第十六話 王女と皇孫女
アルフレート、ティア、ジェイク、ライラの4人はテオドールに木魔法で拘束されたまま別の部屋に入るまで引きずられた。
部屋の中で木魔法から解放されると、腕輪になっていたオルトロスが人型に戻ってアルフレートに抱き付いた。
ティアは豪華な内装を見て、ここが捕虜を収容するような場所ではないことを悟る。
家具のデザインや色合いから見て、女性の部屋のようにも見えた。
「ここは?」
「私の部屋よ」
「マジで!?」
「うるさいわね。黙りなさい、ジェイク・レインウォーター。それでも元貴族なの?」
ジェイクは本名とレインウォーター家の事を持ち出されて、眉をひそめる。
「よく調べてるな。でも、俺が生まれた時には既に貴族なんて枠組みは無くなっていたんだ。それに俺は落ちこぼれでな、お行儀の良い作法やら何やらの勉強はすっぽかして、下町で遊び歩いていた口だぜ?」
「そうなの、まあそんなことはどうでもいいわ」
自分は誰よりも偉いという態度を崩さないツィスカを不快に思いながらも、ジェイクは苛立ちを抑えて尋ねる。
「それで、どうして自分の部屋に俺たちを移動させたんだ?」
「ここならあの女の監視もないからよ」
「あの女って、グーニラか?」
「それ以外にこの私が警戒する相手なんていないわ。テオドール、ジーク、外を見張りなさい」
「かしこまりました、ツィスカ様」
テオドールは即座に部屋の外へと向かったが、ジークは不快そうにツィスカを睨む。
「俺はお前の騎士ではないんだが?」
「うるさいわね。この件が上手く行ったら騎士にしてあげるから従いなさい」
「……それは本当だろうな?」
皇孫女の騎士になれるかも知れないと分かると、ジークの顔付きが目に見えて変わる。
「嘘は言わないわ。私はオーレンドルフに対してそれほどの悪感情を抱いてないもの。働きによっては呪いを解くのに協力してあげてもよくてよ」
「なっ!? た、確かに聞いたからな。全て俺に任せておけ!」
ジークはすぐさま部屋の外へと飛び出していく。
彼の豹変ぶりを不思議に思ったアルフレートはツィスカに尋ねた。
「あの、呪いってなんのことですか?」
「大昔にオーレンドルフが掛けられた呪いよ。レオンティウス帝国の領内でオーレンドルフの血筋のものは名前を偽ることが出来ないの。同じ呪いがクルーガーにも掛けられているわね。あなた、試しにアウデンリートの姓を名乗ってみなさい」
「えっと、僕の名前はアルフレート・クルーガー――あれっ?」
アルフレートはアルフレート・アウデンリートと名乗ろうとしたのだが、気付いた時にはいつも通りクルーガーと名乗ってしまっていた。
「それが呪い。ついでにあなたがクルーガーだということも証明されたわね」
「ど、どうなっているんですか?」
「さあ、分からないわね。一説には城のどこかに呪いの発生源である古代魔術具が眠っているらしいけど、ジークが手柄をあげるまでは探してあげる気はないわ」
レオンティウス帝国では大罪人の子孫として忌み嫌われていたジークたちにとって、名前を偽れないというのはとても耐え難いものだっただろう。
アルフレートがジークの心中を察していると、ツィスカは何食わぬ顔で話題を変えた。
「あなたとジークは従兄弟だったのよね?」
「はい……直接母には聞いてないですけど、そうみたいです」
「私とルクレーシャも従姉妹になるし、レオンティウスの血を目覚めさせた魔道士が四人も集まったのね」
「は?」
アルフレート、ティア、ジェイク、ライラの四人が驚きで固まったのを見て、リーゼロッテが首を傾げる。
「兄ちゃん、そんなに驚くこと? ツィスカの姉ちゃんとティア姉ちゃんの魔力の匂いほとんど同じだし、あたしは姉妹じゃないかと思ってたよ?」
「いや、リーゼロッテ、僕たちは魔力の匂いとか分からないから」
「おい、ちょっと待てよ。ティアとお前が従姉妹ってことは、ティアの母親って……」
ジェイクとアルフレートは顔を見合わせてからツィスカの回答を待つ。
当人のティアは先ほどから頭の処理が追い付いていないかの如く固まったままである。
「あなた達の想像通りよ。ルクレーシャの母親はエルネスティーネ・プリンツェッシン・アウデンリート。お爺様――ヨハネス皇帝陛下の三女にして、歴代最強と謳われた天才魔道士よ」
「ママが帝国の皇女……? でも、ママの髪はアルみたいな金色だったわ」
「染めるなりして身分を隠していたのでしょう。エルネスティーネ様の髪は産まれた時から炎のような赤毛だったそうよ」
ツィスカから衝撃の事実を知らされて、ティアはどう反応していいのか分からなくなっていた。
そこにテオドールが赤いコートを抱えて戻ってくる。
「わ、私のコート!」
「部下に持って来させた」
ティアはテオドールから『戦乙女の外套』を受け取ると、何かに気付いたように胸元を押さえる。
「ペンダントがない!」
「今更気付いたのか? これはティニ様――お前の母親が帝国から持ち出した国宝の一つだ。悪いが返すつもりはない」
「そんな……」
テオドールはティアのペンダントを見せると、軍服の胸ポケットに仕舞い込んでしまった。
ティアは力尽くで取り返す事が不可能なので、悔しそうに奥歯を噛みしめた。
「……母親の形見なのよね?」
「はい」
ティアはツィスカの問いに弱々しく答える。
するとツィスカはテオドールの胸ポケットに手を突っ込むとペンダントを奪い取った。
「いいわ。働き次第では私の権限で返してあげる」
「ツィスカ様! さすがにそれは――」
取り返そうとテオドールが近寄ると、ツィスカは彼に向かって手をかざして巨大な赤い魔法陣を展開する。
「正気ですか!? せっかく盗まれた国宝が帰ってきたのですよ?」
「違うわ。当時盗み出されたのは「時の魔眼」、魔吸水晶はそもそもお爺様が娘であるエルネスティーネ様に授けたものであって、盗まれてはいないのよ」
「ですが!」
「それでこの状況が打開出来るなら安いものでしょう!」
ツィスカの剣幕に折れるようにしてテオドールが引き下がる。
「分かりました……聞いての通りだ、ブリュンヒルデ。返して欲しければ力を貸せ」
「力を貸せって……どうして?」
「少しでも戦力が必要だからな」
「私たちを帝国軍に取り込むつもり? ペンダントは確かに返して欲しいけれど、それだけで私たちが言うことを聞くと思っているの?」
「君たちはツィスカ様に協力せざるを得ないはずだ。もし裏切れば次はグーニラの研究材料にされるのがオチだろうからな」
ティアは先ほどグーニラが使おうとした秘薬のことを思い出す。
アリサが操られたのもグーニラの秘薬を注射されたからだと聞いているので、その効力は本物である。
あんなものを使われて飼い殺しにされるなど真っ平御免だった。
「それにしても、お前たちの異常な軽装はどういうことなんだ。魔吸水晶と古代魔術具らしきそのコート以外で接収できたのは携帯端末やそこの女が所持していた魔力探知機とナイフだけとは……」
テオドールは奪い取っていた携帯端末などを全員に返却しながら呆れたように言う。
「言ったじゃないですか、事故であの島に転移したって」
「それならばなぜ投降しようとしなかった」
「あの島を帝国が領土と定めているのなら、あそこで捕まることで王国に迷惑がかかると思ったからです」
「……一応の筋は通っているか」
アルフレートたちは帰ってきた端末の状態を確認してからポケットへと忍ばせる。
「それで? 俺たちに何をさせようって言うんだ?」
テオドールはジェイクの問いに答える許可を求める様にツィスカを見る。
「私から話すわ。簡潔に言うとグーニラを倒すのを手伝って欲しいのよ」
「あ、あんた正気か? あのグーニラって女は皇帝の近衛騎士だろう? でなきゃ相談役とか、とにかく今の帝国の要だってことは俺でも分かるぞ!」
「大きな声を出さないで。ジークが見張っているけれど、あの女はどんな非常識な方法で盗み聞きをしてくるか分からないのよ?」
声を荒げたジェイクをツィスカは眼力と静かだが力強い声で黙らせる。
「グーニラが今の帝国を支えているという事実が問題なのよ。あの余所者が来てからお爺様は目に見えておかしくなっていったわ。今でもグーニラを従えているつもりでしょうけど、私から見たらお爺様はグーニラの傀儡だわ。それを何とかしたいのよ」
ツィスカの目は真剣そのもので、嘘を言っている様には見えなかった。
どのみちツィスカに協力しなければグーニラに秘薬を投与されるのは時間の問題なので、ティアは彼女と協力してグーニラを打倒することを心に決めた。
「分かったわ」
「ティア?」
「いいのかよ、ティア」
「ええ、今はそれが最善だと思う。ライラもいいかしら?」
「はい。私も協力する以外に帰還する術は無いと思います」
ツィスカは満足そうに口角を上げる。
「決まったようね」
「ええ。ですがフランツィスカ皇孫女、まずは私たちの王女殿下に許可を取らせてください」
「貴方達の王女? ここからどうやって連絡を取ると言うの?」
「これを使います」
ティアが自慢げに携帯端末を見せると、ツィスカは呆れた顔をした。
「ここはレオンティウス帝国よ。アデライード王国と繋がる訳ないことくらい分かるでしょう」
「普通はそうですけど、私の端末は特別製なんです」
ティアの言葉に嘘はないと思ったのか、ツィスカの眉が上がる。
「特別製ね……いいわ、やってみなさい」
疑い半分といった感じではあったがツィスカから許可が下りたので、ティアはフローラとリーゼロッテの力を借りてレティスの携帯端末に電話を掛ける。
『はい。レティスです』
「レティス? よかった、ちゃんと繋がったのね」
『ティア様! 今どちらにいらっしゃるのですか? 約束の時間になっても戻られないのでとても心配しておりました』
「ご、ごめんなさい。不測の事態が発生して、戻ることができなくなっちゃったのよ」
「詳しく教えてください」
ティアは精霊島の探索の途中でテオドールに捕まってレオンティウス帝国本土へと連行されてしまった事と、グーニラ打倒のためにツィスカ皇孫女に協力を依頼されている事を伝える。
『想像を越える事態になっている事は分かりました。一度、フランツィスカ様と代わって頂けますか?』
「分かったわ――フランツィスカ皇孫女、レティス殿下と話して頂いても宜しいですか?」
「まさか本当に電話を繋げたというの? そこの双子が何かしているようだけど……まあ、いいわ。渡しなさい」
ツィスカはティアから携帯端末を受け取ると、ティア達に対する時とは違い丁寧な口調でレティスと話し始める。
「……なるほど、王国や東方でそのような事が。それで、レティス王女はグーニラについてどうお考えでしょうか?」
ツィスカはレティスの回答を聞いて口角を上げる。
必死に喜びを顔に出さないように堪えている顔だ。
「私もそうなれば素晴らしいと思います。まさか王国に私と同じ志を持った方がいらっしゃるとは思いませんでした。 ……はい。次は直接お会いしたいですね」
ツィスカはレティスと別れの挨拶を交わすと、携帯端末をティアへと返す。
「レティス? なんだかとても話が進んでいたようだけど……?」
『はい。フランツィスカ様とはお友達になれそうだと感じました。ティア様たちは王国への帰還を条件にフランツィスカ様に協力してください。わたくしとフランツィスカ様の最終的な目標は同じところにありますのでご安心ください』
「最終的な目標って?」
『アデライード王国とレオンティウス帝国の和平です』
レティスとの電話の後、ティアは正式にツィスカと協力関係を結ぶ事を宣言した。
「レティス王女からもたらされた情報によると、グーニラは秘薬以外にも魔術で作り出した虫を寄生させることで、相手に悟られずに自分の意のままに操ることが出来るらしいわ」
「む、虫ですか!?」
「そう言っていたけれど、その反応を見るに貴方たちには知らされていなかった情報のようね」
ティアはレティスが重要な情報を自分たちに教えてくれていなかった事を知って悔しそうに俯いた。
「私たち信用ないのかしら……近衛騎士なのに」
ティアの呟きを聞いて、ツィスカは呆れるようにため息を吐く。
「バカね。近衛騎士だからって何でもかんでも教える訳ないでしょう? 私だってテオドールに教えていない事くらいあるわ。本当に重要な情報は、必要な時にしか与えないものよ」
電話での会話シーンというのはいつも悩むポイントです。
今回はティア寄りの第三者目線で書いているので、ティアとレティスとの会話は詳細に書き、ツィスカとレティスの会話はティアから見た様子を意識して書きました。
それにしてもツィスカ皇孫女は書いていてとても楽しいキャラクターですね。
次回もツィスカ皇孫女がみんなを振り回します。




