第十四話 レオンティウスの歴史
ティアが目を覚ますと、そこは何もない部屋だった。
何一つ物が無いので、部屋というよりは四方を壁で囲まれた空間と言った方が正しいかもしれない。
「ここは……?」
ティアはテオドールの部下がアルフレートたちを殴り始めたのを見て、拘束から逃れようと暴れたことで、テオドールに気絶させられていたのだ。
「おう、やっと起きたか」
ティアが声の方向へと顔を向けると、そこにはあちこち痣だらけにされたジェイクが壁にもたれるように座り込んでいた。
隣にはアルフレートとライラの姿もある。
全員、酷い暴行を受けたのか、傷だらけだ。
「みんな……その怪我、大丈夫なの?」
「大丈夫に見えるか? もう少しで骨を折られるところだったぜ」
「一人くらい殺してもいいだろうって、僕は銃を突き付けられたよ」
「私も……その……そんな感じです」
ライラは怯えるように両腕で自身の身体を抱き締めている。
彼女はエウニス学園の出ではないので、シミュレーションマシンによる恐怖心の抑制が出来ていないのだ。
ティアはライラの態度から彼女はアルフレートやジェイクとは毛色の違う暴行を受けたのではないかと不安に駆られた。
「……大丈夫だったのよね? いくら帝国軍でもそんな事しないわよね?」
ティアが心配そうに尋ねると、ライラはその言葉の意味を察して弱々しく笑う。
「はい。あのテオドールという指揮官が部下を止めたので何とか助かりました」
「それでも誇り高いレオンティウスの軍人かって怒ってたな」
「そう……安心したわ。それで、私たちはしばらくこのままなの? 考えたくないけど、魔道士を捕虜にするのは難しいから、弱っているうちに情報を聞き出すために拷問されると思うのだけど」
魔道士は両手を封じられていても体力さえあれば魔法を放つことが出来るため、基本的に捕虜にされることはない。
どうしても捕虜にする場合は、一人に付き四人以上の見張りを付けて厳重に監視するのがセオリーだ。
しかし、現在ティアたちが閉じ込められている部屋には見張りの魔道士すら配置されていない。
もちろん部屋の外にはいるだろうが、この待遇は異常と言ってもいい。
「どうだろうな……俺とライラしょ――ライラはこの後すぐに拷問コース行きかもしれねえが、アルとティアは大丈夫なんじゃねえか?」
ジェイクはライラが軍人だとバレないように言い直しつつ、自身の考えを述べる。
「アルの髪、あいつらに会った時は最初から赤毛だっただろう? だけど、金髪に戻ったらレティスの7騎士だって気付かれたんだ」
「あのテオドールって人、僕の顔を確かめる様に見た後で親の名前を聞いてきたんだけど、正直に答えたらすごく動揺していたんだ」
二人の話を聞いて、ティアは首を傾げる。
「どういうこと? アルの両親とあいつは知り合いだったってこと?」
「分からねえけど、それからあいつの態度が変わったのは確かだ。ティアの髪の色が変わったのを見て動揺したのもそうだけど、お前ら二人はあいつ……いや、もしかしたらレオンティウス帝国にとって何かしら重要な位置付けにあるのかもな」
「髪の色?」
ティアはそこで初めて自分の髪の毛が変色していることに気が付いた。
長い髪を一房取って確かめると、父親と同じ煌めく銀色の髪の毛が、薄い桃色の髪に変っていた。
「な、何よ、これ……」
「今気付いたのか? 面白い色になったよな」
「戦っている時は僕と同じで真っ赤な赤毛だったんだけど、気絶させられてからはピンク色になったんだよね」
ティアは自分のストレートの銀髪が自慢の一つだったので、桃色の髪を受け入れられずに絶句する。
よくよく確かめると髪質も変化しており、緩やかな巻き毛になって所々跳ねている。
「あ、あの、私は可愛くて良いと思いますよ? 私なんて地味な暗い栗毛なんで、そういう明るい色には憧れちゃいます」
「ありがとう……」
前の髪を気に入っていたので、今の髪が可愛かろうとショックなものはショックなのだが、ライラが気を使って元気付けてくれているのが分かったので、ティアは無理やり笑顔を作ってみせた。
「でも、ライラは地味ではないと思うわよ」
「え? そ、そうですか?」
「ええ。確かに髪色は暗めだけれど、おかげで白い肌が際立ってるし、目も大きくて可愛いわ」
「おお、確かにな。ライラの隊は男ばっかりだし、何人かはライラの事狙ってると思うぜ?」
「う……あ……ありがとうございます」
ライラは照れるように頬を押さえながら顔を赤らめる。
ティア的にはストライクゾーンど真ん中だったりするのだが、状況が状況なのでこれ以上は自重することにして、話を先に進めた。
「それで話を戻すけど、アルは両親、私はこの見た目のおかげで、何かしら違う待遇になりそうという訳ね?」
「ああ。俺とライラも拷問の訓練なんて受けてないからな、王国に出来る限り迷惑が掛からないレベルで正直に話して釈放してほしいもんだぜ」
「どこで見られているか分かりませんから、体力が回復しても勝手に水魔法で傷の手当てなどは行わない方がいいと思っています」
「なるほど、だからそんなにボロボロなのね」
しばらくして、数名の足音が近付いてきているのが分かり、床に座り込んでいた4人は慌てて立ち上がった。
壁の一部に切れ込みが入り、まるで隠し扉のようにせり出してから横に開いた。
まず初めにテオドールが入室し、続くように二人の人物が現れた。
一人は以前エウニス学園に攻め入ってきた張本人、ジークベルト・オーレンドルフ。
もう一人は、燃えるような赤毛を腰まで伸ばした20代半ばほどの女性だった。
彼女を見た時に、ティアたち四人はテオドールがティアを見て動揺した理由を理解した。
ティアと赤毛の女性は、まるで姉妹のようによく似ていたのだ。
女性はティアを見て目を細める。
「ふうん。確かに私に似ているわね。でも、髪の色は中途半端だわ」
「当初は銀髪だったのです。それが戦闘の途中で赤髪へと変わり、今はその中間の色に落ち着いています」
「どちらにしろ、私やジークと違って混ざりものが多いみたいね」
ティアは二人の会話の意味は分からなかったが、自分が彼女に見下されているということは何となく理解できた。
「あの、あなたは?」
「……そうね、特別に教えてあげる。私はフランツィスカ・イングヒルト・アウデンリート。ヨハネス皇帝の孫にあたるわ」
「皇帝の……孫」
帝国の皇孫女が捕虜の前に危険を顧みずに顔を出すとは思いもよらなかったので、ティアは驚きから少したじろいだ。
「あなた、王国の7騎士よね。不死身のセルゲイの娘の」
「は、はい。ルクレーシャ・クラインです」
「母親の名前は?」
「母ですか? ……エルネ・クラインです」
フランツィスカは何かを確認する様にテオドールへと視線を向ける。
「……ティニ様のことで間違いないかと。おい、ブリュンヒルデ、母親の旧姓は分かるか?」
「分かりません」
「出身地などはどうだ? 母親から聞いた昔話でも何でもいい、お前の母に付いての情報をよこせ」
「父が帝国から脱獄する際に手引きしてくれた、帝国の出身の女性だったとは聞いています。私が幼い頃に病死しているので、それ以外は知りません」
「病死だと……バカな……」
「テオドール。一度、準備を整えましょう。場合によっては有力なカードになり得るわ」
「は、はい。ジークベルト、後は任せる」
そう言うと、フランツィスカとテオドールは部屋を出て行った。
残されたジークベルトはアルフレートとティアに視線を向ける。
「久しぶりだな、ビーストマスターとブリュンヒルデ。それと、アイスパラディンだったか?」
「ああ。お前達が使い捨てにしようとしたアリサ・サクライの婚約者の、ジェイク・マクスウェルだ」
「アリサ・サクライ……? ああ、リサのことか。その年で婚約者とは驚いたな。リサには礼を言っておいてくれ、おかげで俺と家族は今の地位を手に入れることが出来た」
「誰が言うかよ、クソ野郎が」
「ふっ……嫌われたものだな」
ジークは自嘲気味に笑うと、再びアルフレートに声をかけた。
「アルフレート・クルーガー。お前の名前を聞いた時から気になっていたことがある。そして、お前がテオドールとの戦闘中は赤毛だったと聞いて確信に変わった」
アルフレートは両手に嵌められたままのフローラとリーゼロッテの腕輪を触って確かめながらジークに尋ねる。
「僕やティアの赤毛とあなた達レオンティウスの人たちの赤毛には何か関係があるんですか?」
「ああ。お前もブリュンヒルデも、元を辿ればレオンティウスの血筋だということだ」
ジークの言葉を聞いて、ティアが会話に割り込む。
「ちょっと待って、私は母がレオンティウスの出身だから分かるけど、アルもなの? ただブラッドスキルで赤毛になるだけじゃない。炎魔法に適正があるだけよ」
「赤毛になるだけならな。問題なのは、『クルーガー』という苗字と炎の赤毛が揃ったということだ」
「どういうこと?」
ジークは小さく息を吐くと、頭を軽く掻きながら説明する。
「初代皇帝の父『炎髪の獣』レオンティウスは知っているか?」
「もちろん。『蒼の少女』アデライードと並ぶ魔導師ね」
「レオンティウスには『ヨルゴス』と『ゼノン』という二人の弟がいたんだ。伝承では三人とも炎の精霊の加護を得て炎髪を手に入れたという」
「それも知っているわ。ただ、その二人は反乱を起こしてレオンティウスの息子――のちの初代皇帝に処刑されたのよね」
「…………そうだ」
ジークが忌々しそうに顔をしかめたのを見て、ティアが首を傾げる。
「どうしたの?」
「何でもない。お前が知っている歴史はそこまでか?」
「そうね。それ以上はアデライード王国には伝わっていないわ」
「だろうな……」
ジークはどこか遠い目をしながら続きを話す。
「ヨルゴスとゼノンの死後、ヨルゴスの家族は国外追放され、ゼノンの家族は皇家の召使として生涯こき使われることになった」
「へえ、でも連座で処刑されなかっただけましじゃない」
「どうだかな。二つの家は皇家と同じ『アウデンリート』という姓を名乗ることを許されず、ヨルゴスの家族は『オーレンドルフ』、ゼノンの家族は『クルーガー』という姓を強制されたんだ」
「えっ……?」
ティアとアルフレートが情報を処理しきれずに固まる隣で、ジェイクは先ほどのジークの言葉の真の意味を理解した。
「そういうことか」
「何だ? アイスパラディン」
「国外追放されて傭兵に身をやつしていたお前と家族たちは、この前の戦いで魔眼を持ち帰ったことで皇家に許された。そういうことだろう?」
「ちっ、その通りだよ。まあ、いまだに見下されているのは変わらないが、帝国の国籍と住まいと職を得た」
「近くの小国で暮らしていたわけじゃないのか?」
「無理だな。レオンティウス帝国の支配下にある小国では俺たちを受け入れてくれない。どこへ行っても大罪人の子孫として見られるからな。かといってアデライードへ渡るにも身元が保証できないから国境を越えられなかった。そもそも敵国からの難民など受け入れないのは分かるだろう?」
「……俺はまだお前たちが王国やアリサにしたことを許したわけじゃない。だから同情はしてやらねえぞ」
「分かっている。それに同情してほしくて話したわけじゃない。今問題なのはオーレンドルフではなく、クルーガーだからだ」
ジークとジェイクの視線がアルフレートへと向かう。
アルフレートは突然知らされた真実からくる動揺を深呼吸しながら何とか鎮めて口を開く。
「僕の名前はどちらかというとレオンティウス帝国の人に似ているとは思っていましたが、父さんがレオンティウスの人間だからだということですか?」
「父親だけではない。お前の父、ユリウス・クルーガーは、俺の母の妹であるルーツィア・オーレンドルフと駆け落ちしたんだ」
「――は? 母さんがオーレンドルフ? え、母の妹って……ってことは」
ジェイク、ティア、ライラの三人はアルフレートとジークを見比べる。
荒々しい赤毛と鋭い眼光のジークと美しい金髪少女のような顔立ちのアルフレートが似ているとは普通は思わない。
だから誰も気が付かなかったが、よくよく見比べてみると輪郭や目元に近しいものがある。
赤毛になった時のアルフレートなら、ジークの妹のように見えなくもない。
「ジークベルト、お前女装とか似合いそうだな」
「……殺されたいのか? アイスパラディン」
「いや、すまん」
「驚いたわ。母親が姉妹ってことは、従兄弟ってことよね?」
「でも一つ疑問が残ります。アルフレートさんのご両親はアデライード王国で農家として生活しているんですよね。偽名も使わずにそんなことが可能なのでしょうか?」
ライラの疑問にアルフレートがここぞとばかりに便乗する。
「た、確かにそうだ。ジークベルトさん、その仮説は不可能ですよ。駆け落ちした二人と僕の両親は同姓同名の別人――」
「不可能ではない。なぜなら、あの二人は当時捕虜として監禁されていた不死身のセルゲイと共にアデライード王国へと向かったのだからな。先ほどブリュンヒルデが言ったことが本当なら、ブリュンヒルデの母親同様に王国に受け入れられたと考える方が自然だ」
芽生えた否定の材料が一瞬にして取り除かれてアルフレートは肩を落とす。
「じゃあ、どうして僕の髪はあなたのようにいつも赤毛ではないんですか? それに父さんも母さんも金髪ですよ?」
「オーレンドルフとクルーガーの人間が全員赤毛というわけではない。特にクルーガーは魔道士として訓練を受けていないので炎髪が発現する者は少ないんだ」
「そうですか……もしも国に帰れたのなら、両親に詳しく聞いてみます」
「何だか私たち、両親から色々なことを秘密にされていたみたいね……」
ジークの話が本当なら、アルフレートの両親とセルゲイは昔から交流があったはずなのだ。
それなのに、アルフレートもティアも何一つ知らされていなかった。
ティアは心の中で秘密だらけの父親に対して悪態を付く。
「アルがあなたと従兄弟同士だということは分かったわ。で? それによって私たちの処遇が変わったりするのかしら?」
「それについてはテオドールとツィスカ様が手を打つだろう」
「何よ、あなたは何もしてくれないの?」
「俺は今やただの軍人だからな。だが、グーニラの奴が妙なことをしないように気にかけてやることは出来る。あいつは信用出来ないからな。お前たちも気を付けておけ」
ジークは言うだけ言って満足したのか、アルフレートたちを残して部屋を出て行った。
残された4人がツィスカやジークからもたらされた情報を整理していると、再び扉が開いて数名の軍人たちが入ってくる。
4人は目隠しをされて後ろから銃を突き付けられながら部屋の外へと連れ出された。
ジークとティアの会話内容ですが、この時代に生きる人々にはそのように伝わっているというだけです。
歴史は記録であって真実とは限らないものですので。
次回は久しぶりにあいつが出てきますよ。




