第十七話 魔法の可能性
ツィスカとテオドールはアルフレートとティアを連れてグーニラの部屋へと向かうことにした。
大人数で動くと見つかる恐れがあるため、ジェイク、ライラ、オルトロス、ジークは部屋で待機する。
緊急時にはオルトロスの転移で全員を一か所に集めることも出来るというジェイクの提案が採用された結果である。
「ここよ」
ツィスカは遠慮なくグーニラの部屋の扉を開くと、奥へと入っていく。
テオドール、ティア、アルフレートの順番にツィスカに続いた。
グーニラの部屋は薬品の入った瓶や、見たこともない不気味な形や色をした植物で埋め尽くされていた。
よく見ると何かの動物の内臓などが液体の入った瓶に詰められいてひどく不気味だ。
「おや、これはこれは、ツィスカ殿下ではないですか。いくら殿下とはいえノックも無しに入室されるのは困りますね」
「よく言うわ。私が来ることなんて、貴方には分かっていたはずよ。この部屋に近付けば近付くだけ空気が不味くなるのだもの。お得意の魔術結界を張っているのでしょう?」
「……素晴らしい。殿下が味覚強化のブラッドスキルをお持ちだとは存じ上げていましたが、私の結界を空気の味で感知されるとは思いませんでした」
「分かったら早くこの不味い結界を消しなさい。不快だわ」
グーニラが指を弾く。
どうやらその動作で結界が解除されたらしい。ツィスカが確かめる様に空気を口から吸いこんで味わう。
「ふん。意外に素直ね」
「心外ですね。私は殿下のご命令に背いたことはございませんよ。もちろん、一番に優先するのは皇帝陛下のご命令ですけれど……」
グーニラの視線がツィスカの後ろに控えているアルフレートとティアへと向かう。
「それで、なぜその二人を引き連れておいでなのですか? いくらエーデルフェルグ大佐がいらっしゃるとはいえ、敵国の魔道士を拘束もせずに傍に置いているのは危険ですよ」
「貴方が知る必要は無いわ。それよりも、私の命令に背かないというのなら命令するわ。お爺様にかけている洗脳を解きなさい」
ツィスカが告げると、グーニラは不気味に口角を上げて小さく笑いだした。
テオドールが前に出てグーニラに雷の槍を向ける。
「貴様、無礼だぞ」
「これは失礼いたしました。しかし、余りに突拍子もないご命令でしたので。私が皇帝陛下を洗脳しているなどと、まさか殿下も本気で言っているわけではありませんでしょう?」
「私はいつだって本気よ」
ツィスカに睨まれて、グーニラはあからさまに困った顔をする。
本当は何も困ってはおらず、内心ではこの状況を楽しんでいるのが見て取れた。
「そう言われましても、していない洗脳を解くことなど出来ませんよ。せめてもの誠意の証としてこちらをお渡しいたします」
グーニラはそう言って薄い黄緑色の液体が入った瓶をツィスカに手渡す。
「これは?」
「私の秘薬の効果を打ち消す解毒薬です。幾つかの薬草を原料にしていますのでかなり苦味がありますが、人体に害はありません」
ツィスカは苛立ちの篭った舌打ちをすると、踵を返す。
「行くわよ。これ以上こいつと話しても時間の無駄だわ」
グーニラの部屋を出て少し歩いたところでティアがツィスカに尋ねる。
「その薬……皇帝陛下に渡すのですか?」
「渡すわけないじゃない。そもそも本当に洗脳を解く薬なのかも怪しいわ」
「そうですよね。そもそもレティスの話が正しいなら、陛下を操っているのはグーニラの作り出した寄生虫であってあの赤い秘薬ではないですから」
「分かってるわ。ああ〜、あいつ絶対いつか燃やしてやる!!」
ツィスカは怒りに任せて解毒薬をテオドールに投げつける。
テオドールは危なげなく薬をキャッチすると、念のため捨てずにしまいこんだ。
「ツィスカ様、なぜ部屋を出たのですか。私はあの場でグーニラを始末する覚悟を決めていましたが」
「あいつの部屋で戦闘するのは危険よ。指を弾いただけで結界を解除できるなら、その逆も可能ということだもの」
「む、確かにその通りですね」
「私達には魔術に関する知識がなさ過ぎるのよ。対抗策が無い状態で幾重にも準備されたトラップの上で戦うのは自殺行為だわ」
「となると皇帝陛下に寄生された虫を取り除く術を独自に見つけるしかありませんが……」
「レティス王女の話によると、王国では魔術に詳しいシーラ王女の騎士が取り除いたらしいわ。今日捕らえたのが貴方達でなくて、その騎士だったら話は簡単だったのにね」
ツィスカは残念そうな視線をティアとアルフレートに向ける。
ティアはその視線が自分たちを無能だと言っているような気がしてたまらなく悔しくなった。
アルフレートはそんなティアの気持ちを察して彼女の肩に手を置く。
「落ち着いてティア。とりあえずジェイクに相談してみよう」
「そ、そうね。ジェイクならきっと何か良い情報を持っているはずよ」
二人の会話を聞いてツィスカは首を傾げる。
「ジェイク・レインウォーターが何か知っているというの?」
「ジェイクはいつだって僕たちの知らない情報を持ってきてくれるんです。魔術に関してもきっと何か知っているはずです」
「ふうん? まあいいわ。少し勢任せに動き過ぎたきらいもあるし、一度私の部屋で作戦を練りましょう」
「――ということがあったのよ」
ティアがグーニラの部屋までの往復の間にあったことを語り終えると、ジェイクは苦々しい顔で口を開く。
「お前な、最後の最後でなんで俺任せなんだよ」
「だって、ジェイクはいつもこういう時に良い案を持ってくるじゃない」
「そうか? 俺はそんなつもりはないんだが……」
ジェイクの返答にツィスカは鼻で笑う。
「拍子抜けね。テオドール、こうなったらグーニラの部屋を雷魔法で吹き飛ばしなさい」
「いや、待て待て待て待て! 短気すぎなんだよ。手が無いわけじゃねえよ!」
ツィスカはジェイクをジロリと睨む。彼が嘘を言っていないかを見極めようとしている。そんな目だ。
「……聞いてあげるわ」
「ど、どんだけ上から目線なんだ」
「上から目線じゃないわ。上なのよ。早く話しなさい捕虜」
「ちっ……エルヴィスから聞いた話なんだが」
「――待って。私が知らない名前を出すときは、その人物が何者なのかを簡潔に説明しなさいよ」
ジェイクはツィスカの物言いに頭の血管が切れそうになるほどの怒りを覚えながらも、なんとか堪えて説明する。
「エルヴィスはエウニス学園の生徒で、シーラ王女の近衛騎士になったヒルダ――ヒルデガードの幼馴染みです。寄生虫を退治した時にはその場にいてシーラ王女に協力したらしいです」
「へえ、それで?」
「ヒルデガードは魔術で引っ張り出した寄生虫を炎魔法で焼き殺したらしいんですが、どうやらあの寄生虫は炎に弱いらしいんです」
「…………それで?」
ジェイクとツィスカとの間に暫しの沈黙が走る。
「いや、それでじゃなくて、炎魔法で寄生虫だけを焼けば良いってことですよ」
「はあ? バッカじゃないの!? そんなこと出来るわけないでしょうが!!」
ツィスカはコケにされたと憤慨して怒鳴る。
しかし、怒りを向けられたジェイクにはツィスカをコケにしたつもりは無かったので、ただ唖然とするばかりだった。
「「えっ?」」
ジェイクとアルフレートは同時に視線をティアへと向ける。
ティアは恐る恐るツィスカに尋ねた。
「まさか……出来ないんですか?」
「「えっ?」」
今度はツィスカとテオドールが唖然としてジークに視線を向ける。
「いや、俺にもそんなことは出来ないぞ。ブリュンヒルデには出来るのか?」
「はい。私は特に対象指定が得意ですから、燃やす相手と燃やさない相手を選別できます。こんな感じで――」
ティアは炎魔法を召喚してジェイクに纏わせる。
炎に包まれながらもジェイクが平然と立っているのを見て、ツィスカ達は目を疑った。
「な、何よそれ……魔法ってこんな事も出来るものだったの?」
驚愕するツィスカを見てジェイクはわざとらしく声を上げる。
「ああ、なるほど! そもそも出来るってことを知らなかったのか。レオンティウスの魔法教育って遅れてるのな」
ツィスカは怒りに任せてジェイクを殴り飛ばす。
ジェイクはきりもみしながら床に崩れた。
「痛ってえぇぇ! お前、加減しろよ! こっちはそいつの部下に袋叩きにあって全身ボロボロなんだぞ!」
「黙りなさい、王国の糞犬が。次に私の帝国をバカにしたら燃やすわよ」
ツィスカは冷ややかな目で殴られた頬をさするジェイクを見下した後、彼を殴った拳を確認する。
「なるほどね、確かに熱くないわ。ルクレーシャ、その技は王国の魔道士なら全員が出来るのものなの?」
「いえ、炎魔法でこれが出来るのはこの中では私だけですね。王国全体で見ても出来るのはかなり少数だと思います」
「そう、なら遅れは取り戻せそうね。ジーク、なんとしても修得しなさい」
「ああ。だが、さすがに直ぐにとはいかないぞ」
「分かっているわ。今回の戦いではルクレーシャに任せるけれど、もし次があるようなら私か貴方がやらねばならないことだと考えておいて」
「分かった」
ヨハネスの身体に巣食う寄生虫を取り除く算段を立てると、ツィスカはテオドールを連れて彼の自室へと向かった。
ジークはアルフレートとライラを連れて、足止めの為にグーニラの部屋へと向かう。
しかし、そんなツィスカ達の動きを彼女達のいるアウデンリート城全域を覆う魔術結界によって把握していたグーニラは、自室で静かに笑みを浮かべるのだった。
読み返してみるとツィスカとティアは容姿以外もよく似ていますね。
あまり狙って書いてはいなかったんですが、ジェイクを殴る事に躊躇いがないところが特に似ていますよね。
ちなみに、空気と化していますがライラもちゃんといます。




