第十二話 新しい契約
西の森に到着し、フローラとリーゼロッテの案内で獣道を通って森の奥へと入っていく。
全員が歩きやすいようにフローラが風魔法で邪魔な枝を折りながら進んでいくと、少し開けた場所に出た。
中央に千年は生きていそうな大樹がそびえている。
「もしかして、ここがお前らの住処か?」
「うん。でも変だ、姉ちゃんたちの匂いがしない」
フローラとリーゼロッテが不安そうに辺りを歩き回って調べ始める。
ジェイクが続くように大樹へと近付いて、巨大な幹に触れようとすると、上空から声が響いた。
「ユグドラシルに触れるな、人間よ」
ジェイクが驚いて上を見上げると、太陽を背にして翼を持つ魔獣が空から降り立った。
「うそっ……グリュプス!?」
ジェイク、アルフレート、ティアの三人が警戒して魔獣から距離を取る中で、ライラだけはその魔獣を見て目を輝かせた。
翼を持つ魔獣は、鷲のような頭と翼を持った四足歩行の獣であり、アデライード王国にはグリュプスという名前で伝わっている魔獣だった。
「グリュプス! 久しぶり!」
リーゼロッテが大喜びでグリュプスに抱き着いた。
アルフレートたちは彼女の反応から危険な魔獣ではないと判断して警戒を解く。
「リーゼロッテ、知り合いの魔獣なんだね?」
「うん。グリュプスとはここで一緒に暮らしてたんだ」
「グリュプス、紹介します。私たちの主人であるアルフレート様です」
アルフレートが一歩前へ出て挨拶する。
「初めまして、グリュプス……さん?」
「グリュプスでいい。まさか召喚されたオルトロスが主人を連れて戻ってくるとはな」
グリュプスはアルフレートの後ろにいるジェイク、ティア、ライラの三人に視線を移す。
アルフレートはグリュプスの視線に気付いて三人を紹介したが、グリュプスの反応は薄く、あまり興味はなさそうだった。
ライラは自己紹介の際に興奮して暴走しかけたが、ティアが足を踏みつけて正気に戻し、グリュプスの機嫌を損ねることを未然に防いだ。
「ねえ、グリュプス、姉ちゃんたちは?」
「ケルベロスか……確か二つほど前の満月の夜に召喚された」
「えっ?」
フローラとリーゼロッテは姉に会えないと分かると、目に見えて落ち込んだ。
アルフレートは傍らにいたフローラの頭を撫でて慰めつつも、ケルベロスが召喚されたという言葉の意味を考える。
「召喚ということは、僕たちの世界の誰かがケルベロスを使い魔にしたということですよね?」
「ああ、そういうことだ。別に珍しいことでもない」
「えっ、そうなんですか?」
「魔獣が主を求めるのは本能のようなものだからな」
「……前から気になっていたんですが、どうして僕たちよりも力の強い魔獣が僕たちに仕えてくれるんですか?」
アルフレートが数か月前から抱いていた疑問をぶつけると、グリュプスは「面倒だ」と言いながらも答えてくれる。
「そもそも、魔獣とは獣が膨大な魔力を得て突然変異を起こしたものや、魔法によって複数の獣が混ざり合ったものの事を指す。前者がオルトロスで後者が私だ」
グリュプスが雄弁に語り始めたので、アルフレートは適度に相槌を入れつつも傾聴した。
ジェイクとティアも興味深くグリュプスの話を聞いており、ライラに至っては大急ぎでメモを取り始めた。
「ではなぜそういった魔獣が生まれたのか。それは太古の昔に魔人が獣に手を加えたからなのだ」
「ま、魔人……ですか?」
「ん? 私の事は知っていたのに、魔人については伝わっていないのか? 君たち人間の中には魔人の血を引いている者もいるだろうに」
グリュプスからもたらされた情報に驚いたアルフレート、ジェイク、ティアがライラに視線を向けた。
ライラは困ったような顔で肩をすくめて見せる。
どうやら、ライラも魔人に関する知識は持ち合わせていないようだった。
「まだ精霊島が誕生する前の事、この世界には高い知能を持つ種族が3種存在した。魔法の身体を持つ精霊、人の身体に魔力を秘めた魔人、そして魔力を全く持たない人間だ。詳しい歴史は長くなる上に私が知らないことも多いので割愛するが、魔人と人間は魔力の有無以外の違いはほとんどなかったので子を成すことが出来たのだ。君たちの中には生まれながらに魔力を含んだ血液を持つ者がいたりするのではないか?」
魔力を含んだ血液と聞いて、アルフレートたちはブラッドスキルの事を思い浮かべ、それこそが魔人の血を引いている人間の証なのだと理解した。
「確かに、そういった人間は存在します。僕も……多分その一人です」
「ほう……それでか。オルトロスが懐くわけだ」
魔人の血を引くアルフレートと魔人が作り出した獣であるオルトロスはとても相性がいいのだそうだ。
「あの、魔人というのはこの島にもいるのですか?」
ライラの質問にグリュプスがゆっくりと頭を横に振る。
「魔人は大昔に絶滅している。だからこそ、我々は新しい主に魔人に近い人間を選ぶのだ。人間の世界には数千年前に渡した魔獣石がまだいくつも残っているのだろう。数十年に一度ほどのペースで我々の仲間がそちらに召喚されている。オルトロスとケルベロスが立て続けに召喚されたのは中々に珍しかったが前例がないわけでない」
魔獣に関する話が終わったところで、今度はジェイクが質問する。
グリュプスは「まだあるのか」と嫌そうな声を上げつつも答えてくれた。
オルトロスの面倒を見ながら生活していたので、質問攻めされることに慣れているようだ。
「グリュプスが何年生きているのかは知らないけど、フローラとリーゼロッテはまだ子供だ。オルトロスっていうのは何匹もいる魔獣なのか?」
「君はどうしてオルトロスが何匹もいる魔獣だと考えた?」
質問を返されてジェイクは一瞬だけ考える様に目を逸らしてから、再びグリュプスに視線を戻す。
「魔人がもう絶滅しているなら、獣から魔獣を作り出すことは出来ない。それなら、普通の獣と同じように繁殖して増えていると思ったんだ」
「なるほど。確かに今のオルトロスは魔人に作られたのではなく親から産み落とされた存在だ。だが、親は普通の獣だ」
「はあ!? 普通の獣ってどういう――」
ジェイクが驚いて大きな声を出したので、ティアが慌ててジェイクの口を塞ぐ。
グリュプスはジェイクに落ち着くように言ってから続けた。
「現在の魔獣は原型となった獣が産み落とすようになっている。オルトロスの場合はこの辺りに生息している大型犬だな。そしてオルトロスが死ぬと数年後に再び同種の獣から産み落とされるようになっている」
「へえ……ならグリュプスは鷲から産まれたのか?」
「ああ。ライオンから産まれることもあるようだが、私は北の山に生息している大鷲の卵から孵った。もう百年以上前の事だ」
「百年? すげえ……」
ジェイクがグリュプスの長い寿命に驚いていると、ティアが前に進み出てグリュプスを見つめる。
グリュプスは「今度はお前か」と呟いてティアを見た。
「あの、グリュプス……魔獣が主を求めるのは本能なのよね?」
「ん? ああ、そうだな」
「なら、私の使い魔になってくれないかしら?」
ティアの願いにグリュプスは鷲の目を大きく見開いて驚いた。
「お、おいティア、お前さすがにそれは失礼だろ」
「そうだよ。フローラとリーゼロッテとは違って、グリュプスは百年以上生きている魔獣なんだよ?」
ジェイクとアルフレートがティアに苦言を呈するが、ティアはぎゅっと両手を握り締めて強く主張した。
「分かっているわ。でも、だからこそグリュプスに力を貸して欲しいのよ。この前の訓練で私はアルとの力の差を思い知ったわ。どんなにあがいても下級魔法しか使えない私じゃ、上級魔法を使えるあなたやアイリーンさんと同じ領域には逆立ちしたって到達できそうにないのだもの」
ティアの言葉を聞いて、先ほどまでティアを止めようとしていたジェイクが押し黙る。
ジェイクもまた、アルフレートとの力の差に悩んでいた一人だったからだ。
「ふん。確かに、私が使い魔となれば君はこの中で一番の――いや、人間の中では最高峰の力を得るだろうな」
グリュプスがさも当たり前のように言う。
自分の力に相当な自身があるのが分かった。
「それに君からも強い魔力を感じる。だが、君の使い魔になるのは御免被る」
「な、何故かしら?」
「その首から下げている魔術具だ。それからは私が嫌いな魔力の残り香が感じられる」
ティアは母の形見のペンダントを握り締めて悔しそうに目を伏せた。
こればかりは嫌いと言われようが手放すことは出来ない。
「分かったわ。あなたを使い魔にするのは諦める」
「その魔術具がなくとも、私にそのつもりはないがな。そもそも君自身の匂いが好かん」
「えっ?」
ティアは驚いて自分の匂いを嗅ぐ。
グリュプスは今にも泣きそうな顔になったティアを憐れむように付け加えた。
「別に異臭がするわけではない。魔力の匂いの話だ」
「あっ、そ、そうなの」
「しかし使い魔か……確かに私もそろそろ主人が欲しいと思っていたところだ」
突然グリュプスの身体が輝きを放ち、その光のシルエットが形を変えていく。
オルトロスが人型になる時と同じように、グリュプスも人の姿へと形を変えた。
グリュプスの低い声からは想像が付かないような若い青年の姿だ。
20代後半ほどで、恐ろしいほどの美形。
ジェイクも相当なイケメンの部類なのだが、彼と比較するとグリュプスは女性的な美しさを兼ね備えた美男子だ。
「アルフレート、私の主にならないか?」
「ええっ!? ぼ、僕ですか?」
「驚くような事か? 君からはとても好ましい匂いがするのだ。オルトロスが懐いている上に、彼女に乱暴したような形跡もない。私の主としてはこの中で君が一番相応しい」
グリュプスはアルフレートを褒めながらも、爽やかな笑顔を浮かべて彼との距離を詰めた。
ティアに恨めしい目で睨まれつつも、グリュプスに笑顔で詰め寄られるという板挟み似合いアルフレートが困っていると、フローラとリーゼロッテがグリュプスとアルフレートとの間に割って入った。
「グリュプス。ご主人様は渡せません」
「あたしたちの兄ちゃんなんだぞ!」
「別にアルフレートをよこせと言っているわけではない。共に仕えたいと言っているのだが?」
「お断りします。ご主人様は私たちのご主人様です」
「欲張りだぞ、オルトロス」
「いいのです。人間の社会では欲張りが許されるのです」
「そうだ! 大好きな人は独り占めするものなんだ!」
グリュプスが困ったようにアルフレートに視線を向ける。
その瞳が、二人をどうにかしろと訴えていた。
「えっと、別に人間の社会で欲張りが許されているわけじゃないんだけど……」
「いいえ、ご主人様。今の人間の社会、特にアデライード王国では一夫一妻制という制度が取り入れられています。それと同じなのです」
「いや、何が同じか分からないんだけど」
アルフレートが首を傾げたので、フローラが何故分からないのかと絶望した顔になる。
リーゼロッテも同じように悲しそうな顔に変わった。
アルフレートは二人を一旦無視してグリュプスに向き直る。
「グリュプス、あなたの申し出は嬉しいです。でも、僕はまだフローラとリーゼロッテの力を使いこなすことすら出来ていない。正直に言うと、この状態でグリュプスを使い魔にしても、僕のキャパシティを越えてしまうだけです」
アルフレートの言葉にグリュプスは目を細めた。
フローラとリーゼロッテも、アルフレートが使い魔の申し出を断ったと理解して大人しくなる。
「そうか。残念ではあるが、仕方がないな。それならばこれを渡そう」
グリュプスは小さくため息を吐くと、アルフレートに一つの石を手渡す。
それは、アルフレートにはとても見覚えがあるものだった。
「これって、魔獣石ですか?」
「ああ。君が成長してオルトロスを使いこなすことが出来たなら、次は私を呼んでくれ。更なる力を君に与えよう」
グリュプスは優しく微笑むと、獣の姿へと戻る。
そして思い出したようにティアに声をかけた。
「そうそう。それほどに使い魔を欲するならば、君は北の大火山に行くといい。認められるのは難しいと思うが、君と相性がいい生き物は森ではなく火山にいるだろう」
思わぬ情報に笑顔を取り戻したティアからのお礼を聞き届けると、グリュプスは大きな翼を羽ばたかせる。
「では、またいつか会おう、アルフレート。その時は私に名前を付けてくれ」
「名前ですか?」
「ああ。私もフローラやリーゼロッテのような名前が欲しいのだ。グリュプスは種の名称だからな」
「分かりました。考えておきます」
アルフレートの返事を聞いて満足したのか、グリュプスは高く舞い上がると、森の外へと飛び立って行った。
ティアがすぐさま北の火山へと行きたがったのだが、山まではかなりの距離があるということで他の全員が反対した。
不満顔のティアを宥めながら話し合いをした結果、森を少し探索して、遠巻きにエルフを観察したら帰還する方向で決まる。
フローラとリーゼロッテにエルフの里へと続く獣道を案内させていると、アルフレートは茂みの先で大きな蝶が飛んでいることに気が付いた。
森には当然のように虫がたくさんいたのであまり気にしていなかったが、その蝶は大きさに加えて羽の模様も虹のように美しかったので、アルフレートは立ち止まってみんなに声をかける。
「ねえ、あの蝶、凄く綺麗だよ」
「お? ほんとだな、ちょっと捕まえてみるか」
ジェイクが捕まえようと近付くと、蝶は気が付いたのかスピードを上げて遠ざかろうとする。
リーゼロッテが反射的に大犬に変身して飛び掛かると、あろうことか蝶から悲鳴が上がった。
「きゃぁぁああ! ちょっと、何するのよ! 私なんか食べても美味しくないわよ!」
リーゼロッテの前足の下でジタバタと動く蝶をアルフレートとジェイクが確認すると、それが蝶ではなかったことが分かった。
「リ、リーゼロッテ、放してあげて!」
『う、うん』
リーゼロッテが人型へと戻ると、解放された彼女はフラフラと弱々しく飛び上がる。
「全く、これだから魔獣は嫌なのよ。私を虫なんかと勘違いするなんて」
ブツブツと文句を言っていた彼女は、蝶の羽を持つ手のひらに乗るような大きさの小さな少女だった。
「あなたも、私を助けるのが遅いわよ! それでもエルフなの?」
蝶の羽を持つ少女はアルフレートに指を突き付けて怒り出す。
「って、あら? あなた、よく見たらエルフじゃないわね……」
「う、うん。僕たちはエルフじゃなくて、人間だよ」
「人間!? うわぁ、凄いわ。人間なんて初めて見た!」
少女は楽しそうにアルフレートとジェイクの周りを旋回する。
そして、後方から目を潤ませて自分を見ているライラの存在に気付いて距離を取った。
「な、何よあんた。私に何か用なの?」
「あ、あの。あなたはフェアリーで間違いないですか?」
「ええ、そうよ。私はフェアリーのリーラっていうの」
「本物のフェアリー! 感激です!」
リーラはライラが自分に会えて喜んでいるのだと分かると、得意そうに笑いながら彼女に近付いた。
「ふふん。私と会えてそんなに嬉しいの? なら、特別に仲良くしてあげてもいいわよ」
「ほ、本当ですか? 嬉しいです!」
リーラがライラの人差し指を掴むと、握手をする。
「私はライラと言います」
「よろしく、ライラ。そういえば、あなたたちはどこからきたの?」
「ここから南東に行ったところにある洞窟から来ました。今はエルフの里を目指しています」
「エルフの里?」
リーラはエルフの里と聞いて、考え込むように腕を組みながら飛び回る。
「今行くのは止めた方がいいわね」
「どうしてですか?」
「この前、エルフの子供が魔獣に喰い殺されたのよ。今は里中が殺気立ってるわ。その状態でそこの魔獣を連れて行ってみなさいよ、皆殺しにされるわよ」
皆殺しと聞いて全員が顔を見合わせる。
フローラとリーゼロッテが怯える様にアルフレートにしがみついた。
「今、エルフと接触するのはまずそうだね」
「ああ。子供が食われたって言うなら、警戒も強そうだし、遠くから覗いてることがバレたら追い掛け回されそうだ」
「魔獣ってエルフを食べるようなのまでいるのね。エルフに見つかるのもまずいけど、その魔獣に私たちが出会うのも危険じゃないかしら」
「全ての魔獣がオルトロスやグリュプスのように人間に対して友好的とは限りませんし、ここは一度帰還して少佐と話し合いましょう」
全員の意見が一致したところで、ライラがリーラに別れを告げる。
「リーラ、貴重な情報ありがとうございます。私たちは一度帰ります」
「それがいいわ。またしばらくしたら遊びに来てね。私、ライラともっとお話ししたいわ」
「ええ、必ず来ます」
リーラは手を振ってライラと別れる際に、一度だけティアの事をチラリと見た。
森の中をヒラヒラと気ままに羽ばたきながら、首を傾げる。
「……どこかで会った気がするのよね」
今回と次回は区切りが難しかったので少し長めです。
精霊島ではライラが生き生きと動いてくれて書くのがとても楽しいです。




