第八話 アルフレートの告白
1月5日。
目覚めるとアルフレートは酷く喉が渇いていることに気が付く。
時計を確認すると、午前10時を回ったところだった。
着替えて部屋を出ると、仕事をしていた使用人に声をかけられる。
昼食までまだ時間があるので部屋にお茶と軽食を持って行くと提案されて、半ば無理やり部屋へと戻されてしまった。
使用人の態度から、アルフレートは自分がとても心配されていることに気が付いた。
「寝過ごしただけ……だよね?」
首を傾げながら部屋で待っていると使用人がサンドイッチと紅茶を持って来てくれた。
紅茶を飲んで人心地着くと、アルフレートは昨日ベッドへと入った記憶がないことに気が付く。
「……あれ? 確か、先輩たちとレティスが来て、みんなで食事をして、それから――」
順番に記憶を辿った結果、昨日の夜に自分がリアンに襲い掛かったことを思い出して、アルフレートは血の気が引いていった。
自分のしてしまった事の大きさに苦悩していると、部屋のドアがノックされてシェリーが扉から顔を覗かせる。
「おはようアル君。起きたみたいね」
「シェル姉ちゃん……ど、どうしよう、僕は先輩にとんでもないことを……」
「あら、アル君は酔っても記憶が残るタイプなのね。かわいそうに」
シェリーは不憫そうな目でアルフレートを見ながらもためらいもなく部屋へ侵入し、近くにあった椅子を彼の前へと移動させて腰かける。
「リアンちゃんなら怒ってはいないと思うわよ。フランちゃんが妙な薬を盛ったのがいけないわけだしね」
「それはそうかもだけど……」
例え薬のせいだったとしても、自分がリアンにしてしまったことがなかったことになるわけではない。
恐らくは昼食の席で顔を合わせることになるだろうが、どんな顔をして彼女と会えばいいのかアルフレートには全く分からなかった。
「まあ、謝るよりはリアンちゃんの気持ちにちゃんと答えてあげる方が喜ばれそうだと私は思うわよ」
「リアン先輩の気持ち?」
「ええ。昨日の事をちゃんと覚えているのなら、フランちゃんが言ったことも覚えているんじゃないの?」
「あっ、それは……」
もちろん覚えていた。
指摘されて、鮮明に思い出してしまった。
フランがリアンとアルフレートの仲を進展させようとして薬を盛ったこと、そしてリアンが自分の事を好きだというような内容も聞こえていたし、覚えていた。
「まさかアル君の本命がリアンちゃんだったなんてね。私全然知らなかったわ」
「えっ? ちがっ、本命ってわけじゃ……」
小さな声で否定するアルフレートの態度に思うところがあったのか、シェリーが真剣な顔で問い詰める。
「リアンちゃんのこと、好きじゃないの?」
「いや、好きか嫌いかで言えば好きだけど……」
「その言い方、他にもっと好きな人がいるってこと?」
黙り込んだアルフレートにシェリーは大きく息を吐いてからやれやれと首を振る。
「私もさ、気付いてはいたんだよ? ただ、ちょっと自分から言い出すのは違うと思ったから、本音を言えばジェイク君の言う様に玉砕しに来てくれた方が良かったと思ってる」
「――シェル姉ちゃん、何言ってるの?」
「でもさ、このままだとアル君はずっと立ち止まったままでいそうだから、聞いちゃうね?」
アルフレートの心臓が大きく脈打つ。
シェリーの次の言葉を聞きたくないと、全身の細胞が訴えかけてくる。
しかし無情にも、シェリーは何のためらいもなく淡々と次の言葉を口にした。
「私の事、好きなの?」
気付かれていた。
シェリーは自分の事を弟だと思っていたから、シェリーを好きだという気持ちにも気付かれていないと思っていた。
でも違ったのだ。
シェリーは気付いていた。
アルフレートが想いを伝えてきたら、しっかりと断るつもりでずっと待っていたのだ。
でも、いつまで経っても告白してこない。
ジェイクに促されても誤魔化すばかりで、振られることが分かっているから言い出せないでいた。
だったらすっぱり諦めればいいのに、諦めることも出来ずにずるずると気持ちを引きずっていたら、それすらシェリーにはお見通しだった。
「――ぁ……か、家族として」
「家族として好き? 本当にそれだけなの?」
「うっ……」
振るつもりで自分を好きか聞いてくるというのは、残酷極まりない行為だ。
だが、アルフレートにはそれがシェリーの優しさなのだと分かっていた。
だからこそ、シェリーにここまでさせたのだから、逃げてはいけないと思った。
「……違う」
「どう違うの?」
「家族としてじゃなくて、僕はシェル姉ちゃんを――」
アルフレートはこぶしを握り締め、シェリーの目をまっすぐに見て想いを伝える。
「――一人の女の人として、ずっと昔から好きでした」
アルフレートの告白を受けて、シェリーは泣きそうな顔で寂しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
アルフレートが勇気を出して想いを伝えたのだ。
次は、シェリーが彼の気持ちにしっかりと向き合って、答える番だ。
「でも、ごめんなさい、あなたの気持ちには答えられない」
「それは……ダリウス先生が好きだから?」
「違うわ。確かに私はダリウス先生の事を愛しています。でも、それとは関係なく、あなたの気持ちに答えてあげることは出来ないの。私はあなたのことを弟としてしか見ることが出来ないから」
シェリーの返事を聞いて、アルフレートの中で蠢いていた彼女への想いが一斉に解けていく。
振られることは分かっていた。
だが、振られることに意味があった。
しっかりと言葉にして伝えて貰ったことで、アルフレートに長年絡み付いていた鎖が綺麗に砕け散った。
しばしの沈黙の後、アルフレートは使用人が持ってきたサンドイッチを手に取るとかぶり付く。
「ア、アル君?」
驚くシェリーを他所に、2つほどあったサンドイッチを食べ終わると、紅茶を飲み干して大きく息を吐く。
青い瞳から零れ落ちそうになっていた涙を拭うとアルフレートは口を開いた。
「なんか、ちょっとスッキリしたよ」
「そう……」
シェリーはアルフレートの吹っ切れたような顔を見て安心して笑う。
「じゃあ今度は、アル君がリアンちゃんの気持ちに答えてあげる番だね」
シェリーがそう言うと、アルフレートは目を見開いて驚いた後、サッとシェリーから目を逸らす。
「あれっ、どうしたの? まださすがにそんな気分にはなれない?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
アルフレートは二日前にジェイクと話したことを思い出した。
自分を好きでいてくれたら嬉しい相手は誰だという話だ。
あの時、真っ先にアルフレートが思い浮かべた相手はシェリーではない。
シェリーは自分の事を男として見ていないと分かっていたからだ。
だからこそ、シェリーへの想いが吹っ切れた今、アルフレートが一番好きな相手はその時に思い浮かべた女性ということになる。
「シェル姉ちゃんだから教えるんだけど……誰にも言わないでよ?」
「えっ? な、何の話?」
「これ、ジェイクにしか話してないんだからね?」
「ちょっと待って、だから何の話?」
「いや……僕の好きな人の話だけど」
「リアンちゃんでしょ?」
「……リアン先輩のことは確かに気になるけど、今好きな人は違う人だよ」
右下に視線を向けながら頬をかいているアルフレートを見て、シェリーは立ち上がって椅子を彼の隣へと移動させて座り直す。
「だ、誰なの?」
周囲には誰もいないことを聴覚強化のブラッドスキルで確認しつつ、アルフレートに小声で尋ねる。
「実は……」
期待するようなシェリーの視線を受けながら、アルフレートは恥ずかしそうに口を開く。
「フラン先輩が好きなんだ」
予想外の回答にシェリーは椅子から転がり落ちた。
「なっ、ちょ、ちょっと待って! そんな、ベッタベタな恋愛小説みたいなことある!?」
アルフレートは深くため息を吐いた。
「ジェイクには少女漫画って言われたよ……」
尽く望みの薄い相手を好きになってしまうアルフレートの明日はどっちだ。
次回もアルフレートの恋愛話がメインです。




