儲けになる。
情報は金と等価といってもいいだろう。
「なるほどなぁ、勉強になった。」
「こんな話でよければ喜んでするよ。それにしてもこっちは賑やかになったね。」
「別に俺が呼び寄せたわけじゃないんだがな、気づけばこんな感じだ。」
「でも変わりなくて安心したよ。」
「だってよ、よかったなお前ら。」
「カカカカカ!」「バババババ!」
フェルさんとは何度も顔を合わせていて覚えているのか、カニバフラワー達は元気よく葉っぱや口を動かして返事をする。
彼らが懐いている?数少ない人間といっていいだろう。
「そうだ、ディーネはどうしてる?」
「ディーネ・・・、あぁディネストリファ様ならガルグリンダム様と一緒に食い倒れをしているよ。」
「食い倒れ、光景が目に浮かぶようだ。」
「ディーネ様に食べてもらった料理は人気が出るって噂になってね、街を歩くだけで食べてくれってお呼びがかかるんだ。」
「美味しそうに食うからなぁ、作り甲斐があるんだよな。」
「美味しそうに食べてはいるけれど、時々君の料理が恋しいって言っているそうだ。」
王都に言った理由はわからないが楽しそうにしているのならば何よりだ。
また戻ってきたら旨い飯をたくさん作ってやるとしよう。
もっとも、こっちはこっちでよく食べるやつがいるから作り甲斐があるのは変わらないけどな。
「あ、トト!お客様?」
「あぁ俺の友人フェルさんだ。バーンが会うのは初めてだな。」
「うん!えっと、トトの子供のバーンです!」
「よしよしちゃんと挨拶出来たな、えらいぞ。」
カニバフラワー達に挨拶をした後、畑を歩いていると正面からバーンが元気よくかけてきた。
フェルさんに気付きしっかりと挨拶をする。
この前まで幼い感じだったのに最近どんどんと反応が大人びてくる。
成長著しいとはこのことを言うのだろう。
少し言葉足らずな感じがかわいかったのに、いずれそういうのもなくなっていくんだろうなぁ。
「君にこんな大きな子供がいるとは知らなかった。」
「あぁ、フェルさんには言ってなかったか。正確に言えば血はつながってないんだが、俺の大事な息子に変わりはない。バーン、せっかくだから本当の姿で挨拶していいぞ。」
「え、いいの?」
「あまり大きな声を出すと街の皆が驚くからほどほどにな。」
「うん!」
元気よく返事をしたバーンは畑の端の方に移動するとぐっと体を縮めてその場にしゃがみ、そして目にもとまらぬ速さで上に向かって飛びあがる。
「え?」
フェルさんがバーンを追って目線を上げたその先には、元の姿に戻ったバーンが巨大な翼を広げて当社比三割ほどの大きさで空に向かって吠えていた。
あのフェルさんがなかなかに珍しい声をだして、目を丸くしたまま固まっている。
さすがのフェルさんでもこの距離で翼竜を見たことはないだろう。
バサバサと大きく翼を動かすバーンの姿に、なぜか俺が誇らしい気持ちになるのだった。
「その顔はちょっと見てみたかったですね。」
「マリー、悪いけど普通はあの距離でワイバーンに遭遇したら誰でもあんな顔になるものだよ。」
夕方。
夕食を摂りながら、先程の件をマリーさん達に話すとフェルさんが気まずそうな顔をした。
フェルさんからしたら恥ずかしい話かもしれないが、仕事から戻ると何食わぬ顔でフェルさんが出迎えてくれた時のマリーさんもなかなかのものだった。
とりあえずサプライズは成功したらしい。
「それなら空の上はもっと驚くでしょうね。」
「え、乗ったことがあるのかい?」
「何度か乗せてもらいました。空の上から見る景色はそれはもう素晴らしいですよ。」
「空の上か、死ぬまでには一度見てみたいと思っているんだけどねぇ。」
この世界に飛行機は存在しないので空を飛ぶ機会など基本存在しない。
俺だってバーンがいなかったら見れなかった景色だ。
あれを見たフェルさんが一体どんな絵を描くのか。
誰彼構わず乗せるようなことはしないのだが、フェルさんなら乗せてもいいかもしれない。
「なら明日の出発前に時間があったら乗ってみるか?」
「いいのかい!?」
「あ、あぁ。短時間になるけどバーンには俺から言っておこう。でも仕事は大丈夫なのか?」
「そんなのあっという間に仕上げてみせるよ。さぁマリー、早く食事を終わらせて仕事にとりかかろう!」
「え、仕事?」
「僕は君とオリンピア様の絵を描くように言われてきたんだ。依頼主は言わなくてもわかるよね?」
「お父様ですね。まったく、そうならそうと事前に行ってくださればお肌の調子とか整えておいたのに。」
二人の絵を希望するなんてその人しかいないよな。
この間様子を見に来ただけでは足りず、姉妹仲睦まじい姿を絵に残しておきたくなったんだろう。
あいにくと写真的な物がないだけに残そうと思ったら絵にするしかない。
わざわざサプライズにする理由はわからないままだが、色々とあるんだろうきっと。
「今回はデッサンだけさせて貰ったら十分だからそんなに時間は取らせないよ。そうだ、せっかくだし君たちの絵も描いてあげようか。今日はとっても気分がいいんだ。」
「ん?俺たちの?」
「折角子供が生まれたんだ、奥様方と一緒の絵が一枚くらいあってもいいだろう?」
家族写真ならぬ家族の肖像画ってそういえばなかった気がする。
グレンも生まれたし、今のところおなかの中にいる子はいないはず。
ちょうどいいタイミングかもしれない。
「シロウ様、ぜひお願いしましょう。」
「そうよ。フェルさんに描いてもらえる機会なんてめったにないんだから。そうと決まったらおめかししないとね、ルカ。」
「大人数になるが大丈夫か?」
「僕を誰だと思っているんだい?このフェル=ジャン=メールにかかればあっという間に仕上げて見せるさ。」
こうして、急遽家族の肖像画を描いてもらえることになった。
バーンの背に乗れるのがそんなにうれしいとは思わなかったが、こっちとしては願ったりかなったり。
もちろん代金は支払うつもりでいる。
その辺はフェルさんもしっかりしているので受け取ってはくれるだろう。
友人価格だろうけど。
翌日。
本人の希望もあって朝日が昇る頃、俺とフェルさんはバーンの背に乗り空へと飛んだ。
声を漏らさず悲鳴も上げず、ただ静かに目の前の光景を見続けるフェルさん。
一体どんな景色を目に焼き付けたのかはわからないけれどあの人の糧になったのは間違いないはずだ。
あの顔を見る限り素晴らしいものだったんだろう。
こうして突然やってきた俺の大事な友人は素晴らしい経験と絵を抱いてあわただしく帰路に就いたのだった。




