到達する者─禁断の古龍─ 序章 第一話『闇が解き放たれるとき』
「コラァ───ッ!!アルト・バルテリスー!!!」
「えっ・・・・?うわぁっ!?」
突然の叱咤激励に、アルトは飛び起きた反動で、椅子から転げ落ち、頭を床にぶつける。
「いててて・・・・ど、どうかしたんですか?」
「どうかしたんですか?じゃねえ!授業中居眠りするな!お前はなんのために学校に来てるんだ!?」
「痛てぇっ!!」
先生は教科書を円柱形に丸めて、思いっきり先程床にぶつけた頭を狙ってパンっ!と音が鳴るほどに強く打ち付けられた。
アルトは頭の中が真っ白になり、混乱しながらも頭を抱える。その無様な光景を見た生徒たちは吹き出し、一斉に笑い出した。
「これで何回目だよ、あははっ!」
「さっすが皇族を偽った平民!」
「こいつ、やる気ないしこの学園にいても意味なくね?てかいても邪魔なだけだし、存在感薄いんだよなぁ・・・・」
「俺たちの株が下がるだけだよな。あははっ!」
そう生徒たちに嘲笑われる。でも正直慣れてしまった。今はそんなことより、"前から"気になることがある。
(え?また俺って居眠りしてたのか・・・・最近、なんだか良く居眠りするようになったな。週末に医療院にでも行って、診察してもらうか
もしかしたら不眠症かもしれないし・・・・とりあえず、謝らないと)
「すみませんでした。次から気をつけます」
「その言葉はもう聞き飽きた」
と、だけ言って先生は教卓へと戻り、授業の続きをしている。こっちも好きで居眠りしてるわけじゃないんだけどなぁ。
まあ言い訳にしか聞こえないか。と自問自答しながらも、黒板に書いてある授業内容を書き写していく。
(ほんとになんなんだろうな・・・・"アイツ")
"アイツ"とは夢に出てくる少年のことだ。毎回、居眠りするたびに、"アイツ"が夢に出てくる。そして、毎回のように約束事をしている。
あれは幻やまやかしだと思っていたが、あれは幻でも、まやかしでもない。実際に起きたことだ。
幻やまやかしであれば、この黒いグローブはここにはない。
(何かの暗示なのだろうか。これから先、何か起こるのだろうか?それとも・・・・)
─────再会・・・・なんてな。
左手に填めてある黒いグローブを見つめてそう予感した。
四時限目が終わり、そそくさと立ち上がって教室から出る。
俺は今、パリシアが作ってくれた弁当を抱え込むように大切に持ち、教室から校舎裏へと移動していた。
ここは隠しスポットだ。校舎のおかげで太陽遮ってくれていて、一面あたりが影に覆われている。涼しくて気持ちいい。
だが、一つだけ気がかりなことがある。一度アルトは溜息をつき、そして深呼吸をしてから曲がり角に向けて呼びかける。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
先ほどから誰かに尾行されていたのだ。視線もずっと校舎裏の曲がり角ら辺から感じている。隠してるつもりだろうが、丸わかりだ。
校舎裏の曲がり角からひょこっと、現れたのはウチの学園の制服を見事に着こなしていた青年二人だった。
一人はクラスメイトで、もう一人は・・・・誰だ?
「何の用だ」
「これこれはご丁寧に。申し遅れましたね、僕の名前はローレン・クローマセル。どうぞ、お見知り置きを」
そうローレンは一礼する。貴族特有の挨拶だ。
「敬語はやめろ。硬っ苦しい」
「それは失礼。では言葉に甘えて・・・・っと」
(なんだ?この軽い感じは。この自信に溢れている感じは・・・・)
ローレンという男からは何か鋭い視線を感じる。ローレンはアルトに敵対心を剥き出しに、要件を告げる。
「・・・・では、単刀直入に言おう。この学園から立ち去ってもらいたい」
その言葉に、アルトは相好を崩し、絶句する。ローレンの言葉の意味がわからなかった。思考が追いつかない。
なに?この学園から立ち去れ、とそう言ったのか?
アルトは確認するため、口調を強くし、改めて問い直した。
「今・・・・なんて言った?」
「・・・・もう一度言ってやろうか?君はこの学園に相応しくない。僕たちが君のようなカスと同じレベルだと思われたくないからね。
この学園に一緒にいるだけでも、虫酸が走るッ!もしこの学園に在学したければ、僕を倒すことだな。そしたら認めてやる」
「お、おい!それはやり過ぎなんじゃ・・・・」
「僕は貴族だ。気に入らないやつは排除する。それが弱者ならば、尚更のことだよ。この帝国に弱者はいらない」
「で、でもよぉ・・・・」
ローレンは自信に満ちた表情をしている。なるほど、俺は平民だから気に入らないってか。でも相当の手練れだな。でも、でもよ・・・・
(俺には目標がある、それはこの帝国の皇帝になることだ。皇帝になって俺はこの腐り切った帝国をこの手で変えてやる!
もう"あんな思い"はたくさんだッ!そのためにはまず、この学園を卒業しなければならない。なあに、相手が貴族だろうが、強者だろうが、やることは一緒だ。
この程度で怯んでちゃ、皇帝にはなれねえッ!!だから俺は、目の前の敵を倒さなければならねえッ!!)
─────「いいぜ」
「へっ?」
「いいぜ・・・・その勝負受けてやるよ。お前も俺に負けたら退学するんだな?」
「ああ、いいだろう。でも僕は強者だからね、ハンデをあげよう・・・・僕は魔法を一切使用しない。
素手だけで君を倒してみせるよ。それがハンデだ」
「ずいぶんと余裕だなぁ?」
「弱者相手に本気を出すほど、僕は器の小さい人間じゃないからね」
「その言葉、後悔させてやるよ・・・・ッ!!」
瞬間、突然とアルトの姿が消えた。
「消えたっ!?」
「いや・・・・」
青年には見えていないが、ローレンには見えている。アルトの動きを、速度を、この双眸に捉えている!
アルトは芝生を蹴り散らすように飛び出し、地面を這うように低姿勢で一直線に駆け出したのだ。
低姿勢で駆け出すことによって、速度が少なからず上がるのだ。その速度は獲物を狙う猛獣の如く!!
その速度を眼で捉えられないローレンではない!アルトは風に、勢いに身を任せ、全体重を乗せて正拳突きを放つ。
(なんだそのわかりやすい一直線の拳はっ!僕を舐めているのか・・・・ならここはあえて受け流してカウンターを仕掛ける!)
轟、と風を鳴らし、岩をも粉砕してしまうであろうその正拳突きにローレンはあろうことか、口元を歪らせ、勝利を確信した微笑みを浮かべた。
放たれた岩石をも粉砕してしまう正拳突きにローレンは怯むことなく、近づき、アルトの腕を上空へと弾く。
腕を上空へと弾かれたことで、アルトは後方へと突き飛ばされる。突き飛ばされたアルトを追いかけるように、張りつき、そして・・・・
「・・・・っ!?」
「君の負けだ。アルト・バルテリス」
ローレンはがら空きとなったアルトの胴に目掛けて、全身全霊を込め、拳を振り切った。アルトはローレンの渾身の一撃を喰らい、吹き飛ばされる。
「・・・・?」
アルトが己の一撃をもらったのにも関わらず、ローレンは違和感を覚える。一撃を与えたはずなのに、拳に腹部の感触がなかった。
何も感触がなかったのだ。それはあまりにもおかしい。己の攻撃を受けたのなら、感触があるのが必然だ。
でもそれがない。これを意味するのは───
「負けはてめえだ・・・・ローレン。己の力を過信して弱者を見下し過ぎだ。それにつけ入る隙があった。
────それがてめえの敗因だ」
アルトは吹き飛ばされたフリをして、後ろに飛んだだけだ。ローレンの渾身の一撃を避けるために。避けれれば、あとはこっちのものだ。
渾身の一撃を放つということは、かなり大きな隙が生じるということだ。それほど力を溜めて放つ拳には隙が多い。
アルトが先ほどやった正拳突きのように。だが、アルトはその隙を利用して相手の意表を突いた。その結果がこの現状だ。
アルトはサイドステップし、身体を翻り、ローレンとの間合いを一気に詰める。
「こ、この僕が弱者なんかに・・・・ッ!」
怯んで後方に下がるローレンにアルトは容赦なく四方八方から数十に匹敵するほどの数の打撃を一瞬にしてローレンの身体に撃ち込んだ。
風を取り巻き、放つその連撃の速度は疾風、威力は破城槌の如く。
脇腹、横腹、腹部、二の腕、肩、大胸、助骨。上半身にすべての打撃を与えた。血反吐を吐き、足を震わせ、ローレンは力なく、敗北という屈辱を抱えながら地に倒れた。
「さっきの言葉、てめぇにそっくりそのまま返してやるよ。てめえを倒すのに、素手だけで充分だ」
「くそぉ・・・・くそぉ!!この僕が弱者なんかにィ!!」
「次から自分の力を過信し過ぎないようにな。退学はなかったことにしてやる。ただし、もう俺と関わるな」
アルトはそう忠告し、自分と関わるなと命令を下す。だが、その言葉にローレンは耳を貸さなかった。耳に届かなかった。
そんなことよりも・・・・
(ぼ、僕が負けた?そ、そんな馬鹿な・・・・僕が負けるはずなんて・・・・負けるはずなんてないんだ!!
・・・・そ、そうだよ。僕は負けるはずがないんだ。だからここでお前を逃がさない・・・・僕が勝つまでッ!!)
ローレンは背中を向けて立ち去るアルトに向けて指先で魔法陣を素早く描いて、静かに呟くように魔法を唱える。
「《稲妻》」
「・・・・ッ!?」
魔力を察知したアルトは瞬時に振り返る。ローレンの掌から銀色の魔法陣が現れ、放たれたのは雷。相手に電気ショックを与えることもでき、気絶させることも可能な雷属性の魔法の一種。
初級魔法・・・・《稲妻》
こんな至近距離にそんなモノを放たれたら、さすがのアルトも避けること叶わず。
「ガァアア!ァ、ァァアアアアッッ!!!」
枝葉のように分かれた雷がアルトに直撃し、全身を焦がし、痺れさせる。身体は震え、上下に激しく揺れる。
まるで全身を捻られているような感覚だ。これが雷を受けた者の感覚か・・・・あまりいいもんじゃないな。
と、場違いなことを思いながらアルトは焦げたような煙を出し、その場に倒れた。
「・・・・見知らぬ天井だ」
瞼を開き、夕焼けの陽光に目を向けながらアルトはわずかに痺れる身体を起こす。ここは医療室か?
どうにも少し頭が重い。多少、疲れが残っているのかもしれない。まあ雷を受けたのだ。その反動だろう。
「やあ。目が覚めたかい」
優しく、柔らかい穏和な声が室内を包んでくる。身の覚えのある声だ。その声がする方に振り向くと、そこには──
「イクリス兄さん・・・・」
「やあ。体調はどうだい?」
医療院の個室の椅子に座っていたのは・・・・バルテリス帝国の第二皇子にして、アルトの兄である・・・・イクリス・バルテリス。
そして、アルトは第五皇子にして皇帝候補の一人なのだ。
綺麗に整えられた青髪に、鋭く赤く光る灼眼。イクリスは学園の中でも特に優秀な人材で、容姿端麗、しかも性格も良し。
アルトとは無縁な領域にいるような人だ。だが、このイクリスだけがアルトに変わらず優しく接してくれる。
────皇族に拾われた子供なのにも関わらず。
そう、アルトは一切バルテリス帝国の皇帝の血を引き継いでいない。つまり、ただの"平民"なのだ。
有難いことに皇帝に育てられ、学校も通わせ、暖かいご飯も寝床も与えてくれた。自分は幸せだと、そう本気で思っていた。
裕福な暮らしだったさ、そりゃあ皇族だからな。だけど、二年前みんな突然と人格が入れ替わったかのように変わってしまった。
平和主義だった帝国は差別主義となり、この世界は弱肉強食だと言い始めた。そして平民を無下に扱い、奴隷販売をしている。
そんな最低な国に成り下がってしまった。みんな、変わってしまったのだ。でも俺はそんな家族を信じたい。
こんなになってしまったのは何かあるはずだと。
しかし、自分の力じゃどうにもならなかった。イクリス兄さんと力を合わせてもこの帝国を変えられなかった。
なら、残された手段はたった一つしかないのだ。
────その手段とは・・・・皇帝になること。
そうすれば、前と同じ優しい帝国を築ける。そう思って毎日切磋琢磨していた。だが、やはり皇族の血を引いていないからか、ただ単に才能がないのか。
俺は皇族の誰よりも劣っている。優れていることと言えば、素手での闘いが得意。それだけだろう。
それでも・・・・それでも・・・・ッ
(俺はこの国を変えなければならないんだ・・・・)
「アルト?大丈夫かい?」
あまりにも黙って暗い顔で俯いていたからか、心配した様子でイクリスが顔を覗き込んでくる。
それに呼応するように、アルトは腕を左右に小振りして否定する。
「えっ、あっ!大丈夫だよイクリス兄さん。心配して見に来てくれたんだよね。ありがとう・・・・でも心配はいらないよ」
「そっか。君は強いもんね、アルト」
「そんなことないよ・・・・俺は誰よりも劣っている。
だから俺は他の人より、何倍も頑張らなくちゃいけないんだ」
そう語尾を強く、真剣な眼差しで呟いた。独り言ともとれるその発言にイクリスは呆れるように安堵の息を吐いた。
「その心意気は立派だよ。でもね、無理をして身体を壊したら元も子ない・・・・おっと、この後会議があるんだった
僕は皇城に戻るけど、一緒にどうだい?一人で歩ける?」
「あははっ・・・・相変わらずイクリス兄さんは心配性だな」
「そ、そうかな?」
イクリスは少し頬を赤らめ、ポリポリと頬を掻く。
(まあ俺を気にかけてくれるだけでどれだけ心を救われたか)
アルトは二年前からみんなに虐められるようになった。みんなからは蔑まれ、馬鹿にされ、罵られ、殴られという毎日の繰り返しだった。
だが、一人でも自分に優しくしてくれる人がいると、結構心が安らぐものだ。そこで自分を好んで慕ってくれる人の大切さを知った。
当たり前だった存在が失ってから初めて当たり前だった存在がどれだけ大切なものだったかを知る。
だから俺は学んだんだ。やはり人には人が必要だと。お互い、支え合っていかないと生きていけないって。
弱さを、心の痛みを知っている人は人に優しくも、己自身も強くなれる。そう二年前から今までの出来事で強く実感した。
「行くよ。兄さんと・・・・一緒に」
「そっか。じゃあ行こうか」
そうしてアルトとイクリスは医療院を後にし、皇城に向かったのだった。
──皇城──
皇門が開かれ、皇城の中に入る。鮮血のように赤い絨毯に、黄金の床。そして左右に並ぶ、白銀の柱。
その柱には代々受け継がれた皇帝の名が刻まれている。
二人して、皇門の前に立つと二人、白と黒で一色されたメイド服を来た召使いたちが押し寄せ、俺たちを出迎えてくれる。
俺たち専属召使いたちだ。
「おかえりなさいませ、イクリス皇子様」
「ただいま、ケイカ」
「おかえりなさいませ、アルト皇子様」
「ただいま、パリシア」
(あぁ・・・・・この二人には癒されるなぁ)
二人は文句なしの超美少女。まずは俺の召使いから紹介していくか。身長はおおよそ、一六○センチ前後ぐらいだろうか。
外はねしたゆるふわ系の紫髪ショートに、長い三つ編みを背中にぶら下げ、大きな理知的な灼眼に桃色の唇がその可愛さを露わにしていた。
柔らかな眼差しには可愛さと幼さが重なり、白い肌が上品さを引き立てせてくれる。種族は吸血鬼。
一方でイクリスのメイドは身長は一八○センチは確実にいっているな。腰まで届く長い金髪を靡かせ、かなり鋭い蒼眼がイクリスを見つめている。
しかも射抜くようにだ。あれじゃあ、睨まれていると思われても仕方がない。事実、ケイカは眼にコンプレックスを抱いている。
全身焦げた茶色の肌に目立たせる桃色の唇と、そして・・・・OPPAI!ちなみにこれは予想だが、Fカップはありそうだな、うん。
種族は鬼人で、おでこに紅の角が存在を引き立てせる。
「じゃあ、僕は会議室に行ってくるよ。アルトはどうするんだい?」
「俺は・・・・自室に戻るよ」
「わかった。パリシア、アルトのことは頼んだよ」
「かしこまりました」
イクリスはそれだけ言い残し、会議室へと向かう。背中を見せるイクリスに、パリシアとケイカは頭を下げる。
イクリスの姿がなくなると、頭を上げ、ケイカはどこかへ行き、パリシアはずっとアルトに寄り添っている。
(俺もいくか)と、螺旋階段を登り、二階まで辿り着くと、右へと曲がり、無限廊下だと錯覚するほどに長い廊下を歩いていく。
歩く速度は少し遅めに。
パリシアもついてきてくれているから、パリシアの歩幅を揃えていかないと。自室の前に着いたら、ドアノブを捻って前に押す。
アルトが入室したのを確認すると、パリシアはドアノブを掴み、入室すると共に扉を閉めた。
「今日はどうなさいますか?」
「今日は勉学かな。今日も居眠りしちゃって、予習や復習しないと・・・・」
「かしこまりました。それでは、紅茶をお持ち致します」
「わざわざありがとね」
「いえ、当然の務めです」
そう言ってパリシアは退室した。こういう気が利くとこがいいんだよなぁ。まあ召使いとして当然なのかもしれないけど。
(さあて、勉強すっか)
アルトはテーブルの椅子に飄々とした腰を掛け、持たれかかる。すると、引き出しを開いて教科書と文房具を取り出す。
勉学はかなり好きだ。色んなことを学べるし、戦闘にも使える場合がある。知識は力なりというしな。
特に好きなのは歴史だ。様々な歴史を読んできたが、一つだけものすごい興味をそそる古代の話があった。
それは・・・・『破滅と禁断の双龍』の話だ。昔、人間は弱肉強食という概念を消そうと、世界を創り変えようするという話だ。
まず、世界を創り変えるためには世界のどこかに散りばめられている"二つの鍵"が必要だ。
金色の輝きを持つ槍と、禍々しいオーラを放つ呪いの刀。
この"二つの鍵"が合わさったとき、太陽に匹敵するほどの強烈な光が現れ、やがて光が止むとそこには破滅の古龍と禁断の古龍が姿を表している。
破滅の古龍は一度世界を破滅し、禁断の古龍が世界を創り変えるという禁断を犯すという話だ。
一度破滅された人間は、創り変えられた世界で再生され、世界が創り変えられたという記憶がないまま、生活する。
故に世界は平和になったと、記されている。
にわかに信じ難い話だが、俺はこの話に興味がある。世界を創り変えてしまえば、優しかった頃のみんなが戻るんじゃないか、と希望を抱いてしまって───。
ドンッ!ドンッ!ドンドンッ!
うるさいなぁ・・・・眠れないじゃないか。
ドンドンッ!ドンドンッ!ドンドンッ!ドンドンッ!ドンドンッ!
ああ、もう!!!
「なんなんだよッ!!」
「申し訳ございません、アルト様。起きていただけますか?ご報告があります」
(あれ・・・・俺、いつの間に寝ていたんだ)
「どうしたんだよ?」
「落ち着いて聞いてください」
「・・・・ああ」
もうなんだよ、硬っ苦しいなぁ。報告があるならササッと伝えればいいのに。・・・・その瞬間、突如背筋が凍った。
な、なんだか嫌な予感がする・・・・。やけに騎士の口が開くのが遅い感じがする。まるでスローモーションみたいだ。
その瞬間、騎士から告げられた報告により、アルトはさらに全身を凍らせることとなる────。
「・・・・・今晩、イクリス・バルテリス様が何者かに殺されました」
「・・・・えっ、あ・・・・・えっ?」
なにを、言われた、のか、わから、なかった。騎士の口にした言葉の意味を呑み込めず、アルトは間抜けな声で聞き返す。
だが、話す時間はない。とでも言いたげな顔でアルトの疑問には答えてくれなかった。
つまり、それは肯定を意味する。
「皇帝から召集命令が下されています。ご同行願います」
(そ、そんな・・・・イクリス兄さんが、イクリス兄さんがぁ・・・・う、うそだ・・・・そんなのって、ありえな・・・・)
『アルトのことは頼んだよ、パリシア』
「ハッ・・・・!!」
あの発言は・・・・もしかしてイクリス兄さんは自分が暗殺されるとわかっていたのか?ならどうして言わなかった。
俺たちが巻き込まれると思ったからか?どちらにせよ、イクリス兄さんを殺したヤツは絶対に許さない。
ぶっ殺してやる・・・・絶対にだ。身体が熱くなっているのがわかる。頭に血がものすごい勢いで昇っていくのがわかる。
怒り・・・・っていうのはこういうことなんだな。アルトは完全に憤怒に身体を支配され、顔が厳つくなる。
その様子に騎士は拍子抜けた。
「ア、アルト様・・・・?」
「・・・・え、あ、ぁあ・・・・・わかった」
アルトは我へと返り、恍惚とした声を上げた。
なに熱くなってんだ。冷静になれ。まずは手掛かりを見つけて、犯人を見つけ出すんだ。見つけ次第、すぐに抹殺する。
あれ・・・・冷静になれてないな。当然か・・・・大切な人が殺されたんだから・・・・今は感情的になってもいいよな?
イクリス兄さん・・・・犯人を見つけたら、必ず仇を討ってやるからな。
──会議室──
「連れて参りました。皇帝陛下」
「ご苦労。それでアルトよ、何か心当たりはないかね?息子が殺されたもんなんだから、かなり気が立っていてね。
何か知っていることがあるなら話してくれないか?」
目の前のテーブルに置かれているのは、犯行に使ったと思われる少し血の滲んだ凶器だった。皇帝はアルトを観察するかのように見据えた。
(なんだ・・・・妙に敵愾心を感じる視線だな)
そう思わせるような殺気が立った、眼光だった。まあ無理もないだろう。一刻も早く犯人を見つけて抹殺しに行きたいのだろう。
俺もとっとと、犯人を見つけ出して仇を討ちたい。俺は思ったことをそのまま言葉にする。その方が早く話が終わりそうだからだ。
「俺は何も知らない。寝室で寝ていたからな。この凶器にも身に覚えがない」
「そうか・・・・」
アルトがそう返事すると、皇帝はなんだかガッカリしたような、俄然としたような様子でアルトを見据えた。
皆も皇帝と同じように、アルトを睨んでいる。
「な、なんだよ?どうしたんだよみんな・・・・」
「あのな、アルト・・・・犯行に使われていたであろう凶器にお前の臭いがするそうなんだ。オルバの専属召使いがそう言っている。
・・・・だから、だから・・・・犯人はお前しかいないのだよ。アルト・バルテリス・・・・いや、アルトッッ!!!」
皇帝はアルトのラストネームだけを抜き取り、怒りのままに叫んだ。アルト、貴様はもう皇族の者ではないと、家族ではないと、腕を横に振り、家族の縁を切った。
突如、周囲の空気がざわりと剣呑なものに変わった。
なに?俺の臭いがついている?何を言ってるんだ。そんな冗談を言う暇があるのなら、一刻も早く犯人を見つけ出して・・・・
そう焦燥感を抱いていると、ずっと黙っていたオルバが口を開いてアルトに言葉を投げつけた。
「犯人は貴様以外ありえないのだよ。人でなしが」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「は?なにをほざいてんだ?冗談はそこまでに───ッ!!」
そうオルバに暴力的な言葉を投げつけようとしたとき───
「アルト────ッッ!!!息子だからといって、容赦はせんぞッ!!良くも私の大切な・・・・俺の息子をォオオッ!!」
皇帝の怒鳴り声に遮られ、アルトはようやくこれが冗談ではないことを理解した。みんなは誤解をしている。
とりあえず、誤解を解くから始めないと。そう思っているのに、アルトは焦ったように、少し早口めに言葉を発した。
「お、俺はやってないッ!信じてくれッ!」
(なんなんだこのセリフ!?焦るなと自分で言っておいて、犯人じみたセリフを言ってんじゃねえか!)
その発言で皇帝は確信した。アルトは犯人だと。
「もう証拠は出ているんだッ!獣人は鼻が効くのは知っているだろ?このナイフに貴様の匂いがすると言っているんだ!」
「そんなの、絶対ウソだッ!俺がイクリス兄さんを殺すはずがないッ!!」
「いい加減認めたらどうだ?この犯罪者が。やはり、拾った子供なんか放っておいて、育てなければ良かったんだ。
そうすれば、こんなことにならなかったんだ!!」
「違う!俺は・・・・」
「黙れッ!!犯罪者の言葉に耳など貸すものかッ!」
「違・・・・ほんとに俺は・・・・・・・ッ!?」
オルバの背後にいる獣人の召使い。俺はハッキリと見えた。こちらを見下すように、見降ろすように、向けられた視線、顔。
嘲るように向けられた視線と顔で俺はすべてを悟った。自分は、俺はハメられたんだと。このオルバに、その専属召使いに。
(俺は、俺はッ!!ハメられたんだ・・・・)
この差別主義の国を変えようとしているイクリスと俺を排除して、自分だけの、自分たちだけが快楽を味わえる国を作ろうというのか・・・・?
人でなしはお前らの方だッ!!
俺はそんな外道を信じていたのか・・・・?今までッ!?何かが原因でこうなった、と本気でそう思っていたのかッ!?
────否。そう思いたかっただけだ。自分の気持ちを偽ってまで、自分を守りたかったんだ。
そうやって自分の気持ちを偽らないと、とてもその真実に耐えられそうにないから。
アルトは自分自身への、周りを取りつくっている環境への、憎悪を覚えた。周りの環境が、自分自身が無力のせいでみんなこうなってしまった。
幸せな家庭を崩壊させてしまったッ!!この世界は思ってたよりも、光より闇の方がずっと多いんだ。黒い感情が世界を覆っているのだ。
光なんてちっぽけなモノだ。この状況に、アルトは強く実感した。
────この世界に神なんていないと。
もし神がいるのなら、今すぐそいつのところに行って殺す。いや、ならいっそのことすべてを殺す。目に映る闇が、黒い感情が消えてなくなるまで。
そのためには自分も闇に染まらないといけない。悪に対抗できるのは"正義"ではない。悪の上を往く"絶対悪"だッ!!
─────ドクンッ。
身体の底から沸騰するような怒りが、憤怒が、熱い血が全身を素早く駆け巡る。特に心臓がものすごく熱い。だが、気分は悪くない。
────ドックン、ドックン。
黒いグローブから、何かの鼓動を感じた。心の奥から溢れるドス黒い憎しみが、黒いグローブを侵食し、黒い呪気を噴出する。
腹の底に蠢く、黒い感情が身体を、心を侵食していくのがわかる。まるで身体を、心を喰われてしまっているみたいだ。
身体が影のように揺らめく。それに呼応するようにアルトはゆっくりと顎を上げ、顔を見上げると・・・・
「ゥゥヴヴォォォオオオオオオオオオ────ッッ!!!」
天に吼えた。
アルトの唇から放たれたのは、明らかに人のものではない咆哮。地鳴りのような、海鳴りのような、あるいは落雷のような。
そんな大気を揺らす咆哮であり────
「て、てめぇ大人しくしろッ!」
「黙れッッ!!!」
取り抑えようと襲いかかる騎士に、アルトは腕を横に薙ぎ払い、その風圧だけで騎士を数十メートルへと吹き飛ばした。
やがて壁にぶつかると共に壁に風穴が生じた。
「ガッ・・・・ハ・・・・ッ」
騎士はあまりのダメージに失神した。その光景にアルトは哀れみも同情もない。そこにあるのは、黒い感情のみ。
(なぜか・・・・ものすごく力が漲るッ!この力を思う存分振るってしまいたい!!それができれば、どれだけ気持ちのいいことか・・・・)
アルトの膂力に驚愕した皇帝は我へと返り、即座に命令を下す。
「そんな力をどこで・・・・ええいっ!みんなアルトを取り抑えろ!」
「はっ!!」
みんなして武器を手に、襲いかかる。皇帝候補の三人とその召使いたち。
(この人たちは・・・・かつて俺の大切な人だった。ここで傷つけさせるわけにはいかないッ!!)
この黒い感情に支配されるな。自分を保て。
「うぉぉおおおおーッ!!」
アルトは拳を固め、握りしめると、襲いかかるみんなの方ではなく、床に、地面に向けて渾身の一撃を撃ち込んだ。
床は、地面は、大地はアルトの拳に寄って亀裂を生み、爆砕する。砕かれて出てきた小石、砂埃が砂嵐のように舞い上がり、辺りを包み込む。
「うわぁっ!!」
皆は亀のように身体を丸める。頭を守っているのだろう。小石が頭にぶつからないように。その隙にアルトは皇城から抜け出した。
もう止んだ、と思った皆は伏せていた頭を上げ、目の前の光景見て、唖然とした。そこにはアルトの姿はなかった。
「・・・・っ、決して逃がすな!!アルトを追え!追ぇえええー!!」
「・・・・ッ!!」
皇帝の怒鳴り声に、ビクッと身体を震わせ、その声に呼応するように会議室から逃げ出すかのように飛び出した。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
(こんなところで捕まってたまるかッ!俺は・・・・俺は世界を創り変えるまで、捕まってたまるものか!)
ふと、皇門の前に一人のメイドが立ち竦んでいた。紫髪に大きな灼眼。綺麗というよりかわいいに近いような美少女だ。
十年以上常に傍に寄り添ってくれたこの少女に、アルトは疑いの目を向ける。睨むような形で。
「・・・・アルト様」
ただ、パリシアにはアルトが自分を睨んでるとは、到底思えなかった。
もう俺を傷つかないでくれ、と。もう俺を疑わないでくれ、と。もう俺の気持ちを裏切るようなことをしないでくれ、と。
パリシアの目にはそう訴えかけているように見えた。なぜなら彼の瞳は子供のように大きく潤わせ、涙を流しているから。
「お前も俺がイクリスを殺したと思っているのか?お前も俺を疑うのか?お前も・・・・俺のことを捕らえるのか?」
「いえ・・・・アルト様。わたしもご同行いたします。わたしはアルト様専属召使いですので。
・・・・・・断ってもついて行きますからね?」
そう意地悪な且つ、優しそうな、暖かそうな、かつてアルトの元からいなくなってしまった母親に似た微笑みを疑心暗鬼なアルトに向けた。
アルトに優しく、安心と家族の暖かさを与えてくれた母親に似た微笑みを向けられただけで、肩の力が抜け、瞳が大きく揺らいだ。
たったそれだけのことで。たったそれだけの一言で。たったそれだけの表情で・・・・
疑心暗鬼になっているアルトを安心させた。
わたしはアルトの敵じゃないよ、味方だよ。と眼で訴える。それが伝わったのか、アルトは安心した途端、落胆とし、地に尻もちをついた。
(パリシアが、初めて俺に・・・・笑顔を向けた・・・・)
いつも無表情だったパリシアが・・・・。
そのことが嬉しいと同時に安心した。パリシアは俺の敵じゃないって。そうわかったから。そう必死に伝えようとしていたから。
「アルト様、これを・・・・」
パリシアがポケットから取り出したのは、赤い羽根のシールがついた手紙だった。
(これはもしや・・・・もしかして・・・・・・・ッ!)
アルトは奪うようにパリシアから手紙を取り、乱暴に封筒を開け、中身の手紙に視線を落とした。
差出人は・・・・・イクリス・バルテリスだ。
『この手紙を読んでいる頃には僕はもうきっと死んでいるのだと思う。だけど心配しないでほしい、悲しまないでほしい』
そんなの・・・・無理だって・・・・・・イクリス兄さぁん・・・・。
『押し付けがましいのかもしれないけど、最期に僕の頼みを聞いてほしい』
・・・・・・・な、なんだ?
アルトは視線を落とすとそこには・・・・
『この世界を変えてくれ』
と記されていた。
『あの二年前の、あの幸せな日々を取り戻してくれ。みんなが安心して、笑っていられるような、不自由のない、差別のない平和な世界へと、変えてくれ。
君が世界を変えていくのを、天国から見守っているよ。平和な世界を望むイクリス・バルテリスより───』
「う、ぅぅ・・・・・くっ・・・・」
気がつけば、手紙を読み終わっていて。気がつけば、涙を流していて。気がつけば、泣いていて。気がつけば、パリシアに優しく暖かく抱きしめられていて。
────このままでは、ダメだ。泣いちゃダメだ。余計にイクリス兄さんやパリシアを不安にさせてしまう。
決めた。俺はもう泣かない。感情を表には出さない。俺は闇を葬るだけのために、世界を変えるだけのために戦う。
そのためには、感情など必要ない。
・・・・俺はもうイクリスやパリシア以外、誰も信じない。パリシアは必ず命を賭けてでも守ってやる。
────そして、この世界を"創り"変えるんだ。
「・・・・行くぞ、パリシア」
「はい。おうせのままに」
それが俺のできる最善の罪滅ぼしなのだから────
補説 属性と融合属性
この世界には火水風土、光闇。六系統の属性が存在しており、皆扱える属性系統が必ず二つまである。それ以上なければ、それ以下もない。皆、公平に二系統の属性が扱える。
さらに六系統の属性を融合させ、異なる属性を生み出すことが可能である。その属性のことを『融合属性』という。融合属性は、六系異統の融合属性が存在する。
雷(火+風)、氷(水+風)、毒(風+闇)、幻(水+闇)、音(風+光)、金(火+土)。
極稀に無属性という何も属性を持たない系統がある。故に何も持たない属性だからこそ、他の属性に染まることができ、全属性を扱うことができる。
だが、全属性を扱うことができる代わりに、威力が半減する。




