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魔王は勇者のファンボーイ  作者: 桃栗柿太郎
3/3

03

 翌日、俺は客間に通された。最近はお嬢様の部屋の前まで顔パスだったので少々驚きつつも、その後の展開について大体の予想を付けた。

 音も無く扉が開き、何時ものメイドが見える。ギロリと俺を見る視線は「何かあったらタダじゃ済まないからな」と言う旨をありありと伝えてきた。

 その後、少し経った後に扉が開けられる。

 その瞬間、光が舞い込んできた。


「お待たせして申し訳ありません」


 この世に神と言うものが本当に存在するというのならば、俺はまず魔王を生み出した事に対して怒りを露わにした後、彼女を生み出した事に関して感謝しなければならないだろう。

 魔王たる俺にそうまで言わせる最高傑作がそこにあった。

 光を織ったが如き髪の毛はくるくると巻かれており、天上から伸びる光の螺旋階段の様である。そしてその顔の造形には微塵の不純物も無い。迷い無く引かれた眉、その下の切れ長でやや吊り上がった目は今、申し訳なさそうに伏せられている。その中に納まって居る瞳は最高級の紅玉すら霞む程の紅。その瞳に睨まれれば如何なる闇も切り裂かれよう。そこだけ見れば気が強そうで近寄りがたい印象を受けるが、顔の中心にちょこんと咲いた小さな鼻がそれを和らげていた。そしてふっくらとした唇も同様である。体躯は女性にしてはやや高いが無骨な印象や、骨張った印象は全くない。女性らしい丸みを帯びたラインを前面に感じさせている。丸い所はとことん丸く母性を感じさせ、しかしスラリとしたところは少女のあどけなさを感じさせる。神の本気と言う言葉が相応しい少女であった。

 やっぱり我が勇者は美しいな!


「私がベアトリーチェです」


 その喉から発せられた最高級の琴が如き声は間違えようも無く我が勇者のものであった。

 既に立ち上がっていた俺は深く一礼をする。


「お初にお目にかかり光栄です。ブリリオと申します」


 その微笑と一礼は、魔王史上最高の出来だったろう。

 普通の男なら彼女に見惚れ粗相をしてしまうだろうが、魔王たる俺は一味違う。魔王だからね。


「今迄の非礼、お許しくださいませ」


 女神の瞳が切なげに伏せられる。それだけで勘違いした男を百人くらいは動員できそうな威力を孕んでいる。俺も魔王じゃなければ危なかった。俺は大丈夫だよ? 魔王だからね。


「いえ、こちらこそ連日の訪問に丁寧に対応して戴き、感謝の言葉もありません」


 俺は無意識の内に再び頭を下げる。魔王に頭を下げさせるとは流石は我が勇者、オーラが違う。


「あ、頭を上げてくださいまし」


 頭上から少女の声が聞こえる、俺はゆっくりと頭を上げた。

 見れば、少女の顔は朱に染まっている。貴族の次女だというのに、人から頭を下げられる事に慣れていないらしい。

 少女はじっと俺を見つめている。はて、俺は何かやらかしてしまったのだろうか、と魔王なのに不安になってしまう。

 そろそろもう一度頭を下げようかと思った時、存在を忘れ去っていたメイドの咳払いが聞こえた。


「お嬢様がお座りにならなければ、お客人も肩身が狭いでしょう」

「え、あ」


 瞬間、少女の顔が真っ赤に煮えたぎる。そのままへなへなと脱力したようにソファに座り込んでしまった。

 メイドが目で合図してきたので、俺も小さく一礼をした後、椅子に腰をかけた。

 暫く顔を赤らめて俯いていた後、少女は俺の目を見る。


「本日、こちらの部屋へお呼びした理由はほかでもありません」


 少女は一度、バツの悪げな視線を隣へ送る。メイドは目を逸らし、気付かない振りをしていた。

 一度だけ、少女は長い瞬きをする。


「貴方の申し出を、受けようと思います」

「本当ですか」


 内心の喜びを隠しながら、俺は問い返した。

 少女は深く頷いた。


「はい、私の力が世の為になるのならば」

「お父様、ローザ様はなんと」

「私の自由にしろと」


 それは予想外だ。もっと娘を出し渋るものかと思っていた。まあ、貴族とはいえ軍隊からの叩き上げならばそう言ったものなのかもしれない。

 ベアトリーチェは俺の目を見つめながら迷い無くいった。


「では、出立しましょう」

「……は?」


 いや、ちょっと待ってくれ。


「今から、ですか?」

「今からです」


 急じゃないか?


「挨拶などは」

「不要です」


 少女はにっこりと笑った。


「私は影ですから」


 微笑むお嬢様の全身から暗黒が漏れ出ている。俺は何も聞かなかった事にした。


「ですが、用意は」


 返事は少女からでなく、その隣から帰ってきた。


「既に終わらせてあります」


 随分と用意周到だな。何だか嫌な予感がする。

 しかし、その予感を遮るようにメイドが言った。


「では、八つ時に町の厩で待っていてください」


 俺はそれに従うことにした。

 数刻後、俺は屋敷近くの町にある厩にいた。旅装とマント、バックパック、そして腰に下げた剣と言う身軽な装備だった。既に宿屋は引き払い、何時でも旅立ちが出来る状態だ。後は愛馬のマオーを厩から出すのみである。

 さて、約束の時刻だ。そう思い、辺りを見回す。我が勇者の美貌ならば簡単に視認できる筈だと思ったが中々そうはいかなかった。はて、どういうことだろうか。

 キョロキョロと首を動かしていると、道の向こうから薄汚れた布を被った二つの人影がやってくる。


「遅れてしまい申し訳ありません」


 フードの奥から紅玉の光が覗く。それを見た俺は微笑んだ。


「いえ、此処まで手の込んだ支度をしていたのですから」


 言って、俺はベアトリーチェの隣をちらりと見る。そこには先程のメイドが主人と似た様な格好をして立っていた。

 彼女は涼し気な目元を慇懃に伏せる。


「お嬢様の護衛をさせていただきます。シャッテンと申します」

「よろしくお願いします」


 俺は微笑みを作り、彼女に手を差し出した。シャッテンは一瞥した後、そっけなく俺と握手をする。

 彼女の手は予想通り、女性にしてはゴツゴツとした肉刺だらけの物だった。俺は推論を確信に変える。このメイド、いや、シャッテン女史も中々に面白い。

 恐らく彼女達の旅装はこのメイドによるものだろう。

 いや、そもそもこのシャッテンと言う女、本職はメイドなどでは無い。


「旅慣れている方が居てくだされば百人力ですね」

「ご期待に沿える様に努力いたします」


 彼女は動揺した様子を見せなかった。いいね、プロだ。


「それでは行きましょう」


 ベアトリーチェの声が聞こえる。そう急かす旅でも無いが、確かにダラダラとするのもおかしい話だ。

 俺は馬番に銀貨を渡してマオーを連れ出す。マオーはうだうだと干し草を食みながらのそのそと歩む。糞、怠け者で大食らいな点を除けば気の利く良い馬だというのにこの馬鹿馬は。

 女性二人は、意外なことに栗毛の地味な馬を連れ出していた。二人乗りはともかく、貴族が使う馬だというのだからもっと派手派手しいのかと思ったのだが。


「私の馬です」


 シャッテンはなんて事の無い様に言った。彼女の手は馬の首筋を撫でている。撫でられて気持ち良さそうにしている姿に、彼女への信頼が見て取れた。


「良い馬ですね」


 俺は素直に褒めることにした。


「マーマは名馬ですよ」


 その時、初めてシャッテンが微笑みの様な物を見せた。俺は冷たげな印象を持つこの女に、意外とそう言った表情が似合う事に驚いた。


「さ、早く行きましょう」


 ベアトリーチェに急かされて、俺達は早速馬に乗って町を出る事となった。

 町を出て、暫く馬を走らせた後の話である。


「本当は取れていませんでした」と、我が勇者が言った。


 寒々しい風が吹いた。俺は嫌な予感がして、彼女へ問い返す。


「何が、ですか?」


 首を捩り、シャッテンにしがみ付いて馬に乗っているベアトリーチェを見る。彼女の顔は悲し気な影が差していた。

 あ、美しい。いやいや、今は惑わされるべきで無いぞ魔王よ。

 彼女はその薄桃色の唇を開く。


「父の許可が、です」


 鞍から滑り落ちそうになる俺であったが、マオーが走り方を変えてくれたおかげで何とか踏みとどまる。流石魔王たる俺の愛馬であった。物臭な事だけが悔やまれる。


「ローザ公に、許可を取っていないと?」

「はい」


 ベアトリーチェはこくりと頷いた。

 うん、はいじゃないよ?


「父は、私が外に出ることをお許しにならないでしょうから」


 彼女の顔には暗い陰が差していた。


「ですが……」


 流石にいくら何でも拙いだろ。俺も魔王として一通りの悪事はやったが、こんな誘拐と言うか、駆け落ち紛いの事はやったことないぞ。

 引き返そうと手綱を引く俺に、ベアトリーチェから待ったの声がかかる。


「此処で帰れば、私が勇者として世界を巡る日は永久に来なくなってしまいます」


 見ると、ベアトリーチェはとても険しい目つきをしていた。


「それでも行きますか」


 紅玉は夕日を反射させた光で矢の様に俺を射抜く。俺はマオーを止め、暫く目を閉じた。そして、意を決して瞼を開く。


「……先に進みましょう」


 俺も魔王だ、女児誘拐くらいやってやる。それほどの覚悟が無ければ魔王を殺す勇者の育成など出来ない。覚悟を決めよう。

 俺の言葉を聞いて少女は花が咲く様に笑った。


「そうですね」


 まるで不安に思う様子が無い姿からするに、我が勇者はかなりの御転婆であることが伺えた。流石は我が勇者。勇者たるものこれくらい豪胆でなければいけない。俺はヤケクソ気味にそう思った。

 俺達は暫くの間、馬を全力で走らせた。追手の気配はしないが、念の為にである。

 この地域はなだらかな草原が続くが、少し先には小さな林と湖がある。俺達はそこで野営をしようと決めたのだった。

 日が沈んで少しした後、俺達は漸く目的地にたどり着いた。林の中には別の旅人の気配も感じない。

 馬から降りた俺達は、道の本筋から少し外れた場所まで歩いて行った。

 湖の水は澄んでいて冷たく、見ると小さな魚が悠々と泳いでいる。凶暴な生物の心配はないだろう。草原は短い芝生が広がっており、見晴らしが良かった。吹き付ける風に僅かな草の香りが混じり、俺の気分を穏やかにさせる。


「私、野宿と言うのは初めてですわ」


 声を弾ませたベアトリーチェが俺に向かってにっこりと微笑む。俺は内心苦笑いをした。いや、そんな良い物じゃないですよお嬢様。

 俺は腰に下げた赤い袋の中に手を入れる。


「ベアトリーチェ様は天幕で」


 休んでください。そう言おうとした矢先に、シャッテンの声に遮られる。


「お嬢様、此方へ」


 見れば冷たい美貌の従者は既に天幕を張り終えている。刻まれた魔法の効力によって自ら組み上がる物ではあるが、いや、早くない?

 シャッテンの天幕は少々年季が入り、無骨な作りであるものの頑丈そうで、更には様々な魔術が掛けられている。かなり上質な物と言えるだろう。ま、まあ俺の魔王特製天幕も負けてないけどね?

 先手を逃した俺の右手は、マジックバッグの中で居心地悪そうに閉じたり開いたりしていた。そんな無様な魔王に気付いたのか、シャッテンが此方へちらりと意味深な視線を向ける。その目は僅かに嗤っていた。野郎、許さねえ。まあもしかしたら俺の被害妄想かもしれないが。

 しかしいくら妄想上と言えど売られた喧嘩を買うのが魔王の流儀である。

 俺は努めて明るい声を出した。


「それでは、私は夕食の準備を」


 そう言いながら、俺は赤い袋の中から結構な値段のした机を取り出す。気品ってのは金がかかるなあ。最近それを知ったよ魔王様は。

 因みに、マジックバッグとは魔術によって容量を何百倍にも拡張している旅人御用達の逸品である。俺は赤い物と青い物の二つを所持していて、青い方には特別な工夫がしてあった。

 今度こそはあのメイドに邪魔されまいと、俺は急いで袋から薪の束を取り出すと、魔力を使った念力で木々を組み上げる。その間に次々と赤い袋から食器や鍋、青い袋から野菜や肉を取り出した。

 どうだこの念力を使った早業、シャッテン女史よ、貴様にだって真似できまい。


「お待ちくださいブリリオ様」


 気分良く食事の準備をしていた所に、メイドによる待ったの声がかかる。


「ブリリオ様は、これらの食材をマジックバッグの中に保存していたのですか? 万年櫃ではなく」と、シャッテンは疑わし気な視線を俺に送ってくる。

「ああ、そう言う事ですか」


 俺は小さく笑った。

 マジックバッグは見た目以上の物を持ち歩ける便利さを持つが、その中では通常の時間が流れる為、物の保存に適さない。

 一方、万年櫃と言うマジックアイテムは見た目通りの容量となってしまうが、その中では時間が止まっている為、十年単位での保存が可能となる。

 因みに二つの機能を両立させることについては、現在数多の魔導士達が研究中である。時間操作と空間操作の相性が悪いらしく、仮に万年櫃をマジックバッグに入れてもその効力が失われてしまうだけらしい。

 さて、話を戻すがシャッテン女史は俺がマヌケにもマジックバッグに生鮮食品を放置しているのだと思い込み、その鮮度を疑っているのだろう。

 しかし俺は魔王、万事抜かりはない。

 俺は微笑んで、侍女の後ろにいるベアトリーチェへ視線を向けた。


「お嬢様、そこにある野菜を手に取って下さい」

「こうですか?」


 彼女は机の上に置かれた人参に手を伸ばす。

 その手が触れた瞬間に「ひゃんっ」と可愛らしい悲鳴を上げて、ベアトリーチェは手を引っ込めた。


「どうしましたお嬢様」


 シャッテンが心配した様な声を出し、すぐさま俺を睨む。ベアトリーチェの瞳は驚きに見開かれ、人参を凝視していた。


「冷たい、ですわね」

「冷たい?」


 少女の口から出た言葉に、シャッテンは眉を顰めた。俺は笑いながら説明する。


「現在、万年櫃とマジックバッグの機能を両立させることが出来ないのはご存じの通りです」


 しかし、俺は発想を逆転させた。別に短期保存なら万年櫃でなくても良いのだ。


「北にある国では、氷室と言う施設を使って食品の保存などをしているそうです」

「つまりマジックバッグに氷の魔術をかけたと」


 俺の言葉を侍女が引き継いだ。この野郎、良い所を。


「流石ブリリオ様、御慧眼ですわ!」


 しかしベアトリーチェは迷うこと無く尊敬の視線を俺に送って来た。そこまで真っ直ぐ褒められるのも面映ゆいので止めて欲しい。そんな光り輝く視線を俺に送らないで。


「いえ、私が考えたのはその発想そのものでは無くてですね」


 しかも発想自体は北の国には昔からある物である。俺はちょっと拝借して改良しただけなのだ。これは恥ずかしい。


「マジックバッグ内の空気の流れや、魔術同士の合わせ方などを研究して、実用化しただけで」

「ブリリオ様が発明したというわけですね」

「え? いや、うん、そうなんですかね?」


 とうとう俺はベアトリーチェに押し切られてしまった。シャッテンの蔑んだ視線が痛い。

 やめて褒めないで。こんな不本意な尊敬の勝ち取り方なんてしたく無かったの。


「と、と言うわけで、安心して食事番をお任せください」


 俺は魔王スマイルで太鼓判を押した。照れてなんかいないよ。魔王だからね。

 別に赤くなった頬を隠す為ではないが俺は先程まで以上にスピーディーな準備を行う。小さく呪文を唱えて火をおこし、念力を使って手際良く料理を作っていく。暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷える。クリームスープで良いだろうか。

 しばらくすると何とも言えない良い匂いが辺りに浮かぶ。固めのパンを用意して完成だ。


「美味しそうですわ」


 ベアトリーチェがキラキラとした視線を俺に向ける。そうそう、こういうので良いんだよ。気分が良くなった俺は木の皿にスープを注ぎ、少女に差し出した。しかしその皿は横からシャッテンに引っ手繰られてしまう。


「毒味いたします」

「シャッテン!」


 ベアトリーチェが眦を上げ、極めて珍しい怒声を上げた。良いんです怒らないで下さいお嬢様。その懸念は正しいというか、ある意味俺は貴方の最大の敵ですからね。

 シャッテンがスプーンでスープを掬い、口元に近づけて息を吹きかける。吹きかけて吹きかける。吹きかけて吹きかけてまた吹きかける。

 あ、もしかして


「シャッテン!」


 焦れた様子のお嬢様が再び怒声を上げる。いや、多分違いますよお嬢様。

 こいつ猫舌だ。

 フーフーのスピードを上げたシャッテンは、湯気が全く立たなくなった頃になって、漸くスプーンを口に運ぶ。

 瞬間、彼女は切れ長の目を僅かに見開いた。そして、もう一杯スプーンでスープを掬い、息を吹きかけて吹きかけて吹きかける。それを何度か繰り返した後、彼女は口を拭い、小声で言った。


「冷めてますね」


 てめえ言うに事を欠いてそれか。美味しいなら素直に褒めて下さい。


「シャッテン……」


 呆れ切ったお嬢様の顔が見えたのか、侍女は小さく咳払いをして付け足した。


「……美味しいですよ」

「ありがとうございます」


 俺は笑顔で一礼した。美味いのは当たり前だという内心の声を抑える。俺は魔王だからな。不眠不休で料理の練習など朝飯前なのよ。

 いつの間にか俺の隣に立っていたベアトリーチェが椀をそっと出す。


「あの、では、私にも」


 そう言って僅かに視線を逸らし、恥ずかし気に頬を赤らめる姿の何と麗しい事か。魔王じゃなきゃくらりと来てたね。俺は来てないけど。ホントだよ。魔王嘘つかない。


「はい、喜んで」


 俺は笑顔で椀を受け取り、そこにスープを注ぐ。具材も沢山入れておこう。

 スープを受け取ったベアトリーチェは嬉しそうに「いただきます」と言い、スープを一口飲んだ。瞬間ぱっと花が開く。


「美味しい……!」


 魔王は不眠不休で練習できるから万能なのは当たり前なのだよ。だから褒められるのは当然の事であり嬉しくなんてならない。本当だよ。魔王じゃなかったらその場で泣きながら小躍りしてたかもしれないけど。


「ありがとうございます。光栄です」


 微笑んで一礼する。いやあスープの熱気が顔に当たって熱いな。


「ブリリオ様は多才ですのね」

「いえ、そんなことありませんよ」


 俺は首を横に振って謙遜する。謙虚に振舞って、我が勇者の尊敬を勝ち取らねばならないからね。最高の勇者を育てるには、まず彼の者と固い信頼関係を築かなければ。


「私もお料理が出来ればよいのですが……」


 ベアトリーチェは恥ずかし気に目を伏せた。箱入り娘のお嬢様だから仕方ないのだが、彼女はそれを恥じているようだ。


「では、今度練習いたしましょう」

「本当ですか!」


 ベアトリーチェが表情を輝かせる。俺は頷いた。


「一生懸命練習すれば直ぐにでも上達しますよ」

「約束ですわ!」


 お嬢様が俺の両手を手に取った。柔らかい距離が近い良い匂いがする。ま、まあ動じないよ。魔王だからね。

 それにしても我が勇者はやる気に満ち溢れているなあ。幸先が良いぞ。


「さあ、残りも食べてしまいましょう」


 俺は自分の分を継ぎ足すと、お嬢様と侍女の反応を窺う。シャッテンの方は既にお椀を空にしたらしく、無言で木の椀を突き出していた。気に入ってくれて何よりである。

 どうやら俺達三人はその全員が健啖家らしい。多めに作ったスープは鍋が冷え切らぬ内に総て三人の胃に納まってしまった。いや、まあ一人冷ましてから食べる奴が居るには居るけど。

 しかし、俺とシャッテンは兎も角、お嬢様もそれに負けず劣らず食べるのは意外だった。しかし同時に納得もしてしまう。成程、あの美と豊穣と繁栄の女神体型はこうして育まれたのか。

 俺が女神の育成環境に感心していると、ぶぅんと小さな羽音がした。ハエか何かか、俺は気にせず皿を片付ける為に立ち上がる。が、それを劈く様な悲鳴が遮った。

 追手か、いやそんな筈は無いと俺が視線を向けると大質量が飛び込んでくる。


「ブリリオ様!」


 悲鳴を上げたベアトリーチェが俺の頭を抱きしめる様にして飛び込んできたのだ。

 二つの脂肪に挟まれ息が出来ない。あ、お嬢様柔らかい。


「お嬢様……」


 呆れた様なシャッテンの声が聞こえる。


「ハエでございますよ」

「はっ……」


 言葉尻がすぼんでいき、お嬢様の重さが増加する。少女を持ち上げて起き上がると、彼女は白目を向いて気を失っていた。


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