第十話 地下室の秘密
翌日。1月6日。
昼食の後、アルフレートとティアにジェイクが声をかける。
「なあ、この後地下に行ってみないか?」
「地下? あそこ物凄く寒いわよ? 何しに行くの?」
ティアは思い出しただけで寒くなったのか両腕を抱く。
「さっきメイドさんに聞いたんだけど、ここの地下室はセルゲイさんの鍵がないと入れないらしいんだ。何かすげえお宝が眠ってそうで面白そうだろ?」
「あなた……私の別荘で泥棒するつもり?」
「するか、そんなことっ! 失礼な奴だな、見てみたいだけだ」
「ふ~ん、まあいいけど。アルも行く?」
「うん」
「私たちも行きたいです」
いつの間にかアルフレートの後ろにいたフローラとリーゼロッテが手を上げて主張する。
「おう。みんなで行こうぜ」
「決まりね。じゃあ、私はパパに許可をもらってくるから、地下室の入り口で再集合しましょう?」
ティアが午後の訓練に向かおうとしていたセルゲイを呼び止めに行ったので、4人は一度自室に戻って上着を取ってくることにした。
「ほ、本当に寒いね。どうなってるの、これ?」
アルフレートは地下室へ続く階段の前が外よりも寒いことに驚く。
フローラとリーゼロッテが耐え切れずにアルフレートのコートの中へと潜り込んだ。
「う、動き辛い……」
「ティア、炎出してくれよ」
「仕方ないわね」
アイリーンとの特訓で複数の炎魔法をそれぞれ細かくコントロールすることに慣れてきたティアは、人数分の炎魔法を作り出して一人ずつ炎を纏わせていく。
すると今度は暑くなったのか、フローラとリーゼロッテがアルフレートのコートの中から這い出してきた。
「それで? どうして、あんたがいるんだ?」
ジェイクがティアの隣に立つ女性の軍人、ライラ・リンドバーグ少尉に尋ねる。
「自分は少佐に地下室の整理をするようにと頼まれました」
「パパの狙いとしては私たちの監視役ってことだと思うわ」
ティアがニヤリと笑いながらライラに視線を送ると、彼女はサッとティアから目を逸らした。
「別に中のものを盗ったり壊したりしねえよ」
ジェイクは不満そうに言いながら、地下室への階段を降りていく。
ライラがセルゲイから渡された鍵で地下室の扉を開けると、ティアの炎魔法を明かりにして部屋を見回す。
「部屋の電気は……これか?」
ジェイクが適当な位置にあったスイッチを押すと、少し遅れるようにして天井のライトが部屋を照らし出した。
「ほ、埃っぽいわね」
「少佐の話では、もう何年も使っていないということでした」
ライラが近くにあった本棚に並ぶ本の背表紙を指で擦ると、その部分だけ埃が落ちて指の後が残る。
「……今度、使用人たちに大掃除させた方が良さそうね」
「はい。そのようですね」
埃で真っ黒になったグローブを見てライラが不快そうに顔を歪めたのを見て、ティアが同情するように言う。
「ていうか、なんで掃除もしてないんだ? あれだけ使用人がいるのにさ」
ジェイクが水魔法で器用に埃を払いながらティアに尋ねる。
「確かパパが亡くなったお爺様からこの屋敷を相続した時には、既にこんな感じで倉庫として使われていたみたいよ。でもこの部屋、異常に寒いでしょう? 夏でもこの室温なんだから」
「は? どうなってんだそれ?」
「分からないのよ。だから不気味に感じて使うのを止めたらしいわ」
ジェイクはティアの話で好奇心を刺激されたのか楽しそうに部屋の中を見回す。
「どっかにこの部屋の温度を下げている原因みたいなのがあるんじゃねえか?」
「原因って……言っておくけど、冷房とかしてないわよ?」
「そりゃ当たり前だろ。でもよ、科学的に説明できないってんなら、それは魔法的な力が関係してる。そんな気はするだろ?」
「た、確かに……」
ジェイクの勢いに流されるように、全員が地下室の寒さの元凶を探して近くの物を物色し始める。
捜索から5分ほど経ったところで、リーゼロッテがアルフレートのコートの裾を引っ張った。
「ん? リーゼロッテ、何か見つけた?」
「見つけたっていうか、気付いたっていうか?」
「つまり何?」
アルフレートが首を傾げると、リーゼロッテは地下室の入り口と反対側の壁を指さす。
「あそこの壁から、なんか懐かしい匂いがするんだ」
「――ん! 確かに感じます。本当に僅かですが」
フローラも気付いたのか、壁に向かって走り出す。
「何だ、何だ? 何か分かったのか?」
壁に向かって小走りで移動したアルフレートたち3人を見て、思い思いに捜索していたジェイク、ティア、ライラの3人が集まってくる。
「フローラとリーゼロッテがこの壁から懐かしい匂いがするって言うんだ」
「懐かしい匂い?」
ジェイクが不思議そうな顔で壁を叩いてからアルフレートの方へと振り返る。
「ただの壁だぞ?」
「だよね。やっぱり二人の勘違いかな……」
「たぶんな……あれ、なんかここだけ妙に寒いな?」
「え、そうかな? あんまり変わらない気がするけど」
アルフレートは注意深く壁を観察してみたが、諦める様に視線をジェイクへと移す。
すると、壁の前に立っているジェイクに異変が起きていることに気が付いた。
実際にはジェイクに異変が起きているわけではなく、ジェイクの身体を覆っていたティアの炎が無くなっていたのだ。
「ジェイク、炎が無いよ?」
「え? あっ! ホントだ、急に寒くなったと思ったらそういう事か!」
ジェイクはキョロキョロとその場にいる全員を見てから、最後にティアに視線を向ける。
「おい、ティア。なんで俺だけ魔法が解けてるんだ? 偶然か?」
「……いてないわ」
ティアは不気味な物でも見るような目でジェイクを見ながら小さく呟く。
「何だって?」
「私、魔法を解いてなんていないわ。集中が途切れたのなら、全員の魔法が解けるはずだもの。それがジェイクに纏わせていた炎だけが消えるなんて絶対におかしいわ」
ティアの言うことが正しいのなら、ジェイクだけ何らかの影響を受けて魔法が解除されたということだ。
この場にいる他の人たちとジェイクとの違い。
それはどう考えても、先ほどジェイクが匂いのする壁を叩いたからではないだろうか。
全員の視線が同じように壁へと向かう。
「螺旋の炎槍」
ティアが全員に纏わせていた炎魔法を消すと、壁に向かって両手をかざして新しい炎魔法で攻撃する。
ティアの両手から螺旋回転する炎が飛び出して壁に直撃すると、まるで糸が解ける様に魔力を散らされて消滅した。
「おい、明らかにおかしいぜ、この壁」
「うん。破壊出来ないならまだしも、ティアの炎が何か特殊な力でバラバラにされたように見えたよ」
「……どうなっているのかしら?」
ティアは首を傾げながら壁に近付く。
「ん? おいティア、お前なんか光ってないか?」
ティアが壁をペタペタと触って確かめていると、ジェイクがティアの胸のあたりがぼんやりと光っていることに気付く。
「えっ? な、何?」
ティアは驚いて光っている胸元を触ったあと、コートの中に手を入れて光を放っていた犯人を取り出した。
それは、黄金のペンダントだった。
真ん中には赤い宝石がはめられている。
「それ、ティアがいつも付けてるペンダントだよな?」
「ええ。ママの形見なの」
ティアはペンダントが壁に反応するように輝いているので、恐る恐る壁に押し当ててみる。
すると、壁が波打ったかと思うと、ジグソーパズルがバラバラになるかのように壁の表面が崩壊していった。
「ひゃっ!」
「なっ、何だぁ!」
壁の近くにいたティアとジェイクが驚いて飛び退く。
「お、驚きました。いったいどうなっているのでしょうか?」
「……これは、扉?」
後方から様子を伺っていたライラが目を見張り、アルフレートが冷静に壁から現れた物体を観察する。
三メートルほどの大きさの黄金に輝く両開きの扉がアルフレートたちの目の前に出現していた。
扉から放たれる輝きはティアのペンダントに呼応するように明滅している。
「兄ちゃん、匂いが強くなった!」
「それに、部屋の温度も変わってきた気がします」
フローラの言う通り、先ほどまでの凍てつくような寒さが和らいでいる。
ティアの炎が無くとも寒さで震えるような室温では無くなったのが身を持って感じられた。
「もしかして、この扉は封印されていたのではないでしょうか?」
ライラはティアのペンダントに反応して壁が崩れて扉が現れた事と、異常な室温が元に戻った事から一つの仮説を立てた。
「自分は古代魔術具が好きで、先日少佐に頼んでオーウェル家が保有する古代魔術具に関する本を借りてもらったんです。そこにはこのように物体を別の物に見せかける封印を施す古代魔術具が存在することが書かれていました」
「じゃあ、大昔にお爺様がその古代魔術具を使ってこの扉を封印したってこと?」
「いえ、ルクレーシャさんのお爺様から封印の話が息子である少佐に伝わっていないとなると、もっと何世代も前の時代に封印されたものではないでしょうか」
「なるほどね……でもなんでママのペンダントで封印が解けたんだろう?」
「オーウェル家が保有している古代魔術具と同じ性能の古代魔術具なのかと思いますが」
ティアはペンダントを見つめながら呟く。
「ママのペンダントが古代魔術具? パパが知ったら驚きそうだわ」
「少佐は最初からご存知だったのでは?」
「それはないでしょ。知っていたらここの封印の事を私に教えたと思うし」
「確かにそうですね」
ティアはゆっくりと息を吐くと、黄金の扉を見据える。
近付いて両手を扉に付くと渾身の力で扉を押した。
ティア一人では動きそうになかったので、ジェイクとアルフレートが加わって三人で押すも、扉はびくともしなかった。
「やっぱり、ビクともしないわね」
「封印とは別に施錠されているのではないでしょうか?」
ライラが扉の中央にある鍵穴を指さして言う。
「まあ、そうなるわよね。それじゃあ、さっきからずっと光り輝いているこの子に何とかしてもらいましょう?」
「ルクレーシャさん、使い方が分かるんですか?」
ライラが不思議そうに首を傾げる中、ティアとアルフレートとジェイクは不敵に笑う。
「僕たちはこれと似たようなものを見たことがあるんですよ」
「懐かしいな。形は違うけど、たぶんなるようになると思うぜ」
「エウニス学園の出じゃないライラは知らないと思うけど、あの校舎にはこれと似たような仕掛けの壁があったのよ」
エウニス学園の開かずの扉。
そこの先にあった石壁は宝物庫へと続いていた。
普段はただの壁なのだが、学園長であるセリーヌが持っている鍵を近付けると壁が消滅して通れるようになるのだ。
この黄金の扉もそれと似たようなものだろうと三人は考えていた。
ティアはペンダントに魔力を流す。
すると黄金が液体のように変形してシンプルな円形のデザインからアンティークな鍵へと姿を変えた。
「やっぱりね」
鍵穴に入れるとピッタリと形が合い、ガチャリと音を立てて横へ回転する。
ティアがペンダントを引き抜くと、扉の内部で歯車が回る様にガチャガチャと音がして扉が一層輝きを増した。
そして、ティアたちを迎え入れる様にゆっくりと奥へと開いていく。
「やべえ、面白くなってきたな」
ジェイクは扉の先を見てキラキラと目を輝かせた。
扉が開いた先は一見するとただの岩でできた洞窟なのだが、かすかに奥から風が流れてきていた。
つまり、どこか外へと繋がっているのだ。
「屋敷の裏側に繋がっているだけか? いや、これだけの封印がされてたんだ、それだけじゃないはずだ。みんな、早く行こうぜ!」
ジェイクは我慢できないと言った面持ちで全員を先導して洞窟へと駆けていく。
「ちょ、ちょっとジェイク待ちなさい。何があるか分からないのよ? もうちょっと慎重に進みましょうよ」
ティアに注意されると、ジェイクは目に見えて不満そうな顔をしながらも、洞窟の奥へ走り去ることはせず、ティアの歩行ペースに合わせた。
「わ、分かったよ」
ティアが炎魔法で洞窟の先を照らしながら進んでいく。
「……なあ、何か変な感じがしないか?」
「うん。上手く言えないけど空気が違う気がする」
フローラとリーゼロッテが懐かしい匂いと称する洞窟は、見た目は普通の岩の洞窟だが漂う空気が明らかに違った。
誰かの魔法の中にいるような感覚だ。
「それは空気中に魔力が含まれているからでしょうね」
「魔力が?」
アルフレートは右隣りを歩くフローラに視線を向ける。
「それだけではありません。この洞窟の岩にも魔力が含まれています」
「……ねえ、フローラ。何か気付いたの?」
「はい。信じ難いことですが、リーゼロッテの予想通りでしたね。ご主人様も薄々気付いているのではないですか?」
アルフレートの左側を歩いていたリーゼロッテが駆け出す。
「あたし、先に言ってるね!」
「あっ、抜け駆けかよ!」
「ま、待ちなさい!」
リーゼロッテに続くようにジェイクとティアが走り出す。
視線の先には外の光が見えていた。
アルフレート、フローラ、ライラの三人も後を追う。
洞窟の外へと飛び出すと、そこには広い草原が広がっていた。
「こ、ここは……」
アルフレートたちは先ほどまで雪山の中腹に建つ屋敷の地下室にいたはずだ。
しかし、洞窟を抜けた先には暖かな日差しに包まれた草原があった。
有り得ないことだが、アルフレートにはなぜかこの景色が予想できていた。
リーゼロッテが懐かしいと言っていた匂いも、魔力の混じった空気の感覚も、アルフレートは知っていた。
それはフローラとリーゼロッテと契約した時に彼の脳内へと流れ込んできた記憶だ。
「精霊島へようこそ、ご主人様」
「ここが、あたしたちの故郷だよ!」
洞窟は魔獣たちの世界へと繋がっていた。
やってきました精霊島。
冒険の始まりですね。
ちなみにティアの炎は酸素ではなくて魔力で燃えているので中に入っても酸欠にはならないです。
ティアが炎の中の酸素を意識的に排除しない限りはですが。
次回は新キャラのライラ少尉が少し活躍します。




