1022.転売屋はりんご飴を食べる
「なんで俺が巡回なんてしないといけないんだよ。」
「いいじゃない、暇でしょ?」
「あの書類の山を見て暇だったと思うのなら、ちょっと先生に目を見てもらった方がいいんじゃないか?」
「でも逃げ出せたでしょ?」
「逃げたところで帰って続きをやるだけだが、まぁありがとな。」
夏の終わりを前にいつも以上に多い書類の山と格闘していると、突然エリザが応接室に入ってきて半ば引きずるような格好で部屋から引っ張り出された。
そしてそのまま連れてこられたのがダンジョンの中。
なんでも中を見て回る人員が足りないとかで、遠距離攻撃のできる人を探していたんだとか。
俺は冒険者じゃないんだが、なんていったところでエリザが聞くはずもない。
致し方なくエリザの後ろについてダンジョンの中をのんびりと歩いて回っているというわけだ。
「止まって。」
「魔物か?」
「多分。シロウは後ろを警戒、何もないと思うけどやばそうなら走って逃げて。」
「後ろから来た時点で逃げれないっての。」
「それもそうね。」
斧を構えエリザが重心を低くして通路の奥を静かに睨む。
俺は壁を背にしつつ後方と前方を交互に見ながらいつでも援護できるようにスリングを構えた。
ここに来た当初はまさか自分がダンジョンに入る日が来るとは思ってもみなかったが、慣れってものは恐ろしいものだなぁ。
気づけば弱い魔物程度なら狩れるようになっている。
もちろん装備品のおかげではあるのだが、それでも最低限自分の身を守れるようになったのは進歩だとおもう。
「見えた。」
そういうや否やエリザは目にもとまらぬ速さで駆け出し、通路の向こうに突っ込んでいく。
聞こえてくるのはエリザの怒号と魔物の断末魔の叫び声。
俺が出る間もなく戦いは一瞬で終わったようだ。
「シロウ、大丈夫よ。」
「相変わらず鮮やかなお手並みで。」
「ふふん、ほめていいのよ。」
「だから褒めただろ。」
「もっとって事よ。まぁ、こんな雑魚倒したところで褒めて貰うようなものでもないけど。」
エリザに呼ばれて近づくと、コボレートが二体絶命して倒れていた。
装備品から察するに上位種と呼ばれるハイコボレートの方だったようだ。
初心者では全く歯が立たないような魔物でも、エリザの手にかかれば赤子の手をひねるよりも簡単に仕留めてしまう。
残念ながら素材ははぎ取れないので、身に着けていた装備を回収していく。
「お、こんなの持ってるぞ。」
「普通のにしては小さいわね。」
「サワーアップルっていうんだとさ。」
「あぁ、あのピッチングツリーの投げてくる小さくて酸っぱいやつね。あいつらこんなの食べるんだ。」
絶命したコボレートの装備を外していると、懐から小さな赤いリンゴが転がり出てきた。
『サワーアップル。ピッチングツリーの投げる果樹の一種。他のリンゴよりも小ぶりで酸味が強く可食部が少ない為、ジャムなどの加工品に用いられることもない。主に魔物の食料として集められていることが多い。最近の平均取引価格は銅貨5枚、最安値銅貨1枚、最高値銅貨7枚、最終取引日は33日前と記録されています。』
サワーアップル、その名の通り酸っぱいリンゴ。
大きさはピンポン玉ぐらいしかないが見た目は完全にリンゴ。
姫リンゴがこんな大きさだったっけか。
これがあるということは近くにピッチングツリーがいる可能性が高い。
「やばい魔物なのか?」
「別にそうでもないんだけど、投げてくるのがどれも役に立たないものばかりだから放っておかれることの方が多いのよ。でも、ほかの魔物と戦っているときなんかに遭遇するとめんどくさいから一応見つけるたびに駆除するようにしてるわ。」
「なるほどなぁ。せめて食えるものを投げてくれたらよかったんだが。」
「色々果物を投げてくれるんだけど、どれもおいしくないのよね。」
巡回のついでに新人たちがピッチングツリーに邪魔されないよう駆除してしまうことに。
通路を奥へ奥へと進むと、途中で少し開けた部屋に出た。
そこにあったのは二本の立派な広葉樹。
天井が高いので上につくほどではないが、立派に枝を広げて葉を茂らせている。
殺風景なダンジョンの中に突然現れた緑色に思わず視線が吸い込まれていく。
「あれがピッチングツリーよ。」
「え、あれが?」
「色々投げてくるから当たらないように気を付けて、無茶苦茶痛いんだから。」
「了解した。」
通路から部屋の中に一歩足を踏み入れた次の瞬間。
樹が突然立ち上がり・・・いやマジで根っこの部分からひょこって立ち上がったんだって。
それだけでなく目はないが明らかにこちらをにらんでいるのがわかる。
そんな気配に臆することなくエリザは樹へと駆け出し、樹も応戦するべく無数の蔓を葉っぱの部分に突っ込んで頭上になっていたであろう様々な実を投げつけ始めた。
マシンガンの如く高速かつ大量に果物が飛んでくるという現実離れした戦いぶりに最後まで圧倒されていたのだが、所詮はただの樹。
エリザの敵ではなく最後は鮮やかに幹を切り倒されて二本とも地面に転がった。
さらに床に転がる様々な果物達。
その中でも一番多かったのが、先ほど拾ったサワーアップルだ。
こんなに大量に転がっているとなんだかもったいなくなってしまうのは貧乏性だからだろうか。
エリザに文句を言われながらも持てるだけ持って地上へと戻ったのだった。
「酸っぱい!」
「ね、言ったでしょ?」
「でもこの酸味は癖になるかもしれません。」
「酸味の奥に甘みも感じますね。」
あまりの酸味にアネットはプルプルと体を震わせていたが、ミラとハーシェさんは特に表情を変えることなくシャリシャリと小さなリンゴを食べきってしまった。
かなり小さいのでこれでおなか一杯になるのは大変だが、この酸味は何かに使えそうなんだけどなぁ。
「ただいまもどりました。」
「おかえり、早かったな。」
大騒ぎする食堂にやってきたのはマリーさん。
今日は仕事のはずだがこんな時間に帰ってくるのは珍しい。
「オリンピアに任せて戻ってきちゃいました。あれ、それはサワーアップルですか?」
「よくわかったな。」
「王都ではよくお祭りの時に売られていまして、親しい兵士に頼んで買ってきてもらったものです。」
「そのまま食べるのか?」
「いえ、はちみつをかけて食べるんです。」
はちみつかぁ、確かに甘みと酸味はバランスいいかもしれないな。
しかしなんで祭りだけなんだろうか。
もしかしたら何か逸話があるのかもしれないが・・・。
「あ、シロウが悪い顔してる。」
「今度は何を思いつたんでしょう。」
「楽しみです。」
「いやいや、何を期待しているかは知らないがそんな毎回新しいものを思いつかないぞ。」
「そうかしら、そんなこと言って厨房に足が向いてるわよ。」
「試したいことがあるんだよ。」
女たちに茶化されながら小さなリンゴを手に厨房へ。
お祭りの時に食べるといえば・・・そう、りんご飴だ。
はちみつでもいいんだろうけど、そのままではぽたぽたと下に落ちて床が大変なことになってしまう。
その点りんご飴なら周りをしっかりコーティングして固まってくれるので落ちる心配をしなくていい。
まぁ、口にいっぱいつくという問題もあるがそれははちみつも同じことだろう。
砂糖を鍋にかけてゆっくり過熱し、レレモンの果汁を混ぜながらトロトロになった所で串に刺したサワーアップルをくるくるとまわしながら絡めていく。
全体にいきわたった所で鍋から取り出して冷まして固める。
その途中で垂れてしまうのはご愛敬だ。
「よし、できた。」
「見た目はてかてかしてるけど、悪くないわね。」
「嫌ならくわなくていいんだぞ。」
「そんなこと言ってないでしょ。ほら、みんな待ってるんだからさっさと次作って。」
「へいへい。」
みんな厨房前のカウンターに集まって自分の分を待ちわびている。
ただ砂糖を絡めただけだし、そんなに期待されるほどの味じゃないと思うんだが・・・。
「ってなんでハワードまでそっちにいるんだよ。」
「あ、ばれました?」
「人数分作るから手伝ってくれ、あとで食わせてやるから。」
「了解です。砂糖を溶かした奴にこれを絡めていけばいいんですね。」
「あぁ、焦がさないように気をつけてな。」
ハワードが来たら百人力。
あっという間に人数分プラスアルファのりんご飴を作成し、全員の意見を集約する。
「おおむね好評って感じだな。」
「おいしいです!」
「甘いのに酸っぱい、でも甘い。不思議。」
「お姉ちゃん僕のも食べる?」
珍しくキルシュが弟よりも先に手を伸ばし、それを見た弟が嬉しそうに自分の分を姉に差し出す。
仲のいいことで。
「ただ砂糖を溶かして絡めただけなのに、こんなにおいしくなるのね。」
「甘酸っぱいのがいいんだろうな。甘いだけの果物じゃこうもいかないだろ。」
「では、ベリーベリーやパパパインなどはいかがでしょう。」
「レレモンも案外行けるかもしれませんよ。はちみつ漬けともよく合いますし。」
「マジックストロベリーとかどうでしょうか。」
普通なら美味しいだけで終わるものだが、そこは俺の嫁さんたち。
次に何が合うか早くも模索を始めている。
原価で考えれば無茶苦茶安いもんなぁ。
一個銅貨3枚として砂糖を絡めても銅貨5枚にもならない。
それを銅貨10枚で売れば大儲け間違いなしだ。
手間もさほどかからないし、見た目も砂糖を着色してやれば可愛らしい感じにできるはず。
今思えば飴の部分に着色してあったのってこういう理由があったのかもなぁ。
ビジュアルって大事だからな、その辺工夫されてるんだろう。
「それじゃあせっかくだし最後の夏祭りにこれで出店を出してみるか。」
「賛成!子供たち喜ぶわよ。」
「大人も喜ぶと思います、こんなに可愛らしいんですから。」
「あとは何を売るかだが、どれを使うにせよ原価率はかなり高い。とはいえわざわざ安売りする必要はないし大人向けはちょい高めでいってもいいだろう。普段食べられないような高級な奴でガッツリ稼ぐのもありだ。」
「それはちょっともったいないんじゃない?」
「そうか?」
「一つ銅貨10枚として、一つ当たりの利益が銅貨5枚。100個売って銀貨5枚の儲けにしかなりませんから少々高めの物で釣り合いを取るのはありだと思います。」
こんなに美味しいのなら広めない理由はない。
もうすぐ夏最後のお祭りだし、そこでお披露目してがっぽり稼がせてもらうとしよう。
問題は何を売り出すのが一番か。
何事もどうするかを考えているときが一番楽しいんだよなぁ。




