1009.転売屋は毛布を仕入れる
押しかけテイマーことヘルミーナの襲撃は想像以上に激しく、どこにいてもランダが居場所を嗅ぎつけてしまうのですぐに質問責めにあってしまう。
どうしたらワイバーンを手懐けられるのか、どうすれば隷属の首輪無しで魔獣を従えられるのか等、いくら説明しても納得しないのでいい加減めんどくさくなってしまった。
なので最近は近場でも馬車で移動、もしくはバーンに乗って移動することで極力接することがないように逃げ回っている始末。
何で俺がここまでしなければならないのかと思ってしまうのだが、これも一過性のものと信じて引き続き逃げ続けることにしている。
というか街にいないようにしているが正しいか。
今日も屋敷から直接廃鉱山に移動しての打ち合わせ。
追加の食料提供とこの前納品した道具のチェックを行うことになっている。
「あー、ついたついた。」
「ボス、お疲れ様です。」
「この暑い中わざわざ待っていてくれたのか?」
「朝一番でこられると伺っていたものですから。それに、今回は私達が追加でお願いしたものを持ってきてもらうわけですし、これぐらいどうって事ありません。」
バーンの背中から飛び降りて大きく伸びをしていると、少し離れた場所からマウジーがやってきた。
相変わらず表情は硬いが歓迎してくれているのは間違いない。
ボスといわれるのも慣れてしまった。
「トト、ロープ解いたよ。」
「ご苦労さん。」
「バーン様もお疲れ様です。」
人型に戻り、足にくくっておいた紐を綺麗に束ねるところまでがバーンの仕事。
それが終わったらご褒美に美味い肉を食わせてもらえるので、いつもより俄然やる気が違うんだよなぁ。
この間も肉を食べたいが為に過去最高速度で飛行したし、最近は持久力もついてきている。
この分だといずれ海を飛び越えることも出来るようになるのかもしれないなぁ。
「ご飯いっぱい持ってきたよ!それと、糸も!」
「この前馬車で運んでおいた機織機のほうはどんな感じだ?」
「高さを調整していただいたおかげで随分と使いやすくなりました。まさか四台も運んできてもらえるとは思っていませんでしたが、おかげで女達が楽しそうにしています。」
「お礼を言うのはこっちのほうだ。魔糸の生産から機織まで全部やってもらって大助かりだよ。でも本当にこの冬は寒くなるのか?」
「はい、例年より魔力水の水位が低いのと鉱山全体の気温が下がっています。恐らくは北の山々で早いうちから氷が出来て水が地下に流れにくくなっているのでしょう。長年の経験からこのような傾向が見られた冬は厳冬になる傾向が高いのです。」
ふむ、長年この地で生活していたからこそ分かることもあるんだろう。
この間急に呼び出されたのがまさにこれを伝える為だったというわけだ。
前の嵐もそうだが異常気象には前兆があるというし、こういう情報は大切にしなければならない。
もし本当に寒い冬になるのであれば今のうちから燃料を買い込んでおかないといけないだろうし、畑用に焔の石を多めに用意する必要もある。
加えて暖を採るための道具や装備がよく売れるようになるだろう。
特に衣料系は日々使うものだけにどれだけあっても困ることは無い。
そこで目をつけたのが前に作った発熱系の服というわけだな。
魔糸を編みこむことによって体内の魔素に反応して発熱する発熱インナーはカイロを着込んでいるのと同じ効果がある。
もちろん魔素が少ない人には危険だが、事前に魔石を組み込むことで消耗を押さえる方法もあるので俺みたいな人間でも安心して使えるのはありがたい話だ。
特にここで飼育しているケイブワームの出す糸は魔力水を含んだ餌のおかげで非常に魔力伝導率が高く、その糸で作った服は街の魔術師にかなり好評を得ているのでそんな魔糸を使って発熱インナーを作ったらどうなるか。
早速ここの奥様方に仕立ててもらったインナーは氷室でもまったく寒さを感じないくらいだった。
とはいえ、ここの人間だけで街中の需要を満たすことは出来ないので引き続き魔糸の編みこまれた生地作りに専念してもらっている。
「そこまで言うなら間違いないんだろう。俺達しか知らないとびっきりの情報だ、今のうちに色々仕込ませてもらうさ。」
「我々は与えてもらってばかりですのでボスのお役に立てて何よりです。」
「与えてばかりとは言うが、正直俺の方が見返りは多いんだぞ。」
「魔力水は我らには不要なものですし、この場所で新たなやりがいや仕事を教えてくださったのもボスです。ただ息を殺して生きるだけの生活がこんなにも華やかなものに変わるなど、悪態をついていた自分に教えてやりたいぐらいですよ。」
「マウジーでも悪態つくんだな。」
「それはもちろん、私にも若い頃はありますから。」
ま、それもそうだ。
立ち話するにはいささか暑すぎるので、荷物を取りに来てくれた皆さんと一緒に集落のほうに移動する。
中ではギッコンバッタンと機織機の心地いい音が響き渡っていた。
「これはシロウ様、よくお越しくださいました。」
「随分と賑やかになったな。足りないものは無いか?」
「お蔭様でなに不自由なく生活できております。」
「教えてもらった情報のおかげで俺も一儲けできそうだ。引き続き生地作りを頼みたいところなんだが・・・。」
「なにか?」
長と話をしながらふとしたことを思いついた。
発熱服用の生地はいくらあっても困らないが、ローザさんに仕立てをお願いするにしても限界はある。
他所に外注するという手もあるが、それをしてしまうと情報が漏れてしまうだけに口の堅い人以外に仕事を頼むのは難しい。
でも折角ならうちの特製魔糸を使った何かを作りたいよなぁ。
「毛布って作れるか?」
「毛布ですか?新しい糸があれば可能かと思いますが。」
「生地を作るにしても作る量には限界があるし、それなら毛布を作って売り出そうかと思うんだ。魔糸をふんだんに使った発熱毛布、寒い冬にぴったりだと思わないか?」
「確かにこの冬は寒くなりそうですしそのような毛布があれば安心でしょう。幸いこの中は多少冷える程度で私達の毛皮があれば問題はありません。しかし、街で売るとなると今の機織機だけでは聊か量が足りませんね。」
現在稼動している機織機は全部で4台。
それと糸紡ぎ用の機械が5台。
集落の住人数から考えると手の空いている人はいる計算になるが、ケイブワームの世話やら倉庫の管理やらと結構働いてもらっている。
ただでさえ安い労働力で働いてもらっているだけに、これ以上お願いするのはどうかとも思うんだよなぁ。
「流石にこれ以上は無理だよな。」
「何故です?」
「いや、今でもかなりの仕事を頼んでいるしこれ以上は大変だろう。」
「ご心配には及びません。これまで私達は何かをするわけでもなく、ただ静かに生きながらえているだけでした。ですがシロウ様のおかげで生きる意味、働く喜びを教えていただいています。もちろんそれにも限界はありますが、まだまだ働き手はおりますので安心して仕事を任せていただければと思っております。」
「本当にいいのか?」
「何を遠慮することがありましょう。正直に申しますと、暇をもてあましていたところなのです。」
暇をもてあましていたというのは半分冗談で半分本当の事なんだろうな。
生活が豊かになったことで安心して生活が出来るようになったためモチベーションが上がっているんだろう。
それを無駄にするのはここの持ち主としてもったいない限りだ。
労働者側が働きたいといっているのだからそれに答えるのもまた雇用主の仕事。
早速余剰人員分の機材の発注を受け、この冬に向けた毛布作りをお願いすることになった。
もちろん生地作りも並行するが作る工程はほぼ同じなので、これまでの分に追加して材料を納品すれば勝手に作ってくれるらしい。
何ともありがたい話だ。
本来であれば払うべき賃金を払わなくていいわけだからな。
今度南方に行ったら全員分のお土産を買って帰るとしよう。
本もそうだし楽器なんかもあったら面白いかもしれない。
彼らにとってこの廃鉱山が生活のすべてだが、ここには娯楽らしい娯楽が無いんだよなぁ。
息抜き用にそういうものがあっても悪くは無いだろう。
話を詰めた後、氷室やケイブワームの状況を確認してから外に出る。
廃鉱山の入り口では数人の亜人と一緒にバーンが楽しそうに遊んでいた。
それをマウジーが普段見せないような柔らかい表情で眺めている。
「そういや嫁さんとかいないのか?」
「生憎そういう人には縁がなくて。」
「まぁこの環境じゃなぁ。欲しいとは思わないのか?」
「この年ですし今はボスの仕事をするのが楽しいので。」
「ワーカホリックだなぁ。」
「わーか?」
「働きすぎってことだ。たまにはハメを外していいんだぞ?」
堅物とは言わないが、少々仕事熱心すぎるところがあるんだよなぁ。
とはいえ家族のような仲間達を相手に恋愛感情が生まれないという気持ちも分かる。
新しい人を入れるってのも大変だし、引き続き仕事を恋人にしてもらうしかないんだろう。
「では一つお願いがあります。」
「お、なんだ言ってみろ。」
「今度若い連中を街に連れて行ってもらえませんか?腕利きの奴らがダンジョンに興味を持ちまして、一度自分の実力を試させてやりたいんです。」
「・・・自分のじゃないのかよ。」
「もちろん私も同行します。なまった腕でどこまで戦えるのか、宜しくお願いします。」
てっきり女!とか酒!とかそっちを想像したんだが、やはりマウジーは堅物だったようだ。
まぁ分かってはいたけどさぁ。
「機織機を手配するのに少し時間が掛かる、その間に一度機会を設けよう。」
「ありがとうございます。」
「女とかはいいのか?」
「私のような男は好かれませんから。」
「そうかなぁ。」
「ボスのように魅力的な男性は必然的に女性が寄ってきます、そうでないという事はそうなのでしょう。」
そう言い切られるのも少し悲しいところなのだが、まぁ無理強いするのも変な話だ。
帰ったらエリザに相談してダンジョンアタックの手配をしてもらうとしよう。
今なら冒険者も少ないので戦いやすい環境は整っている。
彼らが戦うということは、それだけ素材が手に入るということ。
発熱生地と毛布だけでなくそっちでも儲けさせてもらえるなんて、マジで他の形で恩返ししないとなぁ。
いい仕事にはいい報酬をってね。
「トトも一緒に遊ぼうよ!」
「おぅ、いいぞ。マウジーも遊びたいってさ。」
「ボス!?」
子供たちと遊んでいたはずのバーンが遠くから大きな声で俺達を呼ぶ。
折角遊ぶなら人数は多いほうがいいよな。
「いいだろたまには。」
「ボスがそう言うのなら。」
「決まりだな、遊ぶときは全力で頼むぞ。」
「私はいつも全力です、覚悟してください。」
堅物と思いきややるときはやる男だったようだ。
その後廃鉱山の入り口前広場を使って行われた鬼ごっこはそれはもう大盛り上がりで、気付けば若い連中も混じっての大騒ぎとなったのだった。




