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魔王は勇者のファンボーイ  作者: 桃栗柿太郎
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01

 魔王……遺界に居る魔人達の王。勇者に殺されるべき存在。

 勇者……魔王を討つべき英雄。世界の延命者。

 ファンボーイ……一つの事柄に熱狂的な支持をするもの。偏執病。


1・災厄の魔王と伝説の勇者


 これは、かつて一つだった世界の物語である。

 遥かな昔、超古代の文明では、今以上に魔術が発展していたと言う。

その恐るべき力を使い、人類は星空へ旅立ったこともあると聞く。

人が満ち、笑い合い、幸福に暮らしていた時代があったと言う。

 しかしある日、世界は病んだ。

 遠い昔の出来事だ。何が理由だったかは定かでない。ただ、唐突に発症した。

 ある場所で作物が育たなくなった。ある場所で雨が降らなくなった。ある場所で奇病が蔓延した。

そんなことが続けば、誰にだってその先の予想がつく。

 一つの世界が、静かに終わりを迎えようとしていた。

 しかし、そうはならなかった。

 勇者と呼ばれた女が居た。

 彼女は病んだ世界の一部分を切り離す事で、世界を延命した。

 世界は二つになった。

 一つは現界と呼ばれる。やがて女神となった勇者の加護を受ける土地と言われ、資源が豊富であり、純人間種を含む多くの種族が犇めき合って暮らしている。かつて勇者に守られた土地。

 もう一つは遺界。荒涼としていて、薄暗く、野蛮な土地であり、ありとあらゆる神が見放した終末の地と評される。また、彼の地では神ではなく魔王と呼ばれる一人の魔人が信仰と畏怖の対象とされている。かつて勇者に捨てられた土地。

 長い間、二つの世界の間で紛争があった。現界の資源が狙われていたのだ。

 遺界の者達は神出鬼没であった。現界の者達が忘れてしまった幾つかの魔術を覚えていたからだ。

 神話の時代に、病んだ世界は切り離された。しかし、その恐怖が忘れ去られた訳では無かったのだ。現界の者達は常に遺界の恐怖に怯えていなければならなかった。

 しかし、希望となる一つの予言があった。魔王を滅ぼし、現界と遺界を完全に切り離す新たなる勇者の予言であった。

 これは、予言の勇者の物語である。そして、予言の魔王の物語である。

 魔王である俺の目的はただ一つ。

 予言の成就。つまり、俺を殺す勇者の育成だ。




 はっきり言ってしまえば、俺は地上最強であり史上最強である。

 そんな最強最悪のパーフェクト魔王である俺だが、だからこその悩みと言うべきか、そういったモノが存在する。

 退屈なのだ。

 磨きに磨き上げた竜族の牙のナイフで俺のうなじを突き刺そうとも、ナイフの方が根元から折れてしまう。朝食に闇の地の深淵にある泉から汲んだ毒を盛っても、寧ろショック療法的に調子が良くなるだけだ。ありとあらゆる刺客が、九十九通りの暗殺方法を試そうが俺を殺すどころか薄皮一枚切り裂く事すら叶わない。俺とはそういう存在である。

 理不尽の擬人化が俺であり、魔王であった。

 しかし、そんな生き方もそろそろ飽きてきた。しかし簡単に死ぬ事も出来ない。となればやるべきことは一つ。

 俺に勝てる者は俺しかいない。ならば俺自身が己の心臓を貫く牙を研げば良い。

 だからこそ、俺は予言の勇者に目を付けた。それを俺手ずから育成すれば、かなりいい線まで行けるだろう。がんばれ勇者、がんばれ俺。




 そんな最強最悪のパーフェクト魔王たる俺であるが、今現在絶体絶命の危機に陥っていた。

 俺の行く手を遮るのは僅か一枚の薄い木の扉。しかしその堅牢さは魔王城の城門を遥かに凌ぎ、神話に聞く勇者の盾もかくやと思われるほどであった。俺はその前で百点満点のハンサム魔王スマイルを浮かべ、土産のプディングを手に持ちながら間抜けな棒立ち姿を晒している。


「あの、せめてお話だけでも」


 俺は内心の冷や汗を微笑みによって隠し、扉に向かって話しかけた。すると、その奥からふにゃふにゃな悲鳴が返ってくる。小鳥の囀るような美声であった。


「い、嫌ですわ!」


 そう言われてしまえば、幾らパーフェクト魔王の俺であってもどうしようもなくなってしまう。普段の俺ならば、この程度の板切れなど吹き飛ばしてしまうが、今回は少々事情が違う。

 ここは現界で、俺は魔王の身分どころか遺界の住人である事すら隠している。

 極めつけは、扉の先に居るのが我が勇者だと言う事だ。つまり、俺は彼女の信頼を勝ち取らないといけない訳だ。

 少なくとも、扉を吹き飛ばしていては信頼など得られないだろう。他の誰に嫌われようと憎まれようと魔王なので一向に構わないが、彼女に嫌われるのはかなり拙い。

 俺は手に持ったプディングの包みを持ち上げる。


「宜しければ、こちらをお召し上がりください」


 そう言うと、すぐさま四角張った返事が返って来る。


「申し訳無いので頂けませんわ!」


 うわ、妙なところで律儀。でも俺、甘いもの嫌いだし受け取って貰えないと辛いんだよなあ。

 もう一度だけ勧めてみる。今度は内容物を言ってみよう。


「プディングなのですが……」

「ぷ、プディング!?」


 お、食いついた。やっぱり年頃の女の子は甘いものが好きなんだな。都市の本屋で『猿にも分かる女心百条』を買って置いて良かったぜ。

 しかし、流石にプディングに釣られ切る程では無いらしい。


「……いえ、ご家族と一緒にお食べになってくださいませ」と、やはり律儀な返事を返してきた。


 その言葉に、俺は苦笑する。


「家族は居ません」


 そう言うと、扉の先の空気が凍った気配がした。

 長い沈黙の後、か細くて泣きそうな声が扉から滲み出る。


「……申し訳、ございません」

「いえ、構いませんよ」


 俺は小さく微笑んだ。家族がいないというのは、あくまでこちらの地で活動するための偽装経歴上の事でしかない。幾ら魔王にだって家族の一人や二人はいる。九割方死んだけど。

 しかしこれは一歩踏み込むチャンスなのではないか。そう考えた俺は再び彼女に尋ねる事にする。


「もし、よければこちらを受け取っては貰えないでしょうか?」


 そう聞くと、彼女は先程よりも長く沈黙した。

 やがて、かすれた声が返ってくる。


「……ごめんなさい」


 駄目か。それどころか彼女の声は震えに震え、今にも泣きだしてしまいそうだった。ちょっと嗚咽が聞こえているかもしれない。流石に拙い。三十六計逃げるに如かず。俺は魔王の智謀に基づき早々に退散することにした。

 最後に俺はそっと微笑んだ。


「また、伺っても宜しいでしょうか?」


 返事は帰ってこなかった。俺はそれを肯定とみなした。そうでないと心が辛いから仕方ないね。


「それでは、失礼いたします」と言って、俺は踵を返した。




 その数分後、俺は客間で老紳士と向かい合っていた。

 豊かな白髪を後ろに撫で付けている彼は、先程まで俺と会話をしていた少女の父親である。

 部屋の中は、シンプルでありながら確かな品の良さを持つ調度品によって飾られていた。それを見た俺は内心魔王城の自室と比べ、そっと白旗を上げる。帰ったら、壁に掛けてある白骨を取り外そう。


「どうでしたかな」と、老人が言った。その言葉で俺は意識を彼に戻す。


 勿論、俺が失敗したことは百も承知なのであろう。その上での確認作業なのだ。


「お目にかかることは出来ませんでしたが、とても丁寧に対応して戴きました」


 俺は小さく営業魔王スマイルを浮かべた。本で読んだが基本的にニコニコしていた方が印象は良いらしい。

 しかし、そんな魔王スマイルも目の前の紳士には通用しない。逆に底の見えない紳士スマイルを返してきた。


「やはり、何かの間違いなのではありませんかな」と、老人が言った。

「それはありえません」


 俺は微笑みを作りながら、即座に否定の言葉を上げた。

 紳士と俺の微笑みが交差する。俺は何故か、バチバチと火花が舞う音を脳裏に思い浮かべた。

 俺は小さく息を吸うと、笑みを消した。


「予言の勇者にはそれに相応しい証が現れると聞きます」


 老人は微笑みを消さない。しかし、俺は気にせず続ける。


「背中に六枚羽の形をした痣が浮かんだでしょう」


 老人の微笑みは崩れない。しかし、空気が僅かに乾いた気がした。


「他にも羽の痣が浮かんだ『勇者候補』は存在するでしょう。が、『六枚羽』は彼女一人です」


 予言の勇者、その候補には特別な紋が浮かび上がる。羽の形をしたそれは女神、つまり超古代の勇者の恩寵とされ、その恩寵は羽の枚数が多い程大きいとされる。


「どうして」


 そう言って老人は首を傾げる。

 その細められた目は先程とは違う光が浮かんでいる。勿論、友好的なものではない。


「どうして、貴方はまるで見てきたように確信して話すのですかな」


 俺は苦笑した。


「ご安心ください。お嬢様の肌を見た訳じゃありませんよ」


 そしてぐっと口の端を持ち上げた。挑発の為の笑みである。

「私が魔導学院の出というのは、先程ご紹介した通りです」


 俺が現界で確固たる地位を築くまでには、そこそこ長い時間と道程が必要だった。現界の中心に鎮座する魔導学院も、俺が身分を隠して通った道の一つである。


「魔導学院では」


 老人は蔑む様な視線を作った。勿論、それは腹芸の一つであろう。しかし、僅かな本心も隠れている様な気がした。


「覗き見を教授しているのですかな」

「人の力量や潜在能力を見抜けなければ困るのは自分自身ですので」


 魔導学院では確かにそういった技能を教えている。正確には相手の魔力量を測る技能であり、潜在能力まで見抜けるのは魔王たる俺一人であるが。

 しかし、挑発しすぎたかな。俺は内心冷や汗を掻く。

 実力を軽んじられれば、貴族の次女である彼女を連れ出すは不可能。しかし、その父親に嫌われてしまえば連れ出すも糞も無い。最後の詰めだからと言って焦り過ぎたか。俺も人の子だな。魔王だけど。

 最悪の事態を笑顔の裏で考えながら、俺は老人と視線を交錯させる。

 その時、突然ノックの音が部屋に響いた。異様に大きくて乾いた音だった。


「入りなさい」


 老人が言うと、重たそうな木のドアを音も無く開け、一人の女性が入ってきた。

 夜闇の様に黒く、そして長い髪が印象に残る彼女は、そのまま幽霊の様に静かな足取りで老人の後ろへ立つ。そして、針金細工の様に体を固く折り曲げて顔を老人の耳元に寄せ、何ごとか呟いた。

 その内容は聞かないことにした。遠耳の魔術を使えば、流石にばれるだろう。それに、今の体じゃ流石に素で聞き取れはしない。

 しかし、俺の目は老人が僅かに目を見開いたのを見逃さなかった。

 メイドが話し終え、その体を固い動きで直立させる。

 その後、老人は再び俺の目に視線をやった。彼は言いにくそうに口を開く。


「娘が」


 その瞬間、俺はこの場の勝利を悟った。


「後日、お会いしたいそうです」


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