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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
気炎万丈編
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第十八話 対象指定

 ツィスカとテオドールはあえて2人だけで行動したことで、さして怪しまれる事もなくヨハネスの自室へと入室する。


 隙を突くようにテオドールが部屋の周囲を警備していた軍人たちを風魔法で制圧して無力化したので、部屋で椅子に座って書類に目を通していたヨハネスは何事かと席を立った。


「ツィスカ、エーデルフェルグ大佐、これはどういう事だ!」

「……こういうことですよ、お爺様!」


 ツィスカは左腕にはめられていた橙色の腕輪を高々と掲げる。


 同時に足下に白い魔法陣が現れて、ジェイクとティアがツィスカの部屋から転移してきた。


「ち、血迷ったか!?」

「ルクレーシャ、今よ!」

「はい! 燃えろ、寄生虫!」


 ティアの掌から特大の火球が放出され、ヨハネスに直撃する。


 初めは驚きで叫び声を上げたヨハネスだったが、自身の身体を覆う炎に熱さを全く感じない事に気付き、困惑した顔でティアとツィスカを見た。


「こ、これは……この炎は? ツィスカ、どういうことだ?」

「今しばらくご辛抱下さい。お爺様」

「何を言っている? ええい、止めないか!」


 ヨハネスはティア目掛けて炎魔法を放つが、ティアの『戦乙女の外套(ヴァルキリーコート)』がそれを魔力へと変換して吸収した。


「おかしいわね。ルクレーシャ、まだなの?」

「わ、分かりませんよ。こんな事やった事ないんですから!」

「はあ? それじゃ困るのよ!」


 ツィスカはティアの肩を掴んで揺する。


『そこまでにして頂きましょうか』


 不意に背筋の凍るようなノイズ混じりの女性の声が響く。


 ヨハネスのすぐ近くの地面に黒い霧のようなものが集結して、その中からグーニラが姿を現した。


「おお! グーニラか!」

「陛下、失礼いたします」


 グーニラはまるでヨハネスを洗浄するように黒い霧を操って彼の身体に纏わりついていたティアの炎を消し去った。


「わ、私の炎が……」


 ティアが自分の炎がいともたやすく消し去られたことに驚愕していると、近くに白い魔法陣が現れてジーク、アルフレート、ライラの3人が転移してくる。


「ちょっと、ジーク! どうなっているの? 怪我一つ負ってないじゃない!」


 ツィスカは五体満足で不気味な笑みを浮かべているグーニラを見て、彼女の足止めを命じていたジークを睨む。


「ちっ、一応俺の炎魔法で部屋ごと吹き飛ばしたんだがな。化け物女め、お得意の分身か」

「ええ。あなたが私の部屋に近付いているのは分かっていましたので。しかし、部屋ごと吹き飛ばすとは酷いものですね。あそこには貴重な素材がいくつも保管されていたのですよ?」

「うるせえよ。おい、どうするんだ皇孫女様、このまま戦うか?」

「まずはお爺様に巣食う寄生虫の駆除が先よ」


 ツィスカはティアの肩を掴む手に力を籠める。


「ルクレーシャ、お爺様に変化がないようだけど、どうなっているの?」

「対象指定が上手くいかないみたいです。寄生虫って言われても上手くイメージできなくて、それだけを燃やすのが難しいです」

「難しくても、やるしかないのよ。もう一度撃ちなさい」

「やらせるとお思いですか? 陛下、お下がりください」


 ティアとヨハネスの間にグーニラが割って入る。


「どきなさい、グーニラ」

「いくらツィスカ様のご命令でもお断りします。ねえ、陛下?」

「う、うむ。ツィスカ、どういうつもりなのだ? 王国の魔道士を先導して革命でも起こすつもりか?」


 ヨハネスはグーニラに守られながらツィスカに尋ねる。


 その顔色は悪く、溺愛していた孫娘に裏切られたという精神的なショックがいかに大きいのかが伺える。


「革命? 違います、お爺様。私はお爺様をその女から救おうとしているのです」

「救うだと? 彼女は私の忠実な部下だぞ。今もこうして私を守っているではないか」

「お爺様はその女が来てから変わってしまわれました。以前のお爺様なら、いくら奪われた魔眼を取り戻すためとはいえ、罪のない学生たちが暮らす王国の学園を襲撃するなどと言う作戦を指示するはずがありません! テオドール!」


 ツィスカの合図でテオドールが手にしていた雷の槍を床に刺し、代わり腰から提げていた風の剣を抜いてグーニラに斬りかかる。


 グーニラはテオドールの剣を黒い霧で受け止めた。


「これを受け止めるとは……やはりただの魔術士ではないな」

「いえいえ、こちらは受け止めるだけで限界ですよ。さすがは疾風迅雷と謳われたエーデルフェルグ大佐です」

「そうか、限界か。やれ、ブリュンヒルデ」

「はい!」


 ティアは床を通してヨハネスの真下に魔力を集中させると、彼の足下から火柱を召喚する。


「ぐっ、またこの妙な炎か! どういうつもりなのだ!」

「ダメ、やっぱり対象指定が上手くいかないわ。下手をするとヨハネス皇帝を燃やしかねない!」

「あと少しなのに! 何とかならないの!?」


 ツィスカは辺りを見回すと、ジェイクに視線を合わせた。


「ジェイク・レインウォーター! 今すぐに次の妙案を思いつきなさい!」

「む、無茶言うなよな!」

「無茶でも何でもやり遂げなさい! このままだと、あなたやお仲間の命も危険なのよ?」

「クソッ、好き勝手言いやがって……」


 ジェイクは視覚強化のスキルでヨハネスを観察しながら脳細胞をフル回転させて、寄生虫を葬る作戦を考える。


 本来はヒルダの魔術で対象を捕らえるものを、ティアの炎で無理やり燃やそうというのだ。そう簡単にはいかないだろうとは思っていた。


 対象指定というのは、簡単に言うとティアの想像力の話なのだ。


 ヨハネスだけを燃やさないということは出来ても、ヨハネスだけを燃やさずに寄生虫だけを燃やすという対象指定は複雑すぎて出来ないということだろう。


 そもそもヨハネスの体内に寄生虫がいるために、ヨハネスを燃やさないという対象指定に寄生虫も彼の一部として入ってしまっているのだ。


 それならば、基本的に触れるもの全てを燃やさない炎を作り出し、寄生虫だけを燃やすという条件にした方がいい。


 しかし、問題はその寄生虫というのが何だかよく分からないということだ。


 見たこともない生物を明確にイメージするのは難しい。


 何か別の切り口で寄生虫を特定するしかない。


 寄生虫を魔術で作り出したのはグーニラだ。


 ジェイクはグーニラに視線を向ける。


 テオドールが繰り出す風魔法の剣撃を黒い霧で防いでいるので、先ほどのようにヨハネスの身体からティアの炎を引きはがす余裕はなさそうだが、彼女の表情は余裕そのもので、焦りの色は見られない。


 つまり、ティアの対象指定がこのままでは絶対に上手くいかないということを確信しているということだ。


 ジェイクはグーニラの余裕の笑みを崩してやろうと心に誓う。


「待てよ……魔術で作り出したって言ったよな……」


 魔術とは生贄や星々の力を利用して魔力を得て、超常の力を扱う術のことだ。


 最終的に魔力を使用しているという点で魔法と魔術は同じと言える。


 つまり、寄生虫にはグーニラの魔力が流れているのではないだろうか。


 ジェイクはハッとして自分の右腕にはめられている黄緑色の腕輪を掴む。


 転移魔法を最大限に利用する為にアルフレートから借り受けていた魔獣オルトロスのフローラである。


 腕輪はジェイクに掴まれたことで光り輝いて人型へと変身する。


「どうした、ジェイク? 何か分かったのか?」

「フローラ、ヨハネス皇帝とグーニラから同じ匂いがしないか?」

「匂い? いや……別々の匂いだぞ。ていうか、グーニラの匂いは嫌いだから嗅ぎたくな――」


 嫌々ヨハネスとグーニラの匂いを嗅いだフローラが一瞬だけピクリと止まる。


「どうした?」

「変だ……ヨハネス皇帝の中からグーニラの匂いがする」


 フローラの回答を聞いて、ジェイクは勝利を確信して、ティアへと指示を飛ばす。


「ティア! グーニラだ! ヨハネス皇帝の中にいるグーニラだけを燃やし尽くせ!」

「――っ! 分かったわ、ジェイク!」


 ティアはジェイクの指示の意味を瞬時に理解すると、グーニラを睨み付けて彼女を燃やすことをイメージする。


 すると、今までは熱さの無い炎に包まれて動揺していたヨハネスが胸を押さえて苦しみ出した。


「お爺様!? ちょっとルクレーシャ、大丈夫なんでしょうね?」

「話かけないで! 皇帝の中にいるグーニラを燻り出すのに集中出来ない!」

「くっ……お爺様、耐えてください!」


 ヨハネスはついに叫び声を上げて床に両膝を着いたかと思うと、口から信じられない量の黒い泥を吐き出した。


「出た!」


 ティアはヨハネスの身体から泥へと炎を移動させて、蠢く泥を余す事なく燃やし尽くす。


「バカな……現代の魔道士にこれほど高度な魔法制御が出来るはずが……」


 余裕の笑みでテオドールの相手をしていたグーニラが、初めて驚愕の表情を見せた。


 テオドールは一旦グーニラから距離を取ると、床に突き刺していた雷の槍を引き抜いて彼女に向ける。


「今のおぞましい泥について説明して貰おうか、グーニラ・マイヤー」

「……何のことでしょう?」

「しらを切る気か?」


 テオドールとグーニラが睨み合う中、床に手を付いてむせ返っていたヨハネスが自身の口から出ていった蠢く泥が燃え尽きる様を見届けて、グーニラに疑惑の視線を向ける。


「グ、グーニラ、私から出たあれは何なのだ?」

「それは――」

「今のはグーニラが魔術で作り出した寄生虫です、お爺様!」


 グーニラの回答に被さるようにしてツィスカが答える。


「寄生虫だと?」

「はい。あれに寄生されると宿主は自覚なくグーニラの思うままに行動してしまうと聞いています」

「ご冗談を、私が陛下にそのような事をするはずがないでしょう? ツィスカ殿下はどうしても私を陥れたいようですね」


 グーニラは両手を広げて心外だとアピールする。


 ヨハネスは2人を見比べて、どちらが真実を述べているのかを考えた。


 ツィスカは昔から面裏がなく、人を陥れる嘘を言うような娘ではないと祖父であるヨハネスは信じていた。


 かたやグーニラは、数年前に王国から魔眼を取り戻す術を探していた時に知り合った魔術士だ。


 言動には芝居がかった部分が多く掴みどころがない。


 これまでのヨハネスなら利用はしても信用はしない人物だ。


 そもそも出会った頃は絶対に気を許すことはないと思っていたはずなのだ。


 しかし気付けばグーニラに絶対の信頼を寄せていた。


 彼女に任せれば全て上手くいく、彼女のいうことは正しいと理由なく思っていた。


 最愛の孫娘であるツィスカよりも、無条件でグーニラを信用していたのだ。


「グーニラ、私に何をした?」


 ヨハネスの一言でツィスカは勝利を確信した。


 困惑している彼の声には、明らかにグーニラに対する不信感が混ざっていたからだ。


 ヨハネスは立ち上がってグーニラから距離を取る。


 ツィスカはジークを引き連れてヨハネスとグーニラの間に回り込む。


 これによって、グーニラはジークとテオドールに挟まれる形になった。


「……ですから、私は何もしていませんよ」

「嘘を言うな。お前が現れてからの私の行動は、今思うと明らかにおかしい。アデライード王国は憎き敵国だが、宣戦布告もなしに特殊部隊による奇襲をかけるという破廉恥なことを私が命じるわけがない」


 ヨハネスのグーニラを見る瞳は疑いの色で満ちていた。


 グーニラはもはやヨハネスの説得は不可能と見るや、小さくため息をついた後でいつもの不気味な笑顔を浮かべる。


「まさか、私に対象指定することで魔術を使わずに皇帝から虫を取り出すとは思いませんでしたよ」


 グーニラの足元から黒い霧が立ち上り、彼女の身体の周りを揺らめき包んでいく。


 一度姿が見えなくなるまで霧が濃くなった後、ゆっくりと霧散していった。


「なっ!? だ、誰よ貴方!」


 黒い霧の中から姿を現した人物を見てツィスカは戸惑いの声を上げる。


 それもそのはずだ。目の前に立つ人物はグーニラではなく、彼女と同じ不気味な雰囲気を纏った黒衣の男性だったからである。

黒衣の男性……一体何者でしょうか?


話が長くて分割したので、次回も皇帝の自室での話です。

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