第七話 記憶の共有
翌日。魔導暦2017年10月9日。
学園では、先日の試合で優勝と準優勝を飾ったティアとアルフレートをそっちのけで、フローラとリーゼロッテが注目を浴びていた。
魔法という超常的な力に日頃から慣れているとはいえ、魔獣という種族が本当に存在していたという事実は、生徒どころか教師たちすらアルフレートの教室に押し寄せる事態となった。
昼休み。アルフレートはやっとのことで押し寄せる生徒たちをかき分けて食堂にたどり着き、ジェイク、アリサを加えた5人でテーブルを占拠し、人心地付いていた。
「いやー、なんつーか、すっげえ人気だなぁ」
フローラの隣に座っていたジェイクが、彼女の頭を撫でながら話す。
「……あの」
ふいに、フローラが口を開き、ジェイクを睨む。
「ん、どした?」
「そろそろ止めて欲しい。撫でられるのも、度を過ぎるとちょっと……」
「おっと。それもそうか、悪かったな」
ジェイクは即座に彼女を撫でるのを止めた。
それから全員は黙々と食事を開始したのだが、しばらくしてアリサが誰に対してでもなく話始めた。
「でもまさか、この子たちが私たちのクラスに編入されるなんて、びっくりだよね」
「うん。僕の使い魔だから校舎には入れてもらえるだろうと思っていたけど、まさか生徒にカウントされるとは思わなかったよ」
今朝、担任教師のシェリー・メルヴィルからそう告げられた時は、クラス全員が彼女の冗談じゃないのかと疑ったほどだ。
「でもよ、お前らはそれでいいのか? 学園の授業なんて退屈だろ。アルが勉強している間は、別の場所で遊んでる方が楽しいんじゃないか?」
ジェイクの問いにフローラとリーゼロッテは首を振る。
「退屈だとしても関係ない。私たちは常にご主人様の傍にいてお守りする立場だから」
「そうそう。本当は寝るところだって一緒が良かったのを我慢してるんだよ?」
あまりにもアルフレートに対して従順な二人にジェイクは唖然とした。それと同時にアルフレートも自分の使い魔に薄ら寒いものを感じ、気付けはジェイクと同じような言葉を口にしていた。
「ねえ。二人は本当にそれでいいの?」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「使い魔って言われても僕にはよく分からないから、昨日シアメイに言われたように、二人とは家族として、兄と妹みたいな関係でやっていきたいって思っている」
「はい」
「だからさ、二人には二人の人生があると思うんだ。確かに使い魔として一生の契約を結んだのかも知れないけど、一日中僕に付いて回る必要なんてないんだよ?」
アルフレートの主張を聞いて、フローラは少し悲しそうに俯き、リーゼロッテはムッとした表情に変わる。
「それは違うよ、兄ちゃん。あたしたちは兄ちゃんと契約して、死ぬまで兄ちゃんを守るんだって決めたんだから」
アルフレートは「本当はこんなことは言いたくなかったけど」と前置きしてから、少しだけ声を強めて続けた。
「どう考えてもおかしいでしょ。僕は石の力を使って君たちを召喚して、契約した。それには君たちの意思なんて関係なかったよね? 君たちからすれば、急に呼び出されて契約させられた相手に、どうしてそこまで尽くそうと思えるのさ?」
言葉にしたことで、アルフレートの中に渦巻いていた疑問や罪悪感のようなものが膨れ上がる。
軽い気持ちであの石を賞品に選んだのは間違いだったのかもしれない。
もし、魔獣石の力で彼女たちの心まで縛っているとしたら――などと悪い方へ思考を巡らせてしまった。
「ご主人様……あの時、私たちと契約を結んだ時に、何か見えたものとかないですか?」
「え? み、見えたもの?」
契約の際に生じた衝撃でアルフレートは気を失ってしまったのだが、朧げに覚えていることがあった。
「――草原……を見た気がする。遠くには森があって、その奥には大きな山が見えた。そして隣には子犬が走っていた。夢でも見たのかと思っていたけど」
他にも色々。
思い出そうとすればするほど、まるで鎖で繋がれているのかと思うほどにするすると大量の記憶が蘇ってきた。
狩りをした事。他の魔獣たちと遊んだ事。寒さに震えながら冬を越した事。
「それ、あたしたちの記憶だよ。兄ちゃん」
「ご主人様は私たちの記憶を見たんです。そして、ご主人様に私たちの記憶が見えたと言うことは――」
フローラの言葉を聞いてアルフレートはハッとして席を立ちあがる。
「うわっ! どうしたアル!」
「あっ、ごめん」
ジェイクの驚きの声を聞いて我に返り、すぐに席に座り直した。
「……じゃあ、二人はアル君の記憶を見たって事なの?」
アリサがアルフレートの代わりに尋ねる。
「はい。見ました」
「だから、ある程度は分かるんだ。兄ちゃんがどんな人なのか。仕える価値のある人間なのか。これはちゃんと自分で考えて決めたことだよ」
アルフレートは今までも両親から散々昔話を聞かされていたが、どの話も実感が湧かなかった。その話に出てくる自分を、自分だとは思えなかったのだ。
だからこそ身に覚えのない話をされるのが嫌で嫌でしょうがなかったはずなのに、気が付いたら二人に尋ねてしまっていた。
「それって、どこまで見たの? 僕の……子供の頃の記憶も? 今よりもずっと――君たちよりも小さい頃の記憶まで全部見えたの?」
アルフレートがあまりにも必死な形相で尋ねるので、二人は射すくめられて一瞬固まった。
「お、おい。さっきからどうしたんだよ? そんなに昔の話をされるのが嫌なのか?」
「いや、嫌っていうか……」
アルフレートはジェイクに尋ねられて思い出す。
ジェイクとアリサには、自分が子供の頃の記憶を持っていない事を話していない。そういった先入観のようなものを持って欲しくなかったからだ。
「えっと……何を見たか話していいのでしょうか?」
アルフレートの中に聞きたいという気持ちが湧き上がる。
彼女たちが見たのは、人から見たアルフレートではなく、アルフレートが見た光景をそのまま見たはずなのだ。
だとしたら、今まで聞かされてきた話とは何か違うのではないか、何か思い出すのではないかと期待せずにはいられなかった。
「い、いや、やっぱり止めて。自分の小さな頃の話なんて恥ずかしくて思い出したくもないからさ」
アルフレートはそう言って、湧き上がった気持ちを押し殺した。
「……そうですか」
二人は何かを察した様に話すのを止めた。
これでいい。10歳から先の記憶があれば十分だ。今の自分はその記憶だけで出来ているのだからと、アルフレートは自身に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
「とにかく、二人は僕の記憶を見たおかげで、長年一緒にいたかのように僕の事を知っているってことなんだね?」
「断片的にだけどね。兄ちゃんの全部が分かってる訳じゃないよ。ただ、あたしたちが見た記憶だけで十分に兄ちゃんの事を気に入っちゃったってだけ」
「そっか……よかった」
彼女たちが自分の意思で懐いてくれていることが分かり安堵していると、アルフレートの頭の中に突然声が響いた。
『ご主人様』
「……え?」
アルフレートが驚いてフローラを見ると、彼女は真っ直ぐに彼を見つめていた。
『驚かせてごめんなさい。私たちにはこういうことも出来るんです』
『使い魔だからな。兄ちゃんからあたしたちにも出来るはずだから、やってみてよ』
今度はリーゼロッテの声までもが響く。どうやら幻聴ではないようだ。
『こ、これってテレパシーってやつなの?』
『はい。その解釈で合っていると思います』
頭の中で彼女に話しかけると、会話が成立した。アルフレートは心の中で「使い魔って何でもありだな」と呟いたが、これは彼女たちには伝わらなかった。
伝えようという思いが重要なようだ。
『ごめんな、兄ちゃん。記憶の事、みんなには内緒だったんだな』
『えっ、し、知ってたの?』
『はい。記憶を見たのですから当然です。ですが、この学園に入学する時よりも最近の記憶は見えなかったので気付きませんでした。すみません』
『……そう』
『ご主人様、ご安心ください。私たちはあなたが記憶を失った時よりも昔の記憶を見てはいません』
フローラの言葉を聞いてアルフレートは安心し、落胆した。
そして、自分が落胆したことに気付いて自分自身を嫌悪した。
『そっか、見てないか。うん……安心したよ。昔の記憶なんて思い出したくないからさ』
アルフレートが無理に強がった言葉を彼女たちへ送っていると、目の前をアリサの手がひらひらと上下する。
「な、何?」
「アル君どうしたの? さっきから二人と無言で見つめ合ってて、なんか変だよ?」
「え、そ、そうかな? あ、あはは」
笑ってごまかすアルフレートをアリサとジェイクはあからさまに不審に思ったが、問いただすことはしなかった。
この1ヵ月、アルフレートに家のことや昔のことを尋ねると必ずと言っていいほど、こうやって笑ってごまかされてしまうので、二人はこの不審な笑いが出たらそこでその話題は終わりにするようになっていたのだった。
放課後。シアメイ、ティア、アルフレート、ジェイク、アリサ、フローラ、リーゼロッテの7人は校舎のピロティで雨宿りをしていた。
普段はマサムネが車でティアを迎えに来るそうなのだが、今日は少し遅れており、それまでみんなで話しながら待つことになったのだ。
当然、シアメイとティアはマサムネが来ない理由を知っているのだが、みんなには黙っていた。
シアメイはさりげなくティアの隣に並び立ち、何気ない会話をしていると、アリサが少し怯えるように全員に呼びかけた。
「ねえ、みんな。私、なんか嫌な感じがするかも……」
アリサは震える手でジェイクの制服の袖を掴む。
「い、嫌な感じ? なんだよ、アリサ。オバケでも見たのか?」
ジェイクはアリサの小動物のような仕草に、彼女を抱きしめたい衝動に駆られたが、みんなの前だったこともありギリギリの所で自制した。
「わ、私たちも、感じます!」
「なんだこれ、兄ちゃん! なんか来るよっ!」
リーゼロッテとフローラがアルフレートをかばうように彼の正面に躍り出た瞬間、思わず目をつぶるほどの爆風が彼らを襲った。
風に乗った雨粒が全身に痛いほど叩きつけられ、たまらず両手で顔をガードする。
しばらくして風が止むと、皆が次々に驚きの声をあげた。そして、お互いの身を気遣い始めたところでアルフレートがあることに気が付く。
「あれ? ティアは?」
まるで今の突風に攫われたかのように、ティアだけが突然に姿を消してしまっていた。
シアメイは心の中でマサムネに悪態をつく。どうやったのかは知らないが、やりすぎだ。確かにここでティアを誘拐する手はずだったのだが、よもやこんな方法で仕掛けてくるとは思いもしなかった。
「お、落ち着いて、みんな」
シアメイは地面に落ちていたティアのコートを拾い上げ、そのポケットから一枚の紙きれを取り出し、ジェイクに渡す。
「…………えっ」
全員が覗き込むようにしてジェイクが持っている紙の内容を見た。
ジェイクに渡した紙はマサムネからの手紙だ。
「ジェイク君。一応全員に聞こえるように声に出して読み上げてもらえるかい?」
「あ、ああ。分かった」
ジェイクは軽い咳払いをすると、マサムネの手紙を読み上げ始める。
「ティア様の友人達へ。私はティア様のボディーガードのマサムネという者です。この手紙が君たちへ渡ったと言うことは、私がこの学園の防衛設備等をかいくぐり、ティア様を誘拐することに成功したということです。詳しい経緯はシアメイに説明を任せます――っておい。やけに落ち着ていると思ったら、お前も共犯かよ」
ジェイクがシアメイを睨む。
「ご、ごめん。でもこれ、学園側から依頼された事らしいんだよ」
「は? 学園?」
「うん。最近物騒な事件が多いよね。だから、マサムネさんに学園の防衛設備のテストをお願いしたらしいんだ」
「で、見事突破されて、ティアが誘拐されたと……ダメダメじゃねえか」
「まあ、結果的にそうだったみたいだけど」
「……続きあるみたいだから、読むぞ」
ジェイクは少し不機嫌そうにしながらも、手紙に視線を戻す。
シアメイはこのタイミングでネタばらしをしておいてよかったと胸を撫で下ろした。
マサムネの当初の予定では、全てが終わってからとなっていたのだが、そんなことをしたら自分とティアも彼の本気の怒りを買ってしまったことだろう。
「私は君たちがティア様を助けに来るのを待っています。制限時間は30分。無事見つけられたら、稽古をつけようと思うのでそのつもりで来るように」
読み終えるとジェイク君は手紙を握りつぶした。
「おもしれえじゃねえか。やってやるよ」
「ジェイク君……もしかして、怒ってる?」
「いや? ただ、このマサムネって人はぶん殴ってやろうと思っただけだ」
シアメイはそれを怒っていると言うのだと思ったが、口には出さなかった。
「シアメイ、お前はティアの場所知ってるのか?」
「ううん。ここから先はボクも知らない。そもそも出来ることならクラインさんの誘拐を阻止してやろうと身構えていたわけだからね」
何も出来ず仕舞いではあったが、マサムネの実力を考えれば当然の結果だと言える。
「なら、ここからは協力してもらうぞ。アルとアリサもだ」
「うん。当然だよ」
「私に出来ることなら」
シアメイはジェイクの素早い対応に少し感心する。なんというか、リーダー役が板についていた。
「フローラ、リーゼロッテ、お前ら犬なんだよな。匂いとかでティアの居場所分からないか?」
ジェイクに尋ねられた双子は申し訳なさそうに、しょんぼりとした顔をする。
「ごめん。ホントは兄ちゃんたちの力になりたいんだけど、そもそもティアお姉ちゃんは匂いが薄いし、この雨だと……」
「あ~、なるほど。じゃあ、どうすっかなあ」
「あの、ジェイク君。私に任せてもらえないかな?」
「アリサ? 何か考えがあるのか?」
アリサはちらりとシアメイを横目で見てから、意を決したように提案する。
「私なら、ティアちゃんの気を辿って見つけられると思うの」




