第九話 生きようとする本能
12時頃。
「アル、目が覚めたんだな」
アルフレートが屋敷の図書室のソファで読書をしていると、彼がここにいると使用人から聞きつけたジェイク、ティア、レティス、フローラとリーゼロッテの5人が訪れた。
フローラとリーゼロッテの二人が即座にアルフレートに抱き着く。
「心配したぞ、兄ちゃん」
「ご、ごめん。ありがとう、二人とも」
二人が離れようとしないので、アルフレートは仕方なく一人用のソファから数名が座れそうなロングソファへと移動する。
二人はニコニコしながらアルフレートの両側をキープした。
ジェイク、ティア、レティスは苦笑しながらも向かい側にあったソファに座る。
「訓練はもう終わったの?」
「こっちに残っていたシェリーちゃんが、アルが起きたって教えてくれてな。俺たちだけ先に戻ってきたんだ」
「へえ……って、レティスも一緒に訓練していたの?」
アルフレートが尋ねると、レティスはクスクスと笑いながら答える。
「それほど驚くようなことでしょうか?」
「いや、驚くよ。そういえば、ドレスじゃなくて軍服っぽいの着ているけど本当に?」
「はい。わたくしも来年からはエウニス学園に入学するのですから、この程度の訓練をこなせなければご学友の皆様に笑われてしまいますわ」
「あ、あはは……そんなことはないと思うけどね」
もし彼女の体力の無さを笑うような奴がいれば国に消されそうだと思いながら、アルフレートは適当に返す。
「レティス、アルに聞きたいことがあったんでしょう?」
「あ、はい。そうでしたわ」
ティアに促されて、レティスは本題へと移る。
「アル様は昨夜のご自身の変貌具合についてどの程度理解しておられますか?」
「えっと……なんかこうフワフワしてきて倒れそうになったところをリアン先輩が支えてくれて、リアン先輩を見ていたら、その――」
「あ、そこまで覚えていらっしゃるのでしたら、それ以上は言わなくて結構ですわ」
恥ずかしそうに打ち明けるアルフレートをレティスが止める。
「あの時のアル様は別人のように人が変わられていました」
「う、うん」
「ですが私は、あのような口調のアル様を以前にも見たことがあります」
「……うん、そうだね。自分で言うのも変だけど、僕にも覚えがあるよ」
アルフレートはレティスの騎士となった時に、リードクイン宮殿で彼女と話した時の会話を思い出す。
アッシュに傷付けられたレティスを見た時に、身体が沸騰するように熱くなり、とてつもない力と自信が湧き上がってきた。
それはアイリーンに追い詰められた時にも感じた変化だった。
「今まで黙っていましたが、アッシュとの戦いの時もアル様の髪と瞳は燃え上がるような赤い色へと変化していました」
「えっ? そ、そうだったの?」
「はい。そして、アイリーン様との訓練でも赤い髪へと変化したと聞いています」
「やっぱり、アルが赤髪になるのは自分や仲間が傷付いている極限状態の時なのね」
ティアが分析するように言うと、ジェイクがケタケタと笑い出した。
「でも、昨日のは違うよな。エロい事考えてたんだろ?」
「うっ……」
気まずそうに俯くアルフレートを見て、ティアは隣に座っていたジェイクを殴る。
「ジェイク、少しはオブラートに包みなさい」
「わ、わりい……まさかティアに言われるとは思わなかったぜ」
ティアは口の減らないジェイクをもう一度殴る。
一連のやり取りを困ったような顔で眺めていたレティスが、タイミングを見て再び口を開いた。
「ですが、共通点がないわけでもありません」
「どの辺にあるのかしら?」
「その……せ、性的な興奮状態というのは、つまるところ生きようとする本能だと思うのです」
レティスはリンゴのように顔を真っ赤に染めながら自分の考えを説明する。
「ああ、なるほど。もっと生きたい死にたくないってのと、子供を残そうとするのは突き詰めると同じってことか」
「…………そ、その通りです」
「生きようとする本能――」
アルフレートはレティスの言葉を反芻しながら考え込む。
アイリーンに言われたイメージトレーニングだ。
アッシュによって血まみれになるまで痛めつけられたレティス。
意識を失うほどの大怪我を負ったジェイクとティアを庇った満身創痍の自分へと迫ってくるアイリーンの風魔法。
助けたい、死なせたくない、死にたくない。
生きたい。
「あ、アル様!?」
レティスが声をかけたことでアルフレートの集中が途切れる。
「あっ、戻っちゃった」
ティアが残念そうに言うのでアルフレートはもしかしてと思って聞いてみる。
「……もしかして、出来てた?」
「ええ。少しだけだけど、また髪の毛が赤くなりかかっていたわ」
「目の色もだ。青から赤に変わって、また青に戻った。もしかして制御できそうなのか?」
イメージトレーニングはある程度の効果が見込めそうだった。
しかし、レティスに声をかけられた程度で元に戻るのでは、とても実戦で使えそうにない。
「それはまだ難しそう。生きたいって強く思い続けるのが重要みたい」
「そうか。でも、今もちょっと変化してたんだ。こりゃ制御できる日も近いと思うぞ」
「う~ん。試しにちょっとやってみたけど、やっぱりこの力にはあんまり頼りたくないな」
「どうしてだ? 俺はまだ見てないから何とも言えないけど、あの状態だと強い魔法が使えるんだろ?」
「それはそうなんだけど、怖いんだよ。あの状態の僕は性格も今とは違うんだ。何をするか分からない」
極限状態に陥った時にのみ現れる赤毛のアルフレート。
それは記憶を失う前のアルフレートなのではないか。
あれが本当の自分だというのなら、今の自分は何なのだろうか。
あれが本物なら、自分は偽物ではないのか。
そんなことを延々と考えてしまい、アルフレートは恐ろしくなった。
「怖い……か。考えてみればそうよね。性格が変わるなんて本人が一番怖いに決まっているわ」
「そうですね。アル様、無理にその力を使う必要は無いと思います。その力に頼らずともいいように、わたくしたちが強くなれば良いだけですから」
「う、うん。そうだね」
こうしてレティスの7騎士たちの会議は終わり、ティア、レティス、ジェイクの三人は図書室を後にした。
「ご主人様、本当にあの力を使わなくていいと思っていますか?」
アルフレートに寄り掛かって話を聞いていたフローラが真面目な顔で尋ねる。
「……みんなはああ言ってくれたけど、本当に命の危険がある時は躊躇いなく力を使おうと思う。そのためにも、イメージトレーニングは続けるよ」
自分が自分ではなくなってしまうのは怖い。
だが、それでも誰かを守ることが出来るのならば、恐怖を乗り越えて力を使おうとアルフレートは自分に言い聞かせる。
「リーゼロッテ、もしもの時は雷魔法を僕に使ってくれる?」
「う、うん。いいけど……でも、やりたくはないから、出来るだけ兄ちゃんが自分で制御してよ?」
「あはは、頑張るよ」
アルフレートとオルトロスの双子は昼食が出来たと呼びに来たシェリーに連れられて食堂へと移動していた。
「――っ、アル君。私たちちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「ん、分かった。先に言ってるね」
シェリーがフローラとリーゼロッテを連れて別方向へと歩き去る。
アルフレートは気にせず食堂へと移動していると、屋敷の廊下でローズ姉妹と鉢合わせた。
「あっ、先輩」
「アルフレート君、その……ごめんなさい!」
フランはアルフレートに会うや否や即座に謝罪する。
アルフレートは偶然出会ったと思っていたが、フランとリアンはブラッドスキルでアルフレートの居場所を察知していた。
「私、あの薬を飲んだらどうなっちゃうのかって分かってなかった。本当ならそのくらい分かるはずなのに……」
「気にしないでください。僕があそこまで暴走するなんて普通は思いませんよ」
「そうだけど……でも私は……」
フランは俯いて言葉の続きを飲み込んだ。
久しぶりにブラッドスキルをアルフレートに対して使ってみたら、彼は自分に対して全く怒っていないことが分かったからだ。
この後どれだけ自分の不注意について語っても、アルフレートは自分を絶対に叱らないということが分かってしまったのだ。
「謝らなきゃいけないのは僕の方です。リアン先輩、押し倒したりして申し訳ありませんでした」
アルフレートに謝罪されるとリアンは昨日の事を思い出して少し頬を赤らめた。
照れる様に目を逸らしながら答える。
「うん。あれは薬のせいだと分かっているから、そうして謝ってくれたわけだし、お互いもう気にしないことにしよう」
「は、はい。ありがとうございます」
リアンは明後日の方向を向くと、どこか震える声で言う。
「その……なんだ……お前がどれだけ昨日の事を覚えているかは知らないが、あの時姉様が言っていたことは本当だ。私の……気持ちもな」
リアンがチラリと視線だけをアルフレートに戻すと、彼と視線がぶつかった。
アルフレートは驚いて目を見張っていたが、しばらくして何かを決意したように口を開こうとする。
「――リアンっ、行こう?」
「えっ、姉様!?」
アルフレートが喋る前にフランが慌てる様にしてリアンの腕を引っ張って踵を返す。
遠ざかっていくローズ姉妹を見てアルフレートは緊張の糸が切れ、ホッと息を吐く。
「あの様子だと、フランちゃんは分かってるのかもね」
物陰から三人の会話を盗み聞きしていたシェリーがオルトロスの双子と連れ立って登場した。
「シェル姉ちゃん、トイレに行ったんじゃなかったの?」
アルフレートに睨まれると、シェリーは苦笑いを浮かべる。
「だってあんな話を聞かされた後だとさぁ」
「……ジェイク以外には言わないでよ?」
「分かってるって。でも、本人にバレてるみたいだけど?」
「フラン先輩に対して隠し事は無理だよ。たぶん前から気付かれている。でも、フラン先輩は僕の気持ちに答える気はないだろうね……」
アルフレートは寂しそうに俯く。
そんなアルフレートを見て、シェリーは言うつもりのなかった言葉を滑らせた。
「それは……どうかしら」
「えっ?」
「何でもないわ。どちらにしろ、アル君がフランちゃんと結ばれるのは難しいわね」
「うっ、だよね……」
シェリーは口を滑らせたことを後悔して唇を噛む。
シェリーの見立てではフランはアルフレートに気がないわけではない。
むしろリアンと同じくらいアルフレートに好意を持っているように見えるのだ。
しかし、彼女はそんな自分の気持ちを殺してでも妹の恋路を応援しようとしている。
フランがそういった覚悟を持っているというのに、アルフレートとフランを付き合わせるというのは、よほどの策を巡らせなければならないし、姉に想い人を取られたリアンが悲しむ結果となるのは目に見えていた。
シェリーは以上の事を踏まえて、心を鬼にしてアルフレートに忠告する。
「厳しいようだけど、リアンちゃんの気持ちに答えるつもりがないのなら、あの二人にこれ以上深入りするのは止めた方がいいと私は思うわ。どう転んでも傷付く子が出てくるもの。それでも良いという覚悟があるのなら別だけどね」
シェリーはそれっきり沈んだ表情のままのアルフレートを連れて食堂へと歩き出した。
アルフレートはどうして面倒な相手を好きになってしまうのだろうかと頭を抱える。
ティアやシアメイを選んでくれればどんなに応援しやすかっただろうと考えながら、彼の行く末を案じて途方に暮れた。
時折ため息をつきながらも無言で歩くアルフレートとシェリーを後ろから不思議そうに眺めていたリーゼロッテが隣を歩くフローラに小声で問いかける。
「ねえ、フローラ。兄ちゃんが何に悩んでるか分かる?」
「……大人の悩みは子供には分からないよ」
「だよね。あたしは兄ちゃんが全員と子供を作っちゃえばいいだけだと思うんだけど、ダメなのかなぁ……難しいね」
リーゼロッテのとんでもない発言を地獄耳で聞いていたシェリーは驚きで転びそうになった。
「えっ? さっきのってそういう話だったのか?」
「たぶん……。あたし、大きくなったら兄ちゃんの子を産むつもりだったけど、それもダメなのかな?」
「本で読んだけど、ダメらしい。人間は一人としか子供を作らないそうだ。私も知った時はショックだった……」
「どうしてダメなの?」
「好きな人を独り占めしたいからだって」
「人間って欲張りだね」
「うん。欲張りだ」
シェリーは背後で繰り広げられるフローラとリーゼロッテの会話をアルフレートに聞かれやしないかとヒヤヒヤしていたが、彼は俯いた状態で何かを考える様に歩いており、後ろを気にする様子はみせなかった。
恋愛話はひとまず終了です。
次回から物語が大きく動き始めます。




