第十一話 暴走寸前のライラ
洞窟の出口は少し高めの丘の上に繋がっていた。
目の前には草原が広がり、奥には森や山が見える。
「精霊島ってことは、ここは島なの?」
「はい。私たちも見たことがありませんが、あの山の向う側は全て海だそうです」
フローラは遠くの山々を指さす。
ティアがぐるりと見まわすと、確かにどの方向にも遠くに山が見えた。
「あの扉、転移魔法の力を秘めた古代魔術具だったってことなのかしら?」
ティアは先ほどのやり取りから古代魔術具の事はライラに聞くのが一番だと思い、尋ねる。
「どうでしょうか? あの扉はあくまでもここと王国を繋ぐ洞窟を封印するための物に思えます。その封印をルクレーシャさんのペンダントで解いたと考える方が自然です」
ライラの考えではあの地下室は三種類の古代魔術具で三段階の封印が施されていた。
まずは、洞窟と地下室を遮っていた魔法を消滅させる黄金の扉。
そして二つ目は黄金の扉を壁のように見せかける王国の古代魔術具。
最後に扉から冷気を発生させる古代魔術具だ。
ティアのペンダントはそういった封印を解除する古代魔術具ではないかとライラは言う。
最初に近付いたことで冷気の封印と壁の封印を解除し、使用者であるティアの意志と魔力に反応して扉を開ける鍵へと変形したのだ。
「じゃあ、屋敷の地下からこんなところに出たのは?」
「それは恐らく、あの洞窟自体に異なる空間を繋げる力が秘められていたのではないでしょうか」
「なるほど、確かにそう考えた方が自然ね」
ティアが納得したところで、ジェイクが実に楽しそうな笑顔で提案した。
「よし、じゃあとりあえず、探検しようぜ!」
「え? 待ってよ、ジェイク。一旦戻ってセルゲイさんやシェリー先生に報告しようよ」
「そうですね。一度少佐に連絡して、探索隊を編成してから来た方がいいと思います」
「別に報告は夕食の時とかでよくねえか? どうせあの人たちは雪山に訓練に出てるだろうし。それにフローラとリーゼロッテに案内を頼めば迷ったりすることもないだろ」
「それはそうかもしれないけどさ……」
アルフレートも本心では早くこの精霊島を探検したいと思っているために、ジェイクに強く反対しようとはしない。
するとティアがおもむろにコートのポケットから携帯端末を取り出すと、表示された画面を見て呟いた。
「やっぱり圏外みたいね」
「ここって別の時空とか世界とか、まあそんな感じの空間だろうし、電波が入ったら逆に驚きだな」
ジェイクが予想していたとばかりに言う。
ティアはジェイクの発言を軽く流して、暑そうにコートを脱いでいる双子に視線を向ける。
「仕方ないわね。ローラとロッテ、アレのテストをしてみない?」
ティアの提案にフローラとリーゼロッテは目を見開いて驚いた。
「そっかぁ! その手があったね!」
「失念しておりました。さっそく試してみましょう」
ティアは地面に膝を付いてローラとロッテと目線を合わせる。
ローラとロッテはティアに近付いて彼女が取り出した携帯端末に両手をかざした。
「えっ、何をするの?」
「おいティア、ちゃんと説明してくれよ」
アルフレートとジェイクは不思議そうにティアに尋ねた。
ティアは端末を操作しながら返事をする。
「レティスからの提案でね。この子たちの力で電波の届かないようなところでも連絡が取れるように私とレティスの携帯端末を試験的に改造したの。上手く動く様ならアルとジェイクの端末も改造する予定だったわ」
「フローラとリーゼロッテの力って?」
「アルはよく使っているじゃない、転移魔法よ。あの力を使って電波を相手の端末へと転移させようってわけ」
アルフレートは都合よく上手く行くものなのかと首を傾げていたが、ほどなくしてレティスと連絡が付いた。
ティアは簡潔に自分たちが置かれている状況をレティスに伝えた後に、夕食までの数時間だけ精霊島を探索したいと許可を求めた。
『――分かりました。ですがくれぐれも無茶はしないでください。フローラ様とリーゼロッテ様の故郷ということは、凶暴な魔獣なども生息している可能性があります』
「ええ、そこには十分気を付けるわ。詳しくは夕食の時に報告するわね」
ティアは携帯端末をしまうと、満面の笑顔で告げる。
「レティスから許可が出たわ。期限は夕食が出来る19時まで。行きましょう!」
比較的暖かい春のような気候の精霊島ではティアたちの服装は暑すぎたため、洞窟の入り口に防寒着を置いて、軽装で探索に乗り出した。
ティアだけは『戦乙女の外套』を薄い生地に変異させて行動している。
フローラによると、洞窟は精霊島の南に位置しており、危険な魔獣の縄張りなどからも外れている比較的安全な場所らしい。
取り敢えずの目的地は西の森だ。
フローラとリーゼロッテは西の森近くの平原で主に生活していたのだが、西の森には精霊の湖やエルフの里もあるので注意が必要とのことだ。
「エルフって本当にいるのか……楽しみだなあ」
ジェイクはだらしない顔でフローラとリーゼロッテと共に先頭を歩いている。
その後ろにティアとアルフレート、最後尾がライラとなっている。
「楽しみなの? あたしはあいつらあんまり好きじゃないな。昔、狩られそうになったこともあるよ」
リーゼロッテがエルフに追い掛け回された事を思い出して身震いする。
「マジかよ! ってか、エルフって肉を食べるのか?」
「そりゃあ食べるけど、あたしが狩られそうになったのは魔獣だったからだよ。エルフは魔獣が嫌いだから」
「あ~、確かにお前らを見てると忘れそうになるけど、物語だと魔獣って危険な生物として描写されてるもんな。でも、エルフには会いたいよな……」
ジェイクが腕を組んで何とか安全にエルフと接触できないか考え始める。
エルフはアデライード王国では物語の中にのみ登場する、人間によく似た美しい容姿の種族だ。
それが実在するとなれば楽しみになるのは至極当然のことなのだが、ジェイクの顔は明らかにエルフの女性目当てであり、ティアは後日アリサに告発しようと真剣に考えていた。
「最優先はお姉様たちの住処だ。エルフの里はその後見に行ってもいいが、エルフと接触はしないからな」
隣を歩くフローラが汚らわしいものを見るような目でジェイクを睨みながら言う。
「お姉様って? お前ら、まだ姉妹がいるのか?」
「何か勘違いしているようだが、私とリーゼロッテは厳密には姉妹ではない。オルトロスという一体の魔獣だ」
「はあ? おい、アル。どういうことだ?」
ジェイクは意味不明だと首を傾げ、振り返って後ろを歩いているアルフレートに解説を求める。
「さ、さあ。僕もその辺りは詳しくないから。二人は姉妹って解釈でも別にいいって言っていたし」
「あたしもよく分からないから、双子の妹って名乗っちゃったしね」
リーゼロッテが自分の事なのに、あまり興味がなさそうに言う。
そんな彼女を見てフローラはため息を吐いた。
「あの、自分に解説させて頂けますか?」
最後尾で周囲を警戒しながら話を聞いていたライラがキラキラした目で許可を求めてくる。
ティアはそんなライラが愛おしく思えてきて目を細めた。
「もしかして魔獣にも詳しいの?」
「詳しいと自信をもって言えるほど知識があるわけではありませんが、自分は古代魔術具の他にも魔獣などの神話に登場する生物が好きなんです」
ライラは今までになく生き生きと答える。
新米の医療軍人で顔つきにもまだ幼さが残っているライラは、こうしているとティアたちとそこまで歳の差があるようには見えない。
レティスの許可が出てからは楽しそうに辺りを見回しながら同行しており、この探索を心から楽しんでいた。
「そう。なら、解説してもらえるかしら?」
ティアから許可が出たことでライラは揚々として語り始める。
「はい。そもそも伝承ではオルトロスというのは双頭の犬の魔獣です。フローラさんとリーゼロッテさんが成長して大人になると一体の魔獣として完成するのか、本来は二匹で一体の魔獣のところを長い年月をかけて間違って伝わってしまったのかは分かりませんけれど」
先頭を歩いていたジェイクが立ち止まって首を傾げる。
「頭が二つある犬……頭が三つある犬を漫画で見たことがあるけど、関係あるのか?」
「それは地獄の番犬、ケルベロスですね。古い書物にはオルトロスの兄として記されています」
ケルベロスと聞いて、フローラとリーゼロッテの尻尾がぴくりと動く。
「それ姉ちゃんのことだよ」
「やはりそうでしたか!」
ライラは嬉しそうにリーゼロッテに駆け寄ると、膝を折って彼女と目線を合わせる。
「では、ケルベロスはお二人のように女性なのですね?」
「う、うん。そうだけど……」
リーゼロッテがライラの勢いに押されて一歩後ずさりする。
若干引き気味のリーゼロッテの態度などお構いなしにライラは楽しそうに続けた。
大好きな話題での大発見に舞い上がり、完全に周りが見えていない。
「オルトロスであるお二人が女性だったのでもしやと思っていたのですが、やはりそうでしたか! では、ヒュドラーやキマイラはどうなのでしょうか? 先ほどお姉様たちと仰っていたことからも、他にも姉妹がいるのでしょう? ぜひお会いしたいです! 個人的にはヒュドラーの頭の数が気になりますね。一説には100の頭を持っているとありますが、現実的ではないでしょう。恐らくは9つ頭を持つという説が正しいと思っているのですが、実際はどうですか? 翼があるという話もあるくらいですから――」
「ストップ、ライラ少尉! ストップ!」
怒涛の勢いで質問を重ねるライラにリーゼロッテが目を白黒させ始めたことに気付き、ジェイクが間に入ってライラを止める。
「聞きたいことが山ほどあるのは分かったけど、ちょっと落ち着け。相手をよく見ろ、完全に怯えてるだろうが」
「――あっ、も、申し訳ありません。つい舞い上がってしまいました……」
リーゼロッテは半泣きで駆けだすとフローラの後ろに隠れてしまう。
フローラはやれやれとため息を吐くと、アルフレートに視線を向けた。
「えっと、なるべく簡潔に答えてあげて」
「分かりました」
アルフレートが許可を出したので、フローラはライラの質問に答える。
「いいか人間。私がお姉様たちと言ったのは、ケルベロスであるエレオノーラ、マリアンネ、ロスヴィータという3人のお姉様のことだ。お前の言ったヒュドラーやキマイラは私たちの家族にはいない」
フローラの回答にライラはがっくりと肩を落とした。
「そ、そんな……」
「まあ、人間たちの書物に名前が乗っているのなら……いや、それは後ででもいいか。ご主人様、先を急ぎましょう」
「う、うん。そうだね」
フローラに先導され、一行は気を取り直して西の森へと歩き出す。
ライラはしばらく落ち込んでいたが、森が目に見えて近付いてくると、ケルベロスとの会合を期待し始めたのか、すぐに元気を取り戻した。
ライラ少尉が本性を表してきましたね。
次回は新たな出会いがあります。




