第十九話 混沌の化身
「やっぱり……お前だったのか」
アルフレートは男を睨みつけながら小さく呟く。
同時に、ツィスカとジェイクに預けていたオルトロスを転移魔法で呼び戻して両腕に腕輪として装備する。
「シアメイの言っていたこと、当たっていたのね」
「今回は分身じゃなくて本体なんだろうな、ケイオスさんよ?」
ケイオスはジェイクの問いかけに薄ら笑いで返した後で、自身を取り囲んでいる魔道士たちを眺める。
「全く、いつの時代も私の計画の邪魔をする人物は決まっていますね」
「何の話だ、グーニラ・マイヤー!」
テオドールが槍を構えてケイオスを威嚇する。
「この姿の時はケイオスと名乗っています」
「ほう、どうせそれも偽名だろう」
「ご想像にお任せします。ああ、そういえば貴方は初めてですね。彼らの子孫でも無いのにご苦労なことです」
会話が噛み合わないことに苛立ちを覚えたテオドールは、すぐさまケイオスを串刺しにしてやろうと考えたが、その前にツィスカが口を開いた。
「待って、それは私たちが伝説の魔導師たちの子孫という意味かしら?」
「それ以外に何があるのですか?」
ケイオスはグーニラの頃とは打って変わって低い声で、楽しそうに周囲の魔道士たちを指差す。
ジェイク・レインウォーター。
「アデライード」
アルフレート・クルーガー。
「ゼノン」
ジークベルト・オーレンドルフ。
「ヨルゴス」
ルクレーシャ・クライン
「レオンティウス」
フランツィスカ・アウデンリート。
「エウニス」
ケイオスの言葉を聞いてツィスカは首を傾げる。
「エウニス? 私はアウデンリートよ。血の繋がりがあるのはレオンティウスでしょう」
「確かに貴方からもレオンティウスの血は感じますが、どちらかと言えばエウニスの血を色濃く受け継いでいるように感じます」
「馬鹿言わないで。エウニスといえばアデライードの側近だった魔導師じゃない。どうしてこの私がエウニスの子孫になるのよ」
ツィスカの問いにケイオスは声をあげて笑った。
「本当に人間という生き物は愚かですね。自分たちの歴史すら満足に後世に伝えることも出来ないとは」
「あ、貴方も人間でしょう?」
ツィスカは見た目が変わったせいなのか、グーニラの姿の頃ほどケイオスに強気に出ることができずに、彼に探りを入れる。
「…………特別に教えてあげましょう。エウニスはレオンティウスの子を産んだのですよ。あなた方が言うところの初代皇帝です」
「なっ……初代皇帝の母がエウニス……?」
絶句するツィスカの代わりにティアが口を開く。
「伝承ではエウニスは生涯未婚で、孤児たちを自身の子として育てていたされているわ。そもそもアデライードとレオンティウスはいつも対立関係にあったはず、彼女の側近だったエウニスがレオンティウスと関係を持つとは思えないわ」
「別に信じなくても結構ですよ。あなた方が信じなかろうが真実は変わりません」
「私が……エウニスの子孫……」
ツィスカは不思議とケイオスの話が本当のことだろうと感じていた。
グーニラだった頃の不気味さはそのままに、彼女の薄っぺらさがなくなったからだ。
「待て。先程から魔導師たちを実際に観てきたかのように語っているが、お前は何者だ? 人間でないと言うのなら、長い時を生きる魔獣の類か?」
テオドールが雷の槍を突き付けるが、ケイオスは顔色一つ変えずに答える。
「心外ですね。私が獣に見えますか? そのような下等な生命体ではありません」
「――なら、魔人ですか?」
一番後方で話を聞いていたライラが、精霊島でグリュプスから得た知識から質問する。
ケイオスは予想外の問いにライラを見て眉を寄せる。
「ほう、まさか魔人を知っている人間がいるとは……あなた自身には魔人の血は一滴も流れていなさそうですが」
「ということは、やっぱり魔人なんですね?」
「さあ、どうでしょうね? 魔獣よりは正解に近いかもしれません」
ケイオスは自身の正体について話す気がなさそうだったので、テオドールは槍の先に黄色い魔法陣を展開する。
「これ以上は話すだけ無駄だ。ツィスカ様、攻撃許可を」
「……分かったわ。やりなさい、テオドール!」
テオドールが雷魔法を放つと、ケイオスの正面に黒い魔法陣が現れる。
そこから黒い霧の渦が召喚され、テオドールの雷魔法を飲み込んでいく。
テオドールは防ぐことのできるはずがない魔法を防がれて、顔をしかめた。
「あまり自身の力を過信しないほうがいい。たかが雷魔法で私の闇魔法は貫けません」
「闇魔法……王国のデスサイズと同じ力か」
「あれは闇魔法の力を封じたもの。私のこの力はオリジナルですよ」
ケイオスが両手を広げるのに連動するように、彼の前後に二つの黒い魔法陣が展開される。
「まずい! ジークベルト、陛下とツィスカ様を!」
「ちぃっ、シュテルケン!」
ジークがヨハネスとツィスカを庇う様に前に出て、赤い宝石から土魔法を召喚する。
テオドールも同様に赤い宝石から土魔法を召喚して身を守った。
「その程度の土魔法で私の闇魔法を防げるとでも?」
黒い魔法陣から放たれた闇の渦がテオドールとジークたち目掛けて飛来する。
二人の土魔法にぶつかると、土魔法は闇に侵食されたように黒化した後でバラバラに崩れていく。
次の瞬間、ケイオスの両腕が宙を舞った。
「なっ?」
ケイオスの目の前には、いつの間にかジェイクの姿があった。
ジェイクの手にはテオドールの風の剣が握られている。
「今だ、アル!」
ジェイクが風魔法の力で後方へと飛び退くと、アルフレートとケイオスとの間に障害物が無くなった。
「右手に風、左手に雷――」
炎の髪と目を発現させたアルフレートは、二つの魔法陣を身体の正面で混ぜ合わせる。
「嵐魔法『双頭犬の猛攻』!」
二つが混ざった黄緑色の魔法陣から、竜巻のような雷の渦が飛び出してケイオスにぶつかる。
ケイオスは辛うじて身体の正面に闇魔法を召喚して嵐魔法を受け止めるが、とめどなく送り込まれる膨大な量のエネルギーを闇に吸い込み切れずに溢れさせてしまい、最後は雷の渦に全身飲み込まれて後方へと吹き飛ばされた。
嵐魔法はそのまま皇帝の部屋の壁を突き破って外へと放出される。
アルフレートが攻撃を止めて魔法を消すと、しばしの沈黙の後でジェイクが口を開いた。
「な、なんつう威力だよ……」
「これほどの魔法を隠し持っていたとは――いや、驚くのは後だ。あいつは人間ではない可能性が高い、亡骸を確認するまで油断するな。追撃するぞ!」
テオドールはジェイクから風の剣を回収すると、風魔法を纏って壁に空いた大穴から外へと飛び出していく。
「皇孫女様、俺も行く。あんたは陛下を守りながら安全なところへ避難しな」
「なっ、私だって――」
ツィスカは付いて行くと言いかけたところで、祖父であるヨハネスが視界の端に映る。今目を話すと、再びケイオスに操られてしまう可能性が無い訳でない。
ケイオスを打倒したと確信が持てるまでは、自分がそばにいて祖父を守らねばと思い直した。
「分かったわ。お爺様、すぐにここから離れましょう」
「あ、ああ。ジークベルト・オーレンドルフ。私が言えた義理ではないが、頼んだぞ」
「……本当に別人だな。ああ、任せておけ」
ジークはテオドールを追いかける様に外へと走り去った。
「よし、アル、ティア、俺たちも行こう」
ジェイクがアルフレートとティアにだけ声をかけたので、ライラがおずおずと尋ねる。
「あの……私は?」
「ライラはツィスカ皇孫女と一緒にいてくれ。いざという時に水魔法が使える魔道士はいた方がいい」
「わ、分かりました」
ジェイク、アルフレート、ティアがライラをその場に残して外へ出て行こうとすると、ツィスカがティアを呼び止める。
「待ちなさい、ルクレーシャ」
ティアが振り返ると、ツィスカから赤い宝石の嵌まった黄金のペンダントが投げ渡される。
「こ、これ! いいんですか!?」
「ええ。使える物は何でも使って、何としてもグーニラ――いえ、ケイオスを倒しなさい!」
「はい! 必ず!」
ティアはペンダントを握り締めると、外へと駆けていく。
ツィスカは王国組でただ一人残されたライラに尋ねる。
「ちょうどいいわ。移動しながら、さっきあなたが言っていた魔人について教えなさい」
「えっ、そ、それは……」
「魔人なんて聞いたことがないもの。王国にだけ、それもかなり少数の人間しか知らないような情報でしょう。教えなさい」
「……嫌だと言ったら?」
「テオドールの部下に、あなたに興味を持っている男が何人かいるようね」
「しゃ、喋ります!」
ライラは精霊島でグリュプスから聞いた話を全て話した。
補足というか蛇足かもしれませんが、テオドールの風の剣による加速はアルフレートの使う加速よりも小回りが聞きませんし、最高速度は遠く及びません。
あくまでも一時的な速度上昇しか見込めない古代魔術具です。
アルフレートが加速状態で縦横無尽に走り回れるのは、脚力強化の上位スキルを持っているからで普通は身体が壊れます。




