第二十二話 事後処理と休息
ティアの体力がある程度回復したところで、炭のようになっていたケイオスの右腕を炎魔法で灰に変えてから、一同はアウデンリート城へと戻った。
ツィスカ達と合流して事の顛末を報告した後で、テオドールがティア達を魔獣島に帰すように提案した。
ヨハネスはすぐにその意味するところを察して、威厳ある視線をティアたちに向ける。
「――つまり、君達は魔獣島からアデライード王国に移動する手段を持っているというわけか」
「……言っとくけど、教えないですよ」
自分の失言に責任を感じていたジェイクは、最後の抵抗とばかりにヨハネスを睨む。
今更になって駆け付けてきたテオドールの部下やその他の軍人達がジェイクの態度に腹を立てて武器を向ける。
「武器を下ろせ。ここを戦場にする気はない。私の身体にいた虫やグーニラの討伐に協力してもらった礼として、君達を王国へ解放しよう。ただし、正規のルートでな」
「正規のルート? 陛下、それはまさか海路のことでしょうか?」
「その通りだ、エーデルフェルグ大佐。帝国領に迷い込んだエウニス学園生の返還という名目なら、王国も受け入れるだろう」
ヨハネスの発言に周囲の軍人たちがざわつく。
レオンティウス帝国とアデライード王国を繋ぐ海路とは、30年程前に王国が帝国に対して宣戦布告して以来、戦争以外の目的で一度として使われたことが無いものだからだ。
「素晴らしいお考えですね。どうでしょう、お爺様。これを機に王国と交流を深め、ゆくゆくは和平を――」
「ツィスカ、王国がこの国や配下の小国に何をしてきたのかを忘れたのか?」
「それは……忘れたわけではありませんが、どこかで憎しみの連鎖を切らない限り、戦争を繰り返すことになってしまいます」
「今はその時ではない。私は先の戦争で多くの大切な者を失った。それはこの場にいるほとんどの者たちが経験したことだ。その悲しみ、怒り、憎しみは早々消えるものではないよ」
ヨハネスの言葉を聞いて、ツィスカは俯いて拳を握り締める。
「――では……お爺様はまた戦争をするおつもりなのですか?」
「そうするべきだと判断した時は、ためらわないつもりだ」
ヨハネスはツィスカに近寄って周りの人々に聞こえないように小さな声で告げる。
「私は生涯王国を許すことはないが、それをお前に強要する気はない。今は耐えて、準備をしなさい」
「準備……ですか?」
「エーデルフェルグ大佐のような求心力のある騎士を集めて、発言力を高めるよう努めなさい。自分の番が回ってきた時、やりたいことをやれるように」
「私の番?」
ヨハネスは優しく微笑むとツィスカから離れて周囲の軍人たちに指示を飛ばし始める。
それに合わせて、ティアが携帯端末でレティスと連絡を取り始めた。
自分たちの無事を伝えた後、海路で帰れることになったことを報告して王国側にも準備をしてもらえるように伝える。
皆が慌ただしく動き出した中で、ツィスカは一人その場に立ち尽くして考えていた。
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味でしょう。今から足場を固めて、後を継ぐ準備をしろということです」
「なっ、私が!? というかテオドール、貴方聞いていたの?」
「隣にいたので当然聞こえますよ。まあ、聞こえていたのは私とツィスカ様だけだと思うのでご安心ください」
「そ、そう」
ツィスカは何かを決心したようにアルフレート達と話をしているジークの元へと移動する。
「ジーク、話があるわ」
「ん? 皇孫女様か、何の用――もしかして、俺を騎士にしてくれるのか?」
家族のために出世することを第一としているジークは、今回の戦いの功績でツィスカが自分を騎士に任命してくれるのではと期待しながら尋ねた。
「ええ、よろしく頼むわ」
「ほ、本当か!? よし、俺に任せてくれ。これからは俺がお前を守ってやる」
ジークは嬉しそうに意気込む。
「落ち着いたら、オーレンドルフとクルーガーにかけられた呪いを発生させている古代魔術具を探すのも手伝うわ」
「ああ、助かるよ。ただ、そっちはそんなに急がなくてもいい」
「どうしてかしら? 貴方達は名を偽れないことで辛い思いをしてきたはずでしょう?」
「それはそうなんだが……今となっては俺たちを表立って差別する奴らもいないからな。陰口を叩かれることはあるが」
「なら古代魔術具探しは後回しね」
ツィスカはジークからアルフレートへと視線を移す。
「ビーストマスター――いえ、アルフレート・クルーガー。ルクレーシャと違い貴方は両親ともに帝国の人間だわ。よければ帝国に戻ってこないかしら?」
アルフレートはツィスカの勧誘に驚きつつも、言葉を選んで返答する。
「申し出は嬉しいです。でも、僕の故郷はアデライード王国で、今はレティスの騎士です。王国から出ることは考えられません」
「そう……もう少し動揺してくれるかと思ったけれど、随分と冷静なのね」
「実を言うと、ジークベルトさんにもさっき同じことを聞かれました」
ツィスカはジークを見ると肩をすくめる。
「考えることは同じか。あ~あ、アルフレートが来てくれれば、私の騎士にオーレンドルフとクルーガーが揃ったのに」
「クルーガーなら、僕以外にもこの城に何人も仕えているんじゃないんですか?」
「いるにはいるのだけれど」
現在クルーガー家は全員が使用人として教育を受けた家系となっており、騎士として戦えるような魔道士は一人もいないのだ。
「まあ、いいわ。しばらくはテオドールとジークがいれば困らないから。テオドール、今のクルーガー家に15歳未満の子供はいるか調べておいて」
「了解しました。もしや魔道士に?」
「アルフレートのような逸材がいるかもしれないでしょう?」
「どうでしょう? 彼はクルーガーとオーレンドルフ両方の血を引いていますから」
「むっ……これは長期計画になりそうね」
ツィスカは難題を前に唸りながら、それでも楽しそうに笑顔を見せた。
テオドールは再び考え込んで動かなくなったツィスカをよそに、アルフレート達に話しかける。
「お互い立場や思うところがあるだろうが、とにかく今回は助かった。協力に感謝する」
「いえ、そんな……」
「半ば脅迫して協力させた癖によく言うぜ」
「そうね。選択肢なんてなかったじゃない」
テオドールはジェイクとティアの態度に毒気を抜かれたように笑う。
「そうだな。だが、俺の立場では謝罪することは許されん。以降は客人として扱うので、ここは怒りを収めて欲しい」
「客人ね。とはいえ安心して眠れそうにはないな。客室はアルと同室にしてくれ」
「私はライラと同室で!」
「分かった。そのように取り計ろう」
ジェイクはアルフレートと交代で寝るつもりで提案したのだが、ティアの場合は単純に下心だ。
それに気付いたのか、アルフレートの隣で眠そうにしていたフローラが微妙な顔をする。
すると、考え事をしながらも話はしっかりと聞いていたツィスカが会話に割り込んでくる。
「待って、アルフレートとレインウォーターは良いとしても、ルクレーシャはダメよ」
ツィスカの言葉を聞いて、ティアは自分の下心が彼女に気付かれたのかと冷や汗を流す。
「ど、どうしてですか?」
「いくら客人として私たちが扱っても、この城に勤務している全ての人が納得する訳ではないわ。特にライラ・リンドバーグはテオドールの部下に目を付けられているみたいだし」
ライラは警戒するようにテオドールに視線を向ける。
「あいつらには俺が言って聞かせたので、大丈夫だとは思うが……」
「どうかしらね。彼ら入隊してからテオドールと訓練漬けだったわけでしょ。初陣ではアルフレート達に手も足も出せなくてプライドはズタズタ。挙句の果てに今回の戦いには呼ばれもしなかったわけよ? ストレスは相当なものでしょうね」
「では、私が見ていない夜中にそのような愚行を犯すと?」
「ないとは言い切れないわ」
テオドールはツィスカにこのような心配をされてしまう部下を情けなく思ってため息を吐く。
「仕方ない。今夜はあいつらを連れて街に出ることにします」
「街に? ふうん……まあ詮索はしないでおいてあげるわ」
主君であるツィスカに虫けらを見るような目を向けられてテオドールは面白いくらいに狼狽える。
「いやあの、ツィスカ様? 私は部下のストレスの解消を考えてですね」
「分かっているわよ。ていうか詮索しないって言っているんだから、詳しく話そうとしていないで、さっさと部下を連れて出て行きなさい」
「うっ……は、はい。ジーク、ビーストマスター達を客室へ案内してやってくれ」
「あ、ああ。お前も大変だな」
テオドールは追い払われるように部下たちの元へと歩いて行った。
「さて、ケダモノもいなくなったところで、ルクレーシャ達女性陣は私の部屋に来なさい」
「ええっ!? フランツィスカ皇孫女の部屋ですか?」
「何を驚いているの。私の部屋が一番安全なのよ。ベッドも運ばせるからゆっくり眠れるわ」
「わ、分かりました」
ツィスカはジーク達男衆と別れると、ティア、ライラ、オルトロスの双子を連れて部屋へと戻る。
途中、仕事をしていた使用人に声をかけると、部屋にベッドを運びこむように命令した。
「そういえば、ルクレーシャ」
「何ですか?」
「私の事はツィスカでいいわ」
「え、さすがにそれは……」
「いいじゃない、せっかく似たような容姿なんだから。私、姉妹が欲しかったのよ」
「わ、分かりました。ツィスカ……姉さん」
姉妹と言われたのでティアは何となく姉さんと付けて呼んでみたのだが、琴線にクリーンヒットしたのかツィスカは口元を抑えて震え出した。
「や、やるわね、ルクレーシャ」
その後、姉妹プレイにドはまりしたツィスカによってティアは妹のように可愛がられ、ついには一緒のベッドで就寝した。
当然だが、ティアは興奮で寝不足になった。
日常会話になるとふざけたくなる私の悪い癖が出ましたね。
テオドールが部下とどこへ行ったのかはご想像にお任せします。




